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『激動の妖精王国 』
藤田・あやこ7061)&マミエル・ランキパ(8317)&鍵屋・智子(NPCA031)


 政治家は、厚顔無恥でなければ務まらない。全宇宙共通の真理である。
「に、しても……どの面下げて、というのが正直なところね。おわかりかしら? 元老殿。貴方がたが、どれだけ恥さらしな事をなさったか。今もなさっているのか」
「全て承知の上で参った。わしを罵りたければ、好きなだけ罵詈雑言を吐くが良い。ただ……頼み事は、どうか聞き入れて下さらんか。鍵屋智子殿」
「私が罵詈雑言をぶちまけたい相手は、貴方個人ではないわ。貴方たちが必死に守ろうとしている、あの妖精王国という腐りかけた国家そのものよ」
 妖精王国の元老が、特使として久遠の都へと来訪した。
 形式的な挨拶を済ませた後、元老は藤田艦隊旗艦へと案内された。元老自身の希望によってだ。
 彼が久遠の都を訪れた真の目的は、藤田艦隊参謀・鍵屋智子との面会であった。
 妖精王国において元老というのは、ほとんど名誉職に等しい。それでも、肩書きとしては最上級である。
 あの王国を実質的に支配しているのは与党総裁だが、表向きは、この元老こそが最高権力者という事になる。
 実質的な政権を手中に収めた与党総裁が、次に狙うもの。それこそが、この元老の地位だ。表向きの最高権力者に就任してしまえば、いよいよ彼の専横は磐石のものとなる。
 そうはさせじと、野党党首もまた次期元老候補として名乗りを上げていた。
「与党総裁と野党党首。この両名のどちらかが、わしの後継者となる」
 元老が言った。いささか苦しそうな口調である。
「次期元老は、わしの一存で決まるものではない……候補者同士の、決闘によって決まる」
「決闘でも殺し合いでも、勝手にすればいいじゃないの」
「決闘には、公正な立会人が必要となる。それを貴女に頼みたいのだ、鍵屋智子殿」
「謹んでお断りいたします」
 智子は即答した。
「私はもう、貴方たちの国とは関わりたくないの。あの国の空気を吸うのも嫌」
「王国最高司令たる、わしの願いを断る……とな?」
 元老が、ギロリと血走った目を向けてくる。
「外交問題化しても良い、とおっしゃるか。鍵屋参謀殿は……」
「外交問題。望むところよ。はっきり言わなければわからないようね」
 外交問題という事は、すなわち戦争になるかも知れないという事だ。
 戦争になれば、久遠の都の軍事力を堂々と行使して、あの腐りきった王国を焼き払う事が出来る。
 それを言おうとして、智子は思いとどまった。
 元老が身を震わせ、血を吐いたからだ。
「貴方、病を……いえ、毒を盛られているのね?」
「食事に、少しずつ……混ぜられておったようでな」
 血を拭いながら、元老は呻いた。
「議会の者は、信用出来ぬ……なればこそ、貴女に立会人を務めていただきたいのだ」
「私からも、お願い申し上げる」
 巨体が1つ、優雅な身のこなしで跪いた。
 大使として、元老が伴って来た人物である。筋骨隆々たる肉体に、正装が似合っている。
 顔立ちは秀麗で、まさに美丈夫という表現がふさわしい。
「立会人は、誰よりも公正な人物でなければならない……貴女以外には考えられないのです、鍵屋智子様」
 マミエル・ランキパ。
 智子がよく知る、とある女性の夫である。元夫、と言うべきか。
「貴方が大使とはね……」
 智子は溜め息をつき、少しの間、思案した。
「妖精王国に、1つ政治的な貸しを作っておく……それも悪くはないかも知れないわね」


 藤田艦隊旗艦、艦長室。
 艦長・藤田あやこを、じっと見上げている小さな女の子がいた。
 誰の娘であるのかは、確かめてみるまでもなかった。
「……このおばさん、誰?」
「おば……」
 あやこは一瞬、絶句しかかったが、傷付いている場合ではなかった。
 女の子の父親が、目の前にいるからだ。
「この人はね、お前の……」
「やめて」
 あやこは、冷たい口調を作った。
「……公私混同が過ぎるようだな、大使殿。このような場所に、自分の子供を伴うとは」
「何と言われようと、この子を貴女に会わせる機会を逃したくはなかった」
 大使……マミエル・ランキパの口調は、対照的に熱い。
「貴女は久遠の都の軍人として、私は妖精王国の大使として……お互い、いつか一緒に暮らせる日を夢見て、それぞれの場所で孤独な戦いに耐えていたはずではないのですか」
 対龍戦争以降、妖精王国は大規模な対外危機を経験していない。不倶戴天の敵とも言える龍族を相手に、現在も辛うじて良好な外交関係を保っている。それは大使マミエル・ランキパの働きによるところが大きい。
「貴方は外交官として、輝かしい実績をお持ちだ。それを台無しにするような事は、やめるべきだと思う」
 あやこは窓の外の宇宙空間を眺めるふりをして、マミエルに背を向けた。
「このような場所にいてはいけない。己の職務に戻られよ、大使殿」
「私がこの職務に耐えているのは、いつか貴女と一緒に暮らす事が出来るのならばと思えばこそだ!」
 マミエルが、子供の目の前で取り乱し始めている。
「私は、いつまで待てばいい? 何故、私たちは一緒に暮らせない?」
「…………」
 あやこは答えなかった。
 自分は、妖精王国を追放された身だ。大使とまともに口をきくなど、許される事ではないのだ。
「……私が大使として龍族の国に赴任している間、妖精王国で何かが起こったようですね。藤田あやこの名は、口にする事も禁じられているという雰囲気がある」
 マミエルは言った。
「一体……何が起こったのです」
 あやこは、やはり答えなかった。
 何も知らされていないのなら、知るべきではないのだ。
 じっ……と見つめてくる、小さな女の子の視線から、あやこは目を逸らせ続けた。
 知れば、この娘が、いわれのない罪を相続してしまう事になる。


 妖精王国において決闘は、各々が自身の武勇伝を口上として述べた後に斬り合う、という形式で行われる。
 近年は省略される傾向にあるようだが、今回は省略が許されない正式な決闘である。勝敗に異論を唱える事も許されない。
 与党総裁と野党党首による、次期元老の座をめぐる決闘。
 それは、ついに毒に耐えられなかった元老の、葬儀の場で行われる事となった。
 その葬儀の席で、爆発が起こった。
 両党の議員が大勢、死亡した。どちらかと言うと、野党側の犠牲者が多かった。
 辛うじて無事だった野党党首が、鍵屋智子に爆発の原因究明を依頼した。
 十中八九、爆破テロであるのは間違いないとして、問題は誰が誰の命を狙って起こしたものであるかという事だ。
 智子は思った。
 藤田家を陥れ、権力の頂点に立つために万事抜かりなく手を打ってきた与党総裁が、事を急ぐあまり致命的なミスを犯した、と。
「決闘で勝つ自信がなかったのでしょうけど、よりにもよって元老の葬儀で爆破テロとはね……もう言い逃れは出来ないわよ、総裁閣下」


 葬儀の場で行われるはずだった決闘は当然、延期になった。
「それを良い事に、色々とつまらぬ動きをしている者どもがいると聞く」
 与党総裁が、苛立ちの露わな声を発する。
 総裁の自室である。ここに、鍵屋智子とマミエル・ランキパは呼び出されていた。
「誰の事を言っておるのか……わかっていような?」
「つまらない動きをしていたのは、貴方自身でしょう? 総裁閣下」
 智子は言った。
「そう、閣下のおっしゃる通りね。貴方の起こした爆破テロのおかげで、いろいろと調べるための時間は稼げたわ」
「全て調べさせていただきましたよ、総裁閣下。貴方が私の妻を、どのようにして陥れたかを……ね」
 マミエルの声が、静かな憤怒を漲らせている。
「無論、貴方による公式資料の改竄は完璧だった。全ての状況から類推するしか、なかったのですがね……貴方を法で裁くための証拠を、こちらの鍵屋智子様の御協力を得て、これから固めてゆく事になります。何年かかろうと、私はやり遂げてみせる」
「今回の爆破テロには、龍国製の信管が使われていたわ」
 龍族の用いる爆発物は、殺傷力こそ高いものの扱いには熟練を要する。だから爆破のタイミングを誤り、肝心な標的である野党党首を仕留め損なってしまうのだ。
「龍族との友好関係のために尽力してきたマミエル大使を、失脚させる狙いもあったのでしょうけど……貴方と接触した龍国の武器商人は、すでに捕縛済みよ。釈放を条件に、証言してくれる事になっているわ」
「小娘……!」
 総裁の顔面が、怒りで痙攣している。
 その顔を正面から見据え、智子は言った。
「藤田家の冤罪を証明するには、長い年月がかかるでしょう。けれど今回の爆破テロだけでも、貴方を裁判にかけるには充分ね」
「その前に貴様が死ね!」
 総裁が、いきなり拳銃を向けてきた。
 智子は立ちすくんだ。完全に想定外であった。総裁が、ここまでなりふり構わぬ手段に出るとは……
 銃口が、火を吹いた。
 それと同時に、マミエルの巨体が飛び込んで来た。智子の、眼前にだ。
 真紅の飛沫が、迸った。
 智子を狙っていた銃弾は、マミエルの分厚い胸板を貫いて心臓に突き刺さり、そこで力尽きて止まった。
 大使の巨体が、智子の眼前で、ゆっくりと倒れてゆく。
 その時、部屋の扉が開いた。
 銃剣付きの小銃を持った兵士が2人、怯え狼狽しながら駆け込んで来ていた。
「そ、総裁閣下! ししし侵入者が侵入者が、うわあああああ!」
 2匹の獅子が、続いて飛び込んで来た。そして後方から、兵士たちの首筋に食らいつく。
 火炎の獅子と、氷雪の獅子。
 その2頭を番犬の如く従えた藤田あやこの姿が、そこにあった。
「最初から、こうしていれば良かった……なんて、思わなくもないわね」
 聖剣・天のイシュタルを片手に、あやこは微笑んでいる。
 これほど暗く、悲痛で、悲しくも禍々しい笑みを、智子は見た事がなかった。
「なりふり構わない暴力っていうのが案外……一番、効率的な手段だったりするのよね」
「艦長……」
 智子はただ、呆然と声を発した。
「私の……私のせいで、マミエル大使が……」
「それは違うわ鍵屋参謀。マミエルはね、そういう奴なの……昔から、そうなのよ」
 あやこが、1歩ゆらりと踏み出した。総裁に向かってだ。
「何だ……何のつもりだ、貴様……」
 総裁が、あやこに拳銃を向ける。
 その手に、氷雪の獅子が食らいついた。拳銃もろとも、総裁の片手が凍り付いた。
 滑稽な悲鳴を上げる総裁に、あやこが容赦なく歩み迫る。
「ま……待て……」
 総裁の声が、恐怖でかすれた。
「私が死ねば、貴様の無実は……」
 天のイシュタルが一閃し、総裁を永遠に黙らせた。


「……手を……汚してしまったのですね、あやこ……」
 マミエルの口から、言葉に合わせて鮮血が溢れ出す。
「貴女に……こういう事だけは、させたくなかった……」
「マミエル……」
 かける言葉もないまま、あやこは夫の身体を膝の上に抱き上げていた。
 抱き上げた巨体から、急速に温もりが失せてゆく。
「ねえ、覚えてる? 貴方とは水着姿で、まるで子供みたいに水かけ合って……はしゃぎながら、いちゃいちゃして……」
「そうしたら鸛が、あの子を産んでくれた……ふふっ、この国の子作りは……他には類を見ないほど、珍妙なものですね……」
「いつか他の国のやり方でも子供、作ってみたいわ。私、いろいろ知ってるのよ?」
「そうですね……あの子に、弟や妹を……プレゼントして、あげたかった……」
 マミエルの声が、小さくなってゆく。
「今……あの子には、貴女しかいません……頼みますよ……あやこ……」


 父親がいなくなったという事を、この幼い娘が理解しているのかどうかは、わからない。
 ただ1つ。あやこが何も言わぬのに、この子が理解している事があった。
「お母さん……なんでしょ?」
 否定せず、肯定も出来ぬまま、あやこは娘を抱き締めた。
「どうして、一緒に暮らせないの? お父さんと、お母さんと、あたし……」
「お父さんとはね……もう、一緒に暮らせないのよ……」
 嗚咽の中から、あやこは声を絞り出した。
 それが、精一杯だった。
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2013年06月07日

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