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『やっと見つけた永遠の人 』
藤田・あやこ7061)&(登場しない)
 どれだけ歩いただろう。喉が渇いた。
 魔獣が闊歩し、特蛇の枝を持つキメラ樹が木々のあいだに紛れ、こちらを狙っている密林で、1組のカップルが水を求めて彷徨っていた。
 撃墜された2人乗り用の航空事象艇はとっくに見えなくなってしまっている。墜落の際に本部に通信は入れたし、発信機はこちらにあるから本部が見つけてくれるのは時間の問題だが……あやこはこんなことになるなら彼を連れてこなければよかったと心の底から後悔した。もともと1人でもこなせる任務を彼が護衛にとついてきてくれたのだ。その気持ちが嬉しくて2人で任務へ向かい、その任務中、どこからか攻撃を受け、事象艇は撃墜。しかも場所が悪かった。この密林はこのあたりでも、一番危なく人が入らないことで有名な密林。
「痛っ」
 急に彼が肩口を抑えてうずくまった。
「大丈夫?見せて」
 彼が肩口から手を外すと、そこには一筋の赤と紫色の混ざった線。
 あやこは眉をひそめた。キメラ樹にやられたのだ。彼も自分の傷口と綾子の表情を見て察したようだった。
「カッコ悪いな。あやこ、俺をここにおいて君はどこか安全なところで助けを待つんだ」
「何言ってるのよ。あそこに洞窟が見えるわ。あそこで手当してあげる」
「でもこれは……」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと救急箱は持ってきたの」
「はは……準備がいいな。よし、行こう」


 洞窟にたどり着いたあやこは救急箱を開け彼の手当を始めた。
 しかし、普通の傷や毒ならまだしも、キメラ樹のもつ毒蛇の毒は強力だ。こんな救急箱が役に立つはずもなかった。
 あやこは真綿で首を絞めるようにじわりじわりと死に近づいていく彼の手を握り、救助が早く来ることを祈るしかできなかった。
「ごめんな」
 かすれた声で彼がそう言った。水分をとっていない上に、毒のせいで熱が出てきている。このままでは、毒の前に脱水で死んでしまう危険もあった。
「もうすぐ救助がくるわ。だから黙って」
「でも……」
「大丈夫よ。絶対に助けてみせるわ。少し休んで。私はここに居るから」
 そう言ってあやこは彼の瞼にそっと手を置き、彼の目を閉じさせた。
「あぁ……」
 本当に早く救助が来なければ自分はともかく彼が死んでしまう。
 あやこは今なら何にでも縋れるような気すらした。神でも、仏でも、それこそ悪魔にでも。あやこがそんなことを思うのは初めてのことだった。でも、目の前の彼は無情にも弱っていく。それでも、
あやこは祈った。彼が助かることだけを。それしか今のあやこにはできることがなかった。


「本当に危ないところでした」
 医師はそう言って運が良かったとしか言えない。と続けた。
 あの後、脱水症状で意識が朦朧としてきたあやこが、もうだめだと思ったその時、事象艇のクルーが2人を救助してくれたのだ。
「ありがとうございます。あとは私がやります」
「貴方もまだ本調子ではないんですから無理しないでくださいね」
 あやこは微笑みだけを返し、彼がいる集中治療室へ入っていった。
 彼は体力温存のために昏睡処置を施されて眠っていた。その穏やかな笑顔からは、過去の楽しかった思い出を夢に見ているのではないかと推察された。しかし、その穏やかな表情とは反対に、容態は悪化の一途をたどっていった。そして表情が苦悶に変わると容態はよくなるのだ。
「どういうこと?」
 あやこは脳波計を彼につけて刺激等を与え観察した。
「つまり……」
 あやこの出した結論はこうだった。楽しい夢を見て精神状態が落ち着くと毒が体を蝕み、容態が悪化する。しかし、嫌な夢を見ると精神状態が乱れ、容態が回復する、と。
「毒の仕組みはわからないけれど嫌な夢を見せたほうが回復は早そう、というか嫌な夢じゃないと回復しなさそうね……ごめんなさい」
 そう言ってあやこは彼に外部から電気刺激を与え、彼の苦悩する姿を尖った耳をひくつかせ、苦しそうな表情で見ていた。彼の手を握ったり、彼に頬を寄せて少しでも彼が早く悪夢から解放されることを祈った。ミニスカの白衣からスレンダーな足がかなりきわどいところまで見え、集中治療室のスタッフの目を釘づけたが、そんなことあやこ本人には関係のないことだった。彼が治ってくれればそれでいいのだ。そのために彼に悪夢を見せなければならないその姿は可哀想というより、いじらしく哀れに見えた。


 甲斐甲斐しいあやこの看病と祈りが届いたのか、数日後には彼の状態はかなりよくなり、一般病棟の個室に彼は移されることになった。しかし、まだ目覚めない。毒はもう治癒されているはずなのに。
「どうして彼は目を覚まさないんですか?」
 あやこが医者に問うと、医者は落ち着くように言い、
「もうすぐ目を覚ましますよ。そばにいてあげてください」
 そう言って部屋を出ていった。
 あやこは医者の言葉を信じ。彼の手を握って目覚める時を待った。
「あや……こ?」
 医者が立ち去ってから1時間も立たない間に、彼の口がかすれた声と共に動き、ゆっくりと瞳が開いていくのをあやこは泣きそうな思いで見ていた。
「医者を呼んでくるわ」
 そう言ってあやこがずっと握っていた手を離そうとすると、逆にぎゅっと手が握られた。
「行かないで。ここにいてくれ」
「わかったわ。水飲む?」
「あぁ」
 あやこがコップに水を汲んで渡すと、よっぽど口が乾いていたのか彼はすぐに飲み干した。
「これでやっと言える。この状態がもうカッコ悪いのに声まで掠れてたら本当にシャレにならないからね」
 潤った喉から出た言葉はあやこがいつも聴く穏やかな彼の声だった。
「何を言いたかったの?」
「君はこの広大な銀河で一番美しい。ずっとそれが言いたかった。」
「怖かったのね」
「ああ」
「私が?」
「二人がどうなるか怖かった。キザなセリフの真似なんかじゃない」
「真似かもしれないわ」
「僕の気持ちを疑うのか?」
「そうじゃないわ。真似でもいいの。言葉はただのノックだもん」
「ドアを開けてくれるのか?」
「追い返しはしないわ。」
「それは期待以上だ。」
「望みはたったそれだけなの?」
「望みなど持てなかった。僕はただ夢みていただけだ」
「目を覚ませなくなるわ」
「僕は大丈夫だ。銀河に輝く星を見て君の瞳を想い、夜を紡ぐ宇宙に感謝する」
「ああ……ありがとう。でも、言葉だけなら誰にも言えるんじゃなくって?」
「そんなに信じられないの?君は僕の心。僕の魂だ。この病院から退院したら結婚しよう」
「結婚?」
 あやこの瞳から涙が溢れてきて、止まらなかった。
「あぁ、泣かせるつもりじゃなかったんだ。俺じゃ心もとないかもしれないけど……ダメならそう言ってくれて構わない」
「さっき言ったでしょ?追い返すつもりはないって。今日は最高の日ね。あなたが目を覚ましたことも嬉しかったけれど、目を覚まして一番に聞くのがそんな言葉だなんて」
「じゃあ……」
「えぇ。結婚しましょう」

二人は微笑みあって、深く深くキスをした。


Fin
PCシチュエーションノベル(シングル) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年05月23日

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