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『見守り隊〜初陣〜 』
最上 憐 (gb0002)

●初めての仕事
 2018年、春。UPC本部にて――

「‥‥ん。これで。よし」
 かなりコンパクトに纏まった旅荷を押さえて、最上 憐 (gb0002)は言った。
 スーツケースひとつ分の荷だ。
 覚醒せずに片手で持ち上げてみる。大丈夫、軽いとは言い難いが決して負担になる重さではない。
「うぅ、足りなくなったらどうしましょう‥‥」
 着替えに日用品、小間物や筆記具、それから食料とおやつ。
 床いっぱいに広げられた雑多なそれらを、高城 ソニア(gz0347)が座り込みめそめそと紙袋に詰めている。
 憐とて、念の為にと思いつく限りの生活用品を持ち込もうとした新人看護士の気持ちも解らなくはない。しかし消費紛失に備えてと大量に持ち込もうとするのは、いくらなんでも無駄過ぎた。
「‥‥ん。平気。問題ない。よ?」
 屈みこんで言うと、恨めしげな視線を向けられた。
「せめて下着は多めに持って行きたかったです‥‥」
「‥‥ん。洗い替えがあれば。充分」
 憐はあっさりしたものだ――というのも、二人が向かおうとしているのはバグア施設跡なのだが、洗濯できないほどの激しい戦闘は行われていないからだ。寧ろソニアの要望通りに荷造りしていては、移動の負担になりかねない。
 荷は必要最低限に抑えておく方が望ましい。生きる上で最低限必要なものは何か、長年傭兵を続けて来た憐はそれを熟知していた。
 食料を詰めた紙袋を未練がましく抱え込んでソニアが言う。
「師匠〜 きっと、おなかが空きますよ?」
 ね? と説得したそうに念押しするソニアに憐は頷いた。いまやソニアの身長を越えた育ち盛りの憐、食欲はカンパネラ学園在学中以上の旺盛さだ。彼女も食料は用意してはいたが、何せ人並以上の大食だけに食料は多いに越した事はない。
「‥‥ん。この食料は。移動中に。消費しよう」
「良かった♪ 久々にキアラのマドレーヌを買ってきたんですよ」
 そう言って、ソニアはお茶は何がいいですかと微笑した。
 まだ何処か旅行気分が抜け切っていないようだ。しかし緊張し過ぎるよりはマシというものだ。

 さて、今回の仕事は戦地での医療活動――を行う新米看護士の護衛である。
 新米看護士の名は高城ソニア。終戦後に医療の道を志した能力者で、戦時中の実戦経験は、ない。
 憐は彼女の護衛役であると同時に実はこの護衛の依頼人でもあった。

「初仕事を、師匠とご一緒できて嬉しいです」
 初めて派遣される一介の新米看護士を護衛するという、ピンポイント過ぎる依頼。それが憐の心遣いだという事はソニアも気付いている。
 いつも見守ってくれていた憐。カンパネラで過ごした3年間、卒業後の5年間――ソニアが遠回りしながらも能力者であり続けられたのは、憐をはじめ見守ってくれた傭兵達あっての事だ。殊に憐は影になり日向になり、いつもソニアを助けてくれていた。
「‥‥ん。偶に。キメラが出るから。気をつけてね」
 戦争終結から5年半の歳月が経っていたが、未だ戦争の爪跡は色濃く残されていた。
 二人が向かうのは、かつてバグアが秘密裏にキメラ研究施設を置いていた場所だ。現在年単位で解体作業中で作業員の多くは一般人、つまり然して危険度は高くないと判断されている地域だったが、最近、開発中途のキメラが隠し部屋から多数発見されたとの報告があり、別途傭兵達が探索駆除に向かっているはずであった。
「キメラ‥‥食用でしょうか」
 ソニアが突拍子もない事を言い出したのは、かつて遭遇したキメラが悉く可食キメラだったが故の先入観だ。マドレーヌの封を開けながら暢気に首を傾げている。隣の座席で紙袋をごそごそしながら憐が言う。
「‥‥ん。大丈夫。障害は。全て。私が。排除する。ソニアは。自分の。仕事に。専念して」
 何故か憐がキメラを食い尽くす図を想像して、ソニアはくすくす笑った。
「ふふ、師匠がそう言ってくださると、心細さも緊張も、薄れてゆく気がします」
 いつもと変わらない。それが如何に貴重で有難い事か。
 初仕事の不安も、戦地に対する恐怖も、憐と一緒なら乗り越えられそうな気がする。容姿は成長すれど、もぐもぐしている憐の様子はいつもと変わらなくて。
 いつも通りの師匠。だからソニアは安心できる。
「私に出来る事を、頑張りますね! ‥‥っん、くっく‥‥!」
 突然機体が揺れて、マドレーヌの欠片を詰まらせたソニアに、慌てず騒がず憐は飲み物を差し出した――うん、いつも通りの展開だ。

●新米看護士奮戦記?
 現地に到着して早々、ソニアの顔は引き攣った。
「え、私一人で‥‥ですか!?」
 いると思い込んでいた医療スタッフが一人もいなかったのだ。施設解体作業員達は怪我をすれば各自が応急処置で済ませていたそうで、彼らに「専門家が来てくれて助かりました」などと言われても新米看護士どうすれば良いのかわからない。
 施設内にある解体前の医務室を割り当てられて、ソニアは途方に暮れた。
「うぅ、どうしましょう師匠‥‥私『先生』なんて言われちゃいましたよ‥‥」
「‥‥ん。とりあえず。落ち着こう。ご飯。貰ってくる」
 憐はマイペースだ。荷物を置くや食堂目指して出て行った。
 ソニアは溜息ひとつ。何せ地元の人達の思い込みは凄まじかった。医療関係者は一律専門者扱い、看護士と医師の区分がない上にソニアに対しては能力者という先入観の万能補正まで掛かっている始末。
(あの人達、絶対私のこと神の手を持つ天才外科医みたいに思っていますよ‥‥)
 当のソニアは看護学校を出たばかりで頼りなげな小娘なのに、おどおどした様子さえ「さすがインテリさん、品が良い」などと褒めるのだ。なまじお世辞とは無縁の素朴な人々なだけに本気でそう思っているのが伝わって来て、どうにも居た堪れない。
 頭を抱えて呻いていると、憐が巨大な寸胴鍋を載せたカートを押して戻って来た。
「‥‥ん。ご飯だよ」
「‥‥あ、師匠‥‥私、今は」
 プレッシャーで胃が潰れそうだ。食事どころでは、ない。
 カレーの香りが医務室に充満してゆく。視線を落としたまま、しょんぼり座り込んでいるソニアに憐は更に勧めた。
「‥‥ん。とりあえず。吐いても。良いので。食べられる時に。無理矢理にでも。胃に収めて」
 傭兵経験の豊富な憐は知っていた。戦場では食事どころではない場合も、ままある。だから食べられる内に食べておかねば、いざという時に動けなくなる。
 ソニア、と憐は勧めた。
「‥‥ん。ソニア。学生時代。カレーを。飲む。練習を。活かす時だよ」
「師匠‥‥」
 カレーは飲み物。そう教えられて必死に飲み干した学生時代、思い出す練習の日々――憐を見上げたソニアは涙目で頷いた。

 結局その時のカレーの殆どは憐が飲んだ訳だが――とにかく翌日からソニアは食事どころではなくなった。
 医務室へ、作業員達が「自分達で処置するより専門家に診て貰え」とばかりに入れ替わり立ち替わりやって来るのだ。その大半は簡易な処置で済ませられるものばかりだったが、中には病気の家族を連れて来る人やら人生相談を持ちかける人までいて、何だか孤島に診療所を開いた医者のような状態でソニアは必死に働いた。
 護衛の名目で身近にいる憐もすっかり医療スタッフだ。傭兵仕込みの処置は的確だったし、時には年配者の相談にも乗ってやる。
「‥‥ん。生きていれば。失敗は。挽回出来る。よ?」
「ありがとよお嬢ちゃん、元気が出て来たぜ!」
 そんなこんなで慌しく過ごしていたのだが、おそらく本来の支援相手だろう傭兵達がやって来る気配はない。
 怪我がないのは良い事だし怪我しないに越した事ないのだが、それにしても。
「あのう、野良キメラ駆除の傭兵さん達は、お元気ですか‥‥?」
 医務室に閉じ込められて日々診察を繰り返していたソニアが外の様子を尋ねると、憐は小首を傾げて、答えた。
「‥‥ん。無事。キメラの駆除。済ませて帰った。よ」

「え? 師匠、今日何日ですかー!?」

●依頼成功!
「‥‥ん。ソニア。お疲れ様。初陣の。感想は。どう?」
 空の上、機内でぐったりと座席に身を預けるソニアに憐は尋ねた。
 結局、当初の日程から5日遅れで二人は帰路に就いたのだった。施設の作業員達は勿論、地元の人達まで彼女らとの別れを惜しんでくれたけれど、超過に気付かなければ、あのまま一生孤島の診療所状態だったかもしれない。危ない所だった。
「疲れました‥‥」
 出発前に憐が間引きしてくれた通り観光旅行並の着替えなんて必要なかった。寧ろ着替える暇さえなかった。
 何だか奇妙な誤解を含んだ仕事だった気がしなくもないけれど――
「これも医療支援、ですよね」
 くすり。ソニアは憐に笑って言った。

 彼女の初仕事は無事に終わった、と思う。だから憐は満足だ。
「‥‥ん。あのカレー。美味しかったね。また行こう」
 数年後――今度は更地になった頃にでも、観光で。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 gb0002 / 最上 憐 / 女 / 10 / ソニアの人生の師匠 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもソニアがお世話になっておりますv
 ご発注ありがとうございます、周利芽乃香でございます。

 ソニアの初陣の模様を‥‥という事でしたので、CTSラストイベシナの続きをお届けさせていただきました。
 当初、普通に従軍して、前線で戦う傭兵さんの大怪我を見て卒倒する予定だったのですが‥‥何故かこんな事に。
 何ともユル過ぎる初陣となりましたが、これもまあ彼女らしいかな、とお楽しみいただけましたら幸いですv
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2013年06月17日

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