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『真夏の菫 』
セレシュ・ウィーラー8538)&東雲・響名(NPC5003)



 またぞろろくでもないことを始めたに違いない、と言うのがセレシュの最初の感想である。
 日差しも強くなってきた境内で、日除け代わりに頭にタオルを乗せた女子高生が真剣な顔で地面を睨んでいたのである。声をかけるべきか、否か。暇そうに日傘をくるくる回しながら足を揺らしている姫神様と、社殿の中で呑気に眠っている神様を横目に、セレシュはたっぷりと5分考えながら女子高生を観察し、
「…あれ、セレシュちゃん、いつからここに?」
 躊躇している間に当の女子高生に気付かれてしまった。
「ああ、まぁ、その、少し前からな…暑いのに元気そうやね、響名」
「それが取り柄だからね!」
 元気良く、少女――響名は胸を張った。それから真顔になり、
「ところでセレシュちゃん、この季節ってさすがにもう菫、咲いてないよね」
「一般的に春の花やし、そりゃ咲いてへんやろ。何で探しとるん?」
 問いかけて、あ、しまった、とセレシュは後悔したのだが、時すでに遅し。目を輝かせた女子高生はセレシュの手を握らんばかりに勢いづいて、よくぞ聞いてくれました、と満面の笑みを浮かべた。
「ちょっと惚れ薬作ろうと思って!」
 この子はあと何回石化の刑に処されれば真っ当な行動をするようになるのだろうか。
 ――というのがセレシュの次の感想であった。


 ただ、詳しく話を聞けばセレシュの好奇心も疼いてしまい、血眼で菫を探す響名の行動にも共感を得ないこともなかった。
「『ひいおばあちゃまのレシピ』をめくってたらね、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に出てきた妖精の惚れ薬、あれの作り方を見つけたの」
「シェイクスピアの…って、あれか、人間の瞼に塗って、最初に見た人間を愛するようになるっちゅう」
「そうそう。妖精の王様、オベロン特製のアレ」
「…作れるん?」
 セレシュは思わず瞬く。「真夏の夜の夢」自体の記憶もあいまいではあるが、作中に現れる「惚れ薬」は確か、オベロンが魔法で作り上げた代物だったはずだ。が、ふふーん、と腰に手を当てた響名は偉そうに顎を上げた。
「あたし、『物語に登場する魔法の道具』とは相性がいいから、きっと大丈夫!」
 どうだー、と言わんばかりの表情になる彼女の額をセレシュはとりあえず小突いておいた。
「見習いが胸張っとる場合か。自分の命令聴くゴーレムもまだ真っ当に作れへん癖に」
「うぐぐ。それ言われると…師匠にも怒られたし…」
「せいぜい怒られとき。…で、菫を探してたっちゅーことは、その『惚れ薬』の材料が菫っつー訳やね」
 セレシュの言葉に、また響名の表情が輝く。
「うん、そう、そうなの! さすがセレシュちゃん、話が分かる! 手伝ってくれるよね!」
「いや何でそういう結論に…」
 頭を抱えるセレシュである。根本的な前提が問題なのだ。
「…その惚れ薬、何に使う積りなん、響名」
 問えば、彼女はきょとん、と目を丸くして、それから何に思い至ったのか。腕組みをしてうーん、と唸った。
「そういえば、『本番』で使う前にテストって要るよね。マウスでテストって訳にもいかないし、どうしよう。…あ、セレシュちゃん実験台になってくれる?」
「全力でお断りしとく」
 ははは、と笑いながらセレシュがさり気なく眼鏡に手をかけると、慌てた様子で響名が「今の無し! 冗談! 冗談だから!」と必死のフォローを入れ始めた。

 「真夏の夜の夢」自体は確か、最終的にオベロンが魔力を解除したことで「惚れ薬」の効果は切れて、大団円で終わるはずだ。報われない恋をしていた男女も騒動のお陰で結ばれて目出度し、目出度し。そういう類の話であったはずだが。
(この子が下手に手ぇ出したら、喜劇じゃ済まんことになりそうやもんなぁ)
 とはいえ、セレシュとて「オベロン王の惚れ薬」、ひいてはその「作り方」が載っている「レシピ」は、さすがに興味が惹かれるものがあった。魔法の道具に携わるもので、この魅力に逆らえるものはそうは居まい。それで、響名が暴走しないよう見張る、という名目も手伝い、セレシュは彼女の「菫探し」を手伝うことになった。


 花屋に行けばいいんとちゃうか。というセレシュの提案は、
「野生の菫じゃないと駄目みたい…」
 という元気の無い響名の言葉で一蹴されてしまった。彼女も最初にその案を考えたらしいが、どうやって考えても、レシピの構成上、「人に育てられた菫」では力不足になるのだと言う。とはいえ季節はもう夏である。菫の花の季節はとうに過ぎてしまっている。
 町中では恐らく一番野草が多いであろう境内裏手の小ぢんまりとした「鎮守の杜」を探し回り、さすがに低い場所を睨んでいたせいで固まってしまった腰を解す様に伸ばしていると、ふ、と響名の姿が目に入った。元々、一度何かを思いついたら周りが目に入らない勢いで集中する手合いの娘だが、それにしたって随分と必死だ、ということに思い至り、セレシュは首を捻る。
 更に、彼女が落ち葉の影の、恐らく昨日の夕立の名残であろう小さな雨粒をすくって小瓶に入れているのを見て、いよいよ首を捻った。
(菫の他に、雨粒も要るんやろうか)
 妖精王の惚れ薬なら何が必要でも不思議では無かろうが。
「なぁ、響名」
 呼びかけてみると、彼女は地面を見つめる低い姿勢のまま、んぁ、と間抜けな声だけを返した。
「…何でそんなに惚れ薬に必死になっとるん。まぁ、うちかて、知らんアイテムを見るのは楽しみやさかい、分からんでもないけど…」
「んーとね」
 彼女も、その言葉で少しばかり息を抜こうと思ったのだろうか。セレシュがそうしたように腰を曲げ伸ばしして、伸ばしながら、木々の天辺を見上げながら苦笑する。
「…友達がねー、前途多難な恋をしてて。応援したいの」
「いや、それで惚れ薬は安直過ぎやろ。薬で解決するのはどーかと思うで、うち」
「あ、大丈夫。レシピで見た感じだと、これ、一定時間しか効き目が無いみたいだから。多分もっても一晩程度」
「それやと、猶更やろ。何の解決にもならんやないか」
 呆れてセレシュが答えると、彼女は肩を竦めて、それから懐から何かを取り出した。
 ――何故かタブレット端末だった。サイズはやや小さめだが、それでも懐に入れるにはいささか重たそうではある。
「そんなの『レシピ』に言ってよ。何でか急に、『惚れ薬』のページが読めるようになっちゃったんだもん。解決にはならないかもしれないけど、気休めでも、作ってあげたくなっちゃうじゃない」
「…。根本的な疑問なんやけど、『レシピ』って、そのタブレットなん?」
「タブレット? あー、セレシュちゃんにはそう見えるのか」
「見える、って…」
「隠蔽魔術でね、持ち主以外にはちゃんと認識が出来ないようになってるみたい。あたしにはこれ、メモ帳の束にしか見えないもん。乱暴に扱っても破れたりしないから『あー魔法の代物なんだなー』って分かる程度で」
 へぇ、と感嘆の吐息が漏れた。並の人間よりセレシュは五感も鋭く、魔術も一部は無効化が出来てしまう程に耐性が強い。認識阻害の魔術も彼女に対しては働きが鈍るのだが、そのセレシュを以てして、タブレット端末にしか見えないのである。最早魔術と言うよりも、神代の魔法の方が近いのではないだろうか。
(…一体何なん。『レシピ』って)
 響名自身は、「気が遠くなるほど沢山の錬金術師が、一生かけて自分が頑張ったことをメモにして残してたら、いつの間にか魔導書になってたレシピの束」だと説明していたはずだ。だが、どうもそれだけでは無いのではないか、セレシュの勘がそう告げている。
 セレシュの訝る視線には気付く様子もなく、響名はじっとタブレットの画面に指を滑らせている。本人は多分、メモ帳の束をめくっている積りなのだろうが、傍目にはタブレットを操作しているようにしか見えない。
「…もう一個、同じタイミングで読めるようになったページもあるんだけど、こっちは気が進まないんだよね。材料調達も難しくないし、時間もそれほどかかんないとは思うんだけど」
 やがて嘆息して、ページの一つで手を止める。彼女は苦い笑みを口元に残したまま、相談するような口調でセレシュにこう教えてくれた。
「『雪の女王』に出てくる、カイの心を凍らせた『鏡の破片』。それであの子の苦しんでる心を凍らせてしまえば、確かに楽にしてあげられる」
 そんなものまでレパートリーに含まれているのか。セレシュの内心で先だったのは、彼女の苦々しい呟きよりもそんな好奇心であったが、すぐにそれを抑え込む。
「さすがにそれも不味いやろ。ってか、人の気持ちに干渉するのは基本、あかんと思うわウチ」
「とか言いつつセレシュちゃんも興味津々の癖にぃ」
「興味ない、言うたらウソになるけどなぁ」
 そこは否定が出来ないので、セレシュも思わず苦笑いになった。が、すぐに響名の眉間に指を当ててぐりぐりと動かして伸ばしてやる。痛い痛い、と悲鳴を上げる響名を抑え込んで、セレシュは今度こそ声を上げて笑った。
「な、何するのよ、セレシュちゃん!」
「眉間にシワが寄ってたで、響名。そーんな辛気臭いツラしてアイテム作ったら、ロクなもんが出来ひんよ」
 まして、彼女の錬金術は魔術の方に近しい属性を持っているのだ。彼女の精神状況が、作成するアイテムの質に与える影響は決して少なくは無いだろう。
「…作るんなら、折角やから両方作ったらええんとちゃうか。心を凍らせて気持ちを忘れるか、惚れ薬で一晩夢を見るか、それくらい本人に選ばせてやるとええわ。…まぁどっちも根本解決にはなっとらんところが残念なとこやね」
「道具作れるだけってのも難しいね。…何でこういうのって、ハッピーエンドにならないのかな」
 常日頃能天気な彼女には珍しい、深々とした嘆息であった。おや、と目を瞬いて、それからセレシュはふと思いついて、響名の頭を撫でる。――身長は響名の方がやや高いので、背伸びに加えて手を伸ばす必要があったのがいささかならず情けない。
「女の子の恋心は、色々ままならんくらいで丁度ええんよ」
 特に、若いどころか幼いくらいの頃の恋は。それくらいが良いのではないだろうか、というのは、長い時を生きているセレシュの主観ではあるが。
「そういうもん?」
「そういうもんや。大人になれば分かるで」
「…分かった。セレシュちゃんが言うなら、あたしあの子を応援してそっと見守る」
「ほう。惚れ薬も鏡も作らへんのか」
「え、それは別腹だから作るよ?」
「……良い錬金術師になると思うで、自分…」
 そんなやり取りを交わしつつ、森を出る。さして広くも無い、森と呼ぶより「林」と呼んだ方が相応しい小さな神域を抜けて日差しの強い境内に戻ると、玉砂利の敷かれたその端に、不自然な紫色が見えた。セレシュがちらりと社殿を見れば、相変わらず神様はうつらうつらと夢の中に居て、その傍で扇で顔を隠した姫神が欠伸をしていた。
(…どっちの仕業やろ)
 あの二柱は、どちらも樹木や花に縁の深い「神」である。――季節外れの野草を一輪咲かせるくらいは、出来るはずだ。瀕死の一柱はともかくとしても。
「…なんかあからさまに不自然に咲いてるねぇ、菫」
「せやな。あれは材料として、どうなん? 自然に咲いた菫と違うんやない?」
「かみさまの力で咲いたものなら、まぁ、力不足ってことは無いんじゃないかなぁ。…おーい、お二人ともー。完成したら、鏡の破片と惚れ薬、奉納しますねー?」
 お礼はそれでいいですか、と彼女が問えば、がらん、と一度社殿の方で鈴が鳴ったので多分肯定の意思表示なのだろう。そういうことにしておく。



 響名の友人の恋の行方は――
 詮索するだけ野暮だろう、と思って、セレシュはそれきり、尋ねたことは無い。ただ一度だけ、響名が、「惚れ薬も鏡の破片も無駄になっちゃったなー」と、愚痴をこぼすにしては酷く晴れやかな笑顔で告げていたのを聞いたきりである。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年06月25日

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