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『新艦長と二等兵 』
藤田・あやこ7061)&鍵屋・智子(NPCA031)


 久遠の都の最強戦力である藤田艦隊は、本日付けで新しい艦長を戴いた。
 名を、鍵屋智子という。
 名称も当然、藤田艦隊から鍵屋艦隊に改められる事となる。
 前任の艦長・藤田あやこは現在、軍籍を剥奪されて刑務所にいる。
 無期懲役である。
 智子があらゆる手を尽くしても、死刑を免れさせるのが精一杯だった。
 同盟国の与党総裁を殺害してしまったのだから、まあ当然とは言える。
 奸智に長けた鍵屋参謀が、艦長の地位を奪うために藤田あやこを陥れたのだろう。そんな噂も流れた。
 肯定も否定もせずに智子は今日、艦長としての初仕事に臨んでいた。
 訊問である。
「し、知らない……私は何も知りませんよ」
 新任の機関士であるエルフの男が、青ざめながら白を切っている。
 妖精王国出身の若者である。
(あの腐りきった国とは、なかなか縁が切れないのね……)
 そんな事を思いながらも智子は、口調鋭く問い詰めた。
「直近の機密閲覧者は貴方よ。一介の機関士が、どうやってトップシークレットまで辿り着いたのか……アクセスログに、きっちりと残っているのよね」
 特殊な紅茶を、動力に変換する。それが、久遠の都における技術の根幹である。
 その紅茶炉の技術が、龍族の国へと流れ出た。
「わ、私が流出させたとでも言うのですか」
 エルフの機関士が、強弁を続けた。
「下の者に罪を着せて、事態の終息を図ろうと言うのだな! 訴えてやる、新任の艦長が横暴を極めていると!」
「そう、新任の艦長が気に入らないのね。それなら前任の艦長に、お出ましいただくとしましょうか」
 智子は、傍らの兵士に命じた。
「藤田模範囚を呼びなさい」


 決定的証拠を探し出し、同郷人を説得せよ。
 囚人・藤田あやこに、鍵屋智子艦長はそう命じた。命じる立場と命じられる立場が、完全に逆転してしまった。
「それはまあ、いいけれど……説得しろ、というのは要するに洗いざらい吐かせろという事よね」
 苦笑しつつ、あやこは同郷人と向かい合った。
 妖精王国出身の、エルフの機関士。
 その顔には、今や妖精王国最大の罪人となった藤田あやこに対する、憎悪に近いほどの侮蔑が表情となって浮かんでいる。
「国賊が、こんな所で生き恥を晒しているとはな」
「鍵屋参謀……今は艦長ね。とにかく彼女に対して白を切り通すなんて絶対無理、あきらめなさいな」
 相手の蔑み言葉には取り合わず、あやこは言った。
「あきらめて、自分の罪を認めてしまいなさい。大丈夫。私が死刑にならなかったくらいだから、貴方もきっと懲役60年くらいで済ませてもらえるわ」
「……ものは相談だ、藤田あやこよ」
 機関士の顔が、狡猾そうに歪んだ。
「私の親族に、妖精王国の与党関係者がいる。お前があの総裁を殺してくれたおかげで、かなりの地位に就く事が出来た人物でな……お前が名誉を回復して王国に帰れるよう、取り計らってやっても良い。だから貴様も」
 私が無罪となるよう取り計らえ、などとは言わせず、あやこは機関士の胸ぐらを掴んだ。
「……自分の立場、わかってる? 懲役60年くらいのところ、私の手で死刑にしてあげてもいいのよ?」
「や、やめろ! 何をする国賊め……」
 呻く機関士の身体を、あやこは容赦なく揺さぶった。
 揺さぶられる身体から、何かがこぼれ落ちた。注射器だった。
「あら? これは何かしら……駄目よ、変な薬とかキメてちゃあ」
「か、返せ! それは私の、糖尿病の薬だ!」
 飛びかかって来る機関士を押しのけ、あやこは拾った注射器を観察した。
 その時、凄まじい振動が部屋を襲った。
 爆発による振動だ、とあやこは直感した。


 紅茶炉が1つ、小規模な爆発を起こしていた。
 幸い大事には至らなかった。とは言え、龍国への技術流出に続く、不祥事である。
 原因究明のため憲兵が1人、派遣されて来た。
 その憲兵の立ち会いのもと、正式な公開訊問が行われている。
 傍聴人として居並ぶ軍関係者たちが見守る中、鍵屋智子がまず言った。あやこが証拠品として提出した注射器を、調べながらだ。
「スキャナー付きの注射器ね……盗撮した図面をウイルスに転写して、他人に感染させる。こんな手の込んだ物を用意した時点で、計画的犯行と言えるのではないかしら」
 注射器の所有者であった機関士は、あやこに対して憎しみの呻きを漏らすしかなかった。
「売女め……!」
「売国奴に言われたくはないわ」
 あやこは言葉を返した。
「さっきの、炉の爆発はどうなのかしらね。疑われてもしょうがない立場に、貴方いると思うんだけど」
「それは知らん! 私が関わっていたのは……紅茶炉の技術の、流出だけだ」
「先程の爆発は、1人では不可能よ。共犯者がいると見るべきでしょうね」
 無言で立ち会っていた憲兵が、言葉を発した。
 その目が、もう1人の立会人へと向けられる。
 糖尿病を患っている機関士の、主治医である。
「この機関士と最も親しい関係にあったのは……貴方よね?」
「ぼ、ぼぼぼ僕は知りません! 炉の爆発なんて恐ろしい事」
 主治医が、慌てふためいている。こんな慌て方をすれば、相手に攻撃の口実を与えるようなものだ、とあやこは思った。
「貴方……お祖父様が、龍族の方なのね?」
 案の定、憲兵が攻撃を始めている。
「龍族の血を引いている事を隠してごまかしながら、久遠の都で医療業務を続けていたのね?」
「なっ……ひ、ひどい、そんな事を勝手に調べるなんて」
「調べられて困るような過去を隠しながら、久遠の都の社会に潜り込んでいた。何か企みがあっての事でしょう? 今回の爆発も、その企みの一環なのではなくて?」
「やめなさい」
 あやこは言った。
「無理矢理にでも犯罪者をでっち上げて、検挙の実績を作りたい気持ちはわかるけれど……お父様に顔向け出来るような事をしているのかどうか、少しは考えてみてはどう?」
「お前が父の事を口にするな……!」
 憲兵の眼光が憎悪に燃え上がり、あやこに向けられる。
 この憲兵の父親は、モスカジ社の顧問弁護士だった。社長・藤田あやこの、片腕とも言える人物だった。
 そのモスカジ社が、この世から消え失せた。妖精王国最大の犯罪者となった社長が、自身の手で破壊したのだ。
 あの会社の関係者、及びその血縁者が、あやこを憎悪するのは当然であった。
「国賊・藤田あやこ! お前に、立派な事を言う資格はないのよ」
「そうね。でも誰も言わないようだから、私が言っておくわ。彼が自分の出自を隠していたのは、差別されるのを恐れての事よ」
 機関士の主治医を庇うように立ちながら、あやこは言った。
「差別を恐れるのは、当然の事。何しろこの社会には、貴女のような人もいるのだから」
「……ならば、そのヤブ医者の代わりに処刑されてみるか」
 憲兵が、片手を上げた。
 兵士たちが、ばらばらと駆け込んで来た。そして、あやこに小銃を向ける。
「その男は、邪悪なる龍族の血を引いている……なおかつ、それを隠していた。やましいところがある、という事よ。良からぬ企みを心に抱いていた、という事なのよ!」
 憲兵が叫んだ。
「社会正義のため、その男を処刑する! 庇いながら、お前も一緒に死ぬか国賊!」
「疑わしきは罰せず。それが貴女のお父様の、座右の銘だったはずよ」
 疑わしきは罰せず。それが自分の辞世の言葉になるかも知れない状況の中、あやこは言った。
「……お願いよ、あの人の名前を汚さないで」
「黙れ売女! 何度言えばわかる、お前が父の事を口にするな!」
 憲兵の絶叫が、ヒステリックに悲痛に響き渡った。
「お前のせいでモスカジの社員は全員、路頭に迷う事となった! 失意と心労のせいで父は死んだ! 私はお前を許さない、この場で公開処刑だ!」
「そ、そこまでだ! お前は正義の名のもとに私怨を晴らそうとしている」
 傍聴人として居並ぶ軍関係者たちが、声を上げた。
 憲兵の表情が、憎悪に震えながら硬直する。
 鍵屋智子が、静かに声を発した。
「その憲兵殿を、凌虐罪で逮捕しなさい。正義の美名を借りた暴力……許しておくわけには、いきません」
 あやこに向けられていた小銃が、一斉に憲兵の方を向いた。


「念のために言っておくけれど、貴女が責任を感じる事ではないのよ」
 智子が言った。
「貴女がモスカジ社を破壊しなければならない原因を作った男は、もうこの世にはいないのだから。貴女自身の手で始末を付けたはずでしょう?」
「……私が犯罪者である事に、変わりはありません」
 俯いたまま、あやこは言った。
「そろそろ、刑務所に戻らないと……」
「貴女には特赦が適用されたのよ。もう無位無官の囚人ではないわ……軍人としての自覚を持ちなさい、藤田二等兵」
「は、はい……今後とも、よろしくお願いいたします鍵屋艦長」
「そんな事を言っていられるのも、今のうちよ」
 智子が、声を潜めた。
「私は貴女を、必ず艦長の地位に復帰させてみせる……手段を選ぶつもりは、ないわよ」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年06月10日

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