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『ふたりで、いつか 』
雨鵜 伊月jb4335


 温泉旅行、一緒にどう?

 雨鵜 伊月は焦っていて、
 菊開 すみれは戸惑っていた。
「え……と、それって」
「一泊二日。企画景品で当たったんだ。ほら、えっと、すーちゃん肩凝りがひどいって言ってたよね」
「あ、うん。覚えててくれたんだ」
 伊月に言われ、ずん、と肩凝りが更に酷くなったように感じる。
 すーちゃん。懐かしい呼ばれ方をしたせいもあってか、すみれの中の微かな警戒心は解けていく。
(旅行券無駄にするの勿体ないし、温泉好きだし……。泊まり……でも、今更何かあるなんてないよね……?)
(すーちゃん!? すーちゃんって呼んだ、今!? うわ、焦ってつい昔の癖で……)

 伊月とすみれ。二人は幼馴染。
 久遠ヶ原学園で再会を果たし、小さなあの頃のように仲良く…… そう、思っていた関係に、変化をもたらしたのはバレンタインデーだった。




 ――がんばって!!
 伊月と温泉旅行するのだと教えたら、すみれは友達から何故か全力で応援されてしまった。
「そんなじゃないよ、いっくんは幼馴染だよ?」
 説明しても、伝わらない。
 たしかに、気心の知れた相手だから、積極的に普段から甘えてしまっているけれど。
 たしかに、そんな日頃の感謝の気持ちで張り切って手作りチョコレートをプレゼントしたけれど。
(……あ)
 カレンダーを見て、思い当たる。
 ホワイトデー。
(そっか、ホワイトデー)
 チョコレートの、お返しに。
 …………。


「……それで、どうしてこうなるんだろう」
 ぽん、と手を打ったところで、その肩をグイっと友達に押され、そのまま勝負下着を買いに直行することとなった。
 サイズに無頓着だったことを、なぜか店員さんにめちゃくちゃ怒られるオプション付き。
 浴衣の下にしっかり着けた勝負下着は、デザインが可愛くてその点では後悔はない。
 誰がいつ何と勝負するのという疑問だけが宙ぶらりん。
(だって、いっくんだもん)
 だって。
 ほかほか湯あがり。鏡を前に髪をブローしながら、子供の頃とは違う自分を、すみれは見つめる。
(いっくんだって)
 いつまでも、子供じゃない。知ってる。だけど。
 ぐるぐると、答えの出ない疑問ばかりが宙を舞う。
 ゆったり温泉で、日頃の悩みの種だった肩凝りは幾らか楽になったように感じるのに、違った重さがすみれの肩へ、のしかかった。




 手作りのバレンタインデーチョコレート。
 貰った時はガッツポーズをし、それは他の人へも同じように配られていたものだと知って伊月は落胆した。
(このままじゃ、いけない)
 焦りと共に、一計を練る。
(どうすれば…… そういえば)
 距離を縮めるために、温泉旅行を企画した。
 普段から肩凝りに悩まされているというすみれだから、そこを指摘すれば、きっと警戒することなく応じてくれる……と思う。
 男として、警戒されるくらいでちょうどいい…… のかも、しれないけれどこの際仕方ない。
 自力で手配できる範囲の温泉宿を確保し、それとなくそれとなくそれとなく、誘うことに成功。

「……成功、なのかな」
 湯あたり気味で休憩室へフラフラ辿りつき、伊月は独り言をこぼした。
 案外と長く入っていたけれど、女子はきっともう少し時間がかかるだろう。
 とりあえず、温泉は気持ち良かった。
 思惑だなんだを差し置いて、来ることができて良かったと思う。
「すみれ、きっともうすぐ来るよな」
 売店でコーヒー牛乳を買いながら、壁掛け時計をチラリ。
「あ、すみません。これも下さい」
 良くも悪くも幼馴染、すみれの行動パターンは予想できる。




「ゆっくりできた?」
「あ、うん」
 休憩室で、コーヒー牛乳片手に伊月が待っていた。
 のんびりとした笑顔に、すみれはほっとして隣に腰を下ろす。
「いーな、ひと口ちょうだい?」
「えっ」
「えっ ……えと」
「なんて。既にこちらにもう一本」
「わー、ありがとう、いっくん!」
 傍らに隠していたフルーツ牛乳は、未だひんやり冷たい。
 すみれは両手で大事に受け取った。
((危なかったー……))
 つい、子供の調子で。
 でも、もう子供じゃない。
 あの頃のままで居られること、居られないこと、線引きは時に酷くあいまいで、危うくなる。




 高級旅館ではないけれど、古く手入れの行き届いた素敵な温泉宿。
 二人は浴衣姿でお土産コーナーを賑やかしつつ、夕飯は旅館内の食事処でゆっくりと。
「おいしいねぇ」
 くつくつ煮える小さな鍋を前にすみれが目を細めていると、小鉢と睨みあいをしていた伊月がツイと押す。
「すみれ、これあげる」
「いっくん、まだ好き嫌い直ってないの??」
 ちょっとしたところで現れる子供のころの名残。
 クスクス笑いながら、すみれは伊月からおかずを一品、ちょうだいする。
「じゃあ、私はこれあげる。好きだったよね」
「よく覚えてるな」
 暖かくておいしい料理は、今までのぎこちなさを溶かしていった。
 お腹を満たして、思い出話をしながら客室へ。


「……いっくん?」
「あれ?」
 丁寧に敷かれた二組の布団は、ぴったりと隣り合って、居る。
「そっ、そういうつもりじゃなくて! なんだ、えっと、勘違い! 宿側の勘違いだよな、どう考えても! 二名一室のデフォルトなだけでさ!!」
 低音で自分の名を呼ぶすみれに動揺し、なんとかフォローしようと伊月は弁明する。
 伊月にだって、予想外のことだったのだから、本当は自分だって落ちつく時間がほしい。
「とりあえず、寝るにはまだ早いし! 寝る時、続きの間に引っ張ればいいだけだし!! ほら、テレビでも見ようぜ、ローカル番組とか楽しみだよね」
「あは」
 あまりに必死なものだから、すみれは笑いを誘われてしまう。
「大丈夫、わかってるよ、いっくん。そんなに慌てたら転んじゃう」
 くい、伊月の浴衣の袖を、すみれが引く。
 そこには、何の他意もなかった。
 ただ、伊月は動揺が収まっていなかっただけで――

「きゃっ」
「危ないっ」

 バランスを崩した伊月に、引っ張られる形で倒れるすみれ。
 伊月が慌てて手を伸ばし……

  ぼすんっ

 ふかふかの布団と伊月とに、至近距離で挟まれて。
 すみれの黒目がちな瞳が、揺れながら幼馴染を見上げた。
「いっくん……」
 どうしよう。どうしよう。
 心臓の音がうるさい。顔が熱い。
 ふたり、おなじ石鹸の匂いがする。
「……すみれ。俺……」
 痛くない? ……怖く、ない?
 聞きたいことは幾つでもあるのに、匂いが伊月を混乱させる。
 石鹸の匂いに、甘い甘いすみれの香りが混じって、くらくらする。
「幼馴染、って……ずっと、自分に言い聞かせてきたけど。俺、本当はすみれのこと……」

 好きなんだ。ひとりの、女の子として。

 伊月の声が、すみれの耳元近くに響く。
「だから、今日……」
 するり、すみれの手首を伊月が優しくとらえる。重なる体温に、すみれの心臓は爆発寸前だ。
(勝負、って……)
 こういう、ことなの?
 無意識のうちに、体がこわばる。
 怖い―― どうなってしまうか、こわい。
 でも、自分は伊月のことを――?

 きゅ。すみれは覚悟を決めて、目を閉じた。
 それが、すみれの伊月への答え。

「……」
「…………」
「いっくん?」
 カクン
 すみれの顔の横に、伊月の顔が落ちる。

 ――すぅ……

「……寝た、の?」
 今までの緊張か。
 あるいは、夕飯に使われていた微量のアルコールで酔いでも回ったのだろうか? すみれは平気だったけれど。
「…………ばか」
 ぽふり。伊月の頭を抱きしめて、天井を見上げて、すみれは呟いた。




「おはよう、いっくん。よーく眠れた?」
「……うん、あれ?」
 既に着替えを済ませ、普段と変わらぬ態度のすみれに、伊月は何度もまばたきをする。

 朝。
 なんてことなくやってきた、朝。
(昨夜のことは知らない振りだからね)
 寝てしまったことに対しての、仕返しだから。
 どこかガクリとしている伊月の、昨夜の記憶はどこで途絶えているのだろう?
 小悪魔になった気分で、すみれは聞こえるかどうかの声で呟いてやる。

「また今度、ちゃんと言葉にして聞かせてね?」

「え? 今、なんて? すみれ」
「聞こえなかった方がわるーい! さ、朝ごはん食べに行こっ」
 今までと、変わらない?
 それとも少し、進歩した?
(また、がんばろう)
 覚えていないのは仕方ない。
 伊月は内心がっかりしながらも、笑顔を向けてくれるすみれへ、安堵する。
 二人きりの、温泉旅行。
 それだけでも、きっと今までと何かが変わるはず。

 二人は手に手を取って、朝日の差し込む客室を後にした。


 

【ふたりで、いつか 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6392 / 菊開 すみれ / 女 / 16歳 / インフィルトレイター】
【jb4335 / 雨鵜 伊月 / 男 / 19歳 / ディバインナイト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
脱・幼馴染以上……?
どきどきバタバタ温泉旅行、お届けいたします。
ラブコメ、いいですよね。とても楽しんで書かせていただきました。
お二人の進む先に幸あれ……!


ラブリー&スイートノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年04月08日

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