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『共に前へ――未来へと続く道 』
桔梗(ia0439)&深山 千草(ia0889)

●序
 その神社は巫女が一人で切り盛りしていた。
 子らを集め、読み書きなどの手習いをさせる。時には預かり、食事の世話や宿泊もさせる。
 巫女が子を預かってくれるから村の親達は安心して仕事に出かけられたし、親達もまた子供の頃に同じように巫女の世話になったものだ。
 小さな神社の巫女は皆にとってそんな――母のような、祖母のような人だった。

 今日も今日とて、腕白坊主達が着物を破いてやって来る。
「ばばさま、袖付けてくれよぉ」
「あれまぁ、派手に破いたねぇ‥‥トモエ、一人で続けて書けるかの?」
 おぼつかなげに筆を持つ童女に介添えして字を教えていた巫女は、目を丸くして言った。手本には『トモエ』と書いてある、童女の名だ。
 己の名を繰り返し書き始めたトモエから離れ、巫女は片袖をぶら下げたケンタに近付き矢継ぎ早に尋ねた。
「いったい何をしたんだい? 木登りしていて落ちた? よくまあ袖ひとつで済んだもんだよ」
 呆れた物言いも、巫女が一息に言えずに区切り区切り言うものだから、子らには何処となくのんびりと聞こえる。だからそんなに怖くなくて、ケンタは寧ろ誇らしげだ。
「松の天辺まで登れるのぁ俺だけなんだぜ、すげーだろ!」
「ケンタ、お前また御神木に‥‥何と言う、罰当たりな」
 巫女は話しながら手際よく着物を脱がせてケンタの身に怪我がないかを確認し、青痣ひとつない事に安堵すると囲炉裏端のくけ台に手を伸ばした。そうして先端の針山から針を抜き取り、糸を取り出し――
「ばばさま、どしたぁ?」
「‥‥やや、ケンタ、済まないが針に糸を通しておくれでないかい?」
 歳のせいか、どうにも糸が通らない。以前なら一発で通った丸い穴の針も、何故だか今は大層小さく短く感じる。
 ケンタから針を受け取って、やれやれ大分目が遠くなってきたねぇなどと針先を頭で扱いていると、寝かし付けていた赤子のタキが泣き出した。
「おやおや、おしめが濡れたかねぇ‥‥どっこいしょ、と」
 そういえば何時の頃からか、巫女は立ち居に声を出すようになった。しかも掛け声だけですぐには動き出せなくて、タキの泣き声は益々大きくなるばかり。
「ばばさま、おしめならあたしが替えるよ」
「おやまあ、済まないねぇ」
 年長のヤエが赤子の世話を引き受けてくれたのに安堵して、巫女は浮かせた腰を再び下ろした。急に動こうとしたせいか、膝に鋭い痛みが走る。
 歳を重ねているのだから仕方ない、身体の衰えは自然の摂理で己が受け入れるべきものだ。しかし身体の不自由から子らの世話が疎かになるのは困った事だった。
「どうしたものかねぇ‥‥」
 確実に衰えてゆく我が身体。
 今後を憂いて呟く巫女。悩むばばさまに、子らは一人の少年を推挙した――

●後を継ぐ者
 小さな神社の巫女が後継者を募ってのち些かの時が過ぎた。
 後継者は、子らの推薦と当人の希望から、巫女見知りの少年が継ぐ事になっている。
「いよいよ今日からだねぇ、みんな、良い子でいるんだよ?」
 子らの世話は後継の少年に任せて隠居に入る巫女は何処か不安そう。神社を離れる訳ではないけれど、やんちゃ盛りの子らの相手は結構大変なのを巫女自身が知っていたから、心配なのだ。
「ばばさま安心して? ケンタが苛めなきゃ大丈夫だから!」
「誰が苛めるんだぁ? 殴るぞヤエ」
 一番の心配の種が早速騒ぎ始めたもので巫女がこめかみを押さえた頃、門前で桔梗(ia0439)の声がした。

 桔梗と深山 千草(ia0889)が住まう古民家から幾らか離れた場所に、その神社はある。時折訪れては神社の手伝いや子らの世話をしていた桔梗に後継の打診があったのは少し前の事。
(桔梗くんの、意思ですものね)
 いつしかすらりと成長した少年の優しげな顔を横目に、千草は桔梗のお勤め初日に付き添っていた。前を行く少年の隣には、彼よりほんの少し幼い印象の少女――梨佳(iz0052)がいる。
「今日から先生なのですね!」
 すごいです、と目を輝かせている梨佳は、実の所桔梗と同い年の少女だ。二人並んでみると桔梗の方が年上に、しっかりして見えるのは、彼の過酷な生まれ育ちに起因するものかもしれない。
 ううん、と首を横に振る桔梗は謙虚だ。
「ばばさまの手伝い。‥‥‥‥皆や千草が助けてくれるお陰、だけど」
「あたしも桔梗さんに助けて貰ってるですよ?」
 無邪気に返す梨佳の朗らかな表情が、心に灯りをともしてくれる。
 人に囲まれて過ごす事に不慣れな桔梗だ。ばばさまも子供達も見知りではあったけれど、それでも何処か不安は拭いきれなくて――だけど、きっと大丈夫。
「梨佳、ありがと」
「こちらこそ、いつもありがとうなのです♪」
 心に温かい気持ちを抱いて、桔梗は神社の門を潜った。

「待ってたぜぇ、ききょー!」
 手をぶんぶん振りながらケンタが駆けてくる。そのまま桔梗に体当たりして止まった。
「お、転ばねぇな!」
 ケンタとしても抱き締められるつもりはなかったのだろう、咄嗟にびくりと固まった桔梗を他所にケラケラ笑っている。呆気に取られていたが、着物を引っ張られる感覚で我に返った。
「ききょうおにいちゃん、いこ?」
 遠慮がちに袖口を引いていたのはトモエだ。こんにちはと挨拶してトモエの手を握ると、ぱぁっと笑顔の花が咲いた。
「いこ、ばばさまがまってるよ!」
 手を引かれてゆく桔梗の後姿を見送って、梨佳は千草を微笑いあう。ばばさまが、縁側に立って待っていた。

●未来へと続く道
 もういいかーい。まーだだよ。
 目隠しした桔梗を真ん中に、子供達が庭のあちこちに隠れ始めた。やんちゃ坊主は木の上へ、小さな子は草叢へ。
「もう、いいか?」
「もーいいよー」
「あ、まだっ!!」
 木の上から降って来るケンタ見ーつけた。

 もそもそ探索を開始した桔梗を他所に、真っ先に脱落したケンタは女の子とお手玉している千草が居る縁側へ。
「千草ねーちゃん、大福くれよぉ」
「はいはい」
 そっとお絞りを添えて大福を出してやったが、ケンタは手の汚れなどお構いなしにパクついている。ませた口調でヤエが言った。
「やぁねぇ、男の子ったら。ねぇ、千草お姉ちゃん?」
 ふふっと曖昧に笑んで、千草は懸命に子らを探している桔梗に目を向けた。
 人に触れられるのを恐れていた桔梗。親しくない者に触れられると僅かに身を竦ませてしまう彼の様子は触れられるのを耐えているかのようで、気掛かりだったのだけれど。
(桔梗くん、頑張っているわね)
 子らを捕まえて、子らに捕まえられて。避けずに触れ合っているのを嬉しく思う。
 んぐっ、と大福を飲み込んだケンタが手を伸ばしながら言った。
「桔梗ってさ、笑わねーけど怒鳴んねーし、神社も手伝えるし、志体持ちだから何か色々役に立つ奴だと思うんだ」
「ふふ、何だか貴方の子分みたいね桔梗くん」
 年齢は桔梗の方がずっと上だけれど、ご近所のやんちゃ坊主に拠れば年上であろうと年齢なんぞ関係ないらしい。
「おうよ、桔梗は俺の弟分さ。あいつが虐められたら、俺が守ってやるよ」
「まあ、頼もしい事ね。よろしくねケンタくん」
 千草に桔梗を託されたケンタは満足そうに大福を齧っている。ヤエが千草を呼んだ。振り返ると、神妙な顔をしてヤエは千草に尋ねた。
「これから桔梗お兄ちゃんは昼間ここに通うでしょ? 桔梗お兄ちゃんがおうちに居ないと、寂しくない?」
 少女なりに千草を案じているようだ。優しい少女に微笑いかけ、千草は答えた。
「そうねえ。でも、帰って来たら、沢山お話できるし、皆のことも聞けるから、嬉しいわ」
 ばばさまの様子、子供達の成長、桔梗自身も成長するだろう。
 神社での出来事を語る桔梗の様子を思い浮かべ、千草は優しく微笑んだ。
 未来へ向かって一歩ずつ、前へ。歩き始めた桔梗と――そして。

 すっかり馴染んで、ばばさまと談笑していた梨佳が、桔梗へ手を振っている。

 かくれんぼを終えた子供達が、桔梗と一緒に縁側へやって来た。
 きちんと手水舎で手を清めて来た子らに兎月庵の白大福を配って、梨佳は桔梗に笑顔を向ける。
「お疲れ様でした〜 喉渇いてませんか?」
 甲斐甲斐しくお茶を勧めるのは、ギルドでお茶汲みをしている賜物か。丁度良い温度の湯呑みを受け取って、桔梗は梨佳の隣に座った。
「小さい子がたくさん、みんな元気ですね〜」
 のほほんと子供らしからぬ事をのたまって、梨佳が大福を一口齧る。その様子が何だかおかしくて、桔梗の瞳が和らいだ。
「‥‥? どしたです?」
「梨佳は、いつも自然だな」
 そう言ってお茶を一口啜る。きょとんとしている梨佳に、桔梗は穏やかに言った。
「俺、自分の道を、自分で選んで、歩けたら良いなって」
 梨佳は大人しく聞いている。
 桔梗が孤独な幼少期を過ごし、殆ど厄介払いの体で開拓者への道を選ばされた事を梨佳は知らない。しかし、寡黙な桔梗が口に出した言葉には言い知れぬ重みがあった。
「後姿を見てるんじゃなくて、梨佳の隣を歩きたいから」
「あたしの、隣‥‥です?」
 うん、と桔梗は梨佳に向き直り頷く。
 梨佳は自分の意思で神楽へ出て来た娘だ。自分の歩む道を開拓者ギルドに選び、目的へ向かって懸命に努力している事を桔梗は知っている。
 自らの意思で将来を決められなかった己の前を、梨佳は活き活きと駆けてゆく。
 だから桔梗は初めて自分の意思で、ばばさまの後任を引き受ける事を選択したのだ。
「自分で自分の道を切り開く、梨佳の隣を、歩きたい」

 ――もう、梨佳の背を見て後を追いはしまい。これからは、共に。

 縁側で話し込んでいた二人を、子供達が伺っている。
「桔梗が口説いてるぞー!」
 にやにや、ひゅーひゅー。
 冷やかす男の子達の声に突如気付いて、ぴしっと背筋を伸ばす梨佳。
「お熱いねー ごりょーにん!」
「ひゃぁ‥‥‥‥」
「えと、ケンタは普段は頼りになる、から」
 懸命に場を取り繕う桔梗が珍しくほんのり紅潮しているものだから、男子達は更に囃し立てる。
「やぁねぇ、男子ってばコドモ!」
 大人振って眉を顰めた女子達の反応がおかしくて、千草はくすくす笑ったのだった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia0439 / 桔梗 / 男 / 17 / 未来を担うお世話役 】
【 ia0889 / 深山 千草 / 女 / 27 / 見守る慈母 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもありがとうございます。周利芽乃香でございます。
 大切な門出の日をお預かりできて、とても嬉しく感じております。
 子供達に手習いを教える巫女さまという設定に慈招寺の海苑和尚を思い出しまして‥‥一瞬男性巫女も考えたのですが、ばばさまという事にさせていただきました。子供達の未来を繋げる聖職者達、素敵です。

 慎ましく控えめで大人しやかな桔梗さん。
 開拓者になった頃は13歳の小さな男の子だった桔梗さんが、今や17歳の少年‥‥時は早いものです。
 千草さんと一緒に桔梗さんの成長を見守らせていただいた心地ですv 桔梗さんの隣を胸張って歩めるよう、梨佳も努力しなければ!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月01日

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