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『言葉・ことば・コトバ 〜後編〜 』
綾鷹・郁8646)&鍵屋・智子(NPCA031)



「これで強引に捕縛できるわ!」
船内工房では顧問技師の鍵屋が、出桶島の結界を破ろうと研究を重ねていた。
そしてついに新兵器が完成。
自信満々に示したのは、波長を調整した牽引ビームで、出桶島の郁を結界越しに捕縛できるというもの。

「火中の栗を拾う!老婆心!」
「小さな親切大きなお世話だ」
そして艦橋では、モニタ越しに事象艇艦長と出桶人副長が片言ながらに郁を返せと交渉中。
「郷に入れば郷に……」
艦長が頑張ってはいたが、そもそも慣用句の概念がない中で、出桶島の原住民の発する言葉は異国の言葉でしかない。
相手の言葉に合わせなければ意思の疎通が出来ない、と、それは理解しているものの……
「もういい、郁を返せ」
気付くと艦長の口からは、普段の言葉が出ていた。
片言というのは意外と疲れる。
だから、当然といえば当然なのだけれど。


***


一方、郁が位置する出桶島。
「雨垂れ石を穿つ!」
出桶島の艦長が、襲い掛かる獣と戦っている。
それは先程、郁の頬を掠った何かの正体。
どうやら猛獣が、この場所に潜んでいたようだ。
「貴女、危ない!」
ギリギリの一線上で戦っていた出桶島の艦長に、郁が援護しようと前へ出た。
…が、何故か郁の体が思うように動かない。
「何よこれ」
よく見ると郁の体はビームのようなものを浴びていた。
それは体に纏わりつくように動き辛い。
結界の影響で巧くいかないのだろうか。
ビームを浴びている段階ではただそれだけだったが、次の瞬間、ビームが完全に郁を捉えた。
身動きが取れず、キッと睨むように、ビームを放ってきた先を見れば鍵屋の姿が目に入る。
「鍵屋? やめて!」

──郁のその声は届かなかった。

獣から重い一撃が入り、床へと崩れ落ちる出桶島の艦長。
「あ…っ……」
郁の唇は何かを紡ごうとしたが、その言葉は最初で途切れた。
おそらく、出桶島艦長の名前を呼ぼうとしたのだろう。
剣を渡され、弁当を貰い、ようやく心が通い始めた相手。
けれど、郁はまだ彼女の名前さえも知らなかった。
崩れ落ちた出桶島の艦長を前に、郁は再び上を見た。
「智子!やめて!彼女は敵じゃないわ!」


***


「撃つわよ」
二度目の郁の言葉も、鍵屋には届いていなかった。
砲塔では、鍵屋が最終手段を実行に移そうとしている。
「反撃するならしなさい。 それも計算の上よ。」
僅かの静寂。
そして、爆音と共に結界発生装置を狙っての集中砲火が始まった。
鍵屋は円盤の結界発生装置だけを集中砲火で壊すつもりでいる。

「仏の顔も三度!」
結界発生装置への集中砲火を浴びて、円盤…もとい出桶島の部下達が激怒。
事象艇へ向かって、猛反撃に出始めた。
「あと一撃で大破です」
クルーのその言葉と共に、事象艇内で警報が鳴り響く。


***


ようやく動けるようになった郁。
束縛が解けたその足で、倒れたままの艦長のもとへ急ぐ。
「しっかりしてよ! やっと通じ合えたのに……」
そう言いながら艦長の頭を自分の膝へとのせる。
郁の目には、大粒の涙が宿っていた。
「……ぁ…」
「えっ、何?」
艦長の小さな、本当に小さな呟きに、郁は耳を近づける。
艦長の口から紡がれたのは……

───昔。
異邦人の女性二人が、この島で出会い、共に獣を倒して、姉妹の契りを結んだ物語。
出桶の創世記の話だ。
艦長の口から発せられている言葉は、これまでの慣用句の羅列ではあったが、何故か郁には理解が出来た。
「そう。 …そうだったの。」
艦長の目を見て、郁は涙を浮かべたまま、半ば無理矢理ながらも笑顔を作ってみせた。
「じゃ、今度はわたしの番ね。 わたしは伝説は知らないけど、でもね…、わたしには智子っていう親友がいるのよ」
共に同じ時間を過ごすうちに、郁はいつも相手の言葉を理解しようとしていた。
そして、艦長も同じく、郁の言葉を理解しようとしていた。
ただそれだけで、いつの間にか両者は充分に通じるものを得ていた。

「偕老同穴…ね……」
小さな声で、そう零して艦長は微笑んだ。
そして、瞼へと郁の姿を焼き付けるように、ゆっくりと瞳を閉じた。

───それが、最期となった…。


***


間一髪で帰還した郁。
戻って一番最初に向かった先は、出桶副長の所だった。
「偕老同穴」
出桶副長の前に立ち、郁はそう言った。
出桶副長は、その言葉を聞いて表情が曇る。
そして両手を胸にあてて、黙祷を捧げた。

「私の母、命掛け、貴女と、外交」
片言ではあるが、副官の発した言葉は出桶島の言葉ではなかった。
きっと、ずっと艦長である母親の姿を見ていたのだろう。
今回の郁との出来事で、心を通わせるためには、まず互いを知ることが大切なのだと、そう思ったのかもしれない。
「これを、贈る。 そして、『郁の剣』 我々の、新しい、言葉」
そう言って副官が形見の剣を差し出した。
郁はそれを両手で受け取り、剣を見下ろすと、止まっていたはずの涙が、また一筋だけ郁の頬を伝った。

今回の件から、新たに作られた諺。
出桶島の原住民だけではなく、郁達も……

それを長く語りついだ。







fin






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ご依頼ありがとうございました。
前編、気に入って頂けたようで、とても嬉しかったです。
前編後編、ともに、とても楽しく書かせて頂きました。
また機会がありましたら宜しくお願いします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三上良 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年04月18日

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