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『武力介入の果てに 』
藤田・あやこ7061)&(登場しない)


 とある国。
 40年間にも及ぶ内戦は、『久遠の都』の軍事介入によって一応は終結した。
 戦災を被った国民は現在、復興へと向けて邁進中である。
 久遠の都からの支援出向という形で、藤田艦隊は復興に協力していた。軍事介入を行った以上、完全な平和が訪れるまで責任は持たなければならない。
 内戦が再び起こるような事態は、全力で叩き潰さなければならない。たとえ内政干渉となってもだ。


 藤田艦隊艦長・藤田あやこは今、この国の首相官邸にいる。
 今回の内戦で敗者となった者たちの一部がテロリスト化し、民間人数十名を人質に取って犯行声明を出した。
 その声明の中でテロリストは、人質解放の条件として、以下の2つを要求してきた。
 1つは、大量の軍需物資の供出。
 もう1つは、ある1人の提督との直接対話である。
 その提督は、内戦中は名将として活躍し名を馳せた人物であったらしい。
 内戦が終わった今となっては退役軍人にも等しい、その老人が、
「わしの命に代えても、人質は助ける!」
 気魄の炎を燃やしながら、そんな事を言っている。
 彼に比べて、あやこはいくらか冷静であった。
 声明だけでは、テロリストの目的が読めないのだ。
 今テロなど起こせば、久遠の都を敵に回す事になる。
 そのリスクを冒してまで要求するのが、単なる軍需物資。それに、退役軍人も同然の老提督との対話。
「首相退陣とかだったら、まだわかるけれども……ね」 
「実は40年ほど前に、似たような事件があってな」
 首相が言った。
 40年前。ちょうど、内戦が始まった頃である。
「その時も人質を取られ、解放の条件として軍需物資を要求された。その時、政府側の代表者としてテロリストとの交渉を担当したのが、彼なのだ」
 語りつつ首相が、ちらりと老提督を見やる。
 その老提督本人が、説明を受け継いだ。
「わしは交渉をしくじった……それが、40年も続く内戦の原因となったのだ」
 白い口髭の中で、提督はギリギリと歯を噛み締めている。
「あの過ちは繰り返さんぞ。人質は、わしが救い出してみせるとも」
 老人とは思えない歯並びの良さだ、とあやこは思った。


「言うまでもない事だが、人質の身の安全が最優先である! 時間との勝負になるであろう。ゆえに大型艦ではなく、小型高速艇を中心とした編成を行う。火力の不足は連携で補え!」
 老提督が、作戦指示を叫んでいる。
 その姿は、もはや老提督とは呼べない。髪も髭も、真っ黒である。染め過ぎだろう、とあやこは思った。
 いや、本当に染めているのか。
 顔の血色の良さは、まるで若者である。
 あやこは、声をかけてみた。
「張り切っておられますね、提督……まるで、若返ったように見えるほど」
「藤田艦長、申し訳ないが今回は貴公らの出番はない。我が艦隊だけでテロリストどもを撃滅し、人質を救出して御覧に入れよう」
 提督は言った。口調も眼光も、荒っぽいほどに若々しい。
「我が国とて、いつまでも久遠の都の方々に頼っているわけには参りませんからな」


 藤田艦隊に、全く出番がなかったわけではない。そこそこの火力支援と兵站の援護くらいは出来た。
 だが戦闘の大部分は、老提督の艦隊が片付けてしまった。
「第6、第13、第18部隊は速やかに後退!」
 艦橋で命令を叫ぶ提督の姿は、もはや老提督とは言えなかった。
 彼は今や、豊富な経験を保ったまま肉体だけを若返らせた、紅顔の青年将校である。
「空いた穴に、この旗艦艦隊を突入させよ!」
「そ、それは危険です!」
「危険と思う者は即時、退艦せよ! 軍規違反の罪には問わぬ!」
 若返った提督の両眼で、狂気に近いほどの決意が燃えた。
「わし1人となっても……人質は必ず、救い出す」


 やがてテロリストの本拠地に、提督の旗艦が突入した。
 突入した提督を待ち受けていたのは、しかし無人の宇宙要塞だった。
「これは……一体……」
 呆然と呟きながらも提督は、こちらに近付いて来る気配を1つ、感じていた。
「さすが見事な戦いぶりであった。若造、貴様が一番乗りか」
 言葉と共に姿を表したのは、首相だった。
 提督は、全てを悟った。
「そうか……人質など、最初からいなかったのだな。全て、おぬしの自演か」
「ふ……っははははは! よくぞ見抜いたな小僧。だが貴様になど用はない。提督はどこにいる?」
「貴方の目の前よ」
 女の声。
 藤田あやこが、いつの間にかそこにいた。
「提督、貴方は本当に若返っていたのね……例の薬の力で」
「薬だと? 世迷い言をぬかすなよ、久遠の都の女狐が」
「世迷い言ではないよ首相」
 提督の若返った顔に、ニヤリと獰猛な笑みが浮かんだ。
「わしはな、禁断の秘薬の力で若返ったのだ。無敵の存在となったのだよ!」
「ドヤ顔でいきがってるとこ悪いけど、貴方もうすぐ死ぬわよ提督」
 あやこが告げた。
「あの薬はね、久遠の都でも御禁制扱いのヤバい代物なのよ。きっちり取り締まったつもりでも、どっかから流れ出ちゃうのよねえ」
「ああ、わかっているとも。一時的に若返っても寿命そのものは劇的に縮む……だがな、どの道わしは長くはなかったのだよ。くたばる前に首相、おぬしに確かめておきたい事がある」
 執念の炎が、提督の両眼で燃え上がった。
「40年前の、あの事件のテロリストは……おぬしだな」
「さあ? 何の事かな」
「とぼけまいぞ。あの時おぬしの要求通りに、わしは軍需物資を供出した……なのに、おぬしは人質を皆殺しにした! その後、いかなる伝手を使ってか首相などという地位に収まりおって」
 怒りの呻きと一緒に、提督は血を吐いた。薬の副作用だ。
「わしはな、おぬしよりも……おぬしなどを信じた、自分が許せなかった」
「ふん、ならば罰として死んでゆくがいい。じわじわと、苦しみながらな」
 首相が、嘲笑った。
「貴様さえいなくなれば、この国で私に逆らう者はおらん」
「だから……テロ事件を自作自演し、わしをおびき出した……か……」
 自身が吐き出した血反吐の中に、提督は倒れ伏した。
「終戦だ。勝ったのは、私だがな」
 もはや動かぬ提督に対し、首相が敬礼をして見せる。
 あやこは、溜め息をついた。
「40年も内戦を長引かせて、ようやく首相の地位を得た……御苦労な事ね、アシッドクラン」
「何……!」
 首相の顔に、狼狽の表情が浮かぶ。
 その顔の、眉間の辺りに、1つ穴が空いた。銃声と同時にだ。
 あやこが躊躇なく、拳銃の引き金を引いていた。
「アシッドクランが、この国に潜り込んでいる……そこまでは調べがついていたんだけど」
 邪悪なるドワーフ族・アシッドクラン。
 久遠の都のエルフ族にとっては、不倶戴天の敵である。
「まさか首相にまで上り詰めていたとはね……御苦労様でしたと、もう1度だけ言っておいてあげるわ」
 首相と提督。2つの屍に、あやこは軽やかに背を向けた。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年06月03日

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