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『■ 温かくて美味しい招待状 ■ 』
ファリルローゼ(ib0401)


『――バレンタインまでもうすぐ。
 大切な人への贈り物は決まりましたか?
 もしもまだお悩みでしたら温泉旅行など如何でしょうか。

 温泉宿「花籠(はなかご)」ではこの時期限定の旅行プランをご用意してお客様のお越しをお待ちしております。』

 上品なデザインで、そんなうたい文句が綴られた招待状が貴方の自宅の郵便受けに届いた。
 客室は全て居心地の良さを追求した和モダン。
 朝夕の部屋食はこの時期限定の特別メニューで、女性には宿泊中一回ケーキバイキング無料の甘い特典付。
 個室から、六名で泊まれる大部屋までサイズは様々、温泉も男女別と混浴それぞれ大浴場と露天風呂が設けられており、数は少ないが露天風呂付き客室もあるという。

 そして招待状の最後には、勿論この一文。


『ご予約はこちらまで』



 ちゃぷん、と。
 足湯に膝から下を浸し、その温もりにファリルローゼ(ib0401)はゆっくりと長い息を吐いた。
 数日前、郵便受けに入っていた招待状に気付いて調べてみれば、その温泉郷にはこういった足湯や、単身でも気軽に泊まれる宿が多数あると知り、気分転換を兼ねて訪ねてみる事にしたのだが、どうやら正解だったらしい。
 ……気持ちが良い。
 ファリルローゼは目を閉じると背後の柱に寄り掛かった。
 爪先からじんわりと伝わって来る熱が、ゆっくりと時間を掛けて全身に染み渡る。
 湯の中には膝下しか入っていないのに不思議だ。
 まるで全身を抱き締められている――……。
「いいや違うっ」
 ファリルローゼは自身の想像に弾かれたように体を起こし、声に出して否定する。
 その頬は真っ赤。
 想像が、あの日の記憶を呼び起こしてしまったからだ。
「……優しくするな」
 ぽつり、毀れた呟き。
 その瞳は複雑な感情に揺れていた。



 ファリルローゼには大切なものがたくさんある。
 そして最愛の家族がいる。
 妹、だ。
 彼女の頼れる姉でありたくて、共に戦える騎士でありたくて、命を預け合える開拓者でありたくて、そのために……強くなりたかった。
 けれど現実では肝心な時に強く在れず、選び取るべき指先は揺れ、心は乱れ、……託された信頼に応える事が出来なかった、あの日。
 それでも彼――スタニスワフ・マチェク(iz0105)は。
 姉、騎士、開拓者、どの姿も取り繕えなくなった自分を、それでも日頃と変わらぬ態度で接し、抱き締めてくれた彼の腕は、とても温かかった。
 温もりの中で流す涙を彼の腕が受け止めてくれた時、ファリルローゼは自分が抱えた痛みをも受け止めて貰えたように感じられたのだ。
 けれど同時に。

 ――……怖くなった。

「優しくするな……」
 ファリルローゼは繰り返すと、自分で自分を抱き締める。
 あの時の温もりを逃すまいとするように、……いや、自分の体温で上書きして消してしまいたい、と。
 そうでなければ離れられなくなる。
 彼の腕、その温もり、その優しさを、自分だけに。
(ダメだ。そんな事は許されない……)
 脳裏を過る三つの名前。
 スタニスワフが失った家族――傭兵団の仲間達。
 その原因が少なからず自分にもあると思えばこそ彼に『望む』事など許されはしないのだ。
 だから、願う。
(彼の温もりが私の痛みを受け止めてくれたように……彼が家族を想い涙を流した時、私の温もりは少しでも彼を癒せただろうか……)
 願い、望み、祈り。
 錯綜するたくさんの感情がファリルローゼの胸に火を灯したのはいつだったろう。
 最近まで存在さえ気付かない様にしていたその火は、恋という名前だと知った今も決して勢いを増さないよう抑えられているけれど、彼女の心には確かな熱が広がり続けている。
 厄介なものだ、と苦い笑みが毀れる。
 けれど、だからこそ知れた喜びがあり、痛みがあり、切なさがある。
 心が成長した、と。
 そう実感出来たのは妹の恋心が想い人の胸に撒かれたと聞いた時だろう。
(……貴女もこんな想いを抱えていたのかしら……)
 そう思うと、彼女の想いが相手に伝わったと聞いて嬉しかった。それまでの自分なら相手に嫉妬や怒りを覚え、剣で叩き伏せてやりたいくらいの衝動に駆られていただろうが、その時の自分は確かに良かったと安堵した。
 本当の意味で彼女の幸せを心から願える事が嬉しかったのだ。
(それでも、やっぱり、一緒にいられない時間が増えていくのは寂しいけれど)
 彼女が大切で、可愛くて、愛しい気持ちはどうしたって変わらないから。
 嬉しくたって、幸せを願ったって、どうしても拭えない寂しさは、諦めるしか。
「そう、ね……」
 ぽつり、自嘲気味な笑みと共に毀れた呟き。
「会いたいと願うのも、寂しいから……」
 何せ周囲にはどこを見てもカップルの姿ばかり。
 そもそもファリルローゼが此処に来た理由もバレンタインの期間限定宿泊プランの広告を読んだからで、宿泊客の多くがそれを目的に来ているのも当然だろう。
 陽が暮れて来ると、何故だか当然のように目のやり場に困る光景があちこちで展開され始めるし――。
「っ、ごほ……そ、そろそろ帰るか……」
 足湯から出て手早く身支度を整えると、足早に帰路へ。
(気分転換に一人で温泉に来たものの……これでは逆効果だな)
 周りの雰囲気に感化されて、つい考えてしまう。
 スタニスワフは今頃なにをしているだろうか。
 何処にいるのだろうか。
(会いたい、な……)
 会いたい。
 今すぐ。
 そんな事を願ってしまったから、……だから。

「ロゼ?」

 その声を、ファリルローゼは幻聴だと思ったのだ。



「……っ……くくっ」
「〜〜〜〜っ」
 何とも言えない表情を赤くしながら只管ドリンクを飲み続けるファリルローゼに、唐突に現われたスタニスワフ・マチェクは先程から肩を震わせて笑ってばかりだった。
 あっという間に空になってしまったグラスをテーブルに戻したファリルローゼはじろりと彼を睨み付ける。
「……いい加減に笑うのを止めてくれないか」
「ああ、すまないね……いや、しかし……ふふっ」
「マチェク……」
「いやぁ、まさか幻聴だ空耳だと逃げ回られるとは思わなかったよ」
 決して鬼ごっこをしていたわけではないのだが、呼ばれる、気のせいだと避けて方向転換、先回りされる、呼ばれる、と言うのを三度くらい繰り返しただろうか。
「誰だってこんな所に君がいるとは思わないだろうっ?」
「それにしても一度くらい振り返って確認してくれれば良いだろうに」
「……っ、だ、大体どうして君が此処に居るんだ」
「季節柄、気の緩んだ観光客が集まって来るからね。あの辺りの用心棒に雇われたんだよ」
 傭兵なのだから不思議はないだろう、と微笑う彼に否を唱えられるはずもなく、ファリルローゼは言葉を詰まらせた。
 だからってあのタイミングで現れなくても、とは言葉に出せないからだ。
 それに。
(……本物、だ……)
 こうして目の前に彼がいる――その事がこんなにも嬉しくなってしまっている自分自身に複雑な気持ちになる。
 会いたかった、けれど。
 会ってはいけなかったと、……だから、逃げようとした。
(マチェク)
 胸の内に名前を呼ぶのも、もう何度目だろう。
 顔を見たかった、話をしたかった、――会いたかった。
「……ロゼ?」
 呼びかけられて、ファリルローゼの目元が歪む。
(ああ、私は……)

 胸が、痛い。

 黙り込んでしまった彼女を見つめ、マチェクは微かな笑みを浮かべると懐から一枚のチケットを取り出した。
「雇い主から、報酬の一部だと貰ったんだ。あの『花籠』というホテルのケーキバイキングの招待券だよ。……甘いものは好きだったろう? 元気を出しておいで」
「……」
 差し出されたそれを受け取るも、ファリルローゼは思わず一言。
「一枚、なのか?」
「――ああ、そうか。妹の分も必要だったね」
「! ぁ、違っ……」
 毀れた本音と、受けた誤解に、顔を真っ赤にして「違うんだ、気にしないでくれ」と両手を振るるファリルローゼ。
 マチェクはしばらく考えた後で、気付く。
 口元に浮かぶのは、普段の意地悪そうな笑み。
「さすがに一人では行き難いか。……であれば、役不足だろうが俺が御一緒させて頂こうかな、姫君?」
「それは……っ、し、仕方ないからなっ」
 とても素直な、素直でない返事だった。



 最初こそ緊張していたファリルローゼも、会場のカウンターを埋め尽くさんと並べられている三〇種類以上のケーキには嬉しさを通り越して感動し、しかも全て一口サイズに切り分けられているため、たくさんの種類を味わえるのだ。
 これで興奮しないわけがない。
 ショートケーキ、チーズケーキといった定番は勿論、フルーツたっぷりのタルトや地元産野菜を使ったシフォンケーキ、そして尤も目立つデコレーションがされているのはチョコレート関係だ。
 ホワイトチョコからブラックチョコまで多種多様。
 さすがはこの時期限定のイベントである。
「美味しい……っ」
 頬が落ちるとはこの事かと言わんばかりの、スイーツの豊潤さが口いっぱいに広がる。
 顔には自然と幸せいっぱいの笑顔が浮かび、そんな彼女の姿を見つめる傭兵の顔にもまた優しい笑みが浮かんでいた。
 ケーキに夢中なファリルローゼはその事に気付かなかった、……否、ケーキ以外は見ないようにしていたから。
 二人、同じテーブルを囲みケーキの話題で盛り上がる。
 あれが好き、これも好き、他愛のない話を出来る事が楽しくて、愛しくて。
 胸は痛むけれどこの時間を失いたくはない。
(この想いを伝えずにいれば、これからもこうして笑い合える……)
 友人同士なら、きっと。
 ずっと、このまま。

 真っ白ハート型のチョコレートが、苦かった――……。


 ―了―

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・ib0401 / ファリルローゼ / 女 / 19歳 / 騎士
・iz0105 / スタニスワフ・マチェク / 男 / 26歳 / 騎士
ラブリー&スイートノベル -
月原みなみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年05月28日

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