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『新たなる脅威 』
藤田・あやこ7061)&鍵屋・智子(NPCA031)


 地球は、とうの昔に消え失せていた。
 太陽の膨張に飲み込まれたのか、内核異状でも起こって爆発したのか、あるいは人類が何かやらかしたのか、それは定かではない。
 とにかく地球の存在しない宇宙を、藤田艦隊は航行していた。
 哨戒任務である。
 あらゆる時代で暗躍する、邪悪なるドワーフ族……アシッドクランに対しては、常に警戒を怠らぬようにしなければならない。
 彼らは、地球人類を侵略の尖兵として利用しようとしていた。
 ならば地球が失われた時代では、アシッドクランの活動は止まるのか。
 そんな事はない、と艦長・藤田あやこは思っている。地球人類がいなければ、代わりを見つけようとするに決まっている。
「艦長、救難要請を受信しました」
 オペレーターの1人が、報告した。
「難破船……のようです」
「救難信号を出しているという事は、知的生命体だな」
 艦長席に身を沈めたまま、あやこは形良い顎に片手を当てた。
 地球人類はいなくなっても、知的生命体は存在している。
「これは……事象艇です」
 オペレーターが、息を呑んだ。
「我々が使用しているものと同じ、小型の艦載艇ですよ」
「つまり友軍という事か? 我ら以外に、こんな時代に来ている艦隊があったとは」
 その艦隊に、何か異変が起こった、という事であろうか。
 オペレーターが、報告を続ける。
「形式番号、読み取れました。B6・558792」
「待って。558792号は今、この艦の格納庫で待機中よ」
 言ったのは、参謀の鍵屋智子である。
「何かの間違いではないの?」
「は、はい……いえ、遭難艇の形式番号は間違いなくB6・558792です」
「ふむ……」
 一瞬だけ思案してから、あやこは命令を下した。
「何であれ、要救助者を放っておくわけにもいかん。遭難艇を速やかに保護・収容する事。爆発物等には充分、注意をしながらな」


 歪んでいる、としか言いようがなかった。
 船体が半壊し、ねじ切れかかっている。だが無傷の状態であったとしても、歪んでいるだろう。
 収容された遭難艇を調べながら鍵屋智子は、そう確信していた。
 設計段階から歪んでいる、としか思えない船体である。
 回路がことごとく冗長で、規格にも無駄が多い。元通りに修理したら、とてつもなく歪な形の事象艇となるだろう。
 形式番号は、間違いなくB6・558792である。
 同じ番号の小型事象艇が1機、少し離れた所に格納されていた。どこも歪んでなどいない、まともな形の航空事象艇だ。
 同じ物体が2つ、同一の宇宙に存在している。片方はまともな状態で、片方は歪み壊れた状態で。
「……まるで、事象そのものを捩じ曲げたよう」
 智子は呟いた。
 この歪み壊れた事象艇の操縦者は現在、艦の医務室で意識を失っている。
 同じ人物が2人、同一の宇宙に存在しているという事なのか。片方はまともな状態で、片方は何やらわけのわからぬ状態で。


 不愉快だった。
 その女を一目見た瞬間、あやこは根拠もなくそう感じた。
 気のせいか、医務室のベッドがきしんでいるような気がする。
 横たわっているのは、巨大な肥満体だ。
 重量100キロを超えるであろう脂肪の塊が、軍服を着ている。そんな女性だ。
 豚のような寝息を立てている彼女を、あやこは以前どこかで見た事があるような気がしていた。
 脂肪でむくんだ寝顔に、見覚えがあった。以前と言うよりも常日頃、どこかで見ているような気がしていた。
 自分のよく知る誰かを、ぶくぶくと太らせると、この女性になる。そんな気がした。
 誰なのかは、よくわからない。ただ、たまらなく不愉快だった。
「おい、起きろ」
 あやこは声をかけた。口調が、素に戻った。
「いいから起きなさい! 起きられないくらい太ってんじゃないってのよ!」
「落ち着いて、艦長」
 鍵屋智子が、医務室に入って来た。
「落ち着いて聞いてもらいたい話があるの。もしかしたら貴女にも、あらかた想像はついているかも知れないけれど」
「勘弁してよ……」
 あやこは天井を仰いだ。
 この肥満した女性を、自分は常日頃、どこかで見ているような気がする。
 どこで見ているのか。鏡、ではないのか。
 鏡に映る自分の顔に、大量の脂肪を注入すると、この豚のような寝顔になってしまうのではないのか。
「ああ聞きたくない聞きたくない! 落ち着いて聞いてなんかいられない!」
「そう言わずに聞いて。この女性が残した航海日誌記録の、復元が終わったのよ」
 あの歪み壊れた事象艇に、そんなものが残っていたらしい。
「彼女が乗っていたのは間違いなく、事象艇B6・558792号よ。この艦から脱出した、事になっているわね」
「脱出しなきゃいけないほどの、何が起こったのかって事よね」
「蟲よ」
 おぞましい単語を、智子は口にした。
 蟲。時間移動の多用による時空の歪みから生じた、禍々しき生命体。時間移民政策の、悪しき副産物である。
「巨大な蟲が、艦を襲った……部下も仲間も見捨てて彼女は1人、小型事象艇で脱出した。その自責の念が、日誌記録に延々と綴られていたわ」
「自責のストレスで、激太り?」
「激太りは、歪められた結果よ。脱出した、という事象もろとも捩じ曲げられて歪んだまま、放置されていたのね」
「誰に、何のために……いえ、それよりも。このデブは結局、誰なわけ?」
 あやこは唇を噛んだ。
 蟲に襲われて沈みゆく艦を、仲間や部下たちを見捨てて1人、逃げ出して来たこの女は、一体何者であるのか。それを、自分は受け入れなければならない。
「……貴女が、思っている通りの人物よ」
 智子は、それしか言ってくれなかった。


 宇宙空間に突然、巨大な穴が穿たれた。
 擂り鉢状の、大穴。この宇宙の全てを吸い込んで別のどこかへと流し送ってしまう、漏斗のようでもある。
 内側にはびっしりと牙が生え揃い、最奥部からは長大な触手が何本も生え伸び、獰猛にうねっている。
 それら触手が、藤田艦隊の事象艇を片っ端から絡め取り、漏斗の中へと引きずり込んでいった。
 巨大な漏斗のような、蟲。
 その体内に引き込まれた艦艇たちが、無数の牙によって噛み砕かれ、すり潰されてゆく。
 生き残っている艦が、攻撃を試みる。
 ミサイルの嵐も、レーザーの閃光も、粒子ビームの豪雨も、ことごとく蟲の体内に呑み込まれ、消え失せてしまう。
「これまで……だな」
 艦長として、あやこが下すべき決断は、もはや1つしかなかった。
「私が、小型事象艇で囮になる。その間に鍵屋参謀、全軍を退却させて欲しい」
「……それは、無駄な事よ」
 鍵屋智子ではない、何者かが言った。
 医務室で寝ていた肥満体が、よたよたと艦橋に歩み入って来たところである。
「あの蟲は、囮になど見向きもしないで、この艦を捕え噛み砕いてしまうわ……そして貴女1人、無様に生き残る事になる。何回やっても、そうなるのよ」
「何回も……」
 でっぷりと肥満した、もう1人の自分に、あやこは問いかけた。
「同じ轍を……何度も踏んでいる、というわけ? 貴女は……私は」
「嫌になるほど、何度もね」
 脂肪でむくんだ顔に、絶望そのものの苦笑が浮かぶ。
「何度も私は、小型事象艇で格好付けて出撃して……囮になろうとして、出来なくて……時空の歪みを経て、貴女に回収されて」
 何度も、同じ事が繰り返されている。無限に繰り返される。
 そのループを断ち切るための手段。あやこは、1つだけ思いついた。1つしか、思いつかなかった。
 それを実行しようとした瞬間、艦橋内に雷鳴が轟いた。
 電光をまとう何かが、出現していた。
 小型の、蟲である。人の肩に乗れそうなサイズだが、その身を包む電光は巨大だ。
 膨張した稲妻が、あやこを襲った。
 直撃の寸前、2匹の獅子が姿を現した。普段は藤田あやこの両耳でピアスの形を取っている、暁の獅子。
 彼らの魔力が、氷雪及び火炎となって吹き荒れ、蟲の稲妻を打ち払う。
 氷が、炎が、電光が、煌めきながら砕け散って光の飛沫となった。
 それらが舞い散る中、あやこは軍用拳銃の引き金を引いていた。
 銃声が轟く。
 続いて、地響きのような振動が起こった。もう1人の藤田あやこ。その巨大な肥満体が、倒れていた。
 銃口を、あやこは続いて蟲に向けた。
 小さな蟲の身体に、所属章が貼り付いている。
『C∞+アシッドクラン超光速海軍』
 そのように読めた。
「ちょ……鼠が死んだら遊びは終わりやん」
 悲しそうな楽しそうな声が聞こえた。
 1人のドワーフが、そこに立っていた。アシッドクランの軍人。蟲と同じ所属章が、胸の辺りで偉そうに輝いている。
 雷の蟲が、そのドワーフの頭上にちょこんと着地した。
 拳銃を向けながら、あやこは問いを投げた。
「貴様ら……蟲を、支配下に置いたのか」
「我らは超光速海軍。光に抗い、時を越えたのだよ。そして時の歪みより生まれ出ずる怪物たちを手懐ける事にも成功したのさ。可愛いだろう?」
 頭上の蟲を軽く撫でながら、ドワーフは言う。
「今日は挨拶を兼ねて、ちょっとした遊びをさせてもらっただけさ。なかなか楽しい無茶を見せてもらった」
 肥満した屍が、消えてゆく。
 巨大な漏斗のような蟲も、宇宙空間に溶け込むが如く消えてゆく。
「自分で自分を消してしまうとはな。その結果、貴女がどうなるかは我々にもわからんよ?」
 あやこは何も言わず、引き金を引いた。
 銃声が響き渡った、だけだった。蟲もろとも、ドワーフは姿を消していた。
「超光速海軍……新たなる敵か……」
 あやこは呻いた。
「……私は、どうしたらいい?」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年05月21日

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