『Baby,Don't cry 』

彪姫　千代（jb0742）

●
　バレンタインデー、ホワイトデー。
　よくわからないけれど、好きな人に贈り物をする日、なのだそうだ。
　どうして、とか、どんなものを、とか、さっぱりわからないけれど。
　好きな人。
　大好きな人。
　それだったらわかる。すぐに思い浮かぶ。



●
「おー！　父さん、ホワイトデーなんだぞー！」
「おう、千代。バレンタインは、ありがとーな」
　広い学園内でも、その後ろ姿はすぐにわかる。
　彪姫 千代は、筧 鷹政の姿を見つけるなりダッシュでアタック。
　鷹政も慣れたもので、笑いながら受け止める。
「千代、ほら。手を出してごらん」
「お、おー？」
「一生懸命なチョコ、ありがとな。コレは俺からのお返し」
　手のひらへ、キラキラのキャンディーがいくつも降り注ぐ。
「綺麗だったんで、千代にも喜んでもらえると嬉しい。仲の良いお友達と食べてください」
「あ、ありがとーなんだぞ……」
　出鼻をくじかれる形で、千代は手の中のキラキラを見つめる。
「あんな、父さん、あんな。ホワイトデーって、よく分かんねーけど、好きな人にプレゼントをあげる日らしんだぞー！」
「……バレンタインにも同じこと言ってなかったか？」
「俺、父さん好きだからな！！　プレゼントなんだぞー！」
「へ！？」
　バレンタインには、精一杯が伝わるような手作りチョコレートをもらった。
　価格で比較できるものじゃないけれど、鷹政なりに選べる範囲で千代の喜びそうなお返しを、と考えたつもりだった。
　が、更にホワイトデーは別口！？
　それは完全に予想外だった。
　ビシリとラッピングされた小箱を、鷹政は呆気にとられた表情で受け取る。
　包装紙は、有名百貨店のもの。
「……ネクタイピン」
「デパートのお姉さんが教えてくれたんだぞー！」
　『父へのプレゼント』きっと、そう伝えて選んでもらったのだろう。なるほど定番だ。
　鷹政の髪の色に合わせた、シックなデザイン。
　仕事柄、必要であればスーツを着ないでもなかったが、まったくもって圧倒的に出番は少ない。
　だから、
「ありがとう、大事にするよ」
　大事にできる。そう思う。
　危険な場所へ持っていき、血に汚すようなことはないだろう。
「けどなー、千代はバレンタインにチョコくれたんだから、ホワイトデーまではいいんだぞ？」
　鷹政は苦く笑いながら、自分とほとんど身長の変わらない少年の額をペチリと叩いた。
「？　千代？」
　いつだって溢れんばかりの元気を跳ね返してくるはずが……　何やらペショリとしている。
（あれ？　言葉まちがえたか？）
「……あんなあんな、父さん、俺」
「とりあえず、ちょっと場所を変えようか」
　学園の廊下で、でかい男二人で立ち話を続けるのもいかがなものか。
　千代の様子が普段と違うことを察して、鷹政は手を引いて学園生時代の頃からのお気に入りの場所へと案内した。



●
　屋上と言えば学園物の定番スポット。
　春、には未だ少し早くて、屋上に吹きつける風は酷く冷たいけれど、気にする千代でなければ鷹政でもない。
　青春を満喫する若者であふれかえる前で、ちょうどいいくらいだろう。
「……で？　大好きな父さんにプレゼント贈って、なんだってそんなショゲてるのさ」

「鷹政父さん、俺、……父さんは俺の事、迷惑じゃないのか？」

　音を文字にして脳内に落とし込むのに、数瞬、かかった。
「へ？」
　それでも、聞き返してしまう。
「俺バカだし……　良く怒られてばっかだし……　だから、父さん、俺と一緒にいたら嫌なんじゃないかって思うときがあるんだぞ……」
「なんだそれ、誰かに言われたのか？」
　言霊、というものがある。
　音にすることで、気持ちにより響くものがある。
　不安を吐き出して、楽になるかと思えば……募る一方で。
　父、と呼び慕っていても、血の繋がりはないのだろうくらいは、感じ取っている。
　けれど、寒いだろうと掛けられたジャケットの匂いに感じた懐かしさ。
　父さん、と呼びかけたときに、心の中に響いた何か。
　うまく言い表せない嬉しさが、確かにそこにあった。

　――筧さんだしねー

　耳にしたのは、そんな一言だった。
　誰かが父さんの噂をしている。なんの話だろう？　小さな好奇心。
　内容が自分との関係を指しているものだと知った時、ふわりと足場が消えた気がした。

「……俺……　父さんと離れたくないけど……」

　――強引に来られると、なし崩し的に設定増えるよね

「父さんが迷惑なら、俺……　父さんに近づかないんだぞ」

　――あんなんで大丈夫なのかなぁ、今ひとりなんだろ？

「だから、父さん、俺の事嫌いなら嫌いって言って欲しいんだぞ！」

「千代！！」

　歪む視界の向こうで、鷹政が怒鳴るように名を呼んだ。
　震える自分の両手首を掴み、しっかりと視線を合わせて。
（怖い）
　震えてる、そう自覚したのも、掴まれたからだ。
（怖い）
　拒絶されるのが。このまま、背を向けられ、二度と声を掛けられなくなるのが。
（でも　俺が、父さんにとって迷惑なら邪魔なら俺は）
「ったく、ブサイクな泣き面」
　次の瞬間、鷹政は破顔して、泣きじゃくる千代の涙をジャケットの袖で拭った。
　ゴワゴワと固くて痛い。
「父さん、いたいんだぞ」
「ハンカチなんて気の利いたモノもってねぇよ、我慢しろ」
「父さん」
「んー？」
「父さんの匂いがするんだぞ……」
「ははっ」



●
　少しだけ冷たい風が、涙を乾かす。
　昂った感情を落ちつかせる。
　屋上のフェンスに背を預け、千代と鷹政は並んで空を見上げる。
「あー、面白いモノ見た」
「おー！？　なんだなんだ！？　俺も見たかったぞ！！」
「千代の泣き顔」
「……父さん、いじわるなんだぞ」
「お前が馬鹿なこと言うからだ」
　ペチリ。
　再び、鷹政が千代の額を叩く。
「迷惑だったら上着を貸したりバレンタインのお返し用意するわけないだろ。俺がいつ、迷惑なんて言ったよ」
「だって……」
「それとも、千代は俺と居るのが嫌か？」
　切り返しに、千代は大きく首を横に振る。
「お……　俺は父さん大好きなんだぞ！　俺は嫌いになったりなんかしないんだぞ！」
　コンクリートの床に手をついて、グイと顔を近づけて。
「父さんと一緒にいるだけで俺、凄くうれしーんだぞ！　父さんが迷惑じゃないって言うなら……　その……」
「その？」
「これからも俺の父さんで居て欲しいんだぞ……」
「よくできました」
　鷹政は、そのまま千代を抱き寄せて、背中をポンポン叩いてやる。親が子へするように。それから、めちゃくちゃに短い髪をかき回した。


「ったく、どんな愛の告白なんだろーな」
「おー……　そういえば今日は何の日なんだー？」
「愛情の再確認、でいんじゃないの？」
　それは恋愛に限ったことではなくて。
　ちょっと不格好な家族愛でもＯＫだろう。
「おー！　父さんも、俺のこと好きか？」
「え　言わせんの？」
「……嫌いなのか？」
「好きですよ、手のかかるデッカイ息子だな！！」
　――どんな愛の告白だ。
　重ねて言って、笑いながら鷹政は息子へヘッドロックを掛けた。
「おそろいの上着でも着るか？」
「それは絶対いやなんだぞ！」
「知ってる」
　誰が命令しようが、冬すら乗り越えた千代の半裸は止められまい。
「父さんも脱げばいいんだぞー！」
「だが断る！！」

　血の繋がりとか本当とか本当じゃないとか、難しい区別はわからない。
　わからないけど、父と呼んでいいのなら。父で居てくれるなら。
　きっと、それでいいんだ。今のままで。

　キラキラと光るキャンディーのような感情が、千代の心を明るく照らした。




【Baby,Don't cry　了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb0742　／　彪姫　千代　／　男　／　１６歳　／　ナイトウォーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました！
息子と父の絆再確認イベント、お送りいたしました。
ホワイトデー……　YES、ホワイトデー。
楽しんでいただけましたら幸いです。

ラブリー＆スイートノベル

佐嶋　ちよみ

エリュシオン

2013年04月08日