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『過ぎし日への、変わらぬ祈り。 』
カルマ=A=ノア(ib9961)&カルマ=B=ノア(ic0001)

 その洋館に降り積もるモノの正体を知る者は、もしかしたら、誰1人として居ないのかも知れない。その洋館の外に在る人々はもちろんのこと、或いは、その中に在る者達ですらも。
 そんな洋館の中を、カルマ=B=ノア(ic0001)――バーリグは歩いていた。手に持っているのは、先日の『仕事』の詳細を纏めた報告書。あまり好ましからざる内容も記されているその書類を、けれども運ぶバーリグの足取りはいっそ、楽しげと言っても良いほど軽やかで。
 辿り着いた先の重厚な扉を、こんこん、と軽やかに叩く。それに「――入れ」と陰鬱な応えが返ってくるのを確認して、バーリグはがちゃり、と扉を開けた。
 そうして足を踏み入れた書斎の奥、重々しい雰囲気を醸す机の前に座るカルマ=A=ノア(ib9961)に、声をかける。

「アリスさん。例の報告書、持って来ましたよ」
「遅い」
「ぇー、アリスさんのいじわる! おいちゃんだって頑張ってるのにぃ!」
「頑張ったで済んだら世話はねぇ」

 バーリグが大げさに目を見開きながら言ったのを、報告書を受け取りながらアリスは言下に切り捨てた。そうして、一見すれば不機嫌そうに見える顔で報告書をめくり始めた彼の、胸元へとバーリグはちらり、視線を向ける。
 そこにかかっているのは、細い鎖で繋がれた1つの指輪。細いラインの、瀟洒なデザインをした――

「その指輪、まだしてるんですか?」

 はじめてその指輪を見た時の事を思い出しながら、バーリグはそう、問いかけた。その言葉に、僅かに眼差しを上げてアリスもまた、胸元にかかる、すでに我が身にも等しい感覚を持つそれへと意識を向ける。
 ――かつて。この指輪を指に嵌め、幸せに微笑む人が居た事を、どちらともなく想った。





 それは今から30年近く前、バーリグがまだ8歳の子供に過ぎなかった頃の事だ。
 子供、と言っても8歳にもなればそれなりに分別はついているし、早い者ならすでに――その良し悪しは別として――手に職を得て、一家を支えるために働いている者も居る。現にその組織の中にも、そういった理由で身を投じた幼い子供が、居ないわけではなかった。
 組織――裏社会に属する、叩けば埃など幾らでも出てきて降り積もってしまう、場所。そこに所属する者は互いを『兄弟』と呼び、『懲悪と救済』を掲げて悪しき事にも手を染める。
 だが、真実互いを兄弟のように親しく思っていたのかと言えば、決して、そういう訳ではない。もちろん、そう思っている者もちゃぁんと居たのだけれども、兄弟、と言う響きに互いを監視し合うような、決して離反を許さないような、そんな見えない拘束感を感じていた者が居た事も、事実だ。
 その頃のバーリグはまだ、そう言った柵にすら囚われぬまま、組織の為にいずれ役に立つべく修行をしている身に過ぎなかった。今の彼が組織に属する2人の弟子を持っているように、組織の中の1人を師と呼び、様々の技を教わり鍛錬する日々で。
 だから、バーリグがその日、その裏庭へと入り込んでしまったのは、完全に偶然の出来事だった。まだ組織に入って日も浅かった頃だったから、師匠に命ぜられたお使いの最中で道を誤ったのだ。

(ヤバイ)

 組織の中には、所属しているメンバーですら立ち入ってはいけない場所もあるというのは、師匠から最初に教わった事だった。ましてまだ新入りに過ぎないバーリグは、立ち入って良い場所の方が両手で数えられるくらいだ。
 ここが、彼が居て良い場所なのか。それとも、いけない場所なのか。
 それすら判断に困ってバーリグは、とにかく元の場所へ戻ろうと、辺りに人目がない事を確かめてから踵を返した。幸い、ここまでの道は覚えているから、その通りに戻っていけば、最悪の事態は避けられるはずだ。
 ――そう、思った。思って、歩きかけたバーリグは不意に、誰かの話し声がするのに気付いてぎくり、身を強張らせ。
 咄嗟に傍にあった茂みに飛び込んで、やり過ごそうとしたバーリグのすぐ脇を、何事か話しながら通り過ぎていく人が居た。足音からして2人――男性と女性のそれだ。
 すぐに通り過ぎてくれるかと思ったが、当てが外れてその足音は、あまり離れていない場所で立ち止まったようだった。これでは、外に出る事が出来ない。

(どーしよっかなぁ‥‥)

 戻るのが遅くなると師匠に怒られちゃうな、位の軽い気持ちでバーリグは、茂みの中でため息を吐いた。とはいえ、こうなってしまった物は仕方ないかな、と開き直る。
 となると一体、こんな裏庭にやって来たのが一体誰なのか、気になった。気付かれないように気をつけて、そっと茂みの中から外を垣間見ると、そこにはアリスともう1人、金の髪を優しく揺らす女性が居る。
 その女性が誰なのか、あいにくバーリグは知らなかったけれども、アリスの姿はよく知っていた。直接話した事は殆どなかったけれども、すでに組織の一員として働いている、こんな生業の組織に居る事を疑ってしまうような身なりの良い、穏やかな面持ちの青年だ。
 彼らは良く似た、穏やかな雰囲気を纏っていて、まるでそこにだけ暖かな陽だまりがぽっかりと現れたかのように、ひどく眩しく映った。一体何を話しているのだろう、くすくすと笑った女性がその拍子にバーリグの方を――彼の潜んでいる繁みのほうを振り返って、その瞳がひどく澄んだ湖水の如き青だと知る。
 2人の雰囲気を見れば、ただの知人同士という訳ではないのは、すぐに解った。だが――その雰囲気に少し、皮肉な気持ちを抱いて見つめていたバーリグの前で、アリスが懐から何かを取り出す。
 遠目に見ても陽光にきらりと光る、それは瀟洒な細いラインの指輪。それを女性の右手の薬指に嵌めた、アリスに女性が嬉しそうに――この上なく幸せそうに微笑み、1粒の涙をこぼす。

「‥‥‥ッ!」

 その姿に、息を呑んだバーリグの前で、同じようなデザインの、こちらは少し太めのラインの指輪を女性が、アリスの右の薬指に嵌めた。そうして互いの指を絡め合って、顔を寄せ合い幸せそうに微笑み合う。
 何故だろう、その姿は酷く、バーリグの心を震わせた。知らず胸が高鳴って、無意識に胸元を掴んだバーリグの前で、2人は幸せに口付けを交わした後、どこかへと去っていく。
 そうして誰も居なくなってからしばらくも、バーリグは茂みの中から動く事が出来なかった。たった今見た光景が、まるで一枚の絵のように鮮明に、心の中に焼きついていた。





 それから、数ヶ月が経った頃のことである。

「ぇ‥‥懲罰房の食事係、ですか?」
「そうだ」

 ある日、師匠に呼ばれたバーリグが命じられたのは、懲罰房に新たに入れられた囚人へと食事を運ぶ、食事係の役だった。そろそろ組織にも少し慣れてきただろうし、新たな仕事を任せてみよう、と言うものだったらしい。
 実際、それまでのバーリグは、懲罰房へ近づくことは禁じられていた。そこには様々な理由で罰を受けた構成員達が放り込まれていて、そういうところに新入りを近づけるのは様々な面で相応しくないからだ。
 新入りに限らず、構成員が知ってはいけない秘密を知ってしまった者も、居る。或いは反抗的な雰囲気に侵されて、何も知らぬ新入りがそういった思想に染まってしまうことも考えられる。
 そうと説明された訳ではなかったが、近付くのを禁じられた理由は大方、その辺りだろうとバーリグは考えていた。ゆえに食事係とはいえ、近付くことを許された、と言うのは彼自身が、組織から幾許かの信頼を得られた、と言う証明だと嬉しくなる。
 とはいえ一体、そこに誰が幽閉されているのか、バーリグは聞いていなかった。聞いても仕方のないことだと思ったから、そもそも、聞こうとも思わなかった。
 だから――そこで思わぬ人と、思わぬ再会をして驚いたのは、無理からぬ事で。

「――食事で‥‥す‥‥?」
「‥‥‥」

 トレイに乗せられた、お世辞にも豪華とは言えない食事をそれなりに張り切って運んで行き、懲罰房の中へと声をかけたバーリグは、そこに居た人の姿を見て思わず、驚きと共に首を傾げた。そうして動きを止めたまま、トレイをおろす事も忘れてまじまじと、房の中を見つめる。
 けれどもそんなバーリグの反応にも、そもそも食事そのものにすら興味を示さないまま、彼は懲罰房の中に座っていた。座り、ここではないどこかを見つめ――何もかもが投げやりになってしまったような、荒くれた雰囲気を纏って、居て。
 そういう雰囲気の者が、組織の中に居ないわけじゃない。むしろそうではない者を探すのが、あの頃は難しかった。
 けれども――それがあの、穏やかな陽だまりのように微笑むアリスならば、話は別だ。否、それが本当にアリスなのかも疑問に思ってしまう位に、そこに閉じ込められた青年はかつての姿とはすっかり様相を異にしていた。

「アリス、さん‥‥?」

 呼びかけても、答えはない。返ってくるのはただ、絶望と憤怒と虚無と悲哀と、あらゆる負の感情を一度に宿せばこんな色になるのだろうかと思うような、底の知れない恐ろしい眼差し。
 その瞳の、片方が無残に潰れているのに、バーリグは気がついた。最低限の手当てはされたのだろうが、もう二度と元の通りには戻るまい、と見ただけで感じられる無残な傷。
 一体、何が。どうして。何故。
 幾つもの言葉が、バーリグの中に渦巻いた。だが一体、その疑問を誰にぶつければ良いのかも解らないまま、バーリグはやっと運んできた食事をアリスの前に差し出す。
 ――しばしの間、そうやってバーリグはアリスの下へ、食事を運び続けた。彼は息をする以外の何もかもを忘れてしまったかのように、食事にもまったく手をつけないまま、懲罰房の奥に座り込み、あの恐ろしい眼差しでどことも知れない場所を見つめ、世界のすべてを拒絶していた。
 彼の罪状が、『組織内での私闘及び構成員の殺害』だと知ったのは、だから他の仲間から聞いての事だ。そうして、その話をバーリグに教えてくれた仲間は、さらに、組織内で密やかに囁かれているとある噂も教えてくれたのだけれども。

(『組織からの脱走未遂』‥‥だって? アリスさんが‥‥?)

 それが真実なのか、根も葉もない流言なのか、バーリグには解らなかった。それを確かめられる相手ももちろん居なかったし、アリスに聞くなんてもっての他だ――もっともそうでなかったとしても、今のアリスはきっとバーリグのみならず、誰の言葉にだって応えはしないだろう。
 そんな思いを胸に抱えながらアリスの下へ食事を運ぶようになって、それは幾日目のことだろう。ある日、世界のすべてを拒絶したように沈黙を守って座り込むアリスの胸元に、細い鎖で繋がれた指輪がある事に、バーリグは気がついた。
 それは、細いラインの瀟洒な指輪。それは今、アリスの指に光っているそれより太いラインの指輪に、よく似たデザインをしている。

(あれは‥‥)

 その指輪をかつて、優しい陽だまりの中で見たことがあるのを思い出し、バーリグははっと目を見開いた。そう、それはあの穏やかな日、裏庭で密やかに美しい女性の指へと彼が嵌めた、あの指輪だったのだ。
 彼女がアリスの婚約者だと言うことは、誰かから聞いた訳ではないけれども、あの場面を見れば解っていた。そうしてその婚約者が寄りにも寄って、アリスの弟の裏切りによって失われ――それゆえに彼が弟を殺め、この懲罰房に入れられたのだ、と言うことも仲間に教えてもらって、聞いて居て。
 あの日、彼女の指を幸せに飾っていた指輪は今、アリスの胸元を飾っている。そうして世界のすべてを拒絶するように、アリスはただ懲罰房の奥で沈黙を守り続けている。
 その指輪の存在に気付いてからは、食事を運ぶたびにアリスの胸元を確かめずには居れなかった。毎日、毎日。懲罰房へと食事を運ぶたび、彼の胸元を、そこに暗い光を受けて確かに光って在る指輪を確かめて。

「――アリスさん。その指輪、まだしてるんですか?」

 ある日ついにバーリグは、躊躇いながらもアリスにそう尋ねていた。失われた婚約者にかつて与えた婚約指輪――二度と戻らぬと解っている女性の面影を胸に宿す、その人に。
 きっとその時のバーリグの中には、もしかして、と言う密かな予感があったのだろう。だからきっと、そんな事を尋ねたのだろう。
 暗い瞳をして、世界のすべてを拒絶しているかの如きアリスが、それに応えてくれる保証はなかった。多分、期待もそれほどしては居なかった。
 けれどもアリスは、バーリグの言葉に初めて、ぴくりと反応を示して――それはそれは美しい、一筋の涙を流したのだ。

「アリスさん‥‥」
「‥‥‥」

 胸元に光る指輪を、大切に両手で握り締めて。あの日、その指輪を嵌めて幸せに微笑んだかの人を、かの人が永遠にこの世から失われたことを、悼んで。
 それでも今だ胸に確かに宿る、彼女への想いを噛み締めて、アリスはただ無言で涙を流し、瞑目していた。その、言葉ではない答えを確かに受け取ってバーリグは、あぁ、と感動の息を漏らしたのだった――





 あれからアリスは懲罰房を出て、組織の任務へと戻ることを許された。けれどもかつての穏やかな面持ちへと戻ることはついぞなく、何も知らず組織に参入した新入りには『怖い人』と噂をされるようになる。
 けれども当のアリスはといえば、そんな噂すら気にした様子もなく、淡々と組織での任務に戻っていった。やがてバーリグが一人前になり、それからさらに長い月日が流れた今も、それは変わらない。
 けれども――

「‥‥てめぇには、関係ねぇだろが」
「わっぷ!? アリスさん、ひどい!」

 今、あの日と同じ問いを投げたバーリグに、けれどもアリスは手にしていた書類を顔面に投げつける事で応えた。けれども悲鳴とも非難ともつかない声を上げ、ぶつけられた書類を掻き集めたバーリグは、顔を上げて見た光景に思わず、幼い頃のような微笑をもらした。
 そこにあったのは、そっと胸元の指輪に触れるアリスの姿。その指にはもう1つの、アリス自身がずっと身につけている指輪があって、彼は左の手でそれにも優しく触れていて。
 まるで、そこに愛しい人が居るように。優しく彼女を慈しむように。

(嬉しいね。アンタは何も変わっちゃいない)

 その光景に、バーリグはあの日と同じ確信を胸に抱いて、目を細めた。すなわち、バーリグが求めている答えが彼の中に在るのだ、と言うことを――そして、その答えは今だ変わらず、彼の中に在り続けるのだ、と言うことを。
 バーリグの両親は、互いに不倫をしながら仲良し家族を演じ続ける、愛のない関係だった。特には母は最悪で、惚れっぽくて誰にでも愛を囁くような女だったから、そんな姿を幼い頃から見ていたバーリグは、絶望しか抱けなくて。
 だからこそ、真実の愛を求めた。無自覚に心と言葉を偽る人間を信じられないからこそ、この世界に愛はあるのだと、心移ろわずただ一人を愛し続ける真実の愛は存在するのだと、盲目的に求めた。
 その答えがアリスだと、バーリグはあの日から思っている。失われた婚約者の片身を今だ肌身離さず持ち続け、愛し続けているアリス――そんなアリスこそが、バーリグの求める『真実の愛』の体現者なのだと、いっそ子供のように信じ続けている。
 だからこそ、彼には今後もそうであって欲しかった。たとえその結果、アリスが破滅してしまったとしても、それでも真実の愛を抱き続け、貫き続けて欲しいと願って、いる。
 だからバーリグはアリスを見つめ、ただ嬉しそうに笑っていた。ただ、笑い続けていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名    / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib9961  / カルマ=A=ノア / 男  / 46  / シノビ
 ic0001  / カルマ=B=ノア / 男  / 36  / 弓術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

昔馴染み(?)のお2人の、痛みの過去を振り返る物語、如何でしたでしょうか。
どちらの息子さんも、痛みを抱いて歩む人は、尊く、優しく、脆いのだろうなぁ‥‥などと考えながら書かせて頂きました。
組織のイメージですとか、婚約者さんですとか、そもそもお2人のイメージですとか、大丈夫か心から心配です;

お2人のイメージ通りの、切なく、破滅に満ちたノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年06月10日

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