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『桜月の夜 』
華表(ib3045)

 ひらひらと舞い落ちる桜。闇夜に灯る月明かりに照らされて、それらが薄らと浮かび上がる。
 華表は幻想的なその景色を、一際大きな桜の樹の下で眺めていた。
「……凄いなぁ」
 ほう、っと零した息が風に攫われる。
 此処は神楽の都から僅かに離れた場所にある桜の名所だ。
 長く続く道の両側に桜が植えられ、実に見事な桜並木となっている。桜並木の直ぐ傍には幾つもの店があり、今は桜が見頃と言う事もあって、楽しげな屋台もそれらと一緒に並んでいた。
 華表はそれらを眺めながら待ち人が来るのを待っているのだが、ふとある物が目に飛び込んでくる。
「あ、あの方の持っているのは……」
 目についたのは小さな子供だ。身長や顔立ちからして華表と同じくらいだろうか。
 母と手を繋ぎながら歩く手とは逆の手に、りんごを飴で包んだ菓子が握られている。
「ああしたお菓子も売っているんですね」
 屋台ではいろいろな菓子や飲み物が売られている。中にはこの季節にしか手に入らないような、珍しい菓子も。
「皆様、楽しそうです」
 活気があるのは良いこと。そう笑みを零すのだが、不意にその表情が曇った。
 先程から目に飛び込んで来る仲睦まじい親子の姿。それらを見ていると、胸の奥がザワついてくる。それが何故なのか、華表にはよくわかっていった。
 だがこればかりは如何にもならない感情。
 1人声を殺して泣く夜もあるが、今はその様な時ではない。
 華表は熱くなった眼を擦ろうとして、ハタと動きを止めた。
「すまない、遅れた」
 待ち人の天元征四郎が来たのだ。
 彼はいつの間に接近していたのか、華表の前で足を止めると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ん? 何かあったか?」
 顔を上げた征四郎と華表の目が合って、開口一番でそう問われてしまった。
 きっと情けない顔をしていたに違いない。
 心配そうに首を傾げる彼に、慌てて首を横に振る。そうして着物の袖で目元を拭うと、いつものように微笑んで彼の顔を見上げた。
「今日はお忙しいのに来てくださって、ありがとうございます。えっと……」
 そう言って先の言葉を探す。
 彼が来るまではいろいろと言葉を考えていたのだが、実際に本人を前にすると、どうしても言葉が出て来ない。
 そんな華表に気付いたのか、征四郎は彼に手を差し伸べると、見事なまでに咲き誇っている桜を見上げた。
「今日は月も見事だ……桜と一緒にそれらを見れる場所がある。移動するぞ」
 そう言って遠慮なく華表の手を取る征四郎は、憧れの人物だ。
 華表は巫女として開拓者になる前、志士に憧れて刀を取ったことがあった。けれど彼にあったのは志士としての資質ではなく、巫女としての資質。
 結果、彼は志半ばで刀を降ろし、巫女になる道を選んだ。
 だからだろう。
 彼の征四郎への憧れは、他の誰よりも強い。
 そしてそんな征四郎に手を取られた彼は、現在緊張の真っただ中だった。
「……て、天元様、少しだけお待ち下さい」
 慌ててあげた華表に合わせて征四郎の足が止まる。そのことに頭を下げて顔を見上げると、征四郎の不思議そうな表情が飛び込んできた。
「お団子か何かを買って行こうかな、と……天元様が必要でしたらお酒も」
 花見や月見と言えばお団子や菓子がつきものだ。
 花より団子になってしまっては困るが、少しなら問題はないだろう。それに綺麗な景色を眺めながら食べる食事は格別に美味しい。
「駄目……でしょうか?」
 伺い気味に向けた視線に、征四郎の目が周囲の店へと飛ぶ。それを緊張の面持ちで眺めていると、突然彼の足が動いた。
「うわっ!」
 手を繋いだままの行動なので、征四郎の動きに合わせて華表の腕が引っ張られる。
 なんとか歩き出したものの、その足取りは不安定だ。
「天元様、どちらへ!」
 何度か転びそうになりながら、慌てて声を紡ぐ。それに振り返ると、征四郎の歩調が唐突と言って良いほど緩められた。
「……すまない。歩くのが早すぎたな」
 そう言いながら息を吐く姿に目が瞬かれる。
「妹相手だと大人しく付いて来ると言う事がなかったので、つい……転びはしなかったか?」
「転んではいませんが……」
 転んでも気付いてくれないのだろうか。
 そんなことが頭を過って思わず吹き出してしまう。
 そう言えばこの人は、剣の腕こそ一流と言われているのに、何処か抜けた所がある。しかもそれに本人が気付かず、全てにおいて真面目に返事をするから更におかしなことになるのだ。
 華表は笑みを隠すように咳払いをすると、近くの出店を指差した。
「天元様。そこのお団子が美味しそうです」
 ほかほかと湯気の昇る団子の山。
 確かに華表の言う様に美味しそうな匂いがしてくる。
 征四郎はそれらに目を向けると、今度は手を放して出店に向かった。そうして買い求めた団子を持って再び歩き出す。
「月見の場所まではもう少しだ。歩けそうか?」
「はい、問題ありません」
 そう言って笑った華表の頭上には、煌々と照る丸い月と、それに照らされる満開の桜が美しく咲き誇っていた。

   ***

「あ、あの……本当に良いのでしょうか?」
 オロオロと足を止めた華表の手には、桜並木で征四郎に買って貰った甘酒ともふらの面がある。
 それらを胸に抱く様に手を動かすと、彼は目の前に在る立派な道場を見上げた。
「まだ完成している訳ではないが、中に入る分には問題ない。確か、床板を敷いている途中だった筈だ」
 そう言いながら征四郎は道場の扉を開く。
 此処は征四郎が神楽の都に建てたと言う天元流の道場。まだ完成していない道場は、時間のせいもあってか人の姿はない。
 華表は征四郎の「道場を見てみるか?」の言葉に頷いて着いてきた。だが、本当に良かったのだろうかと言う想いが強い。
「あの、やはりわたくしは――」
「ああ……やはり床板がまだだな」
 聞こえた声に言い掛けた言葉が途切れる。
 征四郎が道場の中に明かりを灯したのだろう。零れる光の中から、半分くらい床板が張られた道場の中が見える。
「うわぁ……凄く広い」
 先程までの不安は何処へやら。
 実際に目にした道場の中に、華表の中にある好奇心が顔を出す。それが顔にも現れ出したころ、征四郎が道場の入り口から顔を出した。
「来い」
「え、でも……」
 完成間近とは言え床板が敷かれていない道場に上がって良いものか。
 そんな不安が過るが、一度浮かんだ好奇心の前では、その思いは無力だった。それ以前に、そうした不安を遮るように、征四郎の手が彼を道場に引き入れてしまったのだ。
「床板が張られた場所に立てば問題ない」
 そう言いながら自らの隣に立たせる。
 そうして道場を見回すと、彼の横顔に誇らしさと憂いが見えた。道場主となる彼の心の内はわからない。
 それでも見えた表情が、此処までの道程が平たんではなかったのだと知らせてくる。
「……天元様は、この道場の道場主になるのですか?」
「ああ……それと同時に天元流の師範にもなる予定だ」
 コクリと頷いた彼に「そうですか」と小さく言葉を返す。
 憧れの人の活躍の場が広がるのは嬉しい。
 けれど忙しくなればそれだけ話をする機会も減ると言うことになる。そうなれば今日のように時間を取って何処かに行ってもらう言うことも、月見を一緒にすると言うこともなくなってしまうだろう。
 けれどそれらは自分の都合だ。
「……頑張ってくださいね」
 華表は寂しい気持ちを隠すように笑うと、征四郎の顔を見上げた。
 それを受けて征四郎の眉が僅かに動く。
「天元様?」
 突如目の前で抜かれた刃に華表の目が瞬かれる。
 そして柄の持つ手が華表に寄せられると、彼は更に驚いたように征四郎と彼の刀を見比べた。
「興味はないか?」
「え」
 思わぬ言葉に目を見開く。

――興味がないか?

 そう問われて浮かぶのは、かつて志した志士への気持ちだ。
 道場に足を運ぶ道中、ずっと指導が受けられたらと思っていた。けれど、まさか……
「良いのですか?」
 問いと同時に取られた手。そこから甘酒とお面が取られると、それらの代わりに風の宝珠が埋まる刀が納まった。
「うわ……重い」
 じんわりと腕に伝わる重みに、思わず声が漏れる。
「真剣は少しなら持ったことがありますが、これはそれよりも遥かに重いです!」
 見た目は細身で軽そうなのに、何故こんなにも重いのか。
 そう目をパチクリさせる華表の腕を取って、征四郎は刀の持ち方を教えてゆく。そして腕を大きく振り上げる仕草をさせると、こう囁いた。
「この刀は俺が師範――否、父から受け継いだ物だ。代々の天元流跡取りに渡される」
「天元流の跡取りに……」
 それはつまり天元の家に代々伝わる代物と言うことだろう。それを手にして指導を受けている。
 その事実に華表の胸がじんわり熱くなる。
「良いか。このまま刀を振り下す……但し、刀の重さに振り回されるな。下すのは自らの意思……他の何者でもない、自分自身の力で振り下ろすんだ」
「自分自身……わたくしの力で……」
 コクリと頷くと、征四郎の手が離れてゆく。
 此処からは自分の力で刀を振り下さなければいけない。
 掛かる刀の重みに小さく腕が震えている。直ぐにでも限界が来そうだが、征四郎の言葉がそれらを抑え込んでいた。
「何者でもない……わたくしの力で……」
 きゅっと唇を引き結び――
「――えいっ!」
 ブンッと風を切る音が響き、床に着く寸前で刃が止まった。
「! 出来た……征四郎様、わたくしにも出来ました!」
 言われた通りに、自分の力で刀を振り切った。
 その事実に興奮して振り返ると、征四郎の満足げな表情が飛び込んで来る。
「華表は筋が良いな……良ければ道場開講後にまた来ると良い。その時は遠慮なくしごいてやる」
 そう言って笑んだ彼に、華表は頬を紅潮させながら頷き、溢れんばかりの笑顔を零したのだった。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib3045 / 華表 / 男 / 10 / 巫女 】
【 iz0001 / 天元 征四郎 / 男 / 18 / 志士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
大変お待たせいたしましたが、如何でしたでしょうか。
口調等、何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
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舵天照 -DTS-
2013年06月14日

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