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『擦れ違う、鼓動と光 』
ランベルセjb3553)&七種 戒ja1267


 冷たいこの胸の中、心臓は動いているのだろうか。
 脈打つ筈の血の熱さを感じない。余りも静かに全てを見下ろす。
 戦場の熱気は余りにも遠かった。戦意は燃えず、闘志は奮い立たずにいる。
 忠誠こそが誇りと謳う黒翼の天使、ランベルセ。戦場でその武威を示す事こそ、名誉だと信じる一方、褪めた心はこの戦に何も見いだせずにいる。
 忠義を誓った王のいない戦場。そこで立てた武勇など、何の価値がある。己の為に武を振うなど、我欲の塊の悪魔にこそ相応しい。輝く為、矜持の為。
 けれど、この戦いは余りにも不毛過ぎる。
「……俺が出るまでもないな」
 ランベルセ(jb3553)の尊大な声には、けれど自嘲の響きが混じっている。
 王どころか騎士もおらず、戦士の心も持たない傀儡が戦場を駆け回いた。
 サーバント。ああ、それを作ったのは自分達天使だ。だが魂と心の何たるかを知らない傀儡はただの殺戮人形。そんなものが戦場を跋扈して支配し、抗う人々を押し流す。
 撃退士といったか。僅かな数で挑むのは良いが、余りにも虚しい。
 見ていて空虚な気分にさせられるのだ。傀儡如きに劣勢に立たされ、取り囲まれていく姿は。
――さて、あのポーンを取るのは誰かね?
 同僚が盤上遊戯を観覧するかのように、静かに口にした。
「…………」
 確かにそう。これでは無駄死に。ランベルセが見るにどうやら女のようだが、戦場は甘くない。
 まるで流れ落ちる砂時計。その流れは狂わないし変わらない。さらさらと、その命が落ちて零れて行く。無慈悲に飲まれていく生命の流れ。
「……だ、が」
 銃声が止まらない。痛みを堪え、含むような笑い声がする。
 サーバントの数は減っていく。銃口から放たれる閃光が身を撃ち抜いて続いていく。
 天上から黒い翼をはためかせ、それを見ているランベルセ。
 孤軍奮闘でありながら獅子奮迅。鋭く見つめる視線は、諦めというものを知らない。
 二丁拳銃のトリガーを引く指は、決して止まらないだろう。踊るように、群がるサーバントを撃ち抜いていく。
 蒼い閃光が、二つの銃口から放たれる。
 凛冽に煌めく光。決して譲れぬ、退けないのだと誇るように轟かせる。
 まるで、そう。
「……魂、そのものか」
 気づけば、胸が脈打つ。
 喉が失っていた筈の熱を帯びて、ランベルセの言葉は掠れている。
 だが問いたい。その蒼き光に。それを放ち続ける、か弱い筈の娘に、どうしてそこまで振り絞れる。
「なあ、お前」
 気付けば同胞たる仲間の静止を振り切り、黒い翼をはためかせて急降下していた。手には槍を、胸には跳ね上がって止まらない心臓を抱いて。これが心か。猛る黒獅子の如く、槍を爪牙として舞い降りる。
「蒼い者よ、お前の名は何という? 何を思う?」
 聞かねばならない。問わねばならない。視界の隅で奔る蒼光は余りにも細く、見定めるに足りない。
 巻き上がる血が隠すのだ。作られた存在が求めるもの道を塞ぐのだ。ならば、どうするかなど決まっている。
「邪魔だ、傀儡ども!」

――高鳴る鼓動。ああ、これこそが我が魂!

 黒き穂先が旋風となり、全ての邪魔者を切り刻む刃と化す。
 残像しか見えない神速の動きはまるで黒嵐。血飛沫が、肉片が飛び散って、僅か一瞬で撃退士の娘への道を作り出す。
 そして奔る黒光。冴え冴えと突き出された黒槍の刺突。
 命を、魂を貫く刃。冴え冴えと、何処までも苛烈に、問いと化す。
「お前は、何だ?」



――俺の魂を突き動かす、その蒼い光は何だ?



 殺すつもりであったなら、この息は途絶えていた。
 反射的に七種 戒(ja1267)は右の拳銃の引金を引く。だが、相手が余りにも速すぎた。
 黒い翼はともすれば悪魔に似ている。だが、放つ霊性は天のもの。つまり、天使。
 それが神速を以て強襲を仕掛けて来たのだ。空から舞い降りる黒の武威に、反射出来た事自体が奇跡的だ。
 狙いを付ける余裕はなく、黒き天使の耳元を掠めていった蒼いアウルの弾丸。いや、それより早く突き出された穂先が一閃を繰り出し終えていた。
 凍えるように隙のない刺突。殺技として振るわれていたらと、背筋が震えるのを感じる。
 首の付け根の肌は、掠めた穂先の冷たさを教えている。僅かに破れ、血が滲む。
 確かに痛い。刃の鋭利さに遅れて身体を走った痛みに、僅かに身体が震えた。
 問題なのは。
「問おう、お前は何だ? 何を以て此処に立ち、何を秘めて戦い続ける。その蒼は、何故、俺の胸を掴んで離さない? 応えろ。我が名、ランベルセの元に命じる」
 この黒槍を放った天使、ランベルセ。尊大さ高慢さを感じつつも、その内心はまるで焦れる少年のよう。
 瞳に映るのは、ただ、ただ何かを求める渇望の色。天使に似合わないそれを感じ取りつつ、七種は肩を竦めた。
「おー、痛いし怖いぜ。流石天使さま、か?」
 けれど眼光は鋭く、目の前のランベルセを貫くように見据えている。
 七種は最後の一瞬まで、諦めるつもりはないのだ。意味の解らない問いをしてくるというのなら、それもまた良い。
 思考を巡らせ、生き残って勝つ為に。
「命が惜しくはないのか? 死は絶対だぞ」
「いやいや、命より大切で譲れないものがあるだけ。簡単じゃろう?」
 それを人は魂と呼ぶ。天使には理解出来ない事だろう。七種の蒼い瞳を見つめるランベルセの表情には、僅かな戸惑いがあった。天使の橙の瞳が揺れている。
 己とは違うものを感じている。そして、内面が酷く脈動しているような、何かが形を成そうとしているかのようで――。
「解らない?」
 それを見定める為にも、七種は言葉を紡ぐ。
 思考も腕も、足も止めずに。自分を即座に殺さない理由は解らなくとも、即座に槍の間合いから離れる為に。その仕草に気付かれないよう、まずは言葉でその翼を撃ち抜く。
「解らないか、天使様には。命が惜しいなら最初から戦場には出んしな。ただ、そこから先がある」
 この足で、この場に立つ。頼れるのは自分だけ。血で濡れて傷だらけで、けれど瞳から意志の煌めきの潰えぬ理由を。
「――私の腕の短さを、私は知っている。喪失の痛みが、どんなに耐えがたいか、未だに心が軋む」
 他人など知らない。何処の誰が死のうと、見えないし聞こえない。戦場とは死だ。立ち入った以上、最早後は知らない。
「それが他人なら、別に構わない。けれど、胸の中に開いた穴が哭き続ける音を知っている。それが耐えられないものだと、これ以上、重ねて背負えないだけ、だけれど」
 感じているし、怯えている。
 震える心。だが、一瞬だけ閉じた瞼の中、忘れない輝きがあった。
 超える為の憧れ。日常の先。大事にものに触れた時の、心の安らぎ。
 ああ、私の腕は短くて、色々取りこぼすよ。けれど、握ったコレは、確かなものだ。
 胸に宿した光を、七種は蒼い瞳に映して叫ぶ。
 それこそが閃光。きっと、ランベルセが蒼きものと呼ぶ、人の魂の咆哮。

 
「――震えて、何も出来ずに生きる事が出来ないだけだ!」



「……!?」
 七種が選択したのは、前進。首筋の肉を削り取られつつも、肩が触れあう程の密着する間合いを取る。槍と拳銃、移動するなら後方へと呼んでいたランベルセの反応は一瞬遅れた。
「私の腕はこんなに短いが、天使、アンタに届いているよ!」
 左右の銃口を胸部と腹部に凝らす。迷いないトリガーは双の蒼光となってランベルセを撃ち抜いた。
 鮮血が弾丸の軌跡を追う。
 そしてトリガーは止まらない。連続した発砲。死ぬまで止まらぬと銃声を連ね、一瞬の勝利を奪った。



「く……っ…くくくく」



 故に、嬉しくて仕方ないと――ランベルセは笑う。
 翻る黒翼。巻き上がる疾風と化して、横へと逃げる。まさか天使である自分が、戦場に立つ栄誉を知る自分が撃退士如きに虚を突かれ、遅れを取るなどありえない。
 あるまじき失態と同胞は哂うだろう。恥さらしと指を刺されるだろう。
 だが、仕方ない。あれらは、この娘の持つ蒼を知らないのだ。この心臓に熱を取り戻させた、ナニカを知らないのだ。
 蒼い光、蒼い光。幾つも瞬く、煌めきに胸躍る。
 是非もなし。もっと、それを見せてくれ。その為に、この天使の力を見せよう。簡単に終ってくれるな。俺とは違うのだからこそ、俺が求めたものが俺以下であって欲しくない。
「やはり、お前は特別だな」
 特別という同価値の存在。それを何というか解らない。猛る鼓動に任せて、槍が唸る。
 故に、黒獅子と化した槍の武威に手加減の曇りはなかった。
 横薙ぎに放たれたら苛烈なる斬撃。黒い光と化した槍撃の舞は、烈と乱れて大気と空間を切り裂く。
 天の爪牙、此処にあり。大気の壁を裂いたせいで衝撃波が産まれ、視認する大気を歪ませる。
 人ならば一撃で絶命して然るべき天使の武の発露。修練を積んだ撃退士でも、五撃目を凌げれば賞賛されて然るべきだ。
 だが、それらが悉く空を切る。
 八重の黒椿を描くよう、奔る穂先に躊躇いはない。現に、烈風の刃が七種の身を裂いて、血が踊る。
 それでも死なない。捉えられない。まるで何かに導かれるように、七種は不可視の速度の槍を避ける。が、それをランベルセは当然だと感じていた。
「そういやさ、聞いた事ある」
 そして死の間合いにおいて、七種は笑みを刻む。自分の力量を明らかに超えた動きをしている事に、こちらも同様、何ら驚きをしていない。
「――天使の祝福とか、導きってあるんだってね?」
 それは魂の会合。戦場にして華となり英雄となるべき者と、それを守護する天使が出逢えば、奇跡が起こす。戦場を、条理を覆す。
「お伽噺か」
「でも、まるで」
 銃声と、それを掻き消す斬撃の舞。黒と双子の蒼が混じるように乱れ狂い、世界が耐えられぬと地面は砂塵を、風は断末魔を上げていた。


「今が、それみたい」 


 何故死なない。何故殺せない。
 魂が惹き合うように、互いの限界を超えさせていく。引き上げていく。
 跳ね上がるランドルセの鼓動に応じて、七種の動きもより強く、速く、精密に。
 天に認められた英霊の如く上限知らずに強くなり、そしてその英雄を見定める天使のようにぶつかる。二人はぶつかり合って全てを削る。
 人の領域は越えた。その代償に身体が内部から壊れて行く七種。
「夢みたいだけれど、何さ、これは?」
 短い筈の腕。だが、導かれるようにトリガーを引き続ける。
 それは天使さえ捉えているのだ。
「童話、お伽噺――何、幻想への入り口だ」
 そして穿たれる黒の天使、ランベルセ。不満や不安はない。
 穿たれた身が、その傷がむしろ愛おしい。
 増えていく傷。意識は白く染まりながらも、加速して止まらない。
「俺に理由はない。戦う理由など不要だ」
 故にと威を込め、天使の誇りで穂先を手繰る。風より早く、時さえ止まる程の気迫を乗せて。
「だが、今は、今はそれが欲しいと切に願うぞ……!」
 欲しいのだ。求めるのだ、
 何か、間違っている気がする。こういうやり方で手に入らないものが脳裏をよぎる。
 手を結んだ気がする。擦れ違いは物語と現実の差を突き付けた。奪ったクレープ。奪われたクレープ。いや、そんなものはワカラナイ。
 ただ、今だけが確か。それを確かめるように、銃に撃たれながらも槍を奮う。一度たりとも止まらない。血潮を撒き散らし、その熱を愛する。
 そして何より、名を知らない娘――名を呼んでくれない撃退士に、苛烈なる槍撃を。殺した時、倒した時、戦場の栄光は手に入ると、ランベルセは確信した。
 眼に飛び込み、焼き付くような青い閃光。忘れる筈がない。身を穿たれる度に、それをより強く欲す。その瞳を、どうか俺にだけ向けろ。その光は、俺にだけ向けろ。
 人の不撓不屈の精神の輝き。これ程までとは。
 そんな天魔相手だからこそ、譲れない。渡せない。天魔に渡せるものは何もないのだ。腕は短くて、抱えるものは少ない。これ以上、一つたりとも渡せない。
 信条であり、誇りであり、矜持。もはやそれのみを縁に、七種は銃撃を繰り出す。天魔のいう魂は知らない。未知とは何だ。
 楽しければ良い筈。楽しい記憶がある気がする。何故、今死んでいないのか、謎ばかり募る。
「でも、まぁええか。忘れる」
 知らないよ、聞こえないよ、見えないよ。体験した事のない筈の事は。もしかしての可能性など、七種の腕に抱えるものではない。変わりに、引金を引く指先。けれど、その先から現実感がなくなっていく。
 透き通るように、命を交わす。死を送る。一度間違えれば、一瞬で潰える命の中、繰り返される攻防に命と意識が燃え尽きて行く。
 自分が意識するより早く引金を引いた。認識するより早く、弾丸を避け始めていた。
 まるで、示し合せたダンスのように。死者の踊り。興じてしまう二人の道は此処が終点。
 ただ、ふと思う。
 


 これは夢?
 これは現実?


 解らない儘に美麗なる黒槍が振るわれ、蒼い閃光が迎え撃つ。


 
 他の出会いはあったのだろうか?



 まるで導かれたかのようだったから、そんな風に考えてしまう。
 共に壊し、共に討ち、削って穿って切り裂いて。流れる血と共に意識さえ混じるように。夢か現か、その境目が解らくなる。
 だって、最早言葉さえ不要だから。
 幾つもの風景が見えた。擦れ違うように、言葉が流れる。
 激しさを増していく天槍と双銃の交差。その中に、限りなく透明な想いを乗せて、何処までも駆け抜ける。
 殺すのか。それとも殺されるのか。どちらも同じように思えてしまう。生きたいと強く願い、譲れないと叫ぶ七種の心をランベルセは理解した。何か、鼓動を動かす情動の源。それを自分に求めているのだと、七種は解った。
 だが、譲れないのだ。
 詠い上げる銃口、差し出される穂先。共に果てるべく、魂は肉体を壊していく。壊していく衝動を植え付けて、此処ではない何処かへと向かわせる。
 薙ぎ払われる槍に誘われて、向けられた銃口。半身を引いて避けたランベルセが、石付で七種の腹部へと強烈な一打を叩き込む。それでも否と、吹き飛ばされながらも引金を引く七種。そして、その弾丸の雨の中へと追って迫るランベルセ。
 もう終局は近い。いや、それはほんの一秒先の事。
 地に転がった七種が向けた銃口。己の命を燃焼させ、捨てるように懸けた一閃を繰り出される槍。
 言葉は、不要。元々、そんな不確かなものより、触れあう事で知る事は出来る。
 ただ、それが互いの魂と命、そして血を求めただけ。退けなかった少女と、求め過ぎた悪魔の果ては、青空の下で。
 それでも、意志だけは、伝わる。刹那の空隙に、想いを込める。


――この胸を動かすのは、何だ?
――求めているんじゃない?


 蒼い光が、ランベルセの胸を貫いた。
 貫く穂先が、擦れ違って七種の喉を穿つ。

 だからもう、言葉なんて言える筈ないのに。

――失いたくない為に、どうすれば良いの?
――永遠の存在なんて、ある訳がない。天界にさえないのだから。

 橙の瞳の奥、七種は共に学園でこの黒い天使と語る姿を垣間見て。

 此処は夢? それとも現実?
 
 忘れるように。けれど、失わないように。二人は同時に空を仰ぎ見た。
 真っ白な三日月が、殺し合う二人を見下ろしている。
 誰か、自分に似た存在が、悲しげに自分を見ている気がしていた。
 重なる二人の影。身体。交わる赤は、似合わない筈で――月が泣く姿を恥じるように、その姿を隠した。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
燕乃 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年05月20日

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