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『Promise 〜 鈴蘭の雫 〜 』
桐生 凪ja3398

1.
 季節は初夏。
 しとしとと降り注ぐ雨を、東屋の屋根の下に座り澤口 凪(ja3398)はボーっと見ていた。
 見ていた…というよりは、これからここに来る人物について色々と考えていた。
 噂を聞いた。すれ違ったりもした。
 『死んだ弟に瓜二つの学園生』
 …もしかしたら…本人…? まさか。
 最近思い出したばかりの弟の姿が脳裏によみがえる。弟の最後の姿。私のように…生きているのかもしれない。
 どこのクラスかも何もかもわからない。それでも必死に手がかりを求めた。
 できることなら会いたい。弟ならばなおさらに。
 小さな希望を打ち消すように、その人が『悪魔』であると知り合いのつてで知った。
 気落ちしたが、それでも会ってみたいという思いは変わらなかった。
 広い学園の小さな手がかりを拾い集めて、凪はようやくその人と会う約束を取り付けることができた。
 それが今日、この場所、この時だった。
 東屋のある場所は、同好会が手入れをしているらしい綺麗な庭だった。アジサイがたくさん咲き誇るその下で、鈴蘭がひっそりと咲く。
 ふと人の気配を感じて振り向くと、ニット帽をかぶった少年が傘も差さずに俯いて立っていた。
「…あ…の…?」
 凪は心臓がドキドキして、声がうまく出なかった。
 見たところ、同じ年頃の普通の少年。だけど…少年が顔をあげると、凪は息が止まりそうになった。

 そっくりな顔。まるで鏡を見ているように、少年は凪を見つめた。

 凪は、少年を手招きした。
「風邪、引いちゃうよ」
 少年は少しためらった後、東屋の下に入った。凪はハンカチを取り出すと少年に渡した。
 少年はそれを受け取り「ありがとう…ございます」と呟いた。
「…名前、なんて言うのかな?」
 凪がそう訊くと、少年はまたためらって…小さく言った。
「…颯、と名乗ってる。あいつに分けてもらう前は、名前なんてろくに持ってなかったから」
 颯(jb2675)…弟の名前に似ている。だけど、別人だ。
 聞きたいことがたくさんあった。
 だけど、今は濡れてしまった颯の体が心配だった。


2.
 颯は凪から受け取ったハンカチを見つめていた。濡れた体もそのままに。
 どうして拭かないんだろう?
「…風邪、引いちゃうよ?」
 もう一度凪が言うと、颯はようやく濡れた手を拭きだした。
 凪は、颯を見つめた。弟が今ここにいるような錯覚を覚えた。
 悪魔だと聞いていたのに羽がない。凪は少し迷って、思い切って訊いてみた。
「颯…くんは、本当に悪魔なの?」
 凪のその言葉に、颯はぴたりと動きを止めた。そして、小さく頷いた。
「うん。羽、見る?」
 凪は首を振った。見たら、いけない気がした。
「…冥界って、どんなところ?」
 疑問は凪の口をついて出る。目の前の颯が本当に弟ではないのかを確認するかのように。
「どんな…殺伐としてて嫌なところだ。でも、あそこにいた時はそんなこと思いもしなかった。…最初は、人界の偵察できてたんだ。その時にたまたま会った。『あいつ』…あなたの弟に」
 思いもよらぬ言葉に、凪は動揺した。おと…うと??
「いつ…? 私、知らない…」
 いつの間にか黒兎のぬいぐるみ鞄をぎゅっと抱きしめて、凪は訊ねた。
「いつ…かは覚えてない。あいつが小さい頃。その頃も俺はこの姿だったけど、初めて会ったのに初めて会った気がしなかったよ。それくらい僕らは似てた。それでいつの間にか、な」
 颯は遠い思い出を語るように、でも、どこか苦しげだった。
「ほんとに僕らはとんでもないことをしてたと思う」
 その言葉は重く、凪は目を伏せた。
 『とんでもないこと』…それは、悪魔の襲撃のことに違いなかった。そして、その中に凪の住んでいた故郷が含まれるであろうことも…。
「でも、なんで久遠ヶ原にきたの?」
「あいつに、頼まれて、約束したんだ。『片割れを守って』…ってさ」
 凪は聞くのが怖かった。だけど、聞かないと後悔しそうだった。
「…私のこと、知ってたの?」
 息をのむ音が聞こえ颯は小さいけれど、しっかりとした声で答えた。
「知ってた。あいつに双子の姉さんがいるって聞いてたから。でも俺の顔見たら…あなたは…あいつのことを思い出して、苦しむかも知れなくて…だから会わない方がいいってずっと…思ってたんだ」
「『まも…って…』って…」
 凪の声がかすれた。喉がカラカラで次の言葉がうまく出てこない。
 そのかわり、凪の瞳からぽたりと涙が落ちた。
 そんなこと知らなかった。あの日のことすら、ずっと記憶の底に押し込めていた。
 ずっと続くと思っていた幸せな時と、弟の最後の笑顔と、動かなかった最期の姿と…。
 涙が止まらなくて、凪は声を押し殺した。
 それでも、思いは止まらずに凪は颯に訊いた。
「…ね、少しだけ良いかな?」
 颯の答えを待たず、凪は颯を抱きしめた。


3.
「…こんなことしても、しょうがないのかもしれないけど…」
 凪はぽろぽろと流れる涙をそのままに、ぎゅっと颯を抱きしめる。颯は瞬間驚いたようだったが、振りほどいたりはしなかった。
「…もっと、もっと一緒に生きたかった…」
 記憶が、思いが、堰を切ったように溢れ出す。
「…ずっと一緒に遊んだり喧嘩したりしたかった…」
 2段ベッドでおしゃべりしたあの夜が、最後になるなんて…ずっと会えなくなるなんて思いもしなかった。
 そして、そのことを忘れてしまっていたなんて…。
「忘れててごめん。守れなくて…ごめんね。お姉ちゃんなのに、守れなかった。ごめんね…ごめん…ね…」
 後悔しても、あの時は戻らない。これがただの自分のための懺悔の涙だとわかっていた。
 だけど、弟の思いを受け取ってくれた人がいて、自分が記憶を取り戻したことも、颯くんがこの学園に来たことも、私と颯くんが出会えたこともきっと偶然ではないと思った。
 だから、もう迷わない。あの時の悲劇を繰り返させたりはしない。
「強くなるから…もう、大切なものを失わないように守るから…」
 凪の涙が止まるまで颯はじっと動かず、ただ黙って凪の言葉を聞いていた。
 時々しゃくりあげる凪の髪を、颯は優しく撫でた。
 温かなぬくもりが、静かに降る雨の中で唯一の優しさだった。

 ひとしきり泣いて、凪は颯から離れた。
「ごめ…とり乱しちゃ…て…」
 凪がそう言うと、颯は先ほど凪から借りたハンカチの折り目を変えて手渡した。
「俺が拭いたとことは別のとこだから、これで涙拭くといいよ…」
 きょとんとした凪に「あ、ちゃんと洗って返すから」と颯は慌てて付け加えた。
「…ふふっ」
 思わず凪の口から笑いがこぼれる。
「ありがとう。でも…大丈夫だよ。もう、大丈夫」
 微笑むことができた。もう大丈夫だと思った。
 この思いは忘れない。だけど、きっともう前を向いて行ける。
 私には守るべきものがあるから。
「大丈夫…か」
 颯はそう言うと少しだけホッとしたように微笑んだ。


4.
「颯くんは、学園楽しいかな?」
 凪が唐突にそう訊くと、颯はちょっとびっくりしたようだった。
 けれど、すぐにはにかんだ笑顔を見せた。
「うん。楽しい。友達もできたし、大切な人もできた。冥界では…絆っていうのか? こういうのはなかったから、すごく楽しいんだ」
「そっか…。颯くんにも大切な人がいるんだ」
 嬉しかった。弟の思いを受け取ってくれた人が、今を生きていてくれることが。
「どんな人?」
 凪にとっては何気なく聞いた質問だった。けれど、颯はワタワタとし始めた。
「俺の大切な人は…その…あなたも会ったことのある人で…」
 顔を赤くし颯は目を逸らす。どうやらこれ以上口にするのは恥ずかしいようだ。
「…あ…」
 思い当たる女の子の顔が浮かんだ。おそらく彼女だ。颯のことを教えてくれた…。
「そ、そう…なんだ」
「そう…なんだ」
 しばらくの沈黙ののち、2人は同時に吹き出した。
 知らないうちに、共通の知り合いがいたことにびっくりした。
 世界は広いのに、いつの間にか繋がっている。それがきっと大切なこと。
「私も…大切な人がいるんだよ。この竜胆のイヤリングをくれた人。とっても大切な人…」
 耳に揺れるイヤリングを凪は、無意識に触った。大切な人がくれた大切な宝物だ。
「私、きっと守るから…」

 雨がいつの間にか上がっていた。雲の切れ間から太陽の光が漏れだす。
「また、会ってもいいかな?」
 凪が笑顔でそう訊くと、颯は笑顔で頷く。
「あなたさえよければ」
 少しだけ引っかかっていたことを、凪はお願いをすることにした。
「今度会う時は『あなた』はやめようよ? 『凪』でも『凪さん』でも『凪ちゃん』でも呼びやすいので呼んでくれないかな? 私は…颯くんって呼んでていいかな?」
 少し困った顔をした後、颯は「考えとく」と笑った。
 2人は東屋で別れた。でも、きっとまた会える。いつでも。

 忘れはしない。けれど、私は前を向いていく。
 約束しよう。
 この鈴蘭のように小さな存在かもしれないけれど、私は、私の大切なものを守っていくと…。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 ja3398 / 澤口 凪 / 女 / 14歳 / インフィルトレイター

 jb2675 / 颯 / 男 / 14歳 / ナイトウォーカー

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 澤口 凪 様

 こんにちは、三咲都李です。
 このたびはご依頼ありがとうございました。
 弟さんに似た颯様との出会い、過去との決別。
 少しでもイメージに近いものになっていたら幸いです。
鈴蘭のハッピーノベル -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年06月13日

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