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『Promise 〜 鈴蘭の雫 〜 』
jb2675

1.
 季節は初夏。
 『彼』の姉である『彼女』から…と恋人は一通の手紙を颯(jb2675)に渡した。
「そっくりだったよ」
 恋人の言葉に、颯は「うん」と頷いた。
 知っていた。知っていたから、今まで会わないようにしてきた。
 だけど『彼女』の方から颯にコンタクトしてきた以上、もう逃げられなかった。
 手紙には日時と場所を指定して『待っています』と可愛い文字で書かれていた。
 すべてを話す覚悟が必要だった。『彼女』が知りたい全てのことを打ち明ける。
 気は重かったが、約束だった。ずっと昔の約束。とても大切な…。
 外はしとしとと降り注ぐ雨。颯は羽を広げると真っ直ぐに約束の場所へと向かった。雨に濡れるくらいどうってことなかった。
 約束の場所から少し離れたところに降り立って、羽根をしまった。
 美しく整備された庭園、アジサイの花が鮮やかに咲いている向こう側に小さな東屋が建っている。
 その下に『彼女』はいた。ウサギのぬいぐるみのようなものを抱き、雨を見上げていた。
 『彼女』の名は知っている。澤口 凪(ja3398)。
 『彼』とそっくりの顔だが、長い髪をツインテールにして女の子らしい少女だった。
 雨が降る。ずっと遠くから見ていた。本当に話しかけてもいいんだろうか? 本当に、会ってもいいのだろうか?
 そんな交錯する思いは、ふいに断ち切られた。
 凪が、こちらを向いたのだ。
 思わず顔を伏せてしまった。覚悟は決めてきたはずだったのに、いざ顔を合わせると思うと頭の中が真っ白になった。
 こんなこと、冥界にいた時にはなかったのに…。
「…あ…の…?」
 凪が不安そうな声で尋ねる。それは、颯に向けられた言葉。
 颯は小さく深呼吸をすると…顔をあげた。凪が息をのんだのがわかった。

 そっくりな顔。まるで鏡を見ているように、凪と颯は見つめ合った。

 凪が、颯を手招きした。
「風邪、引いちゃうよ」
 颯は少しためらった後、東屋の下に入った。凪がハンカチを差し出してきた。
「ありがとう…ございます」
 受け取ったが、使っていいのか判断がつかない。柔らかくて白いハンカチを使ったら汚れてしまいそうだと思った。
「…名前、なんて言うのかな?」
 凪がそう訊くと、颯はまたためらった。名前を聞いたら…彼女は何と思うのだろう?
 けれど、答えないわけにはいかず小さく言った。
「…颯、と名乗ってる。あいつに分けてもらう前は、名前なんてろくに持ってなかったから」
 颯はそういって凪を見る。凪は感慨深そうにしていたが、どこか寂しげな表情だった。
 なんとなく、『彼』を思い出しているのではないかと…そう思った。


2.
 颯は凪から受け取ったハンカチを見つめていた。濡れた体を拭く気にはならなかった。
「…風邪、引いちゃうよ?」
 もう一度凪に言われ、颯は濡れた手だけを拭いた。借りたのに使わないのも変かと思ったからだ。
 凪は少し複雑そうな顔で…それでもホッとしたようだった。
「颯…くんは、本当に悪魔なの?」
 凪のその言葉に、颯はぴたりと動きを止めた。そして、小さく頷いた。
「うん。羽、見る?」
 凪は首を振った。
「…冥界って、どんなところ?」
 凪の質問は唐突だった。けれど、颯は答える。義務…それは自分に課した罪の償い。
「どんな…殺伐としてて嫌なところだ。でも、あそこにいた時はそんなこと思いもしなかった。…最初は、人界の偵察できてたんだ。その時にたまたま会った。『あいつ』…あなたの弟に」
 凪の動揺が颯にも伝わった。知らせない方が良かったのか?
 でも、これは知らせなければいけないこと。『彼』との約束。
「いつ…? 私、知らない…」
 黒兎のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、凪は訊ねる。顔色が少し悪い。
「いつ…かは覚えてない。あいつが小さい頃。その頃も俺はこの姿だったけど、初めて会ったのに初めて会った気がしなかったよ。それくらい僕らは似てた。それでいつの間にか、な」
 颯は遠い思い出を語る。あのときに戻れたならどれだけいいだろうかと、今でも思う。
 『彼』を助けることだってできたのかもしれない…と。
「ほんとに僕らはとんでもないことをしてたと思う」
 その言葉に、凪は目を伏せた。反省の言葉で死んでしまった人は戻ってこない。過去は過去のまま。
「でも、なんで久遠ヶ原にきたの?」
「あいつに、頼まれて、約束したんだ。『片割れを守って』…ってさ」
 約束。『彼』と俺の約束。それを、伝える時が来た。
「…私のこと、知ってたの?」
 凪の顔が今にも泣きそうで、颯は息をのんだ。
 けれど颯は小さくはっきりとした声で答えた。
「知ってた。あいつに双子の姉さんがいるって聞いてたから。でも俺の顔見たら…あなたは…あいつのことを思い出して、苦しむかも知れなくて…だから会わない方がいいってずっと…思ってたんだ」
「『まも…って…』って…」
 凪の声がかすれた。次の言葉がうまく出てこないようだった。
 そのかわり、凪の瞳からぽたりと涙が落ちた。
 颯は何も言えなかった。言う権利なんてなかった。
 これで本当に良かったんだろうか? また、その疑問が頭をよぎる。
 今の凪の姿を見て、後悔した。言わない方が…よかったのではないかと。
 凪は声を押し殺して泣いていた。
 すると、凪は颯に訊いた。
「…ね、少しだけ良いかな?」
 颯の答えを待たず、凪は颯を抱きしめた。


3.
「…こんなことしても、しょうがないのかもしれないけど…」
 凪はぽろぽろと涙を流しながら、ぎゅっと颯を抱きしめる。
「…もっと、もっと一緒に生きたかった…」
 それは、颯に向けられた言葉じゃなかった。
 『彼』だ。凪は『彼』を俺の中に見ているんだ。
「…ずっと一緒に遊んだり喧嘩したりしたかった…」
 『彼』と『彼女』の幸せだった時を壊したのは、間違いなく自分の同胞たち。
 自分たちさえいなければ、『彼』も死ななかったはずなのだ。
「忘れててごめん。守れなくて…ごめんね。お姉ちゃんなのに、守れなかった」
 凪の後悔する気持ちが強く感じられた。胸が痛い。これが…人の心。
 奪われたものが感じる虚脱感と後悔と自責の念。
 あなたのせいじゃない。悪いのは…悪いのは……!
「強くなるから…もう、大切なものを失わないように守るから…」
 凪の涙が止まるまで颯はじっと動かず、ただ黙って凪の言葉を聞いていた。
 時々しゃくりあげる凪の髪を、颯は優しく撫でた。
 その涙で凪の心が守れるのなら、俺にはこんなことしかできないから…。
 温かなぬくもりが、静かに降る雨の中で唯一の優しさだった。

 ひとしきり泣いて、凪は颯から離れた。
「ごめ…とり乱しちゃ…て…」
 凪がそう言うと、颯は先ほど凪から借りたハンカチの折り目を変えて手渡した。
「俺が拭いたとことは別のとこだから、これで涙拭くといいよ…」
 きょとんとした凪に「あ、ちゃんと洗って返すから」と颯は慌てて付け加えた。
 とはいえ、俺が使ったようなハンカチを使わせるなんて失礼だろうか?
「…ふふっ」
 思わず凪の口から笑いがこぼれる。
「ありがとう。でも…大丈夫だよ。もう、大丈夫」
 凪は微笑んだ。その顔には、先ほどまでの後悔の表情は見られなかった。
 涙は、凪の心から後悔と苦しさを流していったのだと思った。
「大丈夫…か」
 颯はホッとしたように微笑んだ。
 少しだけ、心が軽くなった気がした。


4.
「颯くんは、学園楽しいかな?」
 凪はまた唐突にそう訊いた。颯はちょっとびっくりしたが、すぐに微笑んで答えた。
「うん。楽しい。友達もできたし、大切な人もできた。冥界では…絆っていうのか? こういうのはなかったから、すごく楽しいんだ」
「そっか…。颯くんにも大切な人がいるんだ」
 凪は嬉しそうに笑った。
 その笑顔が一体何を思ってのことかは颯にはわからなかったが、ただ今笑ってくれることが嬉しかった。
「どんな人?」
 思わぬ質問だった。ど、どう答えたらいいんだろう? ちょっと混乱した。
「俺の大切な人は…その…あなたも会ったことのある人で…」
 顔を赤くして颯は目を逸らした。これ以上口にするのは、どうしても気恥ずかしくて…。
「…あ…」
 凪が小さく声を漏らした。何か思い当たったのかもしれない。
「そ、そう…なんだ」
「そう…なんだ」
 しばらくの沈黙ののち、2人は同時に吹き出した。
 広い学園の中で距離を置いているつもりだったけれど、学園は広いようで狭かったのだ。
「私も…大切な人がいるんだよ。この竜胆のイヤリングをくれた人。とっても大切な人…」
 耳に揺れるイヤリングを凪は、触った。キラキラ揺れるそれは、凪の耳にとてもよく似合っていた。
「私、きっと守るから…」
 そう言った凪の言葉が、強く颯の耳に残った…。

 雨がいつの間にか上がっていた。雲の切れ間から太陽の光が漏れだす。
「また、会ってもいいかな?」
 凪が笑顔でそう訊いたので、颯は笑顔で頷く。
「あなたさえよければ」
 凪は、少し困ったような顔をしてから颯にお願いをした。
「今度会う時は『あなた』はやめようよ? 『凪』でも『凪さん』でも『凪ちゃん』でも呼びやすいので呼んでくれないかな? 私は…颯くんって呼んでていいかな?」
 少し困った顔をした後、颯は「考えとく」と笑った。
 2人は東屋で別れた。
 なんだか肩の荷が少しだけ降りた気がした。

 でも…まだ言えないことがあった。
 それは鈴蘭についた雫のように颯の心に重くのしかかる。
 いつかは言わなければならない。でも、今はその時じゃない。

 幸せであれ。幸せであれ。
 今は、前を向いて凪が幸せであることを願う。
 『彼』の分まで…。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 ja3398 / 澤口 凪 / 女 / 14歳 / インフィルトレイター

 jb2675 / 颯 / 男 / 14歳 / ナイトウォーカー

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 颯 様

 こんにちは、三咲都李です。
 このたびはご依頼ありがとうございます。
 いただいたプレイングとキャラシートの口調の違いで少々イメージが違うものになっている可能性があります。
 一応『慣れてくると…』の方の口調にしてありますが、二人称だけ『あなた』になってます。
 それと、プレイングに書いていただいたセリフをそのまま使用しているところがありますので一人称が『僕』のところがあります。
 リテイクが必要でしたら、お手数をおかけしますが申請のほどよろしくお願いいたします。
鈴蘭のハッピーノベル -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年06月13日

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