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『合縁奇縁というけれど 』
夜来野 遥久ja6843


 高く高く青い空に、刷毛で掃いたような薄い雲が伸びる。
 短い夏が終わってからの季節は駆け足で、そう長くなく冬へと突入するだろう。
 長く、暗く、寒い冬。
 その一歩手前の、ほんのわずかな穏やかな季節。
 秋。
 冷たい風に、くるくると落ち葉が舞う。
 寒いはずなのに記憶の端々にはぬくもりが残る。
 『家』のしがらみを本当の意味で知る前の、子供の頃は煌めきでいっぱいだったように、思う。




 とあるマンション。705号室。
 月居 愁也と夜来野 遥久が、故郷である北海道から撃退士として久遠ヶ原学園へと編入した際に移り住んだ場所。
 『家』から離れ、一年も経とうというところか。
 もとより気心の知れた従兄弟同士の二人暮らし@家政婦付きにも、すっかり慣れたころである。
「あれ?」
 リビングにある飾り棚の引き出しが、開きにくい。
 引っかかりに、愁也が二度三度、押し引きをする。
「……引っかかっているのか」
 のんびりとした休日。カッチリ大掃除も良いだろうかと思った矢先での不具合発生。
 力任せに壊してはまずいと遥久が声を掛け、窓を拭く手を止めた。
「以前から、調子は悪かったからな。とうとうか」
「よすがんに修理頼む?」
 困った時の友頼み。引き出しとの格闘を諦め、愁也は遥久へ振り向く。
 よすがん――点喰 縁は指物師の家系の青年だ。
 指し物とは、指し合わせ、組み合わせて作る木工器具の総称。ざっくり言えば指物師とは家具職人となるが、そこには日本の伝統文化が光る。
「そう簡単に連絡がつくだろうか」
「あ、もしもし、よすがんー? ちょっと家の飾り棚がさー そうそう、今からお願いできる? サーンキュ!」
「……早いな」
「よくわからないけど、やたら嬉しそうだったぜ」
 穏やかな休日、暇を持て余していたということだろうか?
 それならそれで、幸いだ。
「大事な飾り棚だからな、直るのなら越したことはない」
 実家から運び入れたそれは、長く使い込んでおり愛着のあるものだった。
 大学生の男二人で暮らしていて、調度品なんてものは無いけれど、思い出の写真や何やらを大切に閉じ込めている。




「御用命ありがとうごぜぇます。で、品はどちらに?」
 掃除を適当に切りあげたところで、縁がインターフォンを鳴らした。
「待ってました、職人!」
「こっちも学園に来て製菓無双からの久々の本業で、腕が鳴りまさぁ」
 普段は穏やかな表情の縁だが、どことなくキリリとした笑み。
(ああ、それで)
 縁の料理の腕前についつい甘えてしまっていたが。
 愁也と遥久は今回の件へ縁が二つ返事をした理由に思い至り、顔を見合わせて小さく笑った。
「古い代物なんですけどね。だからこそ、点喰殿には得意分野ではないかと」
「へぇ、そいつぁまた楽しみで」
 遥久の案内でリビングに入り……縁が一瞬、動きを止める。
「ん? どうかした?」
「いや、どことなく見覚えがある気がしまして。良い品ですねぇ」
「ありがとうございます」
 首をひねる縁を見下ろし、遥久は微かに目を細めた。
「それじゃ、さっそく……」
 縁は愛用の工具箱から仕事道具を取り出し、修繕へ取りかかる。
 その手際の良さに、遥久が感心しながら興味深げに見守っていた。
「あー、原因はここですねぇ」
(同じ型の指物、先代に一通りから教えられて作り上げたっけねぇ)
 思い出しながら、縁は手を進め――
(あ、れ……?)
 同じ型、というより…… そのものではないだろう、か?
 ふっ、と紅い影が縁の脳裏を掠める。
 子供たちの笑い声。
 頭を撫でる、祖父の暖かな手のひら。向かい側の老人――
 あれは。
「おっとと」
 引っかかりが外れ、勢いよく引き出しが引きぬける。
 我に返った縁は、胸元でそれを受け止めた。
 思わず覗き見た、引き出しの裏側には懐かしい駄菓子のおまけシールが3枚ぺたり。
「シール?」
「あーこれ昔よく食ってた、そんで記念にここに貼っ…… あれ?」
「愁あにさん、どうしやした?」
 思い出モードに入ると見せかけ、声を大きくした愁也に縁が首を傾げた。

「あー! 兎のじいちゃんとこの子供!」




 高く高く青い空に、刷毛で掃いたような薄い雲が伸びる。
 『家』のしがらみを本当の意味で知る前の、幸せな頃。
「はーるーひーさー!!」
 いつも変わらず能天気な従弟の声が遥久を呼ぶ。
「あそぶのは宿題がおわってからって、約束しただろ?」
「おわった!」
「…………」
「その日、いちばんたのしかったことを作文にかけって! だから、おれ、はるとあそぶ! で、しゅくだいおわる!」
 遥久は考える。
 それは、正しくは終わっていないだろう、と。
「しかたないな…… じゃあ、先におじいちゃんにあいさつ行こうか。お客さまが来てるんだって」
「おー!」
 遥久は考える。
 これは、愁也を甘やかしてるんじゃないだろうか。

 とたとたとた、軽い足音二人分、廊下を鳴らす。
「おじいちゃん、遥久です。愁也が来ました」
 障子の向こうへ声を掛け、それからゆっくりと開けて。
 隠居している祖父と、談笑している老人――その傍らに、見慣れぬ子供。
「じいちゃん、おじゃましまーす! あ、兎の爺様!」
「お久しぶりです」
 祖父と長く交流のある、指物師だ。遥久が一礼する隣で、愁也がずかずかと上がり込む。
「おまえだれー?」
「愁也!」
 まっすぐに指物師の老人の横に座る少年へと近寄り、顔を覗き込んでぶしつけに。
 慌てて遥久が止めに入る。
「夜来野遥久です。こっちは、従兄弟の月居愁也」
 怯える少年へ、遥久が精いっぱいの笑顔で自己紹介をした。
「しゅーや、でいいからな!」
「て…… 点喰縁、で」




 祖父が指物の一通りを教えてくれながら作り上げた、飾り棚。
 共に納品に行こうと遠方へ連れて行ってくれたは良いが、不安と緊張で縁は強張っていた。
 祖父と、御隠居の歓談も耳に入らない―― そんな状況に、灯されたあかり。

 チカリ。

 縁の記憶の一部が鮮明な光を放つ。
「え…… あー?!」
 愁也の叫びに、縁も呼応した。
 引っかかっていた記憶が、勢いよく噴きだす。
「勉強に、って祖父にくっついて遠方の上客へ納品に行ったことがありやしたが……」
 行先は、北海道の旧家。
 同じ国内とは思えないくらいに寒くて寒くて、それから緊張となにやらでガタガタしていたことを縁は思い出す。
「その家の、ご嫡男と従兄弟……」
「正確には、嫡男は兄ですけどね」
 当時5歳だった縁に、そこまで複雑な事情は解るまい。
「って、その口ぶり……。遥あにさんは、覚えてたんで?」
「屋号に覚えがありましたし、実家はずっとお付き合いさせて頂いておりますからね」
「……早く言えよ」
「うっすらと、だったからな」
 3人が一緒の時を過ごしたのは、その時だけだったのだから。
 口を尖らせる愁也へ、仕方ないだろうと遥久が肩をすくめた。
「それにしても、懐かしい」
「ですねぇ」
 たった3枚のシールを呼び水に、一日限りの『縁』を三人は思い出していた。



「なー、なー、あそぼうぜ! あそんでいーい?」
 愁也が少年の手を引き、それから申し訳程度の了承を二人の老人へ。
 騒がしくてかなわんと、笑いながら振り払われ、少年たちは外へと飛び出した。

「なにしてあそぼうか?」
「なにしたい? よが!」
 よすが、と舌の回らない愁也が、噛んでることすら気付かず手を伸ばす。
「え、あ……」
 落ち着いた物腰の年長者・遥久と、その従兄弟だという元気いっぱいの愁也。
 二人に畳みかけられ、縁は及び腰となる。
 出来のいい兄姉に囲まれていることから引っ込み思案になりがちで、更に初めての土地、見知らぬ相手。
「あっちに、池が……ありやしたよね?」
 見てみたい。
 おずおずと言いだせば、愁也が力強く縁の手を引いた。

 手入れの行き届いた庭園、ゆったりと池で泳ぐ錦鯉。
 淵にかがみこみ、縁が目をキラキラさせて影を追った。
「よすが、そんなの面白いのか?」
「あにさん、こいつぁ大層な鯉ですぜ!!?」
 『そんなの』呼ばわりする愁也へ、縁が目を見開く。
「だって、釣ることもできないしつかもうとすればおこられるしーー」
「な、なんてこと」
 はじめはお客様のうちの子だから、と遠慮気味だった縁も、どんどん愁也のペースに飲まれていく。
「おーい、いいものもらってきたよ」
 姿を見せないと思っていた遥久が、竹かごにサツマイモを入れて登場。
「落ち葉をかたづけたら、焼いていいって!」
 唯一、火の取り扱いを許されている遥久が、年下二人に目先のご褒美を。
「点喰くん、じょうずだね??」
「家の方が、凄いんでさぁ。きょうだい総出でかりだされて」
 幼いながらの手際の良さに遥久が驚き――集めたそばから散らかす愁也を叱りつけた。
「あはは! だって、ほら、すっげーきれい!!」
 大きな竹箒をふりまわせば、赤に黄の落ち葉がクルクル回る。
 見上げた縁の目に、降り落ちてくる紅いの軌跡。




 あの色だったか。
 北海道の空に舞う落ち葉。
 記憶を取り戻した縁が口元に手を当て、小さく肩を揺らした。
「愁あにさんは、あれから落ち葉の片づけは上手くなったんで?」
「焼き芋の加減ならバッチリだな、愁也」
「今から秋が楽しみでさ」
「見てろよ。……それにしても、ここでまた会ったか」
 からかい口調の二人へ口を尖らせながら、愁也は改めて引き出しのシールを覗く。

 ――記念なっ

 庭を走り、木に登り、駄菓子を食べて、そして……
 縁が祖父と作ったのだという、その日に収めた飾り棚の引き出しへ、三人でシールを貼った。
 子供たちにとっては、誰にもばれない秘密の場所。
 けれど、祖父たちはきっと気づいていただろう。
 それをそのままに、今日という日まで『記念』としてくれていたことに、三人は胸を温めた。
「元気にしてるかな」
「殺しても死にそうにありませんがね」
「隠居させるにも惜しいっちゃ惜しい」
 お互い、それぞれの祖父も相変わらずのようで――

「まさに『縁』ってやつだな」

 休日の、日は長い。
 思い出話にもうひと花、咲かせようか。




【合縁奇縁というけれど 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7176/ 点喰 縁   / 男 /18歳/ アストラルヴァンガード】
【ja6837/ 月居 愁也  / 男 /23歳/ 阿修羅】
【ja6843/ 夜来野 遥久 / 男 /27歳/ アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
一つの飾り棚を巡る素敵な『縁』のお話、お届けいたします。
可愛らしくも『らしさ』の残る少年時代、イメージ通りに描けていればと思います。
春の暖かな日差しの中で、今ひとたびの絆が深まりますように。


ラブリー&スイートノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年04月08日

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