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『■ 温かくて美味しい招待状 ■ 』
花厳 雨jb1018


『――バレンタインまでもうすぐ。
 大切な人への贈り物は決まりましたか?
 もしもまだお悩みでしたら温泉旅行など如何でしょうか。

 温泉宿「花籠(はなかご)」ではこの時期限定の旅行プランをご用意してお客様のお越しをお待ちしております。』

 上品なデザインで、そんなうたい文句が綴られた招待状が貴方の自宅の郵便受けに届いた。
 客室は全て居心地の良さを追求した和モダン。
 朝夕の部屋食はこの時期限定の特別メニューで、女性には宿泊中一回ケーキバイキング無料の甘い特典付。
 個室から、六名で泊まれる大部屋までサイズは様々、温泉も男女別と混浴それぞれ大浴場と露天風呂が設けられており、数は少ないが露天風呂付き客室もあるという。

 そして招待状の最後には、勿論この一文。


『ご予約はこちらまで』



「いらっしゃいませ、ようこそいらっしゃいました」
 温泉宿「花籠」。
 そのロビーで若女将と思しき女性と数人の仲居に出迎えられた花厳 旺一郎(jb1019)、花厳 雨(jb1018)の表情は実に対照的だった。
「よろしくお願いします」とぶっきらぼうに言いつつも好奇心と期待に輝く瞳で館内を見渡す雨から三歩後方の旺一郎は、仲居が「お荷物をお持ちいたします」と伸ばした手をあからさまに避け、更に距離を取った。
 彼らの周囲には沈黙の帳が下り、しかしそれも僅か一瞬の事。
 接客のプロ達は宿泊する二人を部屋に案内し、必要な情報を手短か且つ的確に伝えた後で「それではごゆっくりとお過ごしください」と言い置き、去って行った。
「……」
 ようやく他人の気配が消えた部屋で短い息を吐く旺一郎。
 雨はそんな彼に意味深な笑みを浮かべると、心なしか上機嫌な様子で部屋の中を観察し始めた。
 部屋は希望通りの露天風呂付きで、最上階という事もあり展望は絶景だ。西側に位置しているということは、恐らく陽が沈む景色が素晴らしいのだろう。
 洋室にはモダンなデザインと上質な感触が心地良いベッドが二つ。
 隣接する和室には座椅子と重厚感のある卓が用意され、その上には数種類の菓子と、茶器一式。そして女性宿泊客限定の、ケーキバイキングのチケットが「当ホテル自慢のスイーツをご堪能下さい」というメッセージカードと共に置かれていた。
 雨はそれを手に取り、従兄弟に視線を送る。
「行く?」
「……いいや。行きたいなら行っておいで」
 旺一郎はそれだけ言うと、座椅子に難しい表情を浮かべた後で慎重に腰を下ろした。
 そうして開くのは読み掛けの小説本。
 それきり自分の存在など忘れてしまったかのような彼に、雨は――。
「……いいわ、行ってくる」
 相変わらずの表情に、感情など見て取れなかったけれど。
 部屋を出る際に扉を閉める音は、心なしか乱れていた。



 ケーキバイキングは二人が泊まる部屋の下の階の、特設会場で始まっていた。
 エレベーターを降りた途端に利用者を導くような甘い香りが鼻孔をくすぐり、館内地図で位置を確認してから赴いた雨は、その必要はなかったかしらと思う。
 と、不意に『朝10時OPEN』の文字が目に飛び込み、何気なく今の時間を確認してみれば午後三時。ちょうどおやつの時間ではあるが、品揃えがイマイチなら明日の朝一で出直した方が良いかもしれない……そんな事を考えながら覗き込んだ会場内。
「……!」
 雨は目を瞠った。
 この時期限定ということもあり客入りが多いのは予想済みだったが、カウンターに並ぶケーキの種類は想像以上。
 ショートケーキ、チーズケーキといった定番は勿論、フルーツたっぷりのタルトや地元産野菜を使ったシフォンケーキなど、その数は優に三〇種類を越えている。
 そして何より目立つデコレーションで並べられているのは、チョコレート関係のケーキだ。ホワイトチョコからブラックチョコまで多種多様。
 正に彩り鮮やかなカウンターに、雨の視線は釘付けだ。
 しかもどのケーキも一口サイズに切り分けられており、利用者が一種類でも多くのケーキを堪能出来るよう考えられている。
 これは、……負けられない。
「よろしく」
 従業員にチケットを渡すや否や、雨は優雅な動きでカウンターの右から左へ、まずは一つずつ皿に乗せていくのだった。


 雨がケーキバイキングで全種類制覇を目指している頃、旺一郎は何にも気を散らされる事無く読書に耽っていた。
 他人に用意された部屋など落ち着くわけがない。
 宿に来るのも乗り気では無く、雨に強引に連れられて仕方なく来ただけだったが、意外な事に部屋そのものは悪くなかった。
 落ち着く、と思えるのは座椅子の影響も大きい。
 ページを捲る、肩を揺らす、呼吸をする――そういった微かな身動ぎに読書を邪魔させないのだから。
 しばらくして、最後のページが終わった。
 旺一郎は一息吐いて顔を上げ、そうして初めて陽が沈もうとしている事に気付いた。
「ああ……夕焼けか」
 ぽつり、呟く。
 きっと部屋を見て回っていた雨が開け放していったのだろう。露天風呂の窓から見える美しい光景に旺一郎の表情が心なしか和んで見えた。
 最上階だけあって外界の音も聞こえず、部屋は静かで。
 ……穏やかに、暖かく。
 旺一郎は部屋の明かりを灯し、新たな小説本を取り出すと、再び座椅子に腰を下ろす。
 こんな風にゆっくりと読書する時間を満喫出来るなら、旅も悪くないと思えた。



「……っ」
 美味しい、と。
 テーブルを叩きたいとか、足を鳴らしたいとか、全身でこの喜びを表現したい衝動に駆られながらもじっと堪える雨の拳は震えていた。
 勿論、バイキングに用意されていた三〇種類以上のケーキは全て制覇。
 その中から気に入った数種類を選んで、二つ目も完食。
 これで満足しないはずがなかった。
「まぁまぁだったわね」と表向きはクールに、淑やかに口元を拭いた後は、これもおかわり自由な紅茶で喉を潤す。
 非常に満足だった。
 ただ――。

「顔にチョコついてるぞ」
「えっ、どこどこ?」
「ここ。ったく、子供かよ」

 右側の客達の会話が聞こえて来る。
 更には左側からも。

「美味しい……っ、いいのかなバレンタインなのに私が幸せな思いして」
「イイんじゃね? おまえが嬉しそうだったら俺も嬉しいし」

 仲睦まじい恋人同士の会話だ。
 そうはそうだろう。このバイキングは、バレンタインを大切な人と過ごすためにどうかという謳い文句で広告されていた宿泊プランについているものなのだ。
 だから雨も旺一郎を誘って――。
「……」
 眉間が僅かに寄るも、それを誰かの目に触れさせる事はなかった。
 従業員の「ありがとうございました」の声も半ば無視するように席を立った雨は、そのまま真っ直ぐに自分の部屋へ。
「戻ったわよ」
 タンッと勢いよく襖を開け放つと、旺一郎は僅かに目線を上げ「おかえり」と一言。
 それきり再び読書に戻ってしまった。
 雨は拳を握る。
「……お風呂、入るわ」
「ああ」
 淡々とした応え。
 いつもの事なのに、雨は何故か泣きたくなった。



 夜。
 旺一郎は宿の食事にも手を伸ばす事無く読書を続け、傍にこそ居たとはいえ、結局は夕飯も雨は一人同然だった。
(なに、よ……)
 旺一郎の手つかずの料理を見て「口に合わなかったか」と心配する仲居に適当に説明したのは雨。
 明日の朝食は部屋か会場かと聞かれて選んだのも、雨。
「……なによ……っ」
 思わず声に出してしまった自分の呟きに弾かれるように、雨は荷物の中からある物を取り出した。
 市販されているココアの粉と、棒付のチョコレート。
 卓に用意されていた茶器一式、その中から湯呑を取り出して些か乱暴な手つきでココアの粉を投入すると、ポットのお湯を注ぎ、棒付チョコレートで掻き混ぜる。
 自分で一口飲んだのは、味見であり――。
「飲んで」
 それを旺一郎の目の前に差し出すと、流石の彼も面食らったように顔を上げた。
「……珍しい……」
 この従妹が、例え市販の粉を混ぜるだけにしろ『何かを作って出す』という行動を起こした事に少なからず衝撃を受けた旺一郎だったが、宿に着いてからろくに飲食していない彼にとって、雨に出されたものは受け付けられる数少ない飲食物だ。
 戸惑いはありつつも、まずは一口。
 旺一郎は難しい顔を浮かべた。
「……配分、間違ってないか? 粉っぽい……」
「いいから全部飲んで」
 従妹の固い表情の理由などさっぱり判らないながらも最後まで飲み終え、
「……ま、有難うな」
 それだけ言うと、再び本に視線を落と――そうとして。
「もうダメっ」
「――」
 本を雨に奪い取られた。
 ダンッと卓に叩き付けられた本に代わり膝に乗って来たのは雨本人。
 その表情は普段と変わらなかったが、揺れる瞳は言葉以上の気持ちを旺一郎に訴えかけて来た。
「……なんだ、一体何があったんだ?」
「……なんだじゃないわよ……旺、私、不服よ」
「……?」
「ケーキバイキングも、お風呂も、ご飯も、館内の見学だって……全部、全部、何処に行っても一人ぼっち」
 つまらないじゃない、と。
 消え入りそうに掠れた少女の本音。
 吐露された感情。
「せっかくのハッピーバレンタインなのに」
「……」
 大してイベントに興味のない旺一郎とてバレンタインくらいは知っている。
 だから雨がココアを作ってくれるなんて言う珍しい行動を起こしたのだと察した。
 ああ、そうか……と。
 旺一郎はようやく彼女の気持ちを察して軽い息を吐いた。
「すまなかった」
 そうして静かに雨の髪に触れる。
「……有難うな」
 先ほどとは異なる響きを伴った呟きと共に少女の努力の結晶ともとれる美しい黒髪を撫でた。
 その動きに誘われるように。
 委ねられるように。
 雨は旺一郎の胸元に顔を埋めた。
 髪を撫でる大きな手。
 温もりと、心地良さ。
「……」
 雨は何かを言い掛けるけれど、何も言えず。
 ……言う必要もなく、瞳を閉じた。


 旺一郎はどれくらい雨を膝に乗せて抱き締めていたのか知らない。
 ただ、静かに頭を撫でている内に彼女が眠ってしまった事には気付いていた。聞こえて来る穏やかな寝息に安堵し、ベッドに運んでやろうと思うも、……何故か体が動かなかった。
 人の体温は、心地良い。
 安堵する。
 旺一郎の場合、そう思える相手はとても数少なくて。
 雨は唯一の女性と言っても過言では無くて。

 ――彼は、その意味を知らない――……。



 翌朝、雨の機嫌はすっかり直っていた。
「ホワイトデー、楽しみにしてるから……♪」
 微かではあったけれど、そう告げる少女の表情は笑っていた。
 その笑顔の意味は解らずとも、旺一郎は頷き返す。
「……ま、頑張るかな」

 ただ、それだけで。


 ―了―

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
jb1019 / 花厳 旺一郎 / 男性 / 24歳 / バハムートテイマー
jb1018 / 花厳 雨 / 女性 / 20歳 / ナイトウォーカー
ラブリー&スイートノベル -
月原みなみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年05月22日

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