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『ティル・ナ・ノーグであなたを待つ 』
綾鷹・郁8646)&影沼・ヒミコ(NPCA021)




「花の旬は儚くて、命短し恋せよ乙女!」

亜麻色の髪をたなびかせながら、綾鷹・郁(あやたか・かおる)は右手を高く掲げた。

「郁は忙しいけん、今回だって、とっととワクチン配達やっちゃるもん!」
「と、いうことだ。心して任務に当たるよう」

環境局員の言葉に、影沼・ヒミコ(かげぬま・ひみこ)はゆっくりと頷く。

「責務を果たせるよう、善処します」
「それじゃ綾鷹くん、よろしく頼むよ。

新人とは言え、影沼くんはウチの有望株だ。
一流TCとして、後輩をしっかり教育してやってくれ」

「了解ですとも!」

初めての新人教育だ。不安がまったくないと言えば嘘になる。
でも、今はそれ以上に胸が高鳴って仕方がなかった。

「ってことで、よろしくね、ヒミコ。なんでも聞いてちょうだい」
「はい、郁さん」

後輩から尊敬の念と共に囁かれた我が名が、どうもくすぐったくてたまらなかった。



今回の指令は、被災地へのワクチン配達だ。
一刻も早く物資を届け、現地で蔓延している流行病から人々を救わねばならない。
崇高なる使命を帯びた航空事象艇は2人を乗せ、目的地へと邁進していた。

「――じゃあ、もしもこうなった場合はどうすればいいと思う?」

機関室での新人研修もまた、滞りなく進んでいた。

「その場合は、こう…ですよね」
「さすが特待生、優秀だね」
「…郁さんが分かりやすく教えてくださるお陰です」

ヒミコは気恥ずかしそうに頬を赤らめる。
しかし、本当に覚えの良い子だ。
ヒミコは聡明で、しかも柔軟だった。
そんなヒミコと同乗できたことに、郁もまた不思議な誇らしさを覚えていた。




そのときだった。

突然、航空事象艇が大きく上下に揺れ動いた。



「きゃっ!」

あまりの激しい揺れに、2人の手が互いに縋り合う。
少女たちは寄り添い合ったまま、ほとんど同時に振り返った。
視界に飛び込んできたのは、激しく噴き出す黒い煙。

「なっ!」

このままではマズい。爆発してしまう!

「ヒミコ、下がって! 今、脱出用の避難経路を――」

しかし、意外にもヒミコは落ち着き払っていた。



刹那の後、発現した事象をどう書き表すべきだろう?



郁の目の前で、ヒミコの体は突然、奇妙な靄に包まれた。
発育途中の伸びやかな躰がふわりと浮き上がる。

「――はっ!」

そして、一閃。
ヒミコが再び地に降り立った頃には、かの暴走は既に終焉を迎えていた。
一連の光景を前にして、郁はぱちくりと瞬きをひとつ。

「凄いよ、ヒミコ! 今の、一体どうやったの?!」

ヒミコはバツが悪そうな顔で苦笑した。

「昔からなんです。でもおかしいですよね、こんな力」

私はただ、普通の女の子でいたいだけなのに。
絞り出すように呟く彼女の横顔に、郁は息を呑むほどの苦悩を見た。





航空事象艇にも夜は訪れる。
再三の確認の末、郁はようやく自室へ戻ろうとしていた。

「……? 誰か、いるの?」

やがて暗闇のナカへ浮かび上がったのは、顔とも言えぬ朧げな顔立ち。

「ちょっと、誰なん! どっから入ったんよ!」
『我は<虚無の盟主>』

稲妻に似た声で影は唸った。

『あの娘を引き渡せ。我が求めし娘の名は、影沼ヒミコ』
「ヒミコをどうする気?」
『理の輪へ戻すのだ』

低い声音で郁が凄んでみせても、盟主は意にも介さぬ様子でいる。

『あの娘はその昔、虚無に属せし神の夫婦が、人間の真似事の末に生んだ子だ』
「……ヒミコが、神の子?」

郁は不意に、昼間の光景を思い出す。

『あの娘は既に、全能の頭角を顕しつつある。
 故に、我はあの娘の素質を見極めにきたのだ。
 神となるなら我が虚無の下へ。だが、半端な未熟者であったなら…』

郁のこめかみを生ぬるい汗が伝い落ちていく。

『虚無の掟に則り、抹殺するまでのこと』
「そんな!」
『掟は倫理に叶うのだ、小娘。未熟な全能者など危険因子以外の何者でもあるまい』
「でも……」

郁は唇を強く噛み締めた。やり場のない憤りが熱く体中を駆け巡る。

「仮に全てが真実でも。彼女の行く道は、彼女自身が決めるべきと違う?!」

そのとき。
郁は開け放したままの扉の向こうで、足早に走り去っていく足音を聞いた。

――ヒミコだ。

郁は咄嗟に足音を追いかけた。





辿り着いたのは医務室だった。
中へ踏み込んだ郁が見たのは、能力を駆使し、ワクチンを増産するヒミコの姿。

「虚無の盟主。私は一介の人間として、この能力を人助けのために使います」

神の子と呼ばれた少女は、ほとんど睨むような眼差しで盟主を見た。

「私は神を名乗れるほど、おこがましくはなれません」
『くだらんな。人助けのためだけに、か』

嘲笑と侮蔑を込め、盟主は暗く笑う。

『とはいえ…人間である限り、お前にも欲はあるのだろう? 例えば……』

影はゆったりとヒミコへ覆い被さると、何かを彼女の耳元へと囁いた。
それはまさしく神の導べ、悪魔の囁きだった。

ヒミコの瞳は瞬く間に濁り、そして、今度は盛大な光と共に開眼した――。





郁が目を醒ましてみると、辺りには美しい花園が広がっていた。

「私が全能の力で造り出した世界です」

ヒミコが花を踏みながら、一歩、こちらへ近付いてくる。

「ここには今、私と郁さんしかいません」
「どうしてこんな、誘拐みたいなことを?」
「私、郁さんのことがずっと憧れでした。……好きなんです」

ヒミコは力を使い、郁を柔らかく引き寄せた。

「この力を使って、私は、あなたとずっと一緒に――」
「そんなこと言われたって、全然嬉しくないよ」

遮るように吐き出された郁の言葉に、ヒミコは愕然と目を見開いた。
郁は目の前の少女に問いかける。

「ヒミコ。あなたにとって私は、ただのお人形さんでしかないの?」

どこまでも凛々しい、誰にも穢されることのない瞳。
親愛と青春の苦悩に満ちた、青々しいその色…。



次の瞬間、永遠の花園は音を立てて崩壊した。







盟主は再びヒミコに意思を尋ねた。
神の子として生きるか、それとも…。
彼女は縋るような声で、絞り出すように言った。

「それでも、私は此処にいたい。自由に生きたいの」

すると盟主は、これが最後だと釘を刺し、彼女にとある条件を示した。
それは『力の行使を、この先一生我慢できるのであれば許す』といったものだった。






2人が目的地に降り立ったのは、その翌日のことだった。
ワクチンの箱を両手いっぱいに抱えて、郁とヒミコは被災地の土を踏んだ。

しかし……。


「助けてくれーっ!」

皮肉にも2人を出迎えたのは、逃げ惑う住民たちの哀れな悲鳴だった。
遂に火山が噴火の時を迎えたのだ。

世紀末を想像させる喧騒の中、若干十代の少女たちは立ち尽くしていた。

「そんな…」

郁は茫然と呟く。

「あたしたちにはもう、何もできないっていうの?」




「――いいえ。やってみせます」

ヒミコは郁の手を掴んだまま、強い眼差しで真正面を見据えた。

「私は……っ、神の子ですから!」

そして彼女は、その身に宿りし全能の力を解放した。
ヒミコの力は爆発的に広がり、そして…全てが平穏を取り戻したのだった。








神の子として生きる。
その決意は即ち、2人の別れを指し示していた。

「郁さん。そんなに泣かないで」

郁の目尻に浮かぶ涙を、ヒミコは小指で優しく掬い取ってやる。

「きっとまた逢えますよ。だって、私は万能なんですから」
「うん。あたし、信じてる」

2人の少女はどちらからともなく腕を伸ばすと、互いの体をきつく抱き合った。

「ヒミコ。あたし、ヒミコが好きだよ」

ヒミコもまた微笑みながら、一筋の涙を零したのだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2013年04月26日

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