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『 』
マキナ・ベルヴェルクja0067)&大炊御門 菫ja0436


 天に坐す瞳のように、白い月が昇っている。
 一片の欠けもない満月。だが、その白さは余りにも無機質で、硝子のようだった。
 或いは無関心か。地の上で起きる事知らぬと、静かに、美しい月光を落している。それに照らされた、かつて街だった場所がどんなに荒廃していても、悲しむ余地などないと。
 此処は戦場跡。起きた戦乱も、失われた命も存ざぬ。最早、原型を留めていないものは知らない。
 全ては在ってが無きが如く。壊れ、終ったもの意識を裂く必要はない。揺らがない。ただ、月は冷たく夜に浮かぶ。
 たったひとつで、黒天の裡にある。
 現にあるものこそが全てだと言うように。
「…………」
 なんという孤立。そして個の確立。これほど深い闇の中にあって、己を失わない。
 そして周囲、他への関心の無さ。それらは黒い軍服を纏い、瓦礫を踏み絞めて歩く少女と同質のものかもしれない。
 名をマキナ・ベルヴェルク(ja0067)。だが偽名であり本名ではない。一種の記号である。
 故に名前を呼ばれても、きっと微動だにしないマキナ。
 白銀の髪が風に揺れた。金色の瞳は、けれど一切の揺らぎを見せない。
 ともすれば、何もその中に映さないのではと思う程に。いや、内面の感情を理解しているのだろうか?

――何を思うのだ、その胸の中で?

 熱を帯びた視線が、瓦礫の山の上からそう問いかけてくるのを感じる。
 嫌いではない相手だ。けれど、溜息を付かざるを得ない。今更、何を問う。
――そもそも、貴女とて己の道を求めて直走るものでしょう。
 故に理解出来ない。
 だから、この場がある。
 冴え冴えとした月光が降り注ぐ中、紅蓮の焔が奔った。
 それは怒りと戦意の発露。マキナの溜息に、そして返された視線に、悲しみと怒りを混ぜた心が猛る。
「問わせてくれ」
 穂先に炎を纏う槍を手にした黒髪の少女を、無感動に見上げるマキナ。
 その姿は余りにも真摯で、真っ直ぐ。だから無為と知りながらも、耳を傾けた。
 止められないし、止まらない。そう解りながらも、槍を手にした大炊御門 菫(ja0436)は言葉を滑らせる。
 焔槍を手にしているその時点で、もう応えは解っていたのかもしれない。
 それでも、菫の胸のある炎は否と応える。活かしたい、生きたい、護りたい。心に迷いも躊躇いもなく、信じたいのだ。
 苛烈なる菫の意志。眦を決して、始まりと終わりの言葉が紡がれた。
「本当に人を殺したのか?」
 口にすれば、それだけで胸が焼け爛れる。
 今もなお湧き上がるのは怒りと、まるで熱を帯びた灰の如き後悔。どうしてだ。どうしてそんな事を。
 そして嘘と信じたい。進む道は違えども、志は同じ同志の筈。自分の理想の為に直走る求道者が、どうして力無き者を、先を求めるヒトを殺めるのだ。
 それではまるで、共に肩を並べ、武を向けた天魔の在り方のようで。

「それが、何か?」
 
 躊躇いなく、否定も偽りも誤魔化しもないマキナの言葉に、菫は胸を貫かれた気がした。
「まるで理解出来ないというような顔をしていますが、私の方が貴女を理解出来ません。共に武を積んだもの。必要であれば殺す。是非などそこにはない。まさか、善悪や道徳を私に説くと?」
 淡々と流れる言葉は、けれど鋭利なる刃物だ。菫の心を切り裂いていく。
 もしも一瞬でも止まれば違っただろう。偽りや誤魔化しがあれば、そこにマキナも後悔していると感じ取れたかもしれない。
 だが、そういったものは一切ない。何時ものように冷徹に、そして語っているのに、まるで会話が成立していないような虚しさ。心のない、虚無が見えた。
 いや、それは嘘だ。菫がそう思いたいだけ。
 マキナは何時ものように、揺らがずに選択した。迷わずに人を殺した。
 それを悔いる筈がない。一度選択し、命を奪ったものへ詫びる。そんな軟弱なマキナも菫も精神は持っていない。殺した後に、幾ら謝ってもその言葉は届かない。
 死は重いのだ。
 選び取った己の意志を、何度も振り返れる筈がない。ない、から。


「ふざ……けるな……!」


 菫の問い返しは、激怒と焔の波と共に。
 闇が駆逐される。全てを焼き払えと、此処に、この場で産まれた焔が菫を包んだ。
 旋回する槍。炎噴き出す穂先をマキナに向け、じわりと血のように滲む後悔を吐き出す。
「嘘だ。私に嘘など付くな! そんな仲だったか? 私とお前の心は、本心で語れぬ程の隔たりがあるのか!?」
 言っていて、そんな訳がないと解っている。
 嘘を付かぬ。ただ真実、己のみがあるのがマキナだ。故に結んだ友誼は軽くない。
 最初に覚えた怒り。そして何も言葉を掛けられず、止められなかった後悔。何が出来た。何か出来た筈だ。そして、願わくば大切な友人だから――信じさせて欲しい。
「天魔を屠るモノが、終焉を司る腕が、どうして未来を求めるモノの命を奪う!」
 激烈なる言葉、猛る焔。荒れ狂う心の儘に、瓦礫を焼いて、熱風で吹き飛ばす。
 故に、マキナの眼が細まった。胸の鼓動が高鳴り、熱を帯びる。
 擦れ違った二人。己の道こそ、信じるものこそ至上であると思うが故に――吹き荒れる武威の風。
「終焉は何も区別しない。死という幕引きが、何処までも平等だとは知っているでしょう? 故に、私も必要であればするだけ」
 元より、それだけの存在。
 終焉の安らぎを与える為、鋼鉄の右腕が拳を握りしめる。ぎりぎりと、きしきしと、今まで秘めていた心を確認するように。
「人? 天魔? 私の道の前に立てば、殺すだけ」
 が、言葉は余りにも冷たい。闘志はこんなも躍るというのに、どうして此処まで冷然としているのか。
 何処か、自分を遠くから眺めているよう。上から氷か、或いは鋼鉄そのものの自分を見下ろしているかのようだ。全くと、首を振った。

「――たかが人間が一人、『私が終わらせたモノ』に含まれた程度でどうなるというのです? 今まで殺した存在も、何一つ特別はない」

 そして眼光鋭く、金色の眼差しで菫を射抜く。
 だが、それで引くような菫ではないとマキナも知っている。
「その在り方は間違っている。その道は、間違っている! 前に立つものは全て滅ぼす? ふざけるな。最後に己一人残るのが望みか!」
 悔しくて、悔しくて。自分の胸に抱いた紅蓮の炎が心を焼いている。
 涙などある訳がない。感情の熱量で、既に蒸発しているから。菫とてもはや決意を手に、いや、槍を戦う為に握り直していた。
 道は違え、擦れ違う。そして、それが共に武を研鑽した求道者二人であるなら、最早言葉は不要。


 マキナの右腕から、黒焔が噴き上がる。

 
 帯びた色、波動は破滅一色。触れれば砕く剛の、いや、壊の気。
 紡いだ言葉はやはり冷たかった。が、マキナは僅かにこの展開へと期待していた自分を知る。
 故に溜めた。言葉を、そして息を。漏れたそれは嘆息の形となってしまったけれど。
「間違っているのなら、証明してみせて下さい。その為に槍を持って来たのでしょう? 無論、出来るのならば、ですが」
 纏う闘気が渦巻き、旋風の如く踊り狂う。ああ、実の所、同じ求道者として正反対の菫と、マキナは一度戦ってみたかったのだと、確信をしながら。
 向ける右腕。虚空を砕くように握り締める。
 これぞ撲滅の腕。正面から受けてみせよ。互いに譲れぬ信条があるからこそ、この戦い、意味を感じる。
 創世を詠う紅蓮と、終焉を告げる漆黒。共に強き祈り、渇望。そのどちらが上か。


 そして友だからこそ――貴女に、お前だけには負けたくないと、魂が奮い立つのだ。

 此処で負けて圧し折られる心なら、貴女の、お前の、友に相応しくないから。


 相容れぬ。けれど、故に何より強い絆を以て、吼える。
「お前の為、活かす為、この焔で焼き払う!」
「私は不変だ。孤高で孤立しようと、この拳は譲らない!」
 絶叫と共に、真紅と漆黒が衝突する。他に方法なんて知らない。
 言葉の不確実性より、魂煌めく戦の、武の中に全てを込めて。
「『創世の焔』、大炊御門 菫、推して参る!」
「言葉も名前も不要。『幕引きの終焉』、奮うのみ……」
 そして、穂先が閃いて、剛腕が唸る。









 戦いの中、互いが選び取った初手を両者共に繰り出される前に理解していた。
 当然の如く、初手はアレだと確信していた。故に、それに対する対策とて思い浮かぶ。知らぬ相手ではない。手の裡とて解っている。
 故に。
「何時まで、師の影と呪いを追っている!」
 マキナが初手、己が師からの薫陶を受けた秘術を発動させるのは明白。己の肉体の活性化のみならず、精神から感覚に至るまで偽神の領域へと高める黒夜天の発動。その為の呼吸を読み、籠手にてマキナのこめかみを殴り付ける菫。
 その流れは月に咲いた赤華の如く。マキナの破滅の一撃に対して、臆す事なく焔を纏った一撃を送り出す。
 『終焉』という渇望を引出す間隙を狙った一撃だ。
「そんなものに頼る程、脆弱か。私は!」
 が、送る菫の言葉は絶叫に似ている。
 哀しみすら覚えさせる、声。
「自身のみに頼るな。己のみに在るな。共を頼ってくれ!」
 だから菫は躊躇わない。マキナの一撃を恐れず、間合いへと踏み込めた。
――なあ、渇望に付き動かされるだけではなく、周りを見てくれ。
「お前を信じる、私がいるぞ!」
 故にと手にした槍を旋回させ、続けて刺突を繰り出そうとする菫。だが、マキナの意識も動きも止まっていなかった事に驚愕する。
「……私も、ある意味では貴女を信じていますがね」
 一撃を受けた。秘術の発動を餌に、まずはそれを防ぐ一撃を菫から受ける。菫の気性ならばそこからの連撃へと続くと読んでいた為に。
「一つだけ訂正させて貰いましょうか。師からの祝詞は――私にとっての契機でしかない」
 そして顕然する黒夜天。終わりの偽神。全力の解放に伴い、マキナの全身から波濤の如く黒焔が噴き上がる。
「そう、契機。一つの事を見つけるまでの。私の道へと至る為の」
「……っ…!」
 この間合いは危険。予備動作なしで放たれる剛腕の気配を感じ、アウルを足に集束させる菫。退く為ではない。譲れぬ道の戦いならば、当然のように後退など頭にはない。
 二度目の俊足の踏み込み。それは真紅の槍の石月による苛烈なる一撃を伴ってマキナへと衝突する。
 閃光の如き速度は音を置き去りにし、風の抵抗で震えた槍の柄は無秩序な軌道を描いて先読みを許さない。回避でする事はマキナをもって不可能であり、金属同士の衝突音を響かせてマキナを後方へと弾き飛ばす。
 紅蓮の光を伴い、繰り出された菫の全力の一撃だった。けれど、それが完全に効果を発揮していない。
 狙ったのは喉。だが、それをマキナが右腕で庇っていた。
 直撃すれば気管を潰して戦闘不能。腕や肩で凌いでも、骨を折っただろうに。
「鋼鉄の義腕か……」
 敵にすれば、負傷を気にせず振るえるこれは厄介。いや、マキナの本領はそんなものではなく、真逆にある。
 金色の瞳が菫を貫く――意志を指向性を持たせた威圧と変じ、菫へと中てて動きを止めるマキナ。
「そう――貴女と私は違う」
 先の一撃も本来は殺さぬ技だ。甘い、生温いとは言わない。
 むしろ輝かしいものだろう。天魔を殺し、人を救う。ああ、選べるだけの腕があるのなら。
 そして諦めない信念があるのなら。いや、あるからこそ、菫はこうしてマキナの前に立つ、
 そこに敬意を表し、故に全力の一撃を繰り出す。天魔も人も、そこに差異はない。この拳の前に、違いなどない。
「全てを砕き、終らせる。それが私です」
 唸る剛腕。光を喰らう闇の一撃。
 マキナの齎す終焉の腕の威力は脅威の一言だ。大気の壁が砕けて散り、音はそもそも黒焔に呑まれて消えている。
 加え、菫は攻撃の直後。受けた所で紙切れの如く突き破られるだろう。だからこそ、菫は瞼を閉じる。
 諦めた、などである訳がない。紅蓮の焔が、破滅の黒焔を飲み込んでいく。マキナの攻撃力を飲み込み、己の力へと変じさせていく菫。本来ならば他人の気を取り込むなど精神に異常を来たすものだが、菫の心は強靭だ。
 見開いた瞳は、菫の赤黒く染まっている。破滅を飲み込み、蝕し、護る力へと一瞬で作り替えたのだ。
「私とお前は違うのだろう?」
 他者の言動に揺らがないマキナ。他者を想い、その動きにて力を増す菫。
 ああ、違う。だからこそ。
「一撃で壊れないで欲しいですが」
 振り抜かれた偽神の腕。破滅の一撃。
 アウルと気が障壁のように展開されたが、そんなものは些細と突き進んだ剛の一撃。元より、その腕を信じるからこそのマキナの求道であり、渇望だ。
 だからこそ、衝撃で骨が軋み筋肉と血管が劣断しながらも、耐え切った菫を賞賛する。感嘆混じりの息を漏らし、まだ続く事実を言葉にした。
「頑丈ですね。何処まで続くでしょうか?」
「お前の本音を、聞くまでだ!」
 そして何処までも愚直に、負傷を押して菫は駆ける。
 炎槍の穂先が揺れる。それこそ、猛る焔のように。けれど何処までも苛烈に、神速の速度を以て。
 突き出された穂先は、言葉と共に。信じている。譲らない。渡せない。
 叫ばせてくれ、この祈りを。
 菫は真紅の閃光と化して、刹那の魂を輝かせる。
 その光を以て、マキナを救いたいと――突き出す刃に、心を映して。

「守るべきを見捨て救うべきを戮し、ただ只管敵を打倒する……そんな今に、何の意味がある?」

 声は届いているだろうか。突き出した穂先は、マキナの腹部へと突き刺さっている。
 そして噴き上がる炎はマキナの臓腑を焼いている筈だ。けれど、その熱こそが菫自身だと、解って欲しい。
 こうまでしないと、マキナに言葉は響かない。虚ろではない。虚無ではない。余りにも孤高の存在には、同種を以てしか届かない。

「……今に何を思う。今、進む先に何を願う?」

 槍の柄を握る手に力を込める。
 抉り、引き抜いて次へと続け、繋ぐ為に。
 そうだ。菫の武は、明日へと繋げる為。明日を創くる炎だから。

「何もかも破壊した先に何がある? この場を見ろ、この戦場跡を見ろ! 全てが壊れて終わった明日に、何が出来て何を感じられる!?」


 耐えがたい現実。苦しい今。でも、信じたい。
 明日、朝焼けに染まる赤き世界は、救いのある日になっているのだと。今、殺し合うマキナと、分かり合えているのだと。
 それを青臭い祈りだと、笑う事など断じて許さない。この胸の焔は、薄くない。
 

「知れた事――平穏のみ」

 
 苦痛さえ置き去りに、求めて、求めて、求め続けた渇望をマキナは晒す。
 声の平坦さも冷たさも変わらない。が、そこに籠った闇色だけは誰でも解る程、濃く、暗く、暗鬱と響く。
「全ての敵がいなくなれば、後には平穏が残るのは必然でしょう?」
 そして振るわれる防御を無意味と断ずる諧謔の腕。いや、護るだの失わないだのと、笑わせるという剛毅の一撃か。
 黒光の如く進み、菫の肩を打ち据える鋼の拳。折れたか。いや、罅が入っただけ。
 この程度で壊れない事を、何故か嬉しく思う。
 まだ、渇望の全てを曝け出していないのだから、まだ終わるな。
 終焉を司る魂が、祝詞を紡ぐ。
それは今、地獄のようなこの世界を走り続けるマキナの心そのもの。
「この戦場を、見ろ? このような戦場を幾ら繰り返せば戦いは『終る』? 慈悲と情けで生き残らせた敵が、同胞殺しても『仕方ない』?」
 ああ、それこそふざけるな。フザケルな。
 終わらせていかないといけない。終わりの先にしか救いはない。
「全ての天魔を滅ぼさなければ、その眷属となる心も終わらさなければ救いはない」
「……その為に、どれだけの存在を殺す、壊すつもりだ!?」
 苦悲に似た響きを乗せ、けれど紅蓮の焔を纏って菫は対峙する。
 何処までも純粋だった。槍を構える姿、凛々しく、美々しく、そして雄々しい。
 守りたいという菫は、烈士に違いない。無慈悲な月を背負い、誰かを守るのだと、いや、マキナを闇から救い出すのだと闘気と焔を躍らせる。
炎と共に踊る武気は、護るが為にと猛っている。己の負傷の度合い、気付いていないだろう。
「無論、全てを――結実に至るまでの犠牲が咎だと言うなら、その総てを背負うだけの話です」
 果たすべきは唯一無二。その為には全てを滅ぼそう。この黒焔は、その為にある。
 この身は偽神。が、破滅を齎すには丁度良い。このような地獄の有様、全て焼き払ってしまえ。紛い物の救いばかりを見せる、こんな世は。
「唯、殺す。轢き殺す私の道。終焉の焔」
 それをゆらりと揺らがせ、マキナは構えた。
 黒い焔に身を包み、けれど、身体に走る傷口からは真紅の火が噴き上がっている。菫の意志たるそれが、マキナを蝕んでいるのだ。だからこそ、届いていると、菫は信じている。
「だったら、その咎、私が焼き払おう」
 頭上で旋回する菫の炎槍。
 交わす言葉に意味はあるのだろうか。いや、あると信じて。
 刃と拳だけでは意味がない。駆け抜けた明日に、救いはある。祈るし、信じている。
 この道、往くと決めたのはマキナだけではない。地獄のように天使と悪魔の争うこの世界の果てでも、光はある。
「全てを摧滅するのですが?」

 奮われる黒焔の一撃。死を齎す武の波濤。

「であれば、終らせた直後に、新たしいものを産み出そう」

 突き出される紅蓮の一閃。活かす為の武の冴え。

 解らない。理解出来ない。擦れ違った儘、だが譲れないと魂が吼え猛る。
 喰らい合う獅子の如く、血と肉を散らし、共に武を振う。終わりと始まりのそれを。
 黒が壊し、赤が煌めく。風は二人の衝突を恐れるよう、菫とマキナの間合いに入れない。いや、圧に押されて届かない。
 マキナの口から血が零れた。が、見れば菫とて唇の先端から鮮血が溢れて漏れている。
 どうしても、この道、譲れず。
 天に至れぬ身。煉獄に焼かれた二人。だが、魔も二人の敵。
 ならば友かと問われれば、違っていると応じよう。が、敵かと言われれば、友だと信じていると答えてしまう。
 解らない想いを抱えた儘、苛烈に熾烈に、命を削る武の舞。
「なあ、マキナ」
 その中で、囁きが零れた。
 紅蓮が奔り、最後の刺突が華の輪郭を描くように複雑な軌道を描く。奇怪にして美麗なる、武芸の技。
「――終わらせた後、朝焼けを私に任せてくれないか」
 胸を貫かれたマキナ。右胸であり、心臓は外れている。肺から血が逆流するが――『終わり』ではない。
「その朝日さえ、私は終らせる」
 故にと左手で槍を掴むと、菫を引き寄せる。抉られて広がる傷口など意識の外。
「そして、今宵の終わりです」
 槍を手放した菫も、もう遅い。防御を無として哂う、諧謔の三連撃。
 断じる。断じさせて貰う。守るなんて、意味がないと。
 庇った右腕が折れた。胸部に叩き込まれた一撃で、肋骨が粉砕される。頭部を撃ち抜いて、その動きを強制終了すする。これで死という終焉がない事こそ、菫の護る為の武の証拠だが。
「……っ……」
「…がっ……ぁ……」
 菫の意識は断たれずとも、物理的に動けなくなる負傷で倒れ込む菫。同時、マキナも自己の限界を超えた負傷の上で精神を燃焼させた三連撃の切札。
 共に身体の自由が効かず、倒れ込む。それさえも寄り添うにではなく、擦れ違って横に倒れ込むのだから、何処までも二人は交わらない。
 ただ、視線は自然と空へと向かった。天の星と月が、二人の争いなど知らぬとばかりに輝いている。
「……それでも……朝日は、来る」
 菫が、血塊を吐きながら口にする。
「それなら、何度も日を沈めましょう。いえ……太陽を砕きましょう」
「だったら、私の焔が太陽を、創る……さ」
 息も絶え絶えに、けれど言葉を交わす二人。
 それでも、決して共に見上げる星と月へと何も言わない。この夜に対しては、何も言わない。
 分かり合えなくとも、戦った事も全てを見ていた夜天。それだけは、胸に刻んでおきたかったから。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
燕乃 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年05月23日

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