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『亡国の時代 』
藤田・あやこ7061)&鍵屋・智子(NPCA031)


「服装が乱れている! 貴様ら、軍服の着方も知らんのか!」
 堅苦しいほどきっちりと軍服を着こなした美少女が、艦橋に入ってくるなり、兵士たちを怒鳴りつけた。
 藤田艦隊旗艦。
 士官交換制度の一環として、妖精王国出身の女性将校が1人、副長待遇で赴任して来たところである。
「服装の乱れは、規律の乱れに繋がる! 私が副長となったからには、一切の乱れを根絶する! 今まで艦長に甘やかされてきた貴様たちには、地獄を見てもらう事になるだろう。覚悟をしておけ!」
 特に目立つような乱れもなく、普通に軍服を着た兵士たちが、むっと不機嫌さを露わにした。何故、自分たちが怒鳴られなければならないのか、全く理解出来ない様子である。
 艦橋内に、一触即発の空気が満ちた。
 艦長・藤田あやこは、とりあえず微笑んでみた。
「甘やかしている……わけではないんだがなあ」
 言いつつ、艦長席から立ち上がる。
「戦闘時に、やるべき事をしっかりやってくれさえすれば良い。それ以外の時は、いくらか緩んでいる方がむしろ良い。張り詰める必要のない時にまで張り詰めていたら、肝心な時に切れてしまうだろう?」
「怠け者の言い訳ですか? 叔母上……いえ、艦長」
 軍服姿の美少女が、嘲笑混じりに言った。
 そう。この新任副長は、あやこの姪なのである。
 血縁人事などと思われては、艦内の士気にも悪影響が及ぶ。
 最初が肝心、という事である。
 あやこは、嘲笑を返して見せた。
「立派な軍刀を腰に吊っているようだが……玩具ではないだろうね? 副長殿」
「御覧になりますか……」
 副長が、躊躇いもなく軍刀を抜いた。鋭利な白刃が、スラリと露わになる。
 その刃に、あやこは見入った。
「ほう、玩具にしてはなかなかの出来……子供が持つには、ちょうど良いかな」
「玩具かどうか……その身で試してみるかっ!」
 激昂した副長が、斬り掛かって来る。
 なかなかの技量で振り下ろされた白刃を、あやこの細身がゆらりと回避する。
 回避と同時に、あやこは副長の手首を掴んでいた。そして捻った。
 副長の身体が、ぐるりと回転して投げ出される。
 床に背中を強打し、呻いている姪に、あやこは奪い取った軍刀を突き付けた。
「貴官は私の親族だ。どうしても、そのように見られてしまう……だから少しばかり、厳しく接する事になるだろう。それは覚悟してもらいたいな」
「お……お見事です叔母上、いえ艦長」
 副長が、身を起こしながら跪いた。
「……お許し下さい。貴女がどれほどの人物であるか、改めて確認しておきたかったのです」
「何だ、私はもしかして試されたのか?」
「妖精王国を、どうかお救い下さい」
 ほとんど土下座に等しいほど、副長が頭を下げる。
「王国古来の、馬鹿げた法によって……我が国は、あの男の私物となりかかっているのです」


 藤田あやこにとって、妖精王国は故郷である。
 数年前、故郷に錦を飾るような形で起業した「ブティック・モスカジ」の経営も好調であり、藤田あやこの名は、妖精王国における最も華麗なる成功者として語られている。
 藤田家の勢力は、あやこ1人の功績によって、今や妖精王国で1、2を争うほどの隆盛を極めていた。
 当然、敵も多い。
 姪が「あの男」と呼んだ人物に関しては、あやこも色々と噂は聞いている。
 妖精王国、与党総裁。
 彼による訴訟で、藤田あやこは今、被告人となっていた。
 罪状は「外患罪」である。


「つまり外敵による武力行為を導き入れて、妖精王国を危機に陥れたと?」
 あやこの参謀・鍵屋智子の言葉に、副長は重々しく頷いた。
「妖精王国の外敵、すなわち龍族と内通し、それによって大勢の妖精が虐殺されました。対龍戦争末期の出来事です」
「一応、言っておくけど……私そんな事してないわよ」
 あやこは言った。対龍戦争の時代に、自分はまだ生まれていない。
「内通の罪を働いたのは、私のおじい様……すなわち貴女のお父上です」
 副長が、耳を疑うような事を言った。
「妖精王国の馬鹿げた法というのは、これです。この国では、犯罪も相続対象になりますから……父親の罪は子供の罪、という事です」
「そんな馬鹿法律、まだ生きてたの? って、それ以前に……私の父さん、本当にそんな事したわけ?」
「した、という事になってしまいました。公式記録その他諸々、何もかもが、そのように改竄されています」
 言いつつ、副長が俯いた。
「叔母上が久遠の都に出向して艦長任務に忙殺されておられる間、総裁は様々な政治的根回しをして、藤田家を完全に葬り去る罠を作り上げたのです……それに対し、私は何も出来ませんでした」
「今からでも遅くはないわ。対龍戦争時の証人が、まだ生き残っているのでしょう?」
 智子の問いに、あやこは答えた。
「私の乳母をやってくれてた人よ。あの人なら、父さんの無実を証明してくれるはず……」
 答えつつ、あやこは立ち止まった。
 藤田邸の、広大な敷地内である。
 庭木の茂みに、あやこは不穏な気配を感じ取っていた。
 黒髪から、ティアラ状の髪飾りを取り外す。
 周囲の木陰から、複数の男たちが音もなく飛び出して来た。訓練を積んだ、暗殺者の動きだった。
 総裁の放った、刺客。間違いない。何本もの凶刃が、一斉に斬り掛かって来る。
 あやこの手の中で、髪飾りが光を発し、剣と化した。聖剣・天のイシュタル。
 その斬撃が、凶刃をことごとく弾き返しつつ一閃し、暗殺者たちを斬り伏せる。
「うっ……く……」
 悲鳴を噛み殺しながら、副長が倒れた。暗殺者の刃を、背中に受けていた。
 その暗殺者を、あやこは一撃で叩き斬った。
 そうしてから、姪の身体を抱き起こす。
「ちょっと、大丈夫!?」
「私は平気です……それより早く、証人の身柄を確保……」
「お嬢様……?」
 声がした。
 乳母が、藤田邸から出て来たところである。
「やはり、あやこお嬢様……!」
「ばあや! 良かった、無事で」
 姪の応急手当てを智子に任せ、あやこは乳母に駆け寄った。
「再会のティーパーティーでもやりたいとこだけど、時間がないわ。貴女に、父さんの無実を証明」
「何故! 何故、戻って来られたのです! このような時に!」
 あやこの言葉を遮って、乳母は言った。
「この度の裁判は、貴女を有罪にするためにだけ行われるもの。検察も弁護人も裁判官も、全て総裁の息がかかった者ばかりでございます。私の証言など、通りはしません……今すぐ、久遠の都へお帰り下さい。そして2度と、この国にはお戻りになりませぬよう」


 そんなわけには、いかなかった。
 ここで自分が逃げたら、外患罪は姪が相続する事になってしまうかも知れない。
 だから、あやこは裁判に臨んだ。
 乳母の言った通り、あやこを有罪にする方向で、滞りなく裁判は進んだ。
 いかなる手を使ったのか弁護人の資格を得た鍵屋智子が、ただ1人、藤田父子の無罪を主張してくれた。
「藤田家に罪はない、これは当たり前の事! 当たり前の事に、証拠など示せるわけがないでしょう? 鳥が飛べる証拠を見せろ、魚が泳げる証拠を見せろ。貴方たちが言ってるのは、要するにそういう事。小学生でも見ればわかる事が、貴方がたは証拠がなければ理解出来ないと」
「弁護人、根拠のない感情論を述べるのはやめなさい! 法廷侮辱罪を適用しますぞ!」
 学会の科学者たちを激怒させた鍵屋智子が、ここでは裁判官たちを激怒させていた。


 頭は良くても口のきき方を知らない鍵屋智子に、そもそも弁護人など務まるわけはなかった。
 そんな彼女による弁護にも、裁判を大いに紛糾させ、全員を疲れさせ、休憩時間を設けさせる程度の効果はあった。
 控え室では、元老があやこを待ち受けていた。
 実際に国政を行う与党総裁と比べて、元老というのは名誉職に近い。
 そんな人物の口から今、ある真実が語られている。
「龍族と内通したのは、総裁の父親だ」
「その罪を、藤田家に擦り付けようと……」
 智子の声が、怒りで震えた。
「……藤田艦長、ここは後ろ楯を活用するべきよ。久遠の都の軍事力で、この腐りきった法廷を恫喝しましょう」
「落ち着きなさい鍵屋参謀……それで元老。仮に父の無実が証明されたら、この国はどうなりますか?」
「その場合、総裁の方が有罪という事になる」
 あやこの口調も元老の口調も、重かった。
「あのような総裁でも、この国における秩序の中心だ。それが失われれば与党は瓦解し、内戦が起こる」
 元老が床に這いつくばり、頭を下げた。
「妖精王国のため……藤田あやこ殿、どうか罪を被ってはくれまいか」


 外患罪は、死刑である。
 それを法的に免れようとすれば、禁治産宣告を受け、死よりも重い生き恥を晒す事となる。
 ブティック・モスカジは当然、営業停止処分である。
 それが正式に通告される前に、あやこは旗艦でモスカジ本社を破壊した。
 死刑から逃げた臆病者、妖精社会の落伍者として、あやこは罵声と嘲笑を浴びながら王国を去った。
 今頃、藤田あやこの名は卑語と化し、妖精王国の街角で面白半分に囁かれている事であろう。
 この腐りきった王国を、藤田艦隊の一斉射で焼き払う。
 その衝動に、智子は懸命に耐えなければならなかった。
 艦橋で泣きじゃくるあやこを、どうにか傷の癒えかけた副長が慰めている。
「元気を出して下さい叔母上。貴女は栄えある藤田艦隊の、艦長ではありませんか」
「久遠の都に、帰りましょう」
 智子は言った。
「ろくでもない場所だけど、妖精王国よりは遥かにましよ」   
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年05月28日

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