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『World picnic 〜シャーウッド〜 』
ロムルス・メルリード(ib0121)

――今から十数年前

 月上りが街を優しく照らす夜。
 すっかり眠りについた街は静寂に包まれ、穏やかな時を刻んでいた。
 リカルド・シャーウッドはそんな街中を、大きな荷物を抱えて歩いていた。その中身は、翌朝食堂で出す朝食の食材だ。
 いつもなら昼に市場で必要なものを買っておくのだが、この日ばかりは段取りが上手くいかずに材料だけ取っておいてもらっていたのだ。
「今日中に取りに行けて良かったかな」
 場合によっては日付変更も覚悟していた。それがなかったと言うだけで、少しは救いになるだろうか――とは言え、相当忙しかったのは間違いない。
 そもそもここまで忙しくなる予定はなかったのだが……。
 リカルドは小さく息を吐くと、進めていた歩みを止めた。そんな彼の視線の先には、見慣れた店の看板が1つ。
「……アリアさん、大丈夫だろうか」
 彼の言う『アリアさん』とは、旅館「海の桜亭」で看板シェフを務めるリカルドの友人、アリア・バーンスレイのことだ。
 明るく、いつも前向きで、どんな時でも笑顔で過ごす彼女。その彼女にここ数日元気がない。
 そしてそれに比例するように海の桜亭では客足が遠のき、リカルドの働く大衆食堂『らんぷ亭』に客足が増えた。
「お客さんが増えたことは素直に嬉しい。でも……」
 普段のこの時間なら、海の桜亭の厨房からは灯りが漏れている。それはアリアが必死になって料理の勉強をしているから。
 でもその灯りすら今はない。
「体調を崩している訳ではないんだよね。となると、やっぱりアレかな」
 思い当たる節はある。
 何事にも一生懸命で、常に全力で取り組んできた彼女が胸に抱えるもの。
 それはきっと――
「……ん。そうしよう」
 リカルドはそう呟くと、腕の荷物を抱え直すようにして歩き始めた。
 向かうのは今来たのと同じ道だ。
 もしかしたら荷物を取り置いてくれていた市場の人が残っているかもしれない。そしたら食材を少しだけ分けてもらおう。
 普段から人よりも大きく頑張る彼女のために。

 朝日を浴びながら軽快に鳴り響く包丁の音。それを耳に卵を割り続けるのはアリアだ。
「……調子、出ないな」
 そう零してため息を吐く彼女の脳裏にあるのは、らんぷ亭の看板シェフ・リカルドのことだ。
 リカルドは腕も確かで人望も厚い。それに加えて作る料理には優しさが溢れ、それを口にした人をいつでも笑顔にしてしまう。
 そんな彼は友人であり、アリアにとって憧れの人でもある。
「なんでリカルドさんの料理には勝てないんだろう。あたしの料理の何が彼の料理に――」
「ちょっと! そんなに卵を割ってどうするんだい!」
「え……うわっ!? なんですかこれ!」
「私が聞きたいわよ……大丈夫?」
 目の前のボールに溜まった大量の生卵。それを見詰めて呆然とするアリアの肩を、注意してくれたシェフが叩く。
 その仕草に頭を下げながら、アリアは胸の内で大きなため息を零した。
 これで何日目だろう。
 大きな失敗はないものの、どうにも調子が出ない。そのせいで小さなミスを繰り返して周りに迷惑を掛けている。
「向いてないのかな」
 アリアはそう呟くと、皆の許可をもらって厨房の外に出た。
 朝の冷たい風が頬を撫で、彼女の長い髪を揺らしてゆく。そよそよと流れる風は、普段から穏やかな雰囲気を醸し出しているリカルドを思い起こさせる。
 これまで何度となくリカルドに料理勝負を申し入れているが、アリアが勝ったことは1度もない。
 それなのにリカルドは特に努力をした様子も、アリアのことをライバル視している様子もない。
「あたしばっかりがリカルドさんをライバルだと思ってるのかな……それって、なんだか……」
 とても張り合いがなく、ムキになっている自分が馬鹿らしく思えてしまう。
「……ダメだな」
 こんなことを考えているから、ここ数日料理に身が入らないんだ。そしてその結果は店の客足に見事に出ている。
 アリアは大きく息を吐くと、その場に座り込んでしまった。そこに僅かな影が差す。
「ここで何をしているのかな?」
 聞こえた声にアリアの体が大きく跳ねた。
 聞き覚えのある穏やかな声は間違いない。この声は……
「……リカルドさん?」
 顔を上げた先に立っていたのは、困ったような、苦笑したような、そんな複雑な表情をしたリカルドだった。
 彼は意気消沈気味のアリアを見下ろすと、微かに笑んで彼女の前に腰を下ろした。
「なんで、ここに……」
 今は朝の忙しい時間だ。
 こんな時間にリカルドが来ると言うことは、何か余程のことがあったのか? そう思って彼を見ていると、彼の口から意外な言葉が零れてきた。
「自分だけが頑張ってると思っていた?」
 唐突な、そして的確な言葉に声が詰まる。
「僕も負けないように頑張っていたんだよ。でも、アリアさんがその調子じゃ、こっちもやる気が出ない」
 決して責める口調ではない。
 どこか優しくて、胸に詰まる声にアリアの視線が落ちる。
 頑張っているのは自分だけじゃない。
 その言葉に胸が締め付けられそうになる。
「あたし……っ」
「これでも食べて、元気を出して。アリアさんは元気な方が良いから」
「これ……」
 アリアの言葉を遮るように差し出されたのは、湯気の昇るヨークシャープティングだ。
 ただ焼いただけのそれには何も乗っていない。それでも鼻孔をくすぐる香ばしい匂いはアリアの食欲を誘った。
「……良いの?」
 伺う様に視線を向けると、リカルドが頷きを返す。
 それを受けて1つだけ手に取ると、勢いよく齧りついた。その瞬間、口の中に僅かな焦げの香りと柔らかな触感が広がって行く。
「……美味しい……」
 ポツリ。零した声に反応するように、頬を熱い物が流れ落ちる。
「あ、アリアさん!?」
 これにはリカルドも驚いたのだろう。
 慌てた様に手を伸ばしたかと思うと、服の袖でアリアの頬を拭ったのだ。
「ん……リカルドさん、痛い」
「ご、ごめんなさい」
 思わず笑いが零れ、リカルドが慌てて手を下げる。それを見てから手元に視線を落とすと、アリアの瞳が穏やかに揺れた。
「昔、母が作ってくれた料理と同じ……同じなの」
 リカルドは意識していないだろうが、彼が出してくれた料理が母と同じ物だった。
 そして味も母のそれに似ている。
 優しくて、温かくて、心がじんわりと溶けてゆくような、そんな味。
「あたし、何やってるんだろうね」
 リカルドに対抗心を燃やして勝手に落ち込んで、それで今はリカルドに励まされてる。
 その事実に小さく笑うと、頭に大きな感触が触れた。優しく何度も往復するそれは、リカルドの手だ。
「良いんじゃないかな。たまに迷うことも、料理人には必要なことだと思うよ」
 何度も何度も、アリアの涙が止まるまで撫でてくれる手。それを感じながら、アリアはあることを考えていた。
(なんで、こんなにもリカルドさんに対抗心を燃やしていたんだろう)
 考えてみれば、そこまで対抗心を燃やす必要はなかった気がする。ただ、リカルドが自分に興味を持っていない。
 自分はライバルに相応しくない。
 そう思っているのだと思ったら、無性に虚しくなっただけ。
(虚しくなった? なんで???)
 そこまで考えてハッとした。
「っ!」
「え、アリアさん?」
 ぼっと顔が熱を持ち、心臓が早鐘を打ち始める。
(これって、まさか……)
「あれ、顔が赤い? 大丈夫? 風邪とかじゃ――」
「うわあっ!?」
 顔を覗き込まれて飛び上がった。
 不自然な形でリカルドから距離を取り、早鐘を打ち続ける心臓に手を添える。そうして彼の顔を見詰めると、さっきよりも更に顔が熱くなるのを感じた。
「だ、大丈夫っ。風邪とかじゃないし、あの……料理ありがとう! それじゃあ、あたしは厨房に戻るから!」
 アリアはそう捲し立てると、急いで厨房に戻って行った。
 残されたリカルドはと言うと、彼女に触れていた手に視線を落として目を瞬いている。
 その心に僅かな恋心を抱いて……。

   ***

「それからは、リカルドさんのことをどんどん意識して……好きになって……幸せだったなぁ」
 そうしみじみと語るのは、40代になり母として、妻としてしっかりしてきたアリアだ。彼女の隣には同じく年を重ねたリカルドと、彼女たちの息子ネリクの姿がある。
 3人は今、リカルドの提案でピクニックに来ていた。その手にはリカルドとアリアの2人が作ったお弁当が入ったバスケットがある。
 勿論味の方はお墨付き。食べたらほっぺたが落ちそうなほど美味しいに決まっている。
 そんなお弁当に目を向け、彼女等の息子であるネリクが口を開いた。
「ねえ。そろそろ腹が空いて来たんだけど」
 ピクニックの醍醐味は散歩と会話、そして食事にある。だが先程から両親が提供するのは、散歩と会話――それも、主に2人の惚気話ばかりだ。
 普段から息子の前でこうした話をするのだが、今日は春の陽気が原因しているのではないかと思うほどに酷い。
 リカルドはネリクの言葉に空を見上げると、今の時刻を確認するように目を細めた。
「それじゃあ、この丘を登った所でご飯にしよう。ネリク、もう少し歩けるかな?」
「歩けるかな、って……当然だろ」
 苦笑気味に応えて肩を竦める。
 どうあってもこの両親は、ネリクを子ども扱いしたいらしい。だがその扱いは、ネリクが大人びているからこそなのだろう。
 もう少し傍にいて欲しい。
 そんな想いが込められているのかもしれないが、彼からすれば18歳とは言え立派な成人男子だ。そろそろ子離れしてくれてもいいのではと思ってしまう。
 それでも両親が大事なので、そうしたことは口にしないのだが……。
「そう言えば……2人は何とか料理対決でペアを組んで優勝したんだっけか? それは今の話の後のこと?」
 昔から何度も聞かされた話だが、どうにも名称が覚えきれない。
 あまりに適当な息子の言葉に目を瞬くと、アリアは言い聞かせるように彼を振り返った。
 その仕草にネリクの足が止まる。
「『裏の料理頂上決定戦』よ。そこで最優秀料理人に選ばれたの」
 リカルドさんと2人で♪ と、何故か楽しそうなアリアに、ネリクが「そうですか……」と言葉を返す。
 それを受けて苦笑すると、リカルドがネリクの問いに答えてくれた。
「最優秀料理人になったのは、付き合った後のことだね。アリアさんとの共同作業は、この時から楽しかったよ」
 この旦那にしてこの妻あり、だろうか。
 子どもを前にしても平気で惚気る辺り、なんとも居心地が悪い。それでも嫌いではないのだから困ってしまう。
 そんなことを思っていると、唐突にアリアが問いを投げてきた。
「ねえ、ネリク。あなたは好きな人いないの?」
「はあ?」
 いきなり何のとばっちりか。
 歩き出した足を再び止めて目を瞬く彼に、両親の興味津々な視線が突き刺さる。
「そろそろそう言った話が出ても良い年頃でしょ? まったくないって言うのも、お母さん心配で……」
 ほうっとため息を吐いて頬に手を当てる母親に口元が引き攣る。確かに年頃の息子に浮いた話がないのは、母親にしたら心配なのだろう。
 それでもこの問いは無いだろう。
「何でそんな話を親にしなきゃいけないんだ」
 そう応えながら、ふと脳裏を過った顔に僅かな笑みが零れる。
 強がりで、努力家で、それでいてすごく頑固な娘。幼い頃から一緒に遊ぶことのあった彼女が真っ先に浮かぶのは、なんらおかしなことではない。
 最近では仕事でも良く一緒になるし……いや、そう仕向けているのは自分だ。
 騎士になろうとその道に進んだ彼女を追って、自分もまた騎士になってしまったのだから。
「……まあ、まだ先だろうな」
 ネリクはそう零すと、小さなため息を吐いた。
 両親の惚気話を聞いているからこそ思ってしまう。
 自分の想いや相手の想いは、両親のソレとはだいぶゆっくりなのだと。そしてそのゆっくりさことが、ネリクには心地良いと思える。
 彼は目の前に敷き詰められた緑の絨毯を見上げると、先に丘を登りきった両親の元へ歩いて行った。
 そして登りきった瞬間、彼の目が見開かれることになる。
「みんな揃ってピクニックかな?」
 リカルドの声に視線を向けたネリクの目に飛び込んできたのは、丘の上に腰を下ろす一家の姿だった。
 しかもその一家と言うのが、今ネリクが思い浮かべていた娘のいる家――メルリード家。
「マジかよ」
 シャーウッド家とメルリード家は交流がある。それは幼い頃にネリクが想い人である娘と遊んでいたことからも証明できる。
 但し、ここ最近は双方の家が忙しかったからか特に交流もなかった。だからだろう、ここでの再開はネリクにしても両親にしても予想外の出来事だったのだ。
「これは久しぶりだな。元気だったか?」
 呑気に挨拶を交わす両親を視界端に置き、ネリクはメルリード夫妻の向こうに腰を下ろす娘に目を向けた。
 彼女の名前はロムルス。
 ネリクが想いを寄せる相手であり、同じ騎士だ。
「よお。最近はどうだ?」
 ロムルスは顔を真っ赤にして俯いたままこちらを見ない。そのことに首を傾げていると、ロムルスの母親の声が響いてきた。
「良ければご一緒にお茶でも如何ですか?」
 緑の絨毯に敷かれたマット。その上に置かれたお弁当と紅茶のカップに自然と目が行く。
 リカルドやアリアは勿論断るつもりなどないらしく、メルリード夫妻の提案に乗るつもりのようだ。
「俺たちも親の話に付き合うか」
 そう言って体の向きを変えた時、ネリクの袖が引かれる感覚がした。
 目を向けると、ロムルスの手がネリクの袖を掴んでいる。
「……どうした?」
 未だに俯いた顔は赤いし、言葉も出て来ない。
 それでも何か言おうとしている様子に、ネリクは彼女に向き直ると、紡がれるはずの言葉を待った。
 そして紡がれたのは、
「……よければ、向こうの景色でも見に行かない?」
 ポツリ。零された言葉に、ネリクの目が見開かれる。
 何か言い辛いことだとは想像がついていたが、まさかそう言う話だとは思わなかった。
「えっと……父さんや母さんたちの邪魔をしないように……その……」
 ダメ、かな? そう言外に、しかも上目遣いに問われて、ネリクは思わず笑みを零した。
 けれどその笑みはロムルスには見せない。
 きっとだらしなくて、かっこ悪い顔に決まっているから。
「そうだな。親たちは募る話もあるだろうし、邪魔しないように2人で行くか」
 ネリクは口元を拳で覆うと、両親を振り返って呟いた。
 その仕草にロムルスの首が傾げられたのだが、ネリクはそのことに気付いていない。
 彼は顔のゆるみが納まるのを待って視線を戻すと、彼女に向かって手を差し伸べた。
「行くか」
 まるで当たり前のことのように差し出された手に、ロムルスの視線が落ちる。そして彼女が何か言おうと口を開いた瞬間、ネリクの手が彼女の手を攫った。
「こういう時は素直に手を差出すんだよ。ほら、行くぞ」
「あ、ちょっと!」
 文句は聞かない。
 そう言いきって、強引に歩き出したネリクに、ロムルスは戸惑い気味だ。
 それでも嫌な気持ちはないのだろう。
 ロムルスはぎこちない仕草でネリクの手を握り返すと、彼の隣に立って歩き始めた。
 そんな2人の姿をリカルドやアリアなど、彼等の両親は暖かく見守っていたのだった。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib0121 / ロムルス・メルリード / 女 / 騎士】
【 ea0445 /アリア・バーンスレイ / 女 / ファイター 】
【 ea2198 /リカルド・シャーウッド/ 男 / ファイター 】
【 ib2898 /ネリク・シャーウッド/ 男 / 騎士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
大変お待たせいたしましたが、如何でしたでしょうか。
口調等、何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、お手数をおかけしましたと同時に、ご発注ありがとうございました!
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朝臣あむ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年06月17日

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