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『その一言が言えなくて… 』
黒・冥月2778

1.
「あっ…おっ…っ………」
 そこまで言って酸欠になって深呼吸をする。
 ダメだ、言えない。その先がどうしても言えない。
 思い出すのはあの笑顔。ずっと隣にいたいと、ずっと一緒に居たいと思う冥月の顔。
 一度は確かに口にしたその言葉。だが、あれからいったい何の進展があった?
 むしろ悪い方に進んでいないか?

 言いたい。言えない。そんなジレンマに悩まされる6月。


2.
「どうしたの? 武彦。陸に上がった魚みたいにパクパクして」
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)が不思議そうな顔で草間武彦(くさま・たけひこ)を見た。
 ここは東京、いつもの草間興信所である。
「…いや、なんでもない」
「変な武彦」
 ふふっと笑って、冥月は書類の整理を再開した。
 この目の前にいる女性、冥月こそが草間にとっての大事な恋人である。
 だが、普通の恋人同士ではない。既にプロポーズは済ませたのだ!
 婚約指輪も渡し、冥月も喜び、いつか式を挙げて幸せに…いや、2人で幸せになると決めたのだ。
 …まぁ、冥月は結婚式よりも2人が一緒にいることが大事で、それだけで幸せなのだと言ったんだがな。

 俺 と 一 緒 に い る こ と が !

「…なにか、今凄い鼻息の荒さを感じたんだけど…どうかしたの?」
 書類整理の手を止めて、冥月が怪訝な顔でこちらを見ている。
「いや、なんでもない! なんでもないさ…はははは…」
「もう。遊んでないで、少しは仕事してね? そもそもこの仕事は武彦が溜めた物なんだから」
「わ、わかってマス…」
 怒った顔も可愛い。美人はどんな顔したって美人だ。
 今日はそもそも最近バタバタしていたこともあって整理し損ねていた仕事でできた書類の山を片付ける予定だった。
 それをわざわざ冥月が手伝いを買って出てくれた。

 俺 の た め に ! !

 妹となぜか災厄をもたらす草間の娘(仮名:月紅)は、本日仕事の報告周りと買い出しを兼ねて出かけている。
 …この2人きりの時間が今なら痛いほどよくわかる。
 月紅がもたらした災厄の種のせいで若干怪しい雲行き。
 未来の俺が何かした!? 何をした、俺!?
 確定された未来などない。もちろんその事はわかっていて、月紅もそれをわざわざ教えに来たわけだ。
 だが、そんな未来の一端を知ってぎくしゃくするなという方が無理な話なのだ。
 俺は冥月を幸せにする。冥月との未来は明るいものだと信じている。
 …だが、男と女の恋模様というのは上手くいかないものなのだ。

 だから、今、誠意を見せて互いの絆を深めておきたい。
 俺の口からもう一度プロポーズをすることで…。


3.
 ………。
 とはいえそのタイミングの難しさは、以前の比ではない。
 前回の時はデートという名目で2人っきりになり、それなりに時間をかけて準備もできた。覚悟もかなり決めた。
 だが、今それと同じことをこの場所で言うとなると…照れる。困る。
 いや、困るというのは…その、覚悟が足りないわけじゃなく、唐突に口にしていい言葉なのかわからないだけだ。
 特別な言葉を、何の準備もなく唐突に言って逆に変な疑いをかけられたりしないだろうか?
 気が焦って、変な言葉を使ってしまうかもしれない。
 そんな俺を冥月が不安に思ったりしたら…それはあまりにも逆効果じゃないか。困る。
「…さっきからどうしたの? 1人で百面相して」
 いつの間にか冥月が不思議な顔をして、草間の目の前で草間を見つめていた。
「え? そ、そんなことしてたか?」
「えぇ、そうよ。ひどく困った顔をしたと思ったら、泣きそうになったり。かと思ったら熱血な顔して握りこぶしを振り上げたり、乙女チックな顔で微笑んでみたり…」
「ほ、ホントにそんなことしてたのか…?」
 本当だとしたら、それだけでマイナス点じゃないか!?
 青ざめた草間に、冥月は言った。
「…前半は本当。後半はウ・ソ♪」
 冥月はそう言うと、微笑んだ。
「脅かすなよ」
「脅かしてないわ。何か悩み事? 私でよければ相談に乗るわよ?」
 ホッとした草間に冥月は優しく問いかける。
「そ、それは…」
「それは?」
 首元まで出かかった言葉が、魚の小骨が引っ掛かったように出てきそうで出てこない。
「それはだな…」
「ん?」
 優しく、純粋な瞳。俺にだけ向けられるその信頼の眼差し。
 今はそれが痛い。微笑まないでくれー!
「月紅たちはうまく仕事やってるかなぁっと思って…」
「…月紅? 武彦ったら、月紅の心配してたの?」
 冥月はなぁんだというように笑うと、優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。私たちの子だもの。ちゃんとできる子よ。…でも、武彦もお父さんらしいところがあるのね。娘の心配だなんて」
 嬉しそうな冥月は、どことなく母親のような温かな微笑みだった。
「武彦と私と月紅と…家族だものね。心配なのは当たり前よね」
 書類の整理に戻ろうとする冥月のその言葉で、草間は冥月を後ろから思い切り抱きしめた。


4.
「俺は、冥月のダンナになる。ずっと愛してるし、絶対お前と結婚するし、別れないからな!」
 強く抱きしめて、冥月の耳元で草間は決意のようにそう言った。
 一瞬、何が起こったのかわからなくてきょとんとした冥月だったが、冥月を包む草間の腕を抱きしめて小さく囁く。
「分かってる。私も同じだもの。月紅の件があっても、不安なんてないわ」
 草間の腕を緩めて、くるりと向きを変えて冥月は草間の胸の中に顔を埋めた。
「私も…ずっと愛してる」
 少し赤い頬が可愛い。黒い髪も、白い肌も、何もかもが愛しい。
 世界の誰が俺たちの仲を引き裂きに来たって、誰にも壊させやしない。
 こいつは俺が守る。俺の半分。俺のものだ。
 温くもりがお互いが今ここにいることを証明してくれる。
 これ以上の幸せはない。そして、この幸せを絶対に守っていく。
「冥月…」
 草間は体を離して、少し潤んだ瞳の冥月の顔に顔を近づける。
 久しぶりのキ…

「たっだいまーーーー!!!!」

 バターーンと扉が開いて、元気いっぱいの月紅が満面の笑みで興信所へと戻ってきた。
「ママ! 見て見て! 報告に行ったらね、いっぱいお土産貰っちゃった! 可愛いね♪だって!」
 K・Y…(空気・読め)。
 瞬間にして恋人の顔だった冥月は草間の体をすり抜けて、赤い頬のまま母の顔になり月紅に走り寄る。
「お土産貰ったの? ちゃんとお礼は言った?」
「もっちろん! 次のお仕事も草間興信所でってお願いもしておいたからね☆」
 ピースサインで胸を張って冥月に褒められる月紅はドヤ顔である。
 持っていき場のない手と怒りが、草間の中でもやもやする。不完全燃焼である。
 どーしてこいつはこうタイミング悪く帰ってくるんだ!
 とりあえず手近なぬいぐるみに怒りの拳を振り上げてみる。
「…パパは何やってるの?」
「えっと…き、気分転換かしらね??」
 きょとんとした月紅に、目を逸らす冥月。
 そんな冥月と草間は、視線がばちっと合った。

 大人の時間は、また後でね?

 月紅に見えないように一瞬だけ。
 冥月のウィンクと唇に押し当てられた人差し指が、草間にそう言っていた。
 草間はふっと笑った。
 わかってるよ。おまえが今大切にしたいもの。守りたいもの。
 俺だからわかるおまえの気持ちを、俺は守る。
「…なんか、パパとママ。静かに会話してない? 私、もしかして邪魔とか言われてる!?」
「え!? そ、そんなことあるわけないじゃない! ねぇ?」
 ぷぅっと膨れた月紅をフォローするように、冥月が笑う。
「そうそう。おまえなんて邪魔にもならんよ。俺と冥月の間には『愛』って絆があるんだからな」
 ニヤニヤと草間がそう言うと、月紅がプツンと切れた。

「ママー! 一緒にお風呂入ろう♪」

「なんだとーーーー!?」
 草間の叫びが興信所にこだまする。

 草間興信所は、今日も平和だ。
 俺はこの平和な日常と冥月を守りたいと、そう誓う…。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 黒・冥月 様

 こんにちは、三咲都李です。
 鈴蘭のハッピーノベル、ご依頼ありがとうございます。
 改めてのプロポーズ…いかがでしたでしょうか?
 娘さんはKY…ていうか、AKY(あえて・空気・読まない)のでは…?w
 冥月様の幸せはどっちだ!? 草間は有言実行できるのか!?
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。
鈴蘭のハッピーノベル -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年06月25日

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