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『あなたのてのひらの 』
桐生 直哉ja3043

 桜のつぼみが膨らむ、3月下旬。
 外に出るたびに心が浮き立ってしまうのは、自分が恋をしているからだろうか。 
 花の香りと、霞みがかった空。
 春が、来る。

 ここは久遠ヶ原学園にある食堂。
 オープンテラスの南面からは、穏やかな陽光が室内に淡い陽だまりを作っている。
 平日のお昼時は、おしゃべりに花を咲かせる生徒で一杯の場所。
 今は時間帯がずれているせいか、人影はそう多くはない。

 その一角で、頭を付き合わせる二つの影。小野友真とその後輩の澤口凪だ。
 まるで兄妹のように仲の良い二人。今日もここで遅めのランチを取っていた。
 食事も食べ終わり一息ついた、そんな折。
 切り出されたのは、凪の小さな一言。
「あのね、友真兄ちゃん……相談があるの」
 どこか思い詰めた様子の彼女を見て、友真は少し驚いたように。
「どうしたん?」
「うん……えっとね。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
 友真は三歳年下の凪のことを、妹のように溺愛している。一人っ子の彼にとって、兄と呼び慕ってくれる彼女のことがかわいくて仕方が無い。
 つまり彼女から相談されれば、喜んで受けたい兄心。
「わかった、ちょっと待っとってな!」
 はりきって自販機に向かうと、自分用のコーラと凪用のホットココアを購入してくる。
「ほい、これでも飲んでゆっくり話そ?」
「うん……ありがと」
 ココアの入った紙コップを両手で包み込みながら、凪はにっこりと微笑む。

「あのね、私……誰に相談しようかすごく迷ったんだ」
 考えに考えて。この人なら大丈夫と思った相手が、友真だった。
「すごくね、言いづらいことだから……」
「そ、そっか……ずいぶん深刻そうやな……?」
 逡巡を繰り返す凪を見て、友真は内心で焦っていた。
 一体どんな相談なのか。果たして自分が答えられる内容ならいいのだが……。
 ごくり、と息を呑んだ時。
 凪の濃緑の瞳が、決心したかのようにこちらを向いた。

「お、お兄ちゃんぐらいの男の人って、やっぱり大事な人と……え、えっちなことしたいものなの?」
「ぶほっ」

 思いっきりむせる友真を見て、凪が慌てたように。
「わわっ大丈夫? お兄ちゃん」
「げほっげほっ…だ、大丈夫……まあそれは……人それぞれやと思うけど……」
 視線をそらしながら濁した後。
 ふと思い立ち凪に向き直る。
「……てゆか、どしたん?」
 そんなことを聞いてくるには、恐らく何か理由があるのだろう。
 問われた凪は顔を真っ赤にして弁解を始める。
「だ、だって……! 気になるんだもん」
「気になるって……彼氏となんかあったん?」
 図星。
 凪の瞳が切なそうに細まるのを見て、友真は敢えて気安く。
「……話してみ? 何かアドバイス出来るかもしれへんし」
「べ、別にね、喧嘩したとかそんなんじゃないんだ」
 凪はうつむきながら、途切れがちに言う。
「……直哉さん、私と二人きりの時でもね……そ、その。何もしてこないから……」
「それは多分、凪ちゃんのこと大事にしてるからやと思うけど。まだ中学生なんやし」
「そ、それはわかってるよ。直哉さんは凄く大人だし、私のこと大事にしてくれてるのも知ってる……だけど」
 微かに目を伏せると、消え入りそうな声で。
「……直哉さん、前にお付き合いしていた人がいたって聞いたから」
 その一言に、友真はああ、と合点する。
「そのことで直哉さんからなにか言われたわけじゃないし、比べること自体失礼なのはわかってるんだけど……」
 カップを覆う手に、力が入る。
「やっぱりひけ目を感じちゃうから……」
 それはそうだろう、と友真は内心で思う。
 自分の愛する人がかつて愛した人。気にならないわけが無い。
 けれどここは、お兄ちゃんぶって。
「そかそか。凪ちゃんは優しいな」
「えっ……」
 瞬きをする彼女に向かって、続ける。
「だって、それって直哉さんの気持ちを大事してるってことやろ」
「そう……なのかな」
「うん、そうやで。だから気にしてしまう気持ちは、ようわかる。けどな……」
 それはどこか、自身にも言い聞かせるかのように。
「今の直哉さんは凪ちゃんを好きなんやから。前の人の事はきにせんでいいとおもうよ」
 そしてにっと笑ってみせると、告げる。
「それに凪ちゃんはこんなに可愛いねんしな」
「……ありがと」
 嬉しそうにうなずく。
「やっぱり、お兄ちゃんに相談して良かった」
「うんうん。役に立てたんならよかったわ」

 微笑み合う二人。
 そこで話が終わるのかと思いきや――そうではなかった。

「……で、お兄ちゃんはどうなの?」
「ぇ」
「お兄ちゃんはやっぱり大事な人と、えっちなことしたいって思うの?」
 まがお。
「まま待って、その話はもう終わったんやなかったん?」
「それとこれとは話が別だよ」
「な、なんでそんなこと聞きたいん?」
「今後の参考のために!(いい笑顔)」

「いったい二人でなんの話をしてるんだ……?」

「うわっ」
「きゃっ」

 二人同時に叫んでしまう。
 なぜなら目の前に現れたのは、凪の彼氏である桐生直哉本人だったから。
「何か、俺の名前が聞こえたから……」
 どうやらお腹がすいて食堂に来たところ、友真たちを見つけたらしい。
「わぁ凄いタイミング……」
 目をそらす友真の横で、凪が大慌てで。
「な、なんでもないんです!」
 どう見ても怪しい。
 気になった直哉は、友真の方に視線を向けてみる。しかし友真は人差し指を口に当て、軽く片目を瞑って。
「年頃の女の子悩み相談を受けてただけっすよ。好きな人について……みたいな?」
「あ、お兄ちゃんたら……もう」
「凪ちゃんは優しいから、直哉さんのこと一生懸命考えているみたいです」
 顔を真っ赤にしてうつむく凪。そんな彼女を見て、直哉はそれなりに察したのだろうか。
 一旦考え込むように沈黙したあと、のんびりとした声音で切り出す。
「えっと……俺の事を考えてくれるの嬉しいけど」
 この言葉でいいのか悩みながらも、紡ぐ。
「俺に合わせ過ぎて凪らしさがなくなるのは困るよ」
「えっ……?」
 驚いて顔を上げた凪を見た途端、急に気恥ずかしくなる。
「あーもう……」
 彼女の頭をいっぱいわしゃわしゃして。まるで独り言のようにつぶやく。
「凪は凪なんだから。そのままでいい」

「ええなあ。微笑ましいなあ」
 友真の言葉に再び顔を赤らめる凪。しかし隣に座った直哉はあっさりと。
「で、そっちは二人きりの時はどう過ごしてるんだ?」
「ぶほっ」
 唐突かつ単刀直入な質問に、友真は再びむせながら。
「……い、いきなりっすね?」
「いや、なんか気になったから」
 まるで気にする様子の無い直哉の横で、いつの間にやら凪も期待の眼差しで見つめている。
「そ……そんなきらきらした目で見られたら、逃げられへん……!」
 今度は友真が、顔を赤くしながら答える。
「普通です、普通。アホな話や真面目な話もするし、恋人らしく甘えたり甘やかしたりもある、みたいな……」
「具体的な話をしてもらおうか(カッ」
「凪ちゃんキャラ変わってんで!?」
 言われた凪は「冗談だよ」と笑っていたが、どう見ても目がマジです本当にありがとうございます。
「こういうこと聞く機会なんてそうそうないからな。真剣に聞いてみたいと思っている」
「くっ直哉さんまで……それとなく真面目な雰囲気を漂わせるとか、断りづらいことこの上ないな!」
 気が付いたら完全に包囲網敷かれてた。
 追い詰められた友真は観念したようにため息をつくと、まるで独り言のように。
「まあ……なんて言うんかな。俺も相手がだいぶ年上やから……自分はまだまだ子供やなって思うこと多いわけで…」
 こういう話を人にするのは初めてで。
 どう伝えればいいのかもわからず、一生懸命考えながら続ける。
「でもそのぶん同じものを見て、同じように笑ったり、泣いたり、感動できるだけでも楽しいなーとか嬉しいなーとか……そういう風に過ごせてたらええなーとか……いや自分でも何言ってるかわからへんな」
 そこで友真はぽかんとなっている二人に気付く。
「と、とにかく、凪ちゃんたちとあんまり変わらへんと思うよ」
 恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながらも、最後にこれだけは言っておかねばと言わんばかりに。
「あ、でも愛情だけは誰にも負けへんかな?」
 へらっと笑ってごまかす友真を見て、凪がにっこりと微笑む。そしてなぜかとても嬉しそうに、一言。

「幸せなんだね、お兄ちゃん」

 その言葉に友真は、思わず苦笑する。
「……うん、そこは否定できへんわ」
 
 春の香りは、甘く優しく。



「桜が咲いたら、皆でお花見せえへん?」

 学園内にある桜並木を三人で歩きながら、友真は提案する。
「俺も相手呼んでくるし」
「うん、私もやりたい! お弁当とか持ってくるね」
 張り切った様子の凪を見て、直哉も頷き。
「ああ。たまにはのんびり……っていうのも、いいかもしれないな」
 きっとその頃には、今よりもだいぶ温かくなっているだろう。
「あ、あの。直哉さん。好きな食べ物とかあります?」
 急に問われた直哉は、目をぱちくりとさせ。
「そうだな……割と何でも食べるよ。俺すぐ腹減るし。知ってるだろ?」
「そ、そうでした……!」
 二人とも趣味が食べ歩きであるため、よく一緒に食事に行っている。
 どうしてそんなことを聞くのか直哉が不思議そうにする横で、友真が。
「好きな人のことは何でも聞いてみたいんすよ」
「え?」
「知っていても、な」
 そう言って、凪に向かって目配せ。
 当の本人は恥ずかしそうに直哉を見上げている。そんな彼女を見て、直哉はくすりと頬を緩め。
「じゃあ、俺からも聞いてみるか」
「……?」
 不思議そうな彼女に、問うてみせる。

「今週末、どこ行きたい?」

 その時見せた凪の表情は、思わず微笑んでしまうほど愛らしいものだった。


●あなたのてのひらの

 夜。

 直哉は自室で一人、ぼんやりとすごしていた。
 昼間凪達と話していたことが、頭をよぎる。

「好きな人のことは何でも知りたい――か」

 ふと、自分の手のひらを見る。
 同時に浮かぶのは、凪が見せた満面の笑み。
 彼女の柔らかそうな頬。
 生えそろった長いまつげ。
 華奢なその、首筋。

 この手で触れてみたいと思う。知ってみたいと思う。
 もっと。
 もっと。
 けれど、触れると失ってしまいそうで。

「多分俺は……」

 怖いのだ。
 かつてこの手からこぼれていった幸せ。
 また、失うのではないか。
 また、心が千切れてしまうのではないか。
 そんな恐れが、自分の中に存在しているのも事実で。

「この手で……」
 護りきる。
 あの時の決意がゆらぐのは、それほど彼女に惹かれているからなのだろう。
 失う怖さと思いの強さは、常に比例してしまう。

 ――それでも。

 直哉は、開いた指を閉じる。 
 白く小さな手を握ったとき、もう一度誓ってしまった。
 今度こそは、失わないことを。この身に代えてでも守り抜くことを。
 既にそれは、抗うことの出来ない感情。
 なぜなら自分は、思い出してしまったから。

 伝わる体温が――こんなにも愛しいことを。

 春の温かさは、淡く切なく胸に響く。


 桜の季節は、もうすぐに。 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/愛】

【ja6901/小野友真/男/17/インフィルトレイター/深】
【ja3398/澤口 凪/女/14/インフィルトレイター/優】
【ja3043/桐生直哉/男/19/阿修羅/温】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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恋の楽しさと、ほろ苦さと、幸せと。
春の浮き立つ気持ちと共に、書かせていただきました。
楽しんでいただければ幸いです。
ラブリー&スイートノベル -
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エリュシオン
2013年04月05日

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