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『カマエル降臨 』
藤田・あやこ7061)&アンヌ・オベロン(8672)&鍵屋・智子(NPCA031)


 妖精王国における最高権力者の職務名称が、「与党総裁」から「議長」へと改められた。
 どちらも大して違いはない、と鍵屋智子は思う。あの腐りきった王国の頂点に立って、腐敗を極める。ただそれだけの事だ。
 久遠の都としては、しかし智子のそんな思いには関係なく、妖精王国とは対等な同盟関係にある。
 その同盟国で議長就任式が行われるとなれば、祝賀の使者を送らなければならない。
 そういうわけで鍵屋艦隊は現在、特使として妖精王国へと向かっていた。
 そして、王国付近で出迎えを受けた。
「議長閣下、直々のお出迎えとは……光栄ですわ、とだけ言っておきましょうか」
 戦艦『野心』号で鍵屋艦隊に接舷許可を求めてきた人物を、智子はとりあえず艦橋へと迎え入れた。
 アンヌ・オベロン女史。
 この度、妖精王国の議長に就任する事となった人物である。
 すらりとした長身を武官風の正装に包み、きらびやかな銀色の髪をサラリと揺らしている。青い瞳は、冷たく鋭い。
 その目を睨むように見据えながら、智子は言った。
「……単身でこのような場所に出向くなど、少々不用心ではなくて? 貴女のお命を狙う者も多いでしょうに」
「貴殿には、いささか図々しい頼み事をしなければならんのでな」
 アンヌが応える。
「この度の議長就任式、無事に済むとは思えぬ……死んだ与党総裁の遺族どもが、何やら企んでいるようなのでな。就任式典の最中に、何か仕掛けてこないとも限らん。下手をすれば、妖精王国全体が内戦状態に陥ってしまう」
 勝手に陥ればいいわ、と智子はつい言ってしまいそうになった。
「そこで鍵屋智子艦長、貴女に就任式の調停役を依頼したいのだ。部外者でなければ信用出来ないというのが、現状でな」
「確かに、図々しい頼み事ね……」
 即答せず、智子は腕組みをした。
「正直言って私、貴女たちの国とはあまり関わり合いたくないのだけど」
「与党総裁の一族には、貴公とて恨みがあるのだろう? 私の権力を利用して奴らを叩く、良い機会だとは思わぬのか」
 自分が利用される事は承知の上、というわけだ。このあたり、さすがは議長に選ばれるほどの政治家である。
 だが。議長の権力を利用して智子が成し遂げたい事は、実は別にある。
「……こちらの頼み事も、聞いてもらう事になるけれど」
「無論だ。出来る限りの謝礼は、させてもらう」
「謝礼は必要ないわ。ただ、彼女の話を聞いてちょうだい」
 智子の言葉に招かれるようにして、1人の女性兵士が進み出て来た。
 アンヌの表情が、強張った。
「藤田あやこ……!」
「……久しぶりね、アンヌ。議長就任おめでとう」
 藤田あやこ二等兵。つい最近まで、この艦隊の司令官だった人物である。
「私……貴女に1つ、恥知らずなお願いをしないといけないのよ」
「言うな裏切り者。その裏切りの罪を、議長の権力で揉み消せと言うのだろう!」
 怒りと侮蔑を隠そうともせず、アンヌは叫んだ。
「他国に逃げて保身を図りながら、何食わぬ顔で妖精王国に戻ろうと言うのか? 見下げ果てた奴だ!」
 あやこは、何も言わずに俯いた。
 議長アンヌ・オベロンと手を結び、彼女の権力を利用して藤田家の冤罪を証明し、名誉を回復する。
 智子は先程あやこに、それを勧めた。
 藤田あやこの父が、対龍戦争時に妖精王国を裏切った。亡き与党総裁による情報工作で、そういう事になってしまった。
 罪は、代々受け継がれてゆく。それが妖精王国の法である。
 このままでは、あやこの幼い娘が、いわれなき裏切りの罪を受け継ぐ事になってしまうのだ。
 藤田家の冤罪を証明するには、権力者による支援が必要だ。
 だから議長アンヌ・オベロンとは、良好な関係を築いておく。智子は、そのつもりだった。
 だが今のアンヌの言葉で、智子は気が変わった。
「……無理なお願いだったようね。いいわアンヌ議長、見返りは求めずに調停役の件、お引き受けしましょう」
「……すまぬ。妖精王国人としては、藤田家を認める事だけは出来んのだ」
 俯いたままの藤田あやこに、アンヌが汚物を睨むような目を向けている。
(その目、今の言葉……貴女は今、妖精王国の運命を決めてしまったのよ。アンヌ議長)
 心の中で、智子は宣告した。
(妖精王国を滅ぼすため、私は貴女を利用する。そして捨てる……その運命を選んでしまったのは貴女自身よ、アンヌ・オベロン)


「叔母上!」
 艦長・鍵屋智子の副官である1人の少女士官が、追いすがって来た。
「お待ち下さい、叔母上!」
「……今は軍務中ですよ、副官殿」
 血相を変えている姪を、あやこは口調厳しくたしなめた。
「藤田二等兵とお呼びなさい」
「納得出来ません、叔母上が二等兵などと」
 副官が、少しだけ声を潜めた。怒りの口調は、そのままだ。
「それに……あのアンヌ・オベロンとかいう女、許せません。殺しましょう。藤田家の冤罪を証明するには、もはや実力行使しかありません。叔母上を擁立して革命を」
「落ち着きなさい。そんな事をしても、蟷螂の斧にしかならないわ」
 このままでは、この姪も、それに幼い娘も、いわれのない裏切りの罪を受け継ぐ事になってしまう。
 お母さん……なんでしょ?
 そう言って、じっと見上げてくる幼い娘の顔が、あやこの脳裏に浮かんで来て消えてくれない。
 あの子にも、この姪にも、裏切りの罪など相続させるわけにはいかない。
 そのためには何としても、藤田家の冤罪を証明せねばならない。
「最終的には実力行使しかない、にしても今はまだよ」
 自分も実力行使によって、あの与党総裁をこの世から排除した。それを思い返しつつ、あやこは言った。
「アンヌもきっと、わかってくれるわ。私たちが決起するのは、その時よ」


 有象無象の中に、1匹だけ怪物がいる。鍵屋智子は、そう感じた。
「総裁を失ったにもかかわらず我々が何故、今もまだ与党と呼ばれ続けているか。鍵屋女史は、おわかりであろうか?」
 議員たちが、口々に言う。
「それは野党とは違うからだよ。群れなければ何も出来ぬ、十把一絡げの低能どもとはなあ」
「あの愚かな総裁の代わりなど、いくらでもいる。与党という名の帝王は、頭に戴く王冠を幾度も替えながら存在し続けるのだ」
「我ら妖精王国与党を敵に回さぬ事こそが、久遠の都にとっても国益となろうぞ」
 やはり有象無象ばかりであった。
 その中に1人だけ、先程から1度も口を開いていない議員がいる。
 老婆に近い年齢の、女性であった。
 油断なく彼女を見据えながら、智子は言った。
「それで……貴方たちは結局、私に何をさせたいのかしら?」
「調停役たる貴女には、ただ選んでいただきたいだけですよ。3つの道から、どれか1つをね」
 女性の取り巻きのような議員の1人が、得意気に言う。
「1つは、アンヌ・オベロンと共に滅びる道」
「アンヌ議長を支持すれば、貴方たちを敵に回す……という事ね」
 久遠の都を敵に回せるほどの戦力を、この与党は保持しているという事か。
「1つは、彼を支持して、我々と共に生きる道」
 彼と呼ばれたのは、この場で最も若い男性議員だった。
「総裁の御子息よ」
 老婆に近い年齢の女性議員が、ようやく言葉を発した。
「有り体に言えば、私たちは彼を擁立しようとしているの。明日、彼はアンヌ・オベロンの議長就任に異議を唱えるわ。調停役の貴女が、その異議を認めて下されば良いだけの話よ」
「アンヌ・オベロンは間違いなく我らに刃向かって来るであろう。正当防衛として、我々はあの小娘を叩き潰す。中立を保ち、黙って見ていて下さるのも良い。それがすなわち3つ目の道だ」
 この得意気な愚か者たちの背後には、間違いなく何かがいる。強大な後ろ楯が存在する。
 智子は、それを確信していた。
(懐柔に見せかけた、露骨な脅迫……間違いなく、龍族の手口ね)


 就任式当日。
 予定通りと言うべきか、総裁の子息がアンヌ・オベロンの議長就任に異議を唱えた。
 どよめく与野党議員らを黙らせるかの如く、調停役の鍵屋智子は厳かに告げた。
「現在この場で行われているのは、総裁就任式ではなく議長就任式です。したがって前総裁の血統は何の効力も持ち得ません。アンヌ・オベロンの議長就任は揺るがないもの、と思われます」
 これで妖精王国与党と久遠の都との戦争は、避けられない。
 戦争状態は回避するように。久遠の都を統べるダウナーレイス族の上層部から、智子はそう言われている。
 だがアンヌ・オベロンは、議長就任のため正当に実績を重ねてきたのだ。それを認めずに妖精王国与党の機嫌を取る、などという形になってしまっては、それはそれで久遠の都の沽券に関わる問題である。これからの政治外交にも悪影響が出る。
 上層部に咎められたら、智子はそう応えるつもりだった。


 与党の動きが存外、速かった。
 アンヌ・オベロンの乗艦『野心』号が、襲撃を受けている。
 襲撃者は一個艦隊規模で、大部分が龍国の戦艦であるという。
 その報告が鍵屋艦隊にもたらされるや否や、智子は司令官として命令を下した。
「これ以上の関わり合いは内政干渉となります。アンヌ議長の奮戦に期待し、我が艦隊は速やかに久遠の都へと帰投しましょう」
「……アンヌ議長を、見捨てるのですか」
 藤田あやこ二等兵が、異議を唱えた。
「艦長、貴女は最初からそのつもりで……!」
「艦長は貴女よ、藤田あやこ」
 睨みつけてくるあやこの視線を、智子は正面から見つめ返した。
「これで妖精王国と久遠の都は戦争になるわ。貴女を裏切った国を、堂々と滅ぼす事が出来る。与党の背後にいた龍国の軍勢を引きずり出す事も出来た……アンヌ議長は、用済みよ」
 自分があやこに軽蔑される、憎まれる。それは、智子は一向に構わなかった。
「……ありがとう、智子。貴女の気持ちは、本当に嬉しいわ。皮肉で言ってるんじゃないわよ?」
 あやこは、しかし憎んでも軽蔑してもくれなかった。
「だけど私……やっぱり、妖精王国を見捨てられない」
「何度でも言うわ、貴女は栄光ある藤田艦隊の艦長なのよ。久遠の都の軍人と、妖精王国の戦士……二足の草鞋を履く事など、出来はしないわ」
「そうね」
 言いつつ、あやこは何の躊躇いもなく軍服を脱ぎ捨てた。
 純白の翼が、広がった。


 龍族の艦隊による一斉砲撃を、野心号は辛うじてかわしていた。が、直撃を喰らって宇宙の藻屑となるのは時間の問題である。
 そんな時、天使が降臨した。
 そうとしか思えぬ光景を、アンヌ・オベロンは艦橋のモニター越しに呆然と見つめていた。
 満身創痍の野心号を庇う格好で宇宙空間に立つ、しなやかな半裸の肢体。
 瑞々しい肌に、ランジェリーのような白のビキニ。艶やかな黒髪に、純白の翼。その色合いが、アンヌの目には神々しいほどに眩しい。
「藤田……あやこ……」
 届かぬ言葉を、アンヌは漏らした。
「何の……つもりだ……?」
 答えるかの如く、あやこは宇宙を翔た。その背中で翼がはためき、白い羽根が舞い散った。
 飛翔と共に、光が弧を描く。あやこの右手に握られた聖剣・天のイシュタル。その一閃から2頭の獅子が生じ、龍族の戦艦をことごとく噛み砕いてゆく。
「私を……助けて、くれるのか……?」
『当然だ。私は気が進まなかったがな』
 偉そうな通信が入った。
 艦隊が1つ、野心号の救援に現れたところだった。
『貴様は今から死ぬまで、私の叔母上に感謝をしなければならないのだぞ』
「私は……あんな事を、言ったのに……」
 アンヌの視界の中、天使の如く戦い続けるあやこの姿が、涙でぼやけた。
「藤田あやこ、私は……もう1度、就任式をやるぞ……そこで貴女の武勇を讃え、爵位と所領を授けようと思う……貴女のために私は、そんな事しか出来ない……」


「退却しなさい」
 龍族の艦隊。その旗艦艦橋で、老人に近い年齢の女性議員は命じた。
「は……し、しかし」
「この戦力では、あの子には勝てない……私の、娘にはね」
 2頭の獅子を従えた天使に、彼女はモニター越しに微笑みかけた。
「うちの息子が選んだだけの事はある……面白くなってきたじゃないの」 
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東京怪談
2013年06月19日

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