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『●鬼哭の街 』
或香=マクスエイルjb3597
 都心のビル街の間に置き忘れられたような公園の出入り口を塞ぐように車が緊急停車する。
 中から武器を手に数人の人影が飛び出してきた。
 複数名の天使によるホームレス襲撃の報を受け、やってきた撃退士たちである。

 ガサっ──
 一斉に武器を構える撃退士たち。
 懐中電灯に照らされ植え込みから引きずり出されたのは、怯えきったホームレスだった。
 ショックから意味不明な言葉を繰り返す。
「鬼…鬼だ……鬼は本当にいた…」








 ──日が傾き人気の少なくなった公園でホームレスたちの姿を見つけ、ひらひらと手を振る或香=マクスエイル(jb3597)。
「おっちゃんたち、これからご飯?」
「おう、或ちゃん。今日は唐揚げがあるぞ」
 ホームレスたちはその日の稼ぎを、それぞれが少しずつ食べ物を持ち寄り、皆で分けていた。
「そいつは凄いな。だが、あたしも負けないぜ」
 ジャーンと一升瓶を取り出す或香。
 今日は気前のいい客がいたと笑う。

 ──目的もなく人間界を彷徨い、行き倒れていた或香を助けたのは、ホームレスたちであった。

「あたしが何処の誰だとか気にならないのか?」
「ここにいる皆、そんなの気にしないよ」

 皆、何かを失うか、捨てた人間が、行き場を無くした人間が溜まる場所。
 彼らは或香が何処から来たのかも聞かず、ありのままの或香を受け入れた。
 或香を可愛がり、あれやこれやと世話を焼いたり、生きる術を、色々な事を教えていった──。

 ホームレスから貰ったギターを爪弾く或香。
「でも面白いよな」
 魔界にも歌や音楽はあったが、食事同様の快楽であり、労働ではなかった。
「こいつを弾くと金をくれたりするのって」
「或ちゃんは、筋がいいからね」
 プロでもやっていけると囃し立てるホームレス。
「プロ?」
「駄目駄目。有名になったら住む世界が違うって俺達に会いに来てくれなくなる」
「そんな事ないよ」
 慌てて言う或香に明るい笑い声が上がる。

 ここは、戦いや全てを忘れさせてくれる何かがある。
 ずっといれば何かを見つけられるかもしれない──ギターを弾き乍ら、そう思う或香だった。





(……なんだ、これは?)

 そこには、いつもと違う。
 だが、或香には慣れた臭いが。
 恐怖に彩られた血の臭いが漂っていた──。

 大事に抱えていたケーキを投げ捨て、ダンボールハウスに駆け寄る或香。
 ある者はハウスの中で、ある者は泥にまみれ、全身の骨を砕かれ血にまみれて倒れていた。
 一つ一つハウスを覗いていくと息のある男がいた。
「おっちゃん、大丈夫か?」
「…て、てんし……」
「天使が、来たのか?」
 或香を探していたと血を吐きながら苦しげに答えるホームレスだったが、或香に怪我がないと知ると安心した表情を浮かべて事切れた。


 或香の中に、激しい感情が胸の奥から沸きあがり、心のまま大きな叫び声を上げた──。






 ──公園の広場。
 外灯が、ジジジ……と嫌な音を立て、大小の天使の姿が浮かび上がらせる。
「困りましたね」
 動かなくなったホームレスを、人形のように放り投げる小柄の天使。
 天使たちはその場にいたホームレス全員に尋問をしたが、誰も最後まで口を割らなかった。
「ここに悪魔がいるのは確かなのに、なんで隠すんですかね」
「ホームレスにとって悪魔の方が身近なのかもしれんの」

 捜索範囲を広げ、駅まで行ってみようと相談する天使たちの前に立つ者がいた。
 ──或香であった。
 月明かりに浮かぶ或香の顔は、どこか青ざめ無表情であった。

 或香の周りを品定めをするように動く小柄な天使。
「ん〜……この臭い。人間じゃなく悪魔ですね。成る程、角も翼もない悪魔。人間が仲間と勘違いするも判りますね」
 小刻みに体を震わせ、何も答えぬ或香に気分を良くしたのか小柄の天使が喋り捲る。
「恐怖で動けなくなっちゃいましたかね?」
「……………」
「すぐに殺してあげますよ」
「──死ぬのは、てめぇらだ!」
「ぐけっ!」

 鋭い蹴りが小柄の天使の腹に突き刺さり、数メートル先の時計台まで吹き飛ばした。

「恐怖だと?……ああ、どうやって、てめぇらに、恐怖を与えてやるか、考えただけでも、身が震える」
 一つ一つの言葉を噛み締めるように吐き出す。
「地獄でてめぇらが殺したおっちゃんたちに詫びやがれ!!」
 放った拳は、天使の鳩尾を抉り、衝撃が時計台を真っ二つにする。

 殺気を込めた目をギラギラと光らせ、鬼の気迫で大柄の天使を睨みつける或香。
「次はてめぇだ!」
「大口を叩く悪魔じゃの」
 上衣を脱ぎ捨て或香の胴回りぐらいある腕と分厚い胸板をこれ見よがしに見せ付ける。
「お前が倒したのは我輩の部下なれば、礼はキッチリ払ってもらうのじゃ」
「五月蝿い肉ダルマ。喋っている暇があるなら掛かって来い」
「無礼な悪魔め。正義の鉄拳を受けるのじゃ!」

 ぶん! と唸りをあげた突き出された正拳を、顔の正面で、両腕でガードする或香だったがガードごと後ろへと吹き飛ぶ。
 吹き飛ばされた力を利用して、そのまま地面を転がり2撃目を躱す。
(ちっ……)
 フェイントのローキックから両足を天使の腕に絡みつかせ、体を捻り、或香は天使のバランスを崩して倒すと、素早く離れて立ち上がる。
 そのまま小さい天使を倒した蹴りを、頭目掛けて蹴り出した。
 ガッ!──鈍い音がした。
 或香の蹴りを片腕でガードした天使が或香の足を掴み、或香を地面に叩きつける。
 その衝撃で大きく地面が抉られた。
 息と共に大量の血を吐き出す或香だったが、ヨロヨロと立ち上がる。
「ほほぅ。割と頑張るの。じゃがこれはどうじゃ?」
 天使から常人の目には留まらぬ素早い拳が無数に繰り出される。
「大した事ないな。達者なのは口ばかりだ」
 或香の挑発に乗せられ更に拳を繰り出す天使。だが少しずつだが、拳のスピードと命中率が落ちている。
 致命傷にならぬよう紙一重で躱す或香だったが、ガードする腕に与えるダメージは少なくない。

(見極めろ。当たらなければどうってことない──)

 或香は、一瞬の隙を見逃さなかった。
 渾身の一撃が天使の脇腹に刺さり、ボキリと肋骨が折れる音がする。
「ぐおぉぉお!!」
 叫び声を上げる天使の体が大きく揺らぐ。
 間髪いれず鳩尾に拳を叩き込まれた天使が、体をくの字に折る。
「これで漸く同じ目線だ」
 にやりと悪鬼の形相で笑むと、正拳で天使の鼻を叩き折る或香。
「痛い? そう──」
 或香の言葉に、鼻血をボタボタと垂らしながら、天使が頷く。
「でも、てめぇに全身の骨を折られたおっちゃんは、もっと痛かったはずだ!」
 右、左と、倒れる暇を与えず無数の拳を顔面に叩き込む或香だった。







 ヨロヨロと歩行者にぶつかり乍ら街を彷徨う或香。
 嘗てであれば敵を倒した時に味わえる高揚感は、今の或香になかった。
 ただ胸を占めるのは一つの思い。

 ──苦しい、苦しい。
 胸を締め付けられ息ができない。
 この湧き上がってくる気持ちは、なんだ──?

 ふとホームレスの一人が教えてくれた歌詞が心に浮かんだ。
(これが……哀しいって事?)
 或香は心のまま、空に向かって叫びを上げた──。




 ──武器を構えて公園内に突入した撃退士たちが何かを見つけた。
 羽の形状から天使と推測される死体が1つ。
 だが、ソレを倒した者の姿は既にない。

 オォオオオオ──
 ビル風が、今日は不気味な獣の唸り声のように聞こえた。

「……まるで鬼が哭いているようだな」
 撃退士の一人が呟いた──。





 了



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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―― エリュシオン ――

【jb3597】或香=マクスエイル/阿修羅/外見年齢18歳/悪魔
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エリュシオン
2013年06月12日

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