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『答えの在処 』
マキナ・ベルヴェルクja0067)&紫園路 一輝ja3602


●約束の刻

 まだ日暮れまでは間があるにも関わらず、濃い灰色の雲が空を覆い、太陽は何処にあるのかさえ判らない。
 むんとする湿気と、雨の匂いが辺りに満ちていた。
 突然、紫の稲妻が音もなく空を駆ける。
 その美しさ、鮮やかさに目を見張るのは、ほんの刹那。
 鋭く激しい雷鳴に、そこかしこから悲鳴が響き渡る。

 だがそれらも、外の音を全て遮った鍛錬室までは届かない。
 只管静寂が支配する室内に、マキナ・ベルヴェルクは目を閉じ端然と座す。
 尤も、仮に雷鳴の響きがその傍に突き刺さったとしても、マキナは閉じた瞳を開くこともなかっただろう。
 まだ幼くすら見える顔を、灰銀の長い髪が覆い隠すように縁取る。
 不意に金の瞳が見開かれる。
「待たせた」
 ドアを開けたのは紫園路 一輝。静かな声が呼びかけた。
 彼にとっては正装とも言える『黄龍』の長衣が風を孕み、鮮やかに翻る。
「いえ。私が少し早く来ていただけです」
 いつも通りの淡白な口調でマキナが答えた。
 だがその口元に、あるかなきかの感情が宿った。
 期待。慈愛。気迫。そして、渇望。
 全てが綯い交ぜになったような、微かな変化。だがそれもほんの一瞬。
 そしてマキナは立ち上がる。
「では始めましょうか」


●修羅の鬨

 団体戦の訓練が可能な程に広い室内に、二人が距離を取り対峙する。
 一輝は間合いを詰められないよう、さりげなく、だが用心深く身内に力を籠めた。
 足元から紫の炎が燃え上がり、赤い髪が鮮烈な輝きを放ち始める。
「今更だけど。俺は、本気だからね。持てる力の全てを使わせて貰うよ」
 時折、爆ぜるように閃いていた金色が不意に力を増して燃え上がり、一輝の全身を覆う。
 戦勝祈願の、み仏『金剛夜叉明王』の力を得て、金色を纏う拳銃が吠えた。


 二人は敵(かたき)として戦う訳ではない。
 少なくとも一輝の心は、マキナを唯一無二の片翼と定めていた。
 その心のうちを伝えたとき、少し考えた後で彼女は言った。
「もし仮に、紫園路さんが私と戦って勝てるのでしたら」
 それがあながちその場限りの言い逃れなどではないことは、一輝にも理解できた。
 第一マキナは、そのようなはぐらかし方ができるような器用な女ではない。
 だが単純に蛮勇を見せびらかし、流血を求めて力を振るう程、愚かな人間でもない。
 だから、言い直した。
「私が道を違えた時、激突して私を敗北させる事が出来る方であれば――前向きに考えても良いかも知れませんね」
 ただ彼女は愚直に一筋に、求道者として生きてきた。これからもずっとその生き方を変えることはないだろう。
 少なくとも、現時点ではそう信じている。
 だがいつかその頑迷さが、曲がった道を真っ直ぐと思いこませるかもしれない。
 その時にすら、マキナはその道を真っ直ぐだと信じているだろう。
 ――なればこそ。
 力づくでその道を間違っているのだと、マキナ自身に思い知らせるだけの力を。
 敗北という名の納得を。
 それがあたうならば、一輝を特別な存在だと認めると。そう言うのだ。
「紫園路一輝の持てる全ての力で、地に伏せさせるよ」
 交わされた約束は、修羅の誓約。
 一輝はこの日この場に、入念に準備を整え臨んだのだ。


 銃弾がマキナの右腕を掠めた。
 手加減は一切しない。手加減できる相手でもない。
 仮に手加減して戦える相手だとしても、自分に賭けてくれたマキナに、一輝は手加減などしないだろう。
 だから、近接に秀でるマキナに対し、最初から自分の得意な銃を使う。
 そして彼女が嫌がるだろう、包帯と黒い軍服の袖で厳重に覆われた右腕を狙った。
「――!!」
 マキナがほとんど反射的に、身を捻る。
 引き裂かれて千切れた布地が、虚しく宙を舞った。
「その弱さを抱えたままで、勝てるとでも?」
 尚も止まらない一輝の銃撃を、すんでのところで避け続ける。
 鍛錬室の幅一杯を使って避けつつ、マキナの金目の輝きが鋭さを増していく。
「――生半な策で私を敗北(なっとく)させる事が出来るなど、思わない事です」
 言うが早いか、右腕から発した黒焔が膨らみ、黒衣の如くマキナを覆う。
 世界が終焉を迎える夜、黒夜天。それを力づくで引き寄せる偽神の姿。
 荒唐無稽といって良い程の強引さで、森羅万象に幕引きをもたらしたいという渇望。
 突如、黒焔が彗星のように後を引いたかに見えた。
 それほどの、早い動き。
 機を計って使った『縮地』に、攻撃に意識が向いていた一輝との距離はあっという間に潰される。
 その勢いを生かしたまま、突き出す拳。
 肩にそれが触れたと見るや、弾き飛ばされた一輝の身体は、マキナの拳から生じた幾本もの黒い鎖に絡め取られる。
「自分の土俵で戦いたいというなら、勿論応じるよ」 
 肩の痛みに顔を歪め、一輝は銃を諦める。だがそれも想定のうち。
 元々、銃による攻撃だけでマキナが納得するとは考えていない。
 燃え盛る紫炎が覆うレガースの脚が宙を蹴り、纏いつく鎖を断ち切った。
 打ちのめされるが望みというならば、叶えてやるとも。
 ――全身全霊をもって。


●幕引の時

 頭が痺れるほどの濃密な時間が、部屋を支配していた。
 本来ならば、相手を殺すつもりで使う技の応酬。
 既に『鍛錬』の域を超えた死の舞踏を、二人は踊り続ける。
 一輝は、普段顔を半ば覆い隠してている眼帯をも取り外していた。
 かつて戦いの中で失い、再び得た色の違う左目と鋭い傷跡は、普段は誰にも見せることはない。
 それを晒すことこそ、彼が本気である証だった。

 鋭くしなやかに突き出された一輝の脚が、一瞬前までマキナの顔があった場所で空を切る。
 マキナが腕を振ると、目に見えない程細いワイヤーが一輝の脚に巻き付かんと繰り出された。強引に脚を引けば、肉は裂け、鮮血が飛び散るだろう。
 だが一輝は流れに逆らわず、華麗な足捌きで僅かな隙間を作り、さっと身を引く。
 振り下ろした足が床につくと、軽く身を屈め瞬時に態勢を整えた。
「炎に眠る化け物よ、今この瞬間だけ姿を見せ敵を喰らえ」
 一輝が突き出す腕に、黄金色の炎が猛り狂う。その姿は竜を模し、カッと口を開くと、マキナに躍りかかった。
 急所に食らいつかれまいと首を庇い交差する腕に、炎の竜が牙を立てる。
 その勢いに押され踏鞴を踏みつつ、どうにかマキナが態勢を整えた頃には、黄金の竜はいつの間にか霧散していた。
 息つく暇もなく再び一輝の腕が竜を形作るが、それを縛りあげるかのようにマキナの鎖が延びる。
 それぞれの身体に纏う金と黒の炎が、一層激しく踊り始める。


 炎に焼かれ、全てが塵灰に帰した後には、安らぎがあるのか。
 理不尽も不条理も、何もかも焼き尽くせば、そこに救いがあるのか。
 それは誰にも判らない。
 だが『現在(いま)』の渇きを癒す術を他に思いつかない以上、全てを終焉させた先に『何か』があるのだと信じるよりない。
 だから『現在(いま)』共に生きようと望まれることに、マキナは戸惑う。
 そんなことは、考えたこともなかったからだ。
 今を肯定し、生きること。ではこの渇きは? 理不尽は? 不条理は?
 一体何処へ行くというのか――?

 その問いを拳に乗せ、マキナは一輝に叩き込む。
 マキナの思いを知ってか知らずか、一輝は避けることより受け止めることを選んだ。
「受け止めると。無駄なことです」
 飽くまでも淡々と宣告する、終焉の偽女神。
「無駄かどうかは、俺自身が決めることだ」
 身を固め、一輝は衝撃に備える。
 危険な賭けだ。それはよく判っている。
 だが、望む物は先になどない。何処まで行っても渇きは終わらない。
 マキナが導こうと欲する幕引きこそが無為なのだと。
 それを知らしめる為には、幕引きに耐えて見せねばならない。

 身体中を引き千切るような激痛が、一輝の意識を遠のかせて行った。


●帰着の解き

 どれほどの時間が経ったのだろう。
 それはほんの数秒だったかもしれないし、数十分だったのかもしれない。
 ふと眼を開けると、柔らかく光を放つ物が一輝の頬に触れていた。
 それがマキナの銀髪であると気付くのに、また数瞬を要した。
「気がつきましたか」
 静かな金の瞳が、一輝の顔を覗きこむ。
 僅かに身を捻ろうとして、一輝は自分の頭がマキナの膝枕に乗せられていることを知った。
 言葉を発しようとして、折れた肋骨の痛みに思わず息が止まる。
 ようやく絞り出した声に、自虐の笑みが浮かぶ。
「うぐっ! はは、は……負けたか」
 だがこの静けさはどうだろう。
 後頭部に感じる暖かさに、一輝の心は徐々に満たされて行く。
「奥の手を使い損ねた」
「奥の手、ですか」
 今度は穏やかな心からの笑みを浮かべ、一輝は眼を閉じる。
「俺の全力。持てる力の全て。一人で勝てない相手は二人で、又はそれ以上で叩きのめせば良い。俺自身の力とも頼む子たちを、待機させてたんだ」
 本気だからこその手段。
 個の武で叶わないならば、群の武で当たる。それを動かすことも力なのだと。
 何としてでも止めて欲しいというのがマキナの望みなら、どんな事をしてでも止めて見せる。それが一輝の答えだった。
「ああ、それで」
 外で固唾を呑む気配には、マキナも気付いていた。
 何という愚直で、形振り構わぬ手段だろう!
 だがそんな一輝の考えが、嫌いな訳ではないのだ。
 でなければそもそも、このような申し出を受けるはずがないではないか。
 赤い髪を掻き分け、マキナの指が額に触れる。
 再び瞼を開いた一輝は、そこに思わぬものを見た。
「もしその気があるのでしたら、今後もお受けしますよ」
 ――マキナの柔らかな微笑。
 それは一輝の中に『希み』の片鱗を見出した故かもしれない。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0067 / マキナ・ベルヴェルク / 女 / 14 / 阿修羅】
【ja3602 / 紫園路 一輝 / 男 / 17 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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望みを伝えること、望みを叶えること。
武骨で実直であるがゆえの、力のぶつかり合い。
今回初めてこのような内容をノベルで書かせていただきましたが、如何でしたでしょうか。
お二人の心の襞に分け入るような作業で、実は大変緊張致しました。
上手く表現できていますことを祈るばかりです。
この度はご依頼いただきまして、誠に有難うございました。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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エリュシオン
2013年06月25日

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