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『白い夢、ブラックアウト 』
宇田川 千鶴ja1613)&石田 神楽ja4485


 桜の花びらが青空に透けて綺麗。
 故郷の春はもう少し早くて、きっと今はもう散り切っていることだろう。
 この大学へ入って2年、この春で3回生となるけれど、故郷の言葉だけはどうにも抜けない。
 『関西』と一括りにされても実際は場所場所で細やかに違いはあり、その説明も面倒だから説明は『片田舎』で切り抜けることを学んだ。
「それはそれとして」
 時の流れを実感したところで、宇田川 千鶴は学生食堂のテーブルに資料を数枚広げて小さく唸った。
 中庭に面して開放された窓から風が吹き込み、背まで伸びた柔らかな黒髪をさらりと落とす。
「ゼミ専攻…… どないしよ」
 髪をかき上げた手で、千鶴は額を抑えた。
 将来に関わること。こればかりは友人関係で決めるわけにもいかない。
 幾つか絞り込んではいるけれど、決定打に欠けていた。
「あとは、見学させてもろて……。時間もないしなぁ」
 見学。すでに5つは見てきたが、気疲ればかり・ピンと来ないで、滅入っていた。
 将来…… 自分は、何になりたいのだろう。何をしたいのだろう。何ができるだろう?
「しゃあない。こればっかりは、回避するわけにいかんもんな」
 千鶴は気合を入れるように、両手で頬をピシリと打つ。
「……あ」
 重ねた資料から、1枚のポストカードが顔を覗かせる。
 実家から送られてきた近況報告だ。
 返事を書かなくちゃと思いながら、こちらも延び延びになっていた。
 せめてゼミが決まったら……その時に、明るい報告を送りたかった。




 控えめなノックの後、緊張気味の声が続く。
「どうぞ。大丈夫ですよ」
 魔窟じゃないんですから。
 笑いながら、石田 神楽は研究室へやってきた見学生を招き入れた。
「教授から話は聞いています。宇田川 千鶴さん、ですよね」
「あ……、はい」
 恐る恐る、といった様子で姿を見せたのは、事前に連絡を受けていた女子生徒だ。
 白を基調としたチュニックワンピースのアンサンブルに七分丈のジーンズ、『女子大生』という肩書にしては機能性重視のカジュアルな服装をしている。
 ここはクセのあるゼミだから、生半可な意識ではついていけない。
 神楽にとって、不必要に飾らない千鶴の姿は第一印象として好感が持てた。
「私は石田 神楽、4回生です。ここに関して大体の事は知ってますし、途中で気になることがあったら何でも聞いてください」
 そういって、神楽は温和に微笑んだ。
「2回生の宇田川です。よろしゅう、お願いします」
(なんやろ)
 くるりと背を向け、書棚で壁を埋めている研究室の奥へ向かう神楽の背を、千鶴はぼんやり見つめる。
 腰まである真っ直ぐな黒髪を首の後ろでくくり、前髪はヘアピンで軽く留めてある。
 赤を差し色にした重ね着に黒のジャケットを羽織るのは、細身の体型だからこそ映えるのだろう。
 広い大学だ、どこかですれ違ったことくらいあるかもしれない……けど、
(なんや、違う)
 千鶴の胸中にぷかりと浮かぶのは、小さな違和感。
「今日は研究といっても大した動きはないんですけどね。せっかく見学に来てくださったんですし、少し『それらしく』してみましょうか」
「あは、『それらしく』って」
 軽い口ぶりに、それもすぐに流された。


「石田さん」
「ああ、宇田川さん。これから講義ですか?」
「はい。よければ、お昼ご一緒できませんやろか。色々と、聞きたいことがあるんです」
 その後、千鶴は数度、ゼミの見学に行っていた。
 教授とも話をすることができ、ようやく興味を持てる対象に出会えた。
 研究以外の面でも、何かと神楽とは話が合い、構内でも無意識に姿を探すようになっていた。

 意外な発見は、神楽が料理上手であること。
 春風の気持ちいい中庭で、千鶴はコンビニで買ってきたパンを、神楽は手製の弁当を広げている。
「……真似でけへんです」
「一人暮らしを始めて長いですからね。慣れてしまえば、自分で作った方が何かと楽です。宇田川さんは?」
「普段は学食が便利で」
 自炊だって、自分の分だけだったら力を入れることもない、外でくらい誰かが作ったものを食べたい。
 そう考えていたのだけど。神楽の話を聞けば、心も動く。
(唐揚げとか、卵焼きとか、定番のものやったら……それなりに)
 誰に見せるというでもないはずなのに、頭の中をぐるぐる巡る。
「天気のいい日は、外で食べると気持ちいいでしょう」
 そんな千鶴に気づかないまま、神楽の声はのんびりと。
 さらりさらり、どこからともなく今季最後の桜の花びらが流れていって。芽吹く草の香りが気持ちいい。
「そや。流されるところでした」
「なんですか、それ」
 ハッと我に返る千鶴へ、神楽がくすくすと笑った。
「教授にも良くしてもろてますし、ゼミ、決めたいと思って。それで、それまでに石田さんは、どんな講義とってました?」
「ああ、なるほど」
 軽くうなずき、神楽は記憶を辿る。
「あ、その先生の話、面白いですよね」
「そうそう。それで単位もとりやすいんで、おすすめです。あとは……そうですねぇ」
 同じゼミに惹かれたからだろうか、些細な好みが似通っていて、不思議と話は盛り上がる。
(……なんやろう)
 千鶴は、普段から活発に誰かと話すタイプではなかった。どちらかと言えば、おとなしい方。
 神楽が穏やかな物腰ということもあるのだろうけれど、話題は途切れることなく続く。
「――あ、宇田川さん」
 長い神楽の指が、千鶴の肩の上、頬の横辺りに触れる。
「花びらが」
「あ、あぁ……おおきにです」
 視線が重なって、一瞬、互いに言葉を呑んだ。
「綺麗な髪ですね」
「こんなん、癖っ毛です……石田さんの方が綺麗ですやん」
「男が髪を褒められても」
 肩の上。頬の横。
 きっと、その辺りで髪を切ったなら、軽やかな――……




 千鶴が目を開けると、見慣れた天井があった。
 入り浸っているビルの一室。お気に入りのソファの上。寝起き特有のけだるさが体を包んでいる。
(……夢?)
 神楽が居たような気がする。
 けれど、自分の髪は黒く長く―― アウルに目覚める前の。
(おかしいやん。アウルがなかったら、神楽さんと会えてへんかったんやし)
 実家からの、ポストカード、だって。
 届くわけがない。
 大学入学直前に、千鶴はアウルに目覚め、撃退士への道を選んだ。
 家族は『撃退士』への理解が薄く、それを機に不和が生じ……

「千鶴さん」

 呼ばれ、我に返る。
 デスクで数日後に出発を控える依頼の資料まとめをしていた神楽が、常と変らぬ笑顔でこちらを見ていた。
「……石田さん」
 反射的に声にすると、神楽は咽かえった。
「懐かしい…… いや、妙な夢を見まして」
 涙目を拭いながら、神楽は呼吸を整え、説明する。
「黒髪ロングの千鶴さん、新鮮でしたね。……自分でも、何を見てるんだか」
「それ」
 私も見た。
「不思議なこともあるものですねぇ」
「……そやね。夢の中の神楽さん、なんや、オシャレやったで。付き合う友達とか、違たんやろか」
「ははは」
 暖かな家族。気の合う、付き合いの長い友達。すべてを故郷においてきた。
 アウルに目覚めなければ、それらの縁は、もしかして――
(夢に置いてきた、アウルのなかった頃の幸せやった自分の未来…… どっちが幸せなんかな)
 けれど、そうしていたら、今ここで出会ったすべてが『なかった』ことになるのだ。
(少なくとも、今は幸せやけれど)
 千鶴は顔を伏せ、自身の白銀の髪に触れる。

 家族も 故郷の友達も 神楽も 『今』の交友も

 すべてが丸く収まるわけ……
 収まるわけがないのだと思うと、胸が締め付けられる。
(今は、幸せや。皆と一緒で……楽しい)
 そこは揺らがない。確かなこと。
(けど……いつまでなんやろ)
 生まれ育った家族との、不和。
 身の内に潜む破壊衝動を家族へ向けないため――自分の存在が害となるなら――そう、決断して久遠ヶ原へ来たけれど。
 思い出だから、美化されているのだろうか。
 輝いて、手が届かないように思うのだろうか。

 ――将来…… 自分は、何になりたいのだろう。何をしたいのだろう。何ができるだろう?

 夢の中。『力』を持たない自分が抱いていた、漠然とした疑問。
 なりたいもの。
 やりたいこと。
 できること。
 今ほど、それらがしっかりしていることは……ないと、思う。

「千鶴さん?」
 小さく震える千鶴の姿は珍しい。様子の変化を察し、神楽は再び呼びかける。
(アウルがなければ――……)
 神楽も、それは少し考えた。幾度となく考えた時期もある。
 同じように、夢をきっかけに千鶴は揺れ動いているのかも知れなかった。
 どうしようもない『if』と、笑い流すべきではないだろう。
 神楽はそっと歩み寄り、逡巡してから千鶴の髪に触れる。
 夢の中、花びらが絡みついた辺りに。
「綺麗な髪ですね」
「……神楽さんこそ」
 繰り返しの言葉に、千鶴が顔を上げる。
 変わらない、神楽の笑顔。
 いつも自分の先を歩き、自分の隣に居てくれる。
「あのな、神楽さん…………」
 思い至って、むず痒い気持ちになる。


 アウルのない世界の夢を見た。
 暖かな家族がいて、長い付き合いの友人がいて、自分の体に変化はなくて、将来に悩む普通の大学生。
 そんな夢の中、なのに。
「それでも、神楽さんの居らん世界は想像できんかってんな」
「同じ夢を、私も見ていたんですよ?」
 顔を見合わせ、今度こそ二人は心の底から笑い声をあげた。


 撃退士として、胸を張れる何かを見つけたら――至ったら。
 明るい報告を、家族へ送るのも悪くない。
 そう、思う。




【白い夢、ブラックアウト 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4485/ 石田 神楽  / 男 /22歳/ インフィルトレイター】
【ja1613/ 宇田川 千鶴 / 女 /20歳/ 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
『アウルのない世界の夢』お届けいたします。
撃退士としての道を選んだかどうか、大きな大きな分岐点だったことと思います。
『夢』として見たことで、お二人の胸中にも何かしら変化は起きるのでしょうか。
楽しんでいただけましたら幸いです。


■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年06月10日

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