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『リゾート地にて 』
藤田・あやこ7061)&(登場しない)


 別居中と言っても、夫婦仲が冷え込んでいるわけではない。忙しくて会えないだけだ。
 久しぶりに会いたい、と夫から連絡があった。
 ただでさえ忙しいのに、夜になっても休めないようでは困る。だから、あやこは逃げた。
 とにかく、夜が激しい夫なのだ。
 結婚するくらいだから嫌いな男ではないが、今は会いたくない。仕事が一段落したら会ってやろう、とあやこは思っている。
 忙しい時の休暇は、1人でのんびりと過ごすのが一番なのだ。
 大余暇時代。
 全土がリゾート地と化している地球の某国海岸で、藤田あやこは今、見事な水着姿を横たえていた。
 ビーチパラソルが、強い日差しを遮ってくれている。
 その下でトロピカルジュースをすすりながら、あやこは何も考えずに、ぼんやりと海を眺めていた。
 視界の隅で、ふわふわと揺らめいているものがある。
 ホテルで購入した「馬の尾」とかいう土産物である。こうしてビーチパラソルから吊り下げておくと、何か良い事が起こる。らしい。
 今は艦隊副長を務めてくれている姪から、土産にとせがまれた品だ。あの真面目な少女が、何か物をねだるというのは珍しい。
 結局、故郷である妖精王国を、腐敗から救う事は出来なかった。
 あんな国、腐りきって朽ち果ててしまえば良いのです。姪はそう言って、藤田艦隊での軍務に打ち込んでいる。故郷を捨てた、その決意を証明するかのように。
 あやこも結局、あの故郷を捨てる事になった。故郷を、追われる事になってしまった。
 ぼんやりしていると、やはりそれを思ってしまう。
 慌ただしく砂浜を踏む足音が、近付いて来た。
 若い男が1人、あたふたと駆け寄って来る。ナンパか、とあやこは一瞬思った。
(私……一応、人妻なんだけど)
「どなたか知りませんが、た、助けてはいただけませんでしょうか」
 ナンパではなく、どうやら真剣に助けを求めている様子である。
「……追われている、みたいね」
 あやこは、男をビーチパラソルの下に招き入れてやった。
 もう1つ、気配が近付いている。尋常ではなく、剣呑な気配である。
 あやこは軽く片手を掲げ、念じた。
 風の精霊魔法が発動し、男を空気の幕で覆い隠した。
 直後。剣呑なる気配の主が、足音もなく姿を現した。
「……ナヨっちい理系の男が1人、ここに来たと思うんだけど」
 獣の耳と尻尾を生やした、狐の女性である。身なりから判断するに、どうやら商人だ。
「どこに隠しているのか、正直に言って下さらない?」
 言いながら彼女は、空気の幕の下で青ざめている男を、じっと睨み据えた。
 光を屈折させる、空気の幕。この女商人の目には、何も見えてはいないはずである。
「経営していた会社が、潰れたばかりでね……」
 あやこは言った。
「私が隠しているのは、あまり公には出来ない、いくらかの資産くらいさ」
「そう……」
 空気の幕の近くで、くんくんと鼻をひくつかせながらも、狐の女商人は追及をとりあえず諦めたようだ。
「あまり隠し事は、しない方がいいわよ……いずれは、バレるものだから」
「気をつけよう」
 立ち去って行く女商人に、あやこはそれだけを言った。
 狐の女性は姿を消し、代わりに若い男が姿を現した。空気の幕が、解除されたのだ。
「助かりました……本当にありがとう、美しい御方」
「どういたしまして……ふふっ。見え透いたお世辞が、何故だか気持ちいいわ」
「それはきっと、貴女の心が傷付いているからです」
 男が、迫って来た。
「何か、とても悲しい事があったのでしょう? 無力な僕には、何も出来ないけれど……見え透いたお世辞で、貴女をお慰め出来るのならば」
「そう? それなら、もっと……私を、誉めてもらおうかしら」
 若い男にそっと細腕を絡めながら、あやこは違和感を覚えた。
 おかしい。今日の自分は、男に対して無防備過ぎる。
 ちらりと視線を動かすと、ビーチパラソルから吊られた馬の尾が揺れていた。
「……これのせいか」
 おかしな魔力で、異性を虜にしてしまう。そんな効能があるのだろう。リゾート地でナンパアイテムを売るのは、まあ商売の常道ではある。
 抱き寄せた男の身体を、あやこは乱暴に押しのけた。


 久遠の都の軍人として、様々な時代の宇宙を渡り歩くようになってから、あやこは1つ知った。
 惑星を破壊する程度の破壊力を持った発掘兵器や古代遺物の類が、宇宙には意外に数多く存在する、という事を。ちょっとした学術探査で、そういったものが見つかってしまう事もある。
「惑星破壊歌集?」
「しっ、声が大きいです」
 若い男が、口の前で人差し指を立てた。
 馬の尾の魔力から逃れた後、彼は改めて名乗りつつ身分を明かした。とある高名な考古学者の助手である、と。
「馬皿書店刊・惑星破壊歌集。知る人ぞ知る、超古代の最終兵器です。然るべき者がこれを見て歌えば、その名の通りの破壊力を発現させる事が出来るのですよ。もちろん私は、そのような兵器としての使い方には全く興味がありません。この歌には、失われた超古代文明の鍵が記されています」
「純粋な考古学的探究心、というわけね……」
 この助手はそのつもりでも、兵器としての使い方にしか興味を示さない者は出て来るかも知れない。
「とにかく、そんな危ないものが、こんなリゾート地に?」
「リゾート開発が行われる前の、この海岸に隠されたのです。私の先生が残してくれたメモリには、そう記されていました」
 助手が、懐から1本のメモリを取り出し、見つめた。
 惑星破壊歌集を発見するための手がかりが、記録されているのだろう。
「先生のためにも私は、何としても歌集を手に入れなければ……」
「そのメモリ、渡してもらいましょうか」
 声がした。
 狐族の女商人が、足音もなく、そこに姿を現していた。
「お、お前は! こんな所にまで……」
 うろたえる助手に、女商人が拳銃を向ける。
「私のお金を返しなさい……返せないなら、そのメモリを渡しなさい。惑星破壊歌集は、私がもらうわ。馬皿書店の刊行物は、古書マニアに高く売れるから」
「だ、黙れ! 学術の志の欠片もない商人なんかに、渡せるものか!」
 助手が喚きながら、あやこの背中に隠れようとする。
 商人が考古学者に、金を返せと言っている。考えられる事態は、1つしかない。
 あやこは問いただした。
「貴方……この人から、お金を騙し盗ったのね。歌集探索のための資金として」
「し……仕方ないじゃ、ないですか。大学が、お金を出してくれないから」
「そちらの事情はどうでもよろしい。とにかくメモリを渡すか、お金を返すか、どちらかなさい。それと、貴女はどきなさい。そんな嘘つき男を庇っては駄目」
 助手に、あやこに、女商人の銃口が迫る。
 ばらばらと、足音が聞こえて来た。
 何人もの警官が、物々しい足取りで集まって来ていた。こんな所で拳銃を見せていれば、当然ではある。
 当然の仕事をしているだけ、であるはずの警官たちが、
「そこの男……そのメモリを、我らに渡せ」
 一斉に拳銃を構えながら、耳を疑うような事を言っている。
「惑星破壊歌集は、この地球の財産だ。我ら地球警察が管理する」
「いきなり横から出て来て、何を言ってるの!」
 激昂する女商人を制止しつつ、あやこは言った。
「まあまあ、落ち着いて……貴方たち、警察なんだから強盗みたいな真似はおやめなさい。ここはリゾート地なんだから、観光収入にも響いて来るわよ?」
「腑抜けた観光地としての地球は、今日で終わりだ」
 警官たちが、熱に浮かされたような笑いを浮かべた。
「惑星破壊歌集の力で、最強の軍事国家としての地球が甦るのだ!」
「我ら警察の手で、それを成し遂げるのだ! さあメモリを渡せ」
「わ、わかりました」
 助手があっさりと拳銃の脅しに屈し、警官の1人にメモリを手渡した。
 その諦めの良さに、あやこは違和感を覚えた。
「無駄……じゃないかしらね、そんなメモリ調べても」
 去ろうとする警官たちを呼び止めるように、あやこは言った。
「歌集はもう発見済み、この人が持ってると思うわ」
「な! ななな何を言ってるんですか!」
 慌てふためく助手に、あやこはギロリと眼光を向けた。
 それだけで助手は観念し、隠し持っていたものを出した。
 小さな、石板である。
「この近くの海蝕洞に、隠されていました……超古代の、記録ディスクです。この中に、膨大な数の歌が収録されています。これがすなわち惑星破壊歌集」
「我らを騙して、持ち出すつもりだったのだな貴様……まあ良い、素直に渡すのなら許してやろう」
 石板を奪おうと、警官たちが手を伸ばす。
 その時、空から光が降って来た。
 衛星軌道上に待機している藤田艦隊からの、超精密射撃。
 石板は、粉々に砕け散った。


 休暇が終わり、あやこは艦隊旗艦へと戻った。まずは、姪である副長を誉めてやった。
「よくやってくれた。見事な精密射撃だったぞ」
「あの歌集は発見次第、破壊するよう命令を受けておりましたから……それで、あのう艦長。お土産は」
 全てを言わせず、あやこは副長の頭に拳骨を落とした。
「いっ……たぁあああい! 何するんですかぁ叔母上!」
「あんなもので男を引っ掛けようとするな!」
「だ、だって……叔母上の直属に、やたら男の人にモテてる女の子がいるから。羨ましくて……」
「……あいつか」
 あやこは頭痛を覚えた。
「あれはな、モテてるんじゃなくて弄ばれてるだけだ。ヤリ捨てられてるだけだ。何でも作れるが、本命の男だけは作れない可哀想な娘だ。見習ってはいかん」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年05月31日

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