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『 不穏の気配 』
庭名・紫8544)&高遠・誠一(8545)&(登場しない)

 庭名組事務所の幹部専用会議室には、静謐の中にとても緊迫した雰囲気が漂っていた。
 それは、綺麗に磨かれて曇りひとつない黒檀の長机のせいでもなく、歴代会長や幹部達の写真が額縁に入れて飾られているからでもない。

 近くの繁華街で、鳥井組の若頭が殺されたことだ。
 他の組の若頭だからと放っておけるような問題ではなかった。

 幹部の中にもその男を知っている者は何人もいたし、簡単に殺られるような男ではないこともよく知っている。
 その男を出し抜き、殺害できた計算高い者……そこに庭名の誰かが関わっている可能性が――いや、絶対に関わっているのだ。
 確信に満ちた疑問を秘め、集まった幹部達は重苦しくそれぞれ顔を突き合わせ、誰かが言葉を発するのを待っているようだ。
 この場で縫い針ひとつでも落とそうものなら、その音に反応して全員がそちらを向くであろう。
 
 般若顔をした男たちに混ざり、一人真っ青な顔をした可憐な少女――庭名組七代目である庭名・紫が俯き加減で行儀よく座っていた。
 無言の圧力が細い両肩を押さえつけているようで、紫は息苦しさすら覚える。
 口を開こうとしても何を言えばいいのか、この場合の対処法が全くといっていいほど出てこない。
 幸いと言っていいものか、紫は現在『普通に暮らしていたのなら、このような修羅場はよく起こるものなのだろう』と――盛大な勘違いをしたままである。
 しかし今回に限っては、この状況でその考えはある意味良いものだった。
 それもそのはず、まだ少女である紫には人生経験が乏しい事と、病弱ゆえに病院での生活が長かったため、
 カタギの暮らしでも、極道の意味でも……【一般的なこと】がどういうものか理解できていないところが大きい。

 そんな紫でさえ、座っていられるのがやっとで、倒れていないだけでも奇跡に近く、賞賛に値するものだ。

「――お前らァ周知のようだから話はすっ飛ばすがよ、鳥井組の若頭がタマぁ取られたらしい」
「もう一人、鳥井の若ぇ男が車に撥ねられたらしいぜ」
 その距離も被害者も単なる偶然とは片づけられねえよなぁと、口を開いた幹部の一人が、集まった一人一人の顔をじっくりと眺めていく。
 ぴたりとその視線が留まったのは、先ほどから押し黙ったままの高遠・誠一。
「なぁ高遠さん。あんたなら何が起こったか大体知ってるんだろ?」
「ああ……」
 試すような口ぶりの幹部に、誠一は眉ひとつ動かさず『若頭は俺がやった』と告げる。
「一人でか」
「そうだ」
 当然のように答える誠一に、思わず幹部達は眉を潜めて喉奥で唸る。
 人を殺めてしまったという禁忌に近い罪。
 いくらカタギと生きる世界が違うからといっても、それは決して許されるものではない。
 誠一も自分が何をしたのか、この中にいる誰よりも理解しているはずだ。
 だというのに誠一は眉ひとつ動かさず、その態度もいつもと変わりない。
「……本当に殺ったんだな?」
 そう聞き返してしまうのも無理はないと思えるほどに、誠一の物腰は落ち着いていた。
「何度も聞くんじゃねえよ、間違いねぇ」
 本人がそう告げたことで、別の幹部がサングラスを外して、肉食獣が威嚇するような声で『だったら高遠よォ』と身を乗り出す。
「手前勝手に動いてタマぁ取ったのは最高か? 一体何をしたか分かってんだろうな?」
 縄張りの争いで、一度引き金を引いてしまったら最後、血を見ずには終わらない。
 それは――庭名と鳥井の抗争の発端にさえなりかねない。
「姿は見られていないはずだぜ、多分な」
「――ざけんなコラァアッ!」
 飄々とする誠一の態度に業を煮やした幹部の一人が、口角泡を飛ばす勢いで怒鳴り散らす。
 その声に驚いた紫はびくりと身体を震わせ、背中を椅子の背もたれにぴったりと押し付けた。
「……鳥井に目ェつけられんのも時間の問題だろうな。だが高遠、あんたにゃ、ケジメってもんをしっかりつけてもらおうじゃねぇか」
 紫を脅かさぬよう声を幾分小さくし、幹部は誠一に詰め寄った。
 しかし誠一は、それは無理ってもんだ、と悪びれもなく一蹴する。
 怒気が部屋の空気を瞬時に変えていったのを、紫は肌で感じつつ、成り行きを見守る。

「別に俺ァ逃げようと思っているんじゃねえよ。
ただよ……『お家騒動』の際、ヤンチャした奴らを俺が押さえている――ってのをお忘れじゃねぇのか、あんたら」
 その言葉に、はっとする数人の幹部達。
 お家騒動が何であるのか、ヤンチャしたというのは何か? それも紫は知る由もなく、攻めていた幹部の態度が急変したのを不思議そうに眺めている。
「それにケジメつけさせたところで、奴さんは待っちゃくれねえ。ハジキ構えて庭名へ顔見せに来るだろうよ。
そうなったら、あんたらが俺の代わりに坊主らの面倒と……庭名をてめえの命投げうって守ってくれんのかい」

 その言葉に、幹部らの視線が紫へと集中した。
「っ……」
 集中する視線に思わず背筋が伸びるような心持で、紫は彼らの表情を見つめ返す。
 紫の態度をどう見たのか、それは彼ら個人にしか分からないが――……幹部の一人がそうだな、と諦め顔で首を振った。
「今やるこたぁ、抗争が起こるのを見越した準備が必要そうだ。
勘違いすんなよ高遠さん、あんたの件は『ひとまず』保留にするだけで、不問とするわけじゃねえ」
「わかってるよ」
 不信や憤怒、言葉だけでは表せないようなものを胸に澱ませながら、幹部らは一人、また一人と席を立ち、紫へと頭を下げてから会議室を後にする。
 紫も立ち上がろうとしたのだが、軽い貧血に邪魔されて、座ったまま頷きを返すだけしかできなかった。

「会長、大丈夫ですかい……?」
 紫の顔が真っ青なのにようやく気付いたのだろう、側に控えていた男が、紫を労わる様にそっと声をかけてきた。
 その声に、誠一もゆっくりと顔を向ける。
「大丈夫です……少し考え事をしたいので、一人にさせてください」
「……分かりました」
 席を立った誠一も、先の幹部と同じように頭を軽く下げて出ていく。
 何かあれば呼んでくださいと、声をかけた若い衆もその後に続いて出ていき……扉を閉めた。

 残ったのは紫一人。
 そこには彼女以外誰一人としていないはずなのに、まだ気配の残滓が部屋にある。

――これからどうしたらいいのだろう?

 その疑問は浮かんでくるものの答えは出ず、事件を受け止めるには――非現実的すぎた。
 会議中は消音にしていたテレビの音量をリモコンの操作で元に戻す。
『繁華街で銃撃』というテロップと共に、現場付近……見たことのある風景が映し出されている。
『――昨夜未明、繁華街で殺人事件があり、現在警察が捜査中です』
 女性のニュースキャスターが無機質に原稿を読み、テロップが表示されている。
 キャスターの声に導かれるようにゆっくり顔を上げ、テレビモニタを見つめた紫。
『被害者の身元は、鳥井組の若頭とみられる男性。肩などを撃たれ、死亡しているのを付近に住む住民が発見、110番通報……』
――死んでいるのを発見。
 その言葉の意味は、やはり重い。

『なお現場近くでは交通事故も起こっており、被害者の男性は意識不明の重体です。
被害者は死亡した男性と同じ、鳥井組の構成員であるため、警察は事件との関連があるとして男性の意識回復を待ち、事情を聴く方針としています』

『俺がやった』
 ニュースを聞いているうちに、先ほどの話と誠一の言葉が現実味を帯びて紫に襲い掛かってくる。
 血の気が引いて、身体はガタガタと小刻みに震えて止まらない。
 誠一の言葉や態度を思い出し、今更ながら【恐れ】がこみ上げてくる。紫は不安に耐えるように自分の身体を細い腕で抱きしめた。
 一体どうしたらいいのかという困惑と共に、一体私が何をしたのかという哀しい嘆きが、喉元まで出かかった。
 退院し右も左も分からぬまま、この庭名の家を任された。
 自分へ協力を惜しまないと言ってくれる人もいて、ようやく、組の皆とも打ち解けてきた頃合いに――まさに青天の霹靂だった。

 事件に揺れる組全体に、事件の張本人である誠一は誰よりも落ち着き払っていて、ある種の不気味ささえ覚える。
 こんな時、父親なら、祖父ならばなんというだろう?
 壁に飾られた庭名幹部の写真。紫は不安に彩られた表情で顔を上げ、前会長と自分の父親の写真を見つめる。
 厳しくも優しくも見える、生前の写真。もちろん答えをくれるわけではなかった。
 だが、目を伏せた紫の脳裏に浮かんだのは……組員たちの顔だった。
『会長!』
『大丈夫スか?』
『心配要らねぇですよ、これくらい!』
 時として自分を心配してくれたり、何かしようとすると手伝ってくれたり、気を遣ってくれもした。
 不思議と、彼らの事を思うと、不安は和らぐようにすら思える。
(そうだよね……会長の私が、こんなに不安に思っていたら……みんなにも不安が伝わってしまう)
 自分を信じて、ついてきてくれるたくさんの組員たち。怖くないと言えば嘘になるが、心の中にある想い――この『庭名』を守ると決めた決意は固かった。
 泣いてはいられない。今はこの組を、自分を必要としてくれる人たちの為に頑張りたい。
 その純粋な想いは、紫を支える力となっている。
「……おじいさん、お父さん。どうか庭名を見守っていてください……」
 祈るように呟いた紫の声は、部屋の静寂に溶けるように消えていく。

 そんな儚い決意を嘲笑うかのように――時間が経つにつれじわじわと色濃くなっていく不穏な空気。

 静かに、しかし確実に、この街を徐々に覆い始めていた……。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8544 / 庭名・紫 (にわな・ゆかり) / 女性 / 16歳 / 庭名会・七代目会長】

【8545 / 高遠・誠一 (たかとお・せいいち) / 男性 / 36歳 / 庭名会幹部・会長付】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤城とーま クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年05月27日

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