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『あなたのてのひらの 』
桐生 凪ja3398

 桜のつぼみが膨らむ、3月下旬。
 外に出るたびに心が浮き立ってしまうのは、自分が恋をしているからだろうか。 
 花の香りと、霞みがかった空。
 春が、来る。

 ここは久遠ヶ原学園にある食堂。
 オープンテラスの南面からは、穏やかな陽光が室内に淡い陽だまりを作っている。
 平日のお昼時は、おしゃべりに花を咲かせる生徒で一杯の場所。
 今は時間帯がずれているせいか、人影はそう多くはない。

 その一角で、頭を付き合わせる二つの影。小野友真とその後輩の澤口凪だ。
 まるで兄妹のように仲の良い二人。今日もここで遅めのランチを取っていた。
 食事も食べ終わり一息ついた、そんな折。
 切り出されたのは、凪の小さな一言。
「あのね、友真兄ちゃん……相談があるの」
 どこか思い詰めた様子の彼女を見て、友真は少し驚いたように。
「どうしたん?」
「うん……えっとね。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
 友真は三歳年下の凪のことを、妹のように溺愛している。一人っ子の彼にとって、兄と呼び慕ってくれる彼女のことがかわいくて仕方が無い。
 つまり彼女から相談されれば、喜んで受けたい兄心。
「わかった、ちょっと待っとってな!」
 はりきって自販機に向かうと、自分用のコーラと凪用のホットココアを購入してくる。
「ほい、これでも飲んでゆっくり話そ?」
「うん……ありがと」
 ココアの入った紙コップを両手で包み込みながら、凪はにっこりと微笑む。

「あのね、私……誰に相談しようかすごく迷ったんだ」
 考えに考えて。この人なら大丈夫と思った相手が、友真だった。
「すごくね、言いづらいことだから……」
「そ、そっか……ずいぶん深刻そうやな……?」
 逡巡を繰り返す凪を見て、友真は内心で焦っていた。
 一体どんな相談なのか。果たして自分が答えられる内容ならいいのだが……。
 ごくり、と息を呑んだ時。
 凪の濃緑の瞳が、決心したかのようにこちらを向いた。

「お、お兄ちゃんぐらいの男の人って、やっぱり大事な人と……え、えっちなことしたいものなの?」
「ぶほっ」

 思いっきりむせる友真を見て、凪が慌てたように。
「わわっ大丈夫? お兄ちゃん」
「げほっげほっ…だ、大丈夫……まあそれは……人それぞれやと思うけど……」
 視線をそらしながら濁した後。
 ふと思い立ち凪に向き直る。
「……てゆか、どしたん?」
 そんなことを聞いてくるには、恐らく何か理由があるのだろう。
 問われた凪は顔を真っ赤にして弁解を始める。
「だ、だって……! 気になるんだもん」
「気になるって……彼氏となんかあったん?」
 図星。
 凪の瞳が切なそうに細まるのを見て、友真は敢えて気安く。
「……話してみ? 何かアドバイス出来るかもしれへんし」
「べ、別にね、喧嘩したとかそんなんじゃないんだ」
 凪はうつむきながら、途切れがちに言う。
「……直哉さん、私と二人きりの時でもね……そ、その。何もしてこないから……」
「それは多分、凪ちゃんのこと大事にしてるからやと思うけど。まだ中学生なんやし」
「そ、それはわかってるよ。直哉さんは凄く大人だし、私のこと大事にしてくれてるのも知ってる……だけど」
 微かに目を伏せると、消え入りそうな声で。
「……直哉さん、前にお付き合いしていた人がいたって聞いたから」
 その一言に、友真はああ、と合点する。
「そのことで直哉さんからなにか言われたわけじゃないし、比べること自体失礼なのはわかってるんだけど……」
 カップを覆う手に、力が入る。
「やっぱりひけ目を感じちゃうから……」
 それはそうだろう、と友真は内心で思う。
 自分の愛する人がかつて愛した人。気にならないわけが無い。
 けれどここは、お兄ちゃんぶって。
「そかそか。凪ちゃんは優しいな」
「えっ……」
 瞬きをする彼女に向かって、続ける。
「だって、それって直哉さんの気持ちを大事してるってことやろ」
「そう……なのかな」
「うん、そうやで。だから気にしてしまう気持ちは、ようわかる。けどな……」
 それはどこか、自身にも言い聞かせるかのように。
「今の直哉さんは凪ちゃんを好きなんやから。前の人の事はきにせんでいいとおもうよ」
 そしてにっと笑ってみせると、告げる。
「それに凪ちゃんはこんなに可愛いねんしな」
「……ありがと」
 嬉しそうにうなずく。
「やっぱり、お兄ちゃんに相談して良かった」
「うんうん。役に立てたんならよかったわ」

 微笑み合う二人。
 そこで話が終わるのかと思いきや――そうではなかった。

「……で、お兄ちゃんはどうなの?」
「ぇ」
「お兄ちゃんはやっぱり大事な人と、えっちなことしたいって思うの?」
 まがお。
「まま待って、その話はもう終わったんやなかったん?」
「それとこれとは話が別だよ」
「な、なんでそんなこと聞きたいん?」
「今後の参考のために!(いい笑顔)」

「いったい二人でなんの話をしてるんだ……?」

「うわっ」
「きゃっ」

 二人同時に叫んでしまう。
 なぜなら目の前に現れたのは、凪の彼氏である桐生直哉本人だったから。
「何か、俺の名前が聞こえたから……」
 どうやらお腹がすいて食堂に来たところ、友真たちを見つけたらしい。
「わぁ凄いタイミング……」
 目をそらす友真の横で、凪が大慌てで。
「な、なんでもないんです!」
 どう見ても怪しい。
 気になった直哉は、友真の方に視線を向けてみる。しかし友真は人差し指を口に当て、軽く片目を瞑って。
「年頃の女の子悩み相談を受けてただけっすよ。好きな人について……みたいな?」
「あ、お兄ちゃんたら……もう」
「凪ちゃんは優しいから、直哉さんのこと一生懸命考えているみたいです」
 顔を真っ赤にしてうつむく凪。そんな彼女を見て、直哉はそれなりに察したのだろうか。
 一旦考え込むように沈黙したあと、のんびりとした声音で切り出す。
「えっと……俺の事を考えてくれるの嬉しいけど」
 この言葉でいいのか悩みながらも、紡ぐ。
「俺に合わせ過ぎて凪らしさがなくなるのは困るよ」
「えっ……?」
 驚いて顔を上げた凪を見た途端、急に気恥ずかしくなる。
「あーもう……」
 彼女の頭をいっぱいわしゃわしゃして。まるで独り言のようにつぶやく。
「凪は凪なんだから。そのままでいい」

「ええなあ。微笑ましいなあ」
 友真の言葉に再び顔を赤らめる凪。しかし隣に座った直哉はあっさりと。
「で、そっちは二人きりの時はどう過ごしてるんだ?」
「ぶほっ」
 唐突かつ単刀直入な質問に、友真は再びむせながら。
「……い、いきなりっすね?」
「いや、なんか気になったから」
 まるで気にする様子の無い直哉の横で、いつの間にやら凪も期待の眼差しで見つめている。
「そ……そんなきらきらした目で見られたら、逃げられへん……!」
 今度は友真が、顔を赤くしながら答える。
「普通です、普通。アホな話や真面目な話もするし、恋人らしく甘えたり甘やかしたりもある、みたいな……」
「具体的な話をしてもらおうか(カッ」
「凪ちゃんキャラ変わってんで!?」
 言われた凪は「冗談だよ」と笑っていたが、どう見ても目がマジです本当にありがとうございます。
「こういうこと聞く機会なんてそうそうないからな。真剣に聞いてみたいと思っている」
「くっ直哉さんまで……それとなく真面目な雰囲気を漂わせるとか、断りづらいことこの上ないな!」
 気が付いたら完全に包囲網敷かれてた。
 追い詰められた友真は観念したようにため息をつくと、まるで独り言のように。
「まあ……なんて言うんかな。俺も相手がだいぶ年上やから……自分はまだまだ子供やなって思うこと多いわけで…」
 こういう話を人にするのは初めてで。
 どう伝えればいいのかもわからず、一生懸命考えながら続ける。
「でもそのぶん同じものを見て、同じように笑ったり、泣いたり、感動できるだけでも楽しいなーとか嬉しいなーとか……そういう風に過ごせてたらええなーとか……いや自分でも何言ってるかわからへんな」
 そこで友真はぽかんとなっている二人に気付く。
「と、とにかく、凪ちゃんたちとあんまり変わらへんと思うよ」
 恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながらも、最後にこれだけは言っておかねばと言わんばかりに。
「あ、でも愛情だけは誰にも負けへんかな?」
 へらっと笑ってごまかす友真を見て、凪がにっこりと微笑む。そしてなぜかとても嬉しそうに、一言。

「幸せなんだね、お兄ちゃん」

 その言葉に友真は、思わず苦笑する。
「……うん、そこは否定できへんわ」
 
 春の香りは、甘く優しく。



「桜が咲いたら、皆でお花見せえへん?」

 学園内にある桜並木を三人で歩きながら、友真は提案する。
「俺も相手呼んでくるし」
「うん、私もやりたい! お弁当とか持ってくるね」
 張り切った様子の凪を見て、直哉も頷き。
「ああ。たまにはのんびり……っていうのも、いいかもしれないな」
 きっとその頃には、今よりもだいぶ温かくなっているだろう。
「あ、あの。直哉さん。好きな食べ物とかあります?」
 急に問われた直哉は、目をぱちくりとさせ。
「そうだな……割と何でも食べるよ。俺すぐ腹減るし。知ってるだろ?」
「そ、そうでした……!」
 二人とも趣味が食べ歩きであるため、よく一緒に食事に行っている。
 どうしてそんなことを聞くのか直哉が不思議そうにする横で、友真が。
「好きな人のことは何でも聞いてみたいんすよ」
「え?」
「知っていても、な」
 そう言って、凪に向かって目配せ。
 当の本人は恥ずかしそうに直哉を見上げている。そんな彼女を見て、直哉はくすりと頬を緩め。
「じゃあ、俺からも聞いてみるか」
「……?」
 不思議そうな彼女に、問うてみせる。

「今週末、どこ行きたい?」

 その時見せた凪の表情は、思わず微笑んでしまうほど愛らしいものだった。


●あなたのてのひらの

 夜。

 凪は一人、自室でぼんやりとすごしていた。
 昼間、友真と話したことが頭をよぎる。

「触れてみたいって思うのは、だめなのかな……」

 呟いて、思わず抱いていたクッションに顔をうずめる。
 自分がそんなことを考えているなんて、直哉が知ったらどう思うだろうか。

「……でも、好きなんだもの……」
 自分よりもずっと、大きな手。甲に見える筋も、節々がはっきり見える長い指も、全てが男性のそれで。
 時折触れる指先は、いつもほんの少し冷たい。

 あの手がとても好きだ。
 触れてみたいと思う。
 触れられてみたいと思う。

「いつかは、友真お兄ちゃん達みたいに……」

 なれるだろうか。
 あんなにも幸せそうな表情を、自分も出来るだろうか。
 今だって充分幸せだけれど。

「自信を持って、直哉さんの恋人だって言えるといいな」

 優しくて、ちょっとひんやりする。
 それはまるで、彼のそのもののようで。
 いつだって触れていたい、あなたの手のひら。

 胸を張って独り占めできるのは、そう遠くないといい。


 桜の季節は、もうすぐに。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/愛】

【ja6901/小野友真/男/17/インフィルトレイター/深】
【ja3398/澤口 凪/女/14/インフィルトレイター/優】
【ja3043/桐生直哉/男/19/阿修羅/温】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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恋の楽しさと、ほろ苦さと、幸せと。
春の浮き立つ気持ちと共に、書かせていただきました。
楽しんでいただければ幸いです。
ラブリー&スイートノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年04月05日

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