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『Fantastic Mystery. 』
久遠 栄ja2400

 それはずいぶんと晴れやかな、夏の予感を感じさせる、どころかもはや夏そのものがやって来たのではないかと思えるような、そんな青空の日だった。気温も毎日、初夏、と言う季節の『初』の字を取り去ってしまいたくなる位だ。
 けれども、探偵倶楽部の部員達が部室で、青空とは裏腹にどこかぐったりとした雰囲気を漂わせていたのは、何もその暑さが原因、と言う訳ではない。もちろん、それも一因ではあったけれども、それがすべてではなくて。
 ぽつり、最初にそれを言葉にして呟いたのは、サイフォンからもう何杯目になるか数えるのをとっくに止めた珈琲をマイカップに淹れていた、九神こより(ja0478)だった。ちなみに、ふぅ、という溜息のオマケつき。

「――もうすぐ梅雨だな」
「そーゆうん、言うたら余計、気がめいらへんか?」

 それに答えたのは、部室の隅で何となく気晴らしに変わりタコ焼きのバリエーション作成に勤しんでいた、木南平弥(ja2513)である。窘めるような言葉ではあったけれども、詳細に聞けば平弥もまた、こよりと同じ気持ちなのは明白で。
 つまるところ、探偵倶楽部の部員達は目下、晴れやかな夏の気配よりも、その前に訪れるはずの梅雨の予感に、どこか晴れ切らない気持ちを抱えているのだった。それは今のところ、あくまで『何となく』程度の物だったけれども――
 梅雨が来るんだよなー、と再び唇を尖らせて呟いた親友に、授業で出た課題と取り組んでいた真田菜摘(ja0431)が、うーん、と首を傾げた。

「こより、それでしたら何か気晴らしにしてみるとか、どうでしょう?」
「そうだなぁ……確かになっつんの言う通り、何か気晴らしをして英気を養うのが良いかもな。誰か、何か案、ある?」
「ふむ。1時間も泳げば気晴らしにはなるな」

 こよりの言葉に、至極真面目な顔で郷田 英雄(ja0378)がそう言った。確かに気晴らしにはなるかもしれないが、暑い日々が続くとは言え、まだまだ水遊びをするには寒い。
 ふむ、と聞いていた久遠 栄(ja2400)が、読んでいた雑誌から目を上げた。そうして、今まさに眺めていたページを仲間達にも見せる。

「じゃあ、潮干狩りなんてどうだろう?」
「「「「潮干狩り?」」」」

 栄の言葉に、4人は揃ってこくりと首を傾げ、その雑誌を覗き込む。するとそこには、某所の海岸で潮干狩りが解禁された、と言う記事が乗っていて。
 なるほどそれは面白いかもしれない、と思う。だがその地名は、到底久遠ヶ原からは行けそうにない、遥かな遠方だ。
 うーん、と平弥が唸る。

「さすがに、そこまで行くんやったらちょっとした旅行になるな」
「潮干狩り旅行か、新しいな。頑張ってきてくれ、土産はサザエかアワビが良いな」
「いや、それはさすがに潮干狩りやったら取れへんと……ッて、ちょぉ待ってや!?」

 そんな平弥を全力で見送る体勢になった英雄が、一体どこから取り出したのか、潮干狩り道具を持たせてさっさと部室から追い出そうとするのに、あたふたと抵抗した。このままでは知らぬ間に高速バスにでも乗せられて、送り出されてしまいそうだ。
 2人のやり取りを止める気もなく見守りながら、ふむ、とこよりは考えた。確かに雑誌に載っている潮干狩り海岸まで行くのは骨だし、といって手近なところで潮干狩りが出来る場所を探すのも、何というか、面倒くさい。
 だったら潮干狩りは諦めて、別の催しを考えるべきか――

(いや……待てよ?)

 嘆息しかけたこよりは、ある事に気がついてぴたり、動きを止めた。ここは久遠ヶ原学園、茨城県某所の沖に浮かぶ人工島。つまり、海のど真ん中。にも拘らず、なぜだか学園内には温泉が湧いていたり、謎の密林っぽい何かがあったりも、する。
 当然、広大な学園の敷地の中には、浜辺だって存在していた。そうして、件の密林を抜けていった先にある浜辺では、貝のみならず、何やら面白いモノが色々と出てくるらしい、という噂が、あって。

「……ふひッ」
「――どうしたんだ九神、急に妙な笑い声を上げたりして。なんか、嫌な予感がするな」
「何を言ってるんだ栄、失礼な。せっかくだから学園内で、潮干狩りと洒落込もうじゃないかと思っただけだ」
「ふむ。久遠ヶ原内で潮干狩りか――1人では見たくないモノを掘り出してしまいそうだな、楽しそうじゃないか」
「な、なにを掘り出すんですか、郷田先輩!?」

 不穏な雰囲気に、菜摘はぶるっと背筋を震わせながら英雄にそう叫んだ。1人では見たくないもの、なんて意味深な事を言われると、オカルティックなアレとか、ホラー的なソレとかを想像してしまうではないか。
 そんな菜摘の肩を、ぽむ、と平弥が慰めるように叩く。――その週末、探偵倶楽部のメンバーが揃って潮干狩りに出かける事になったのは、つまり、そういう訳だった。





 潮干狩り当日もまた、実に良く晴れていた。抜けるような空、というのは正しく、こんな青空をさすのだろう、と思わせるような空だ。
 が、潮干狩りを楽しみにやって来た菜摘の心の中は、今、この空のように晴れ渡るどころか、特大の嵐が吹き荒れて、居る。怒りと、羞恥心と、それだけではもはや言い尽くせない様々の感情が、台風のように入り乱れて。

「――こより」
「ん? 何だ、なっつん?」

 感情が高ぶって荒れ狂うあまり、じんわりと涙さえ滲ませながら親友を呼んだ菜摘に、呼ばれたこよりはオモチャの熊手で「うりゃー」と愛すべき仲間達に襲い掛かるのを止め、彼女を振り返った。襲ってるのはほら、愛だ、愛。
 とまれ振り返ったこよりは、しっかりと長袖のパーカーを着込んだ菜摘に、ひょい、と首を傾げた。そうしてなんだ、と残念そうに唇を尖らせる。

「もうパーカー着ちゃったのか? 残念、せっかくの水着だったのにな」
「寒かったですし……じゃなくて! こより、なぜ私だけ水着なんですか!? こよりが『明日は水着で集合だからな』って言うから着てきたのに……ッ!」
「何を言ってるんだ、なっつん。私だって一応、ちゃんと水着を着てるぞ?」
「こよりのはショートパンツじゃないですか!」

 そう、絶叫した菜摘が指摘した通り、こよりが今日着ているのは黒のフリルが付いたショートパンツタイプの、一見すれば水着と判らないようなデザイン。上に羽織った薄手の白いパーカーも相まって、スポーティーな印象だ。
 対する菜摘はと言えば、かなりはっきりと身体のラインが出てしまうワンピースタイプで、せいぜい腰の周りを短い丈のパレオで覆ってる程度。かろうじて露出度は押さえられているが、逆に絶対領域を強調していたりする。
 うぅ、と菜摘はパレオの裾を可能な限り引っ張り、潮風に晒された足を隠そうとした。この水着はこよりと一緒に、潮干狩りに行くためにと購入したのだが、その時はこよりも確かに、菜摘と同じようなワンピースタイプのモノキニを選んでいたはずなのだ。
 それなのに、と泣きそうな目で怒る菜摘に、大丈夫だ、と英雄が力強く頷いた。

「真田、問題ない。良く似合っている」
「そ、そういう問題じゃありません、郷田先輩! っていうか、何でそんなにジッと見てるんですか!?」
「まぁまぁ、真田。ちょっと季節を先取りしただけさ、いつかは誰しも水着になる季節が来るよ」
「今は皆さん、水着じゃないですよね!?」

 涙目になりながらあぅぁぅと訴える菜摘に、ごく真面目な表情で堂々と菜摘を、正確には菜摘のパーカーを見つめる英雄と、妙に爽やかそうに見える笑顔を浮かべた栄がそう言った。――そういえば彼等も、こよりが菜摘に水着だと告げた時、同じ場所にいたのではなかったか。
 酷いですッ、と本格的に涙目になって、パーカーの前をしっかりと掻き合わせる菜摘である。つまり皆で寄ってたかって示し合わせて、菜摘だけ水着姿になるよう、図ったのだ。
 精一杯パーカーの裾を伸ばして、何とか足を隠そうとする。そうして、メンバーの中でただ1人、菜摘の水着について何のコメントもせず、むしろオロオロと彼等を見比べていた平弥を振り返り。

「――木南さん……?」
「い、いやッ! これは決して水着が見たいとかそんなんとちごて、寒そうやなぁとか、そういう、やな……ッ!?」
「やっぱり見てるんじゃないですか―――!!!」

 最後の砦かと思えた彼もまた、菜摘の水着に注目する1人だった事を、知る。ますます涙目になりながら叫んだ菜摘に、はぅッ!? と平弥が全力でオロオロし始めたものの、どうすればこのピンチを切り抜けられるのか、全く良い方策が思い浮かばない。
 まぁ良いじゃないか、とこよりは熊手をとりあえずその辺に放り出して、言った。

「取り合えずお腹も空いたし、腹ごしらえと行こうじゃないか。途中で生えて……いや、美味しそうなキノコを持ってきたから、焼いて食べよう」
「キノコ? どんなのだい?」

 その言葉に、ひょい、と首を傾げて栄がこよりの手元を覗き込む。そうして彼女が持つカゴの中のキノコに、をぉ、と思わず声をあげた。
 なんとなればそのキノコは、一見して松茸に良く似た形をしていて。松茸って秋の食べ物じゃなかったっけ、という疑問もないではなかったが、ここは久遠ヶ原、そんな事もあるだろう。
 栄の横からこよりの手元を覗き込んだ他の仲間達も、それぞれに驚きの眼差しを注いでいる。珍しそうに松茸(?)を1本つまみ上げながら、平弥が言った。

「どうせやったら、これもパスタの具にしたらえぇんちゃう?」
「ふむ。松茸と貝のパスタ……色々と面白そうだな。ところでそもそも、何でパスタなんだ」

 その言葉に頷いた英雄が、ふと思い出したようにそう尋ねる。――そう、今日の潮干狩りは、梅雨を前に皆で美味しいパスタを食べて英気を養うために、パスタの具材を拾いに行こう――という趣旨だったのだ。
 パスタに貝類はある意味で定番だから、そこが不思議な訳ではもちろんない。けれどもパスタというのは少なくともあまり、栄気を養う、と言う目的で食べる人は少ないのではないか。
 だがそんな英雄の疑問に、言い出しっぺであるこよりは当たり前に言い切った。

「だって美味しいじゃないか」
「美味しいものを食べれば元気になる――哲学だな、俺の分は誰が作ってくれるんだ」
「さぁ? 栄かなんぺーだろ。ぁ、私の分はなっつんが作ってくれるから。羨ましいだろう、男子達にはやらないぞ」
「ふふ、腕によりをかけて作りますね♪」
「う……ッ!? っていうか男子と女子で別れる必要あるんか?」
「落ち着け、なんぺー。きっと真田は俺達の分も作ってくれるさ」

 わいわいとそんな事を話しながら、ひとまず手分けしてそこらに流れ着いていた流木を集めて、火をおこす。そうして適当に松茸(?)を串に刺して、たき火の周りに突き立てて炙ると、やがて、辺りに何とも言えない香ばしい匂いが漂いはじめた。
 密林を踏破してきて、さすがに小腹が空いていた5人の胃を刺激する、美味しそうな匂い。じゅわり、と時折松茸(?)が焼ける音がして、それがますます5人の食欲を刺激する。
 じりじりと焼けるのを待って、はふはふしながらいっせいに齧り付いた5人は、異口同音に歓声を上げた。

「をぉ、美味しい……ッ!」
「うん、実に美味いな。お代わりを頼む」
「ふふ、パスタにする分がなくなっちゃいますね。でも本当、美味しいです」
「ん、じゃあ全部焼いてしまおう。何、どうせその辺で……い、いや、なんぺー、手伝ってくれるか?」
「……? よっしゃ、任せとき」

 もごもごと、なぜかちょっと口ごもりながらそう言ったこよりに、ひょいと首を傾げたものの、指名を受けて平弥はどん、と胸を叩く。そうしてこよりから松茸(?)の入ったカゴを受け取ると、せっせと串に刺して焚き火の周りに並べていく。
 これほど美味しいきのこだったら、適当な大きさに切ってたこ焼きの具にしたり、いっそ細かく刻んでしまって生地に混ぜ込んでも、美味しいかもしれない。とはいえ菜摘の言った通り、この勢いでは全員、残らず食べてしまう事だろう。
 そんな事を考えながら、平弥は焼けた串をみんなに回し、自身も頬張る。――結果として、それが不幸中の幸いだったのだと彼が知るまでには、まだあと少し時間が必要だ。





 うーん、と松茸(?)で一杯になったお腹を撫でてから、栄は大きく伸びをした。次いで腕まくりをして、探偵倶楽部以外は誰も居ない真っ白な砂浜を、きょろ、と眺め回す。
 あちらこちらに貝殻の落ちている浜辺は、何かが取れそうな予感を感じさせた。貝殻だけではない、流木や海草、異国のラベルの貼られた綺麗なガラス瓶に、一見しただけでは何のものなのか解らない古びた生物の骨――

「……って、骨!?」
「きゃぁぁぁぁッ!? ほ、骨ですか!?」

 栄の叫びに、ホラーは心底苦手な菜摘がびくりと反応した。反射的にそちらを振り返ってから、陽光に光る白い骨を見てまた「きゃぁッ」と叫び、ぐるんと全力で目を逸らす。
 が、すぐに菜摘もそれが、少なくとも人間のものではないと解ったようだ。とは言え骨には違いないから、やっぱり不気味そうにはしていたものの、恐る恐る、といった体で栄の隣に歩み寄ってきて、その骨の正体を探るように――だって正体が解らなかったらやっぱり何となく恐ろしい――見つめる。
 そんな2人とは少し離れた砂浜で、英雄はおもちゃの熊手とスコップ、バケツを手に、砂をほじくり返しながらうーん、と唸った。

(……楽しいのか、これは? 身体を焼いてた方が楽しい気がするが)

 潮干狩りに来ておいて今更、な感想である。が、実の所、一番最初に潮干狩りに行こう、という話しになった時も英雄はこっそり、貝をイジるより身体を焼きに行った方が楽しいじゃないか、と思っていたわけで。
 案外道中が楽しかったので忘れていたが、やっぱり、ひたすら砂を掘り返して貝を探す、という行為は単調だ。身体を焼くのなら色々、泳いだりとか、浜辺で遊んだりとか、パラソルの下で惰眠をむさぼったりとか、浜辺を行く女の子達の水着に見蕩れたりだとか、楽しみもあるのだが。
 ――と、当初こそ不届きな事を考えながら熊手を動かしていた英雄だったが、そんな散漫とした思考を弄びながら熊手を動かしていたのは、最初のうちだけだった。

「お……これはなかなかの大物……む、こっちは投げるのに良さそうな……?」
「ん。何かえぇヤツ見つかったん?」
「ああ。九神の言葉を疑っていたわけじゃないが、思いのほか、色々と出てくるものだな。これなんか、ちょっと購買でも見かけないような武器だと思わないか?」
「武器!?」

 ほら、とどこか子供のような笑顔で嬉しそうに見せられた、あちこちからトゲトゲと棘の飛び出しているモーニングスターに良く似た武器に、平弥は目を丸くする。武器本体どころか、握りと思しき部分にまで棘がびっしりとついている所を見ると、むしろ失敗作か呪われた武器のようにも見えるが。
 とまれその砂浜は、貝も勿論豊富に採れるのだが、そんな、貝以外の物も豊富に埋まっているようだった。一例を上げれば久遠ヶ原学園や他校の制服、お菓子作りの道具、学園長のブロマイド、文化祭のパンフレット、エトセトラ、エトセトラ。
 ふむ、と見ていたこよりが、くるんとパラソルを回して言った。

「噂以上に色々と出てくるもんだなぁ」
「せやなぁ……っと。これは何やろ?」

 頷きかけた平弥は、ガツン、とスコップの先に当たった硬いものを掘り出し、ひょい、と首を傾げる。一見すると真っ白い、プラスチックの欠片だ。
 うーん? と思いながら掘り進めると、あちら、こちらで似たようなプラスチックの欠片が見つかる。その内の1つの断片が、何だか非常に似ている気がしてひょい、とくっつけて見ると、元からそこにあったかのようにぴたり、収まった。

「何やコレ……船、か……?」
「もしかすると他のプラスチックも、同じようにくっつくんじゃないか? よし、探して見よう」

 平弥の言葉に、手元をひょいと覗きこんだ英雄がざくざくと、辺りを全力で掘り返し始めた。すっかり潮干狩り(?)が楽しくなってきたらしい。
 とは言えそれは、こよりも菜摘も同じだ。もはや貝などそっちのけで、砂浜を手分けして掘り返しては、それらしいパーツが出て来たら平弥の元に集め始める。
 そのお陰もあって、どうやら模型らしいその船は少しずつ、着実にその姿を現し始めた。もともとは結構な大きさの船なのか、模型にも拘らず、砂浜に横たわる全長は平弥が両手を伸ばしただけでは足りないほどだ。
 こうなって来るとますます興奮してきて、次のパーツを求めてまさしく、宝探しの様に4人は浜辺を駆け回った。それは、砂浜から出てきたのがパーツではなく貝だったら、これじゃない、と放り出してしまう位で。
 だが、あと少しという所でひときわ大きな波が、砂浜へと打ち寄せた。その波は4人の目を盗むようにして、完成間近の模型を引き寄せ、海へとさらっていく。

「あぁ……ッ!」
「船が……」

 誰からともなく、悔しそうとも残念そうともつかない声が上がった。せっかくここまで頑張ったのに――そんな気持ちで一杯の4人の前で、船は悠々と波に乗り、太平洋へと進んでいく。
 ――と、その景色の中に違和感を覚えて、一番最初に声をあげたのは英雄だった。

「俺の目の錯覚だろうか? あの沖に、やたら大きな貝が見えるんだが……」
「貝……? 確かに……しかも誰かが飲み込まれているような……」

 その言葉に、こよりも目を細めて沖を見やり、頷いた。確かに、大きな2枚の貝殻をぱっくりと開けたハマグリのような貝が、ぷかぷかと沖に浮いているのが見える。
 さらに貝殻の隙間には誰かが挟まれていて、もっと言えば貝に飲み込まれつつあるように、見えた。だが、一体誰が――そう、互いの顔を見合わせた4人は、そこに居ない5人目の存在を思い出す。

「そういえば久遠先輩は!?」
「栄がおらへんってことは、あれは栄か!?」
「おーい、みんなー! ここ、ここだよー!」

 そんな菜摘と平弥の驚きの声が、聞こえたわけではなかったが栄もまた、沖に流れつつある巨大ハマグリの中で、浜辺に見える仲間たちに必死に手を振っていた。もぐもぐと、まさに生き物の様に咀嚼されているのは結構、痛かったりする。
 大物を取って楽しもうと、張り切って腕まくりをして浜辺であちこち、貝を探していたまでは良かった。だがそんな中で栄は、ちょっと見たことのない、自分よりも大きなハマグリが埋まっているのに気がついて、皆を驚かせてやろうとこっそり、掘り出していたのである。
 ――が、掘り出されたハマグリの方も、大人しく栄に捕まるだけではなかった。『うーん、見事に大物だなぁ』と嬉しそうに貝殻をぽむぽむ叩いた栄の手を、前触れもなくぱっくりと開けた2枚の貝殻であむっと挟んだかと思うと、そのままもぐもぐ飲み込んでしまったのだ。
 いかに世界広しと言えど、貝殻に生きながら食べられる経験をした人間は、そうそう居ないはずだ。そういう意味では非常に貴重な体験と言えたが、生憎、命がかかっていてはのんびり笑っていることも出来ない。
 ゆえにぱたぱたと必死に手を振ってSOSを出す、栄に菜摘が顔色を変えた。

「大変です! 久遠先輩を助けないと……ッ」

 そうしながら手の中に日本刀を顕現し、すらりと抜刀した菜摘だ。そのまま、どうにかして沖へと去りつつあるハマグリに剣撃を加えようと、目を細めて狙っていた彼女は、ふと、胸元がすーすー涼しいのに気付いて眼差しを落とし。
 顕現の際の衝撃か何かだろうか、しっかりと首の下まで閉めていたはずのパーカーが、見事に開いている。それは潮風にぱたぱたと閃いて、その下に隠されていた水着が今や、堂々と白昼の元に晒されて、いて――

「きゃぁぁぁぁッ!?」

 それに気付いた瞬間、菜摘は真っ赤になって日本刀を放り出し、慌ててパーカーの前を掻き合わせた。次の瞬間、当たり前ながら集中力が途切れた日本刀は消滅し、影も形もなくなってしまう。
 ぁ、とその事実に気付いた菜摘と、菜摘の水着を見ていた3人が、慌てて沖の方へと眼差しを向けた。そんな4人の目の前で、ついに栄はハマグリにすっかりと飲み込まれ、姿を消したのだった――





 ――ふと気がつくとそこには、元通りの浜辺があった。怪しげな武器も、学園長ブロマイドも、沖へと消えていく船も――何もないただの、何の変哲もない、良く晴れた浜辺。
 沖へと去り行くハマグリに飲み込まれたハズの栄も、良く見れば砂浜に半分以上埋もれて「誰か〜」と手足をばたばた動かしているに過ぎなかった。あれ、と栄自身もそんな自分に気付いて動きを止め、ざらざらと砂を掻き分けて起き上がる。

「今のは――いったい?」
「みんなで夢でも見てたんか……? はは、そんなまさか……」
「集団幻覚、か? もしかしたらこの浜辺には何か、昔からの怨念があるのかもな、面白い」
「や、やめてくださいよ、郷田先輩!」

 そうして顔を見合わせて、そんな風に話し合う4人の中で、ただ1人こよりだけがちょっと気まずそうな顔で視線を彷徨わせた。そんなこよりに気付いた菜摘が、おや? と首を傾げる。
 親友の不思議そうな眼差しに、こよりがはは、と乾いた笑いを立てた。2人の様子に気付いた他の3人の視線も、自然、こよりへと集中して。
 4人の眼差しを受けて、こよりは「うッ」とたじろいだ。だが、ますます強くなる視線にこれは言い逃れが出来ないと観念し、気まずそうに告白した事には。

「――その、な。あのキノコ、途中の森で採った……」
「えッ!」
「じゃあまさか、幻覚の原因は……」
「あのキノコ……?」
「よぉ死なんかったな……」

 こよりの言葉に、誰もの胸に去来した思いは、平弥が呟いたその言葉に込められていた。良く考えて見ればこの季節に松茸があるはずもないのだけれども、まさかあの密林の中で採取したキノコだったとは――しかも幻覚を見たということは一種の毒キノコだったわけで。
 ほっ、と胸を撫で下ろす一同である。が、次の瞬間大事な事に気がついて、菜摘を除く全員は一斉に、ばっ、と彼女の方を振り返った。
 しっかりと首元までパーカーのファスナーを引き上げていて、その下から覗くのは腰に巻いたパレオと、健康的にすらりと伸びた足。なぜか一斉に注目を浴びたのに、え? と菜摘が顔を赤くする。

「み、皆さん、どうして見るんですか!?」
「いや……なっつんの貴重な水着姿も、だな……」
「幻だったのかと……」
「大丈夫だったようだな」
「〜〜〜〜〜ッ!!!」

 ふぅ、とほっとしたように額の汗を拭う英雄の言葉に、うんうんうん、と力強く頷く一同だ。その言葉と反応に、菜摘はこれ以上なく真ッ赤になった。
 そんな菜摘の反応に、ちょっと慌てた様子の平弥が雰囲気を変えようと、皆の顔を見回してこう言った。

「まぁまぁ。そ、それより、無事に目的の貝は採れたんやし、これでシーフードたこ焼きでも作って食べへん? 鉄板や材料は持ってきたし」
「なんぺー……妙に荷物が多いと思ったら……」
「確かにそろそろ、小腹も空いたしな。まさか貝まで幻覚は見えないだろう」

 その言葉に栄が何とも言えない表情で唸り、英雄が嬉しそうな顔になる。どんな時でもたこ焼きを愛する心を忘れない平弥が、こんな機会を見逃すはずがないのだ。
 ゆえに再び手分けして、流木や枯れ木を集めて回った。そうして今度は鉄板を載せるために大きな石を組み、即席のかまどを作る。
 貝は塩水で洗って軽く火を通して中身を取って、じゅわりと鉄板に流し入れた生地に入れて。くるんと生地を回してまぁるく仕上げれば完成だ。
 そうして出来上がったたこ焼きは、潮の香りが芳ばしい一品になった。キノコが見せた幻覚と共に、この味もまた探偵倶楽部の潮干狩りの思い出として、大切に刻み込まれたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 /    職業     】
 ja0378  /   郷田 英雄   / 男  / 20  /    阿修羅
 ja0431  /   真田菜摘    / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより   / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja2400  /   久遠 栄    / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥    / 男  / 15  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

探偵倶楽部の皆様での、初夏の海でちょっと不思議な潮干狩りの物語、如何でしたでしょうか。
何と申しましょうか、かなりやりすぎた気がしないでもありませんが、気のせいだと良いなと信じたい今日この頃です(そっと目逸らし
初めましてな方もいらっしゃいますし、何かイメージなど違うところがございましたら、いつでもお気軽にリテイク下さいますと幸いです(平伏土下座

探偵倶楽部の皆様のイメージ通りの、楽しく、ちょっぴり元気になれるノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年06月05日

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