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『輝く月夜のそのあとに 』
七ツ狩 ヨルjb2630

 大気が、冴えわたる。

 夜の深まりと共に、頬に触れる空気は更に冷たく澄んでゆく。
 眩しいほどの月明かり。
 今宵の空は、未だ醒めぬ幻夢の奏で。

 夜空に二つの影が浮かんでいる。
 紅いチャイナ服に身を包み、上からロングコートを羽織っている、蛇蝎神 黒龍。
 彼が手を引く先には、同じく黒のチャイナ服とコートに身を包んだ七ツ狩ヨル。
 不思議なディナーを終えた後、二人は空中散歩を楽しんでいた。
 輝く月夜。
 空を眺めるのが好きな、ヨルのために。

「……そろそろ、行こか」
 黒龍の言葉に、ただじっと月を見つめていたヨルが応える。
「……うん、そうだね。時間もだいぶ遅いし」
 名残惜しそうな声音に、黒龍は思わず苦笑しながら。
「ヨル君はほんま、空が好きやなあ」
「え?」
「あんまり見惚れてるもんやから、ちょっと月に嫉妬してしもたわ」
「……なんで黒が嫉妬するの?」
 首を傾げるヨルに、黒龍は笑いながら。
「冗談やって。ボク、空を見るヨル君眺めるの好きやからな」
「ふうん……やっぱり、黒って変わってるね」
 素直なヨルの反応に黒龍はいつものようにおどけてみせながら。
 
 ――あんな目で。

 自分を見てくれたらどんなにいいことか。
 口に出したりは、しないけれど。

「じゃあ、そろそろ帰る?」
「あ、ボク綺麗な夜明けが見られるホテル予約してんねん」
「え、そうなの?」
 驚いた様子のヨルに、うなずいてみせ。
「ちょっと気張ってええトコ取ったんやで。そこに泊まって、明日夜明けを見たらええかなて」
「へえ、そうなんだ。黒、ありがとう」
 大きく表情に変化はないものの明らかに嬉しそうなヨルを見て、黒龍も上機嫌で。
「ほな、行こか」
 目指すは海の側に立つ、リゾートホテル。
 
 満月の宵は、まだまだこれから。



 案内されたのは、最上階のスイートルーム。
 入ったヨルは、きょろきょろと周囲を見渡しながら一言。
「……凄い部屋だね」
 落ち着いた色調で統一された、広々とした空間。
 淡い照明と壁一面に掛けられたタペストリーが、どことなく異国の情緒さえ感じさせる。
「景色を見るのに、一番いい部屋を選んだんやで」
 全てを物珍しそうに見ているヨルを、黒龍は微笑ましく見守りながら。

 中央壁際には真っ白なシーツでくるまれた、大きなベッドが二つ。
 ヨルがそのうちの一つにぼふんと飛び込むと、目を細める。
「わあ、ふかふかだ」
 こんな贅沢な寝床で見る夢は、どれほど素敵なのだろう。
 ヨルはそんなことをぼんやりと考えながら、柔らかなシーツに顔をうずめる。

「ヨル君、こっち来てみ?」
    
 呼ばれたヨルが顔を上げてみると、黒龍がカーテンを引いたところだった。
 現れたのは、南面いっぱいに作られたガラス窓。天井ぎりぎりの位置から作られているそれは、通常の窓よりもずっと大きく。
「こんだけ広い窓がある所って少ないねん。景色がよう見えるやろ?」
「ほんとだ……」
 黒龍の側に立ったヨルは、そこから見える夜景にしばしの間見とれる。
 無数の光が瞬く、幻想的な景色。
 光の洪水は月夜をさらに彩り、見る者の内へと響く。
「……あの一つ一つの下には、誰かがいるんだよね」
 ヨルの隣で眺めていた黒龍も頷きながら。
「夜景って不思議やね。人間が作ったもののはずなのに……幻みたいや」
 それはまるで、一夜限りの夢のように。
「……だからじゃないかな」
 ぽつりと呟いたヨルの言葉に「ああ」と微笑む。
「そうか。だからや」
 愛も、命も。
 人のそれは刹那的でだからこそ、美しい。
 悪魔である自分たちは、その煌めきに惹かれたのだから。
「さあ、まだまだ夜は長いしな。のんびり夜更かしでもしよか」
 黒龍の提案に、ヨルも頷いてみせる。 
 もちろんルームサービスでカフェオレを頼むのは、忘れずに。

 ひとしきり夜景を楽しんだ後は、ふかふかのベッドで二人ともたわいの無い話に花を咲かせる。
 この世界に来たときのこと。
 色んな場所に行ったこと。
 人間の不思議な習慣の数々に、驚いたこと。
 そして話題がバレンタインへと移った時、ヨルが急に思い出したように立ち上がる。
「ヨル君どしたん?」
「ちょっと待ってて」
 ヨルは椅子においてあった鞄の中から、小さな包みを取り出す。そしてベッドまで戻ると黒龍に差し出す。
「これ、黒にあげる。渡そうと思って忘れてた」
「え?」
「今日はチョコを渡す日なんでしょ。人間も面白いこと考えるよね」
 それを聞いた黒龍は、少し驚いたように受け取り。
「おおきに。嬉しいわあ」
 恐らくヨルは、チョコレートを渡す意味まではわかっていないのだろう。
 単に人間の習慣を真似てみただけ。そんなことは、受け取った自分が一番よくわかっている。
 それでも。

 ――喜ぶなって言う方が無理な話や。

「あれ、食べないの?」
 不思議そうなヨルに、黒龍は嬉しそうに箱を見つめたまま。
「後で大切に食べるわ。せっかくヨル君からもろたんやしね」
「ふうん? そうなんだ」
 当の本人は、まるで気にした様子もないけれど。

 室内に設置されたスピーカーから、ゆるやかなジャズが流れる。
 夜も更け、人も悪魔も眠りにつき始める頃。

「……あれ、ヨル君寝てしもたん?」

 見ればヨルが枕を胸に抱いたまま、寝息を立てている。
 穏やかな寝顔を見て、黒龍はつい目を細め。
 ヨルと出逢ったときのことを、ふと思い出す。

 ――最初に姿を見たのは、図書館からの帰り道だった。

 その日は見事な夕焼け空で。
 見とれていると、同じように空を眺めている小さな影を見つけた。それが、ヨルだった。
「……思わず、声をかけたんよなあ」
 その時見たヨルの表情は、とても穏やかで。
 夕陽に照らされた瞳は、とても綺麗で。
 一目で、魅入られてしまったから。

 それから友達になり、ことあるごとに一緒に出掛けている。
 ヨルに対する感情が、友人に対するそれ以上であることは自分でも気付いているものの。

 再び、寝顔を見る。
 白く透き通るような頬。閉じられたまぶたからのぞく睫毛は、時折微かに震える。
「ヨル……」
 起こさないよう、頬に触れてみる。柔らかで、温かな感触。

 愛おしい。

 月光そそぐ青白い室内。
 そっと交わす、淡い口づけ。顔を離すと同時に感じる、小さな痛み。
「愛してるで……」
 つい漏れた言葉に、思わず苦笑し。

「……なんて、重いよな」

 好きであることは自覚していた。でも伝えることの怖さも、わかっている。
 今まで思いを重ねてきた相手は、全て壊してきた。
 好きすぎて、好きすぎて。
 耐えられなかった。
 悪魔であることを知られ、拒否されたこと。
 自分を見つめる瞳に怯えが、映ったこと。
 だから、全て壊した。
 壊してしまえば、リセットできたから。これ以上傷つかずに済んだから。
 そんな自分に、絶望もしていて。

 耐えきれず、片手で顔を覆う。
 ヨルだけは、壊したくない。
 思えば思うほど、伝えられない。
 友達としてなら、いくらでも好きと言える。
 けれど――
 愛の苦しみは、自ら生みだした業。
 そのことを、わかっていながらも。

 黒龍はしばらくの間、ヨルの寝顔を見つめ続け。
 やがて髪にもう一度口づけをすると、そっと離れる。
「……おやすみ」
 布団をヨルにかけると、自分のベッドへと戻る。
 そして痛みを抱き込むかのように、眠りへと落ちた。



 夢を、見ていた。
 そこは、人も悪魔も天使も無い世界で。
 ただ、魂だけが存在していて。
 皆で夜明けの空を見つめている。
 幸せで、美しくて――
 どこか、哀しい世界。

 ふいに、誰かに呼ばれた。
 この声は――

 目を開くと、そこには黒龍の顔があった。
「……黒?」
 自分を見つめている、紅い瞳。
「ヨル君、朝やで」
 ぼうっとする頭で、身体を起こす。自分が今どこにいるのか、思い出すのに時間をかけながら。

「窓の外見てみ? すごいで」

 言われて、ようやく思い出す。ここはリゾートホテルの一室。
 昨夜黒龍に誘われたのだった。
 窓の方へ視線を移す。
 そして目に映った景色に、言葉を失う。

 光が、溢れる。

 空と海との境界線。
 そこからのぞく太陽は、全ての始まりを告げる神の標。
 世界に、色が戻る。
 空が、目覚める。
 
 何度でも、何度でも。
 自分たちは生まれ変わる。
 そう教えてくれる、人界の夜明け。

 ――ああ、本当に綺麗だ。

 心待ちにしていたこの瞬間。

「……あの人も今、誰かとこれを見てるのかな」
「……昨日の執事か?」
 ヨルは頷きながら、思う。
 昨夜出逢った不思議な青年。あれは現実だったのかさえ、今はもうわからないけれど。
 彼がもしこれを見ていたら、一体何を思うのだろう。
 そして今側に居る、この友人は――。
「……黒」
「うん?」
「俺たち人間と天使ってさ。……今からでもこの空のようになれるかな」
 それは酷く難しいことだと、わかってはいるけれど。
「……どうやろな」
 窓外を見つめたまま、黒龍はしばらく沈黙し。
 後ろからヨルの髪にそっとキスをすると、穏やかに口を開く。
「先のことはわからへんから。信じて祈るくらいしか、できへんしね」
 それはどこか、自分自身に言い聞かせるかのように。

 無理だと分かっている。
 けれどわずかな希望を求めるのが、人間なのなら。
「少なくとも、ボクは諦めへんよ」
 いつか、きっと。
 人間のように。
 黒龍の言葉を聞いたヨルは、ただわずかに頷いて。
「……そうだね」
 この先どうなるかは誰にもわからない。
 それでも、この景色をまた二人で見られたらいい。
 そう。

 今はそれだけで、充分なのかもしれない。

 けれど、いつか――

●どこかの境界線で

「ふふ……これが人界の夜明けの空、ですか」
 眩しそうに目を細めるのは、執事姿の青年。優美なその瞳に、朝焼けの色を映して。
「ええ。そのようでございますね」
 隣に立つのは、同じく執事姿をした壮年の男。銀縁眼鏡の奥からのぞく瞳は、ただじっと夜明けの空を見つめている。
「……不思議なものですね。どういうわけか、とても懐かしく感じます」
 それを聞いた青年は、愉快そうに笑んでみせ。
「あなたの心が、覚えているのですよ」
 そう言って再び空を眺め、ゆっくりと告げた。

「こんなにも、美しいのですから」
 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢/種族/職業/空】

【jb3200/蛇蝎神 黒龍/男/24/悪魔/ナイトウォーカー/夜深】
【jb2630/七ツ狩 ヨル/男/14/悪魔/ナイトウォーカー/夜明】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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思いを隠せる夜はいい。
けれどいつかは、夜明けの空を。
そんな想いが伝われば、幸いです。
ラブリー&スイートノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年04月08日

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