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『Promise 〜 鈴蘭の雫 〜 』
御堂・雅紀(ic0149)

1.
 梅雨の晴れ間。久し振りのお天道様が顔を出した。
 今日は暑くなりそうだ。
 御堂・雅紀(ic0149)は縁側に座って空を見上げた。高く青い空には、雲も少なくどこまでも澄んで見える。
 家の奥からはバタバタと歩き回る音が聞こえる。
 黒葉(ic0141)がおそらく溜まっていた洗濯物を一生懸命洗っているのだろう。
 微かなシャボンの香りから雅紀はそう思った。
 その内ここに黒葉がきて、庭に洗濯物を干しに来るだろう。
 のんびりとした時間はそこで途切れ、黒葉はきっと色々な話をするだろう。
 今日見た夢の話、朝ご飯を作っていた時の出来事、近くの道端に咲く花が咲いたかどうか。
 黒葉の話は尽きないから、それをいつものように聞こうか。
 その後は…その後考えればいい。今日はまだ始まったばかりだ。
「にゃ〜ん」
 ふと、膝にすり寄ってきた三毛猫に気が付いた。窓から入ってきたのだろうか?
 三毛猫はゴロゴロと雅紀に甘える。
 雅紀は目を細めて何気なく三毛猫の頭を撫でた。
 と…
「フシャー!」
 聞き慣れた声で威嚇が聞こえた。
 見ればいつの間に来たのか、洗濯物を抱えた黒葉が雅紀に向かって毛を逆立てて威嚇している。
「な、なん…?」
 混乱した雅紀にかまわず、黒葉はその場に洗濯物を置くと雅紀に…正確には雅紀にすり寄る三毛猫へと突進してきた。
「ま、待て待て! どうしたんだ!?」
 雅紀は何が何だかわからずに立ち上がり、黒葉と三毛猫の間に割って入る。
「今、主様がネコを撫でてましたにゃ!」
「………は?」
 黒葉の言い分に、思わず目が点になった。
 なんで猫を撫でただけでこんなに怒ってるんだ…?
 さっぱり理解できない雅紀をよそに、黒葉は三毛猫と対峙する。お互いに一歩も引く気は無いようだ。
「なんで撫でただけで、そんなに怒るんだ…」
 はぁっとため息交じりにそう言うと、黒葉はキッと雅紀を睨んだ。
「私とその子、どっちが大事にゃっ」
「…そういう問題じゃないだろう」
 呆れてものが言えない…というか、そもそも話にならない。理解できない。
 どう返したら角が立たないのか…そう思っていたら黒葉がキレた。
「主様…今日、ご飯抜きにゃ」
 …また話が飛んだ。どうしてそうなるんだ…。


2.
「どうしてスリスリさせるにゃ!」
 足元を見れば三毛猫が雅紀の足元にすり寄ってゴロゴロと喉を鳴らしている。
「どうしてそう話があっちこっちに飛ぶんだ?」
「そんな主様だから、ご飯抜きなんですにゃ」
 ツーンと頬を膨らませて、黒葉はそっぽを向いた。
 話が通じない。繋がらない。訳が分からない。
 段々と苛立ちが雅紀の中にも芽生えてくる。
「だから、お前に何もしてないのに何で勝手に怒ってるんだよ!」
「怒ってないのにゃ! 主様が悪いのにゃ。私は間違ってないのにゃ」
「はぁ? わけわかんねぇよ!」
 そんだけ頬を膨らませて、目を吊り上げて、語気を荒げるお前のどこが怒ってないんだ?
 イライラが募る。太陽が熱い。
 なんで折角のこんないい天気の真昼間から喧嘩などしなければならないのか。
 無性に腹が立ってきた。
「勝手に言ってろ!」
 そう言い捨てて、雅紀は自室へと向かい荒々しく戸を閉めた。
 …なんなんだ? 一体。
 座布団を二つに折り枕代わりにして寝ころんだ。
 目を瞑ってイライラした気持ちをなだめる。
 なだめるつもりだったのだけなのに、いつの間にかウトウトしていた。

 目を開けると少し影が長くなっていた。
 頭はぼーっとしたが冷静になれたのでもう一度、先ほどのやり取りを頭の中で整理してみる。

 俺、三毛猫を撫でていたら黒葉に怒られる。
 黒葉、三毛猫と自分とどっちが大事かという。
 俺、そう言う問題じゃないという。
 黒葉、ご飯抜きという。

 …やっぱりわからない。どうしてご飯抜きにされなければならないんだ?
 どこかに見落としている点があるのだろうか?
 今度は大きく深呼吸する。さらに頭が冷えた気がする。
 何がいけなかったのか?
 三毛猫を撫でていたら、黒葉が怒って『私とその子、どっちが大事にゃっ』と…ん?
 大事? なぜそこで三毛猫と黒葉を比較しなければならない?
 そう思いいたると、雅紀はようやく黒葉の怒りの原因がわかった気がした。

 これは、すぐにでも謝るべきだと自室を出た。


3.
「黒葉、その…さっきは言いすぎた」
 喧嘩別れした縁側で、黒葉はすぐに見つかった。
 しょぼんとした黒葉の耳が、ぴくぴくっと動いた。黒葉はじーっと雅紀を見つめた。
 その瞳はまっすぐに、けれどどこか寂しげで泣きだしそうだった。
 雅紀は改めて言葉にすることの難しさを感じていた。
 けれど、これは伝えなければいけない。自分が伝えなければ黒葉には伝わらない。
「それと…猫よりもお前の方が大事だから」
 黒葉の瞳が一瞬、大きくなった気がした。でもそれは一瞬で、すぐに目を伏せてしまった。
「…たら…」
 黒葉が何か呟いた。
「ん?」
「―撫でてくれたら、許すにゃ」
 恥ずかしそうにそう呟いた黒葉に雅紀は少し笑って、黒葉の頭を優しく撫でた。
 黒葉の言葉が、雅紀の考えを肯定した。
 きっと黒葉は寂しかったのだ。もしかしたら甘えたかったのかもしれない。
 それを我慢していたのだと思う。そして、三毛猫を撫でた雅紀に自分も撫でてほしかったのだと。
 『何もしてない』ことが、黒葉にとって寂しかったのだ。
 一緒にいるから感謝や愛情の念が薄れがちだが、一緒にいるからこそ形にする必要があったのだ。
 空は既に赤みを帯びて、ゆっくりと濃い青へと変わっていく。
「これで仲直りにゃ」
「そうだな」
 黒葉は少し間をおいて、上目づかいで雅紀を覗き込む。
「…ご飯、ちょっと遅くなっても良いにゃ?」
「解った。期待してるぞ?」
「わかったにゃ」
 嬉しそうに黒葉は台所へと走り出す。雅紀はそれを微笑ましく見送った。
 どうやら何とか夕飯抜きは回避できそうだ…。


4.
 夕飯は涼しげな器に盛られた素麺。
 白い麺の上に色とりどりの花びらがまいてあり、なんだか綺麗で食べるのがもったいない。
「急いで作ったから、副菜が間に合わなかったにゃ」
 とはいえ、煮豆であるとか、つくだ煮であるとかの作り置きが数皿並んでいるところはさすがである。
「美味しそうだよ。いただきます」
「いただきますにゃ」
 すっかり夜になっていた。月明かりが昼間とは違う涼しげな風を纏って部屋の中を照らす。
「美味しいですにゃ?」
「美味しいよ」
「よかったにゃ」
 にっこりと笑う黒葉のその笑顔に、いつもの日常が戻ってきたことを実感する。
 いつものこと。そういう風に少しずつ慣れてしまう毎日だからこそ、本当の気持ちをきちんと表すべきなのだと思った。
 けれど…
「? どうかしましたにゃ?」
 黒葉が思わず箸を止めた。
 雅紀はハッとして「いや、なんでもない」と首を振る。
 今のこの気持ちは、なんと伝えればいいのだろう?
 「主従」でも「友達」でもない、この不思議なバランスと俺の気持ちは…。

 ご飯を食べ終わると、黒葉は軒下に風鈴を付けた。
「夏と言ったらやっぱり、これですにゃ」
 ちりりんと可愛い音が鳴る。夏の音だ。
 黒葉は軒下に座って庭を眺める。雅紀もその隣に座った。
「主様、あそこに鈴蘭が咲いてるにゃ」
「? どこに?」
 暗い庭にトコトコと降り立って、黒葉は1本鈴蘭を手折った。
「ほら、とっても可愛いのにゃ」
 そういいながら、黒葉は再び雅紀の隣に座った。
 黒葉の手の中の鈴蘭は、白く小さく可憐だった。
「にゃっ!?」
 黒葉の頭を優しく撫でると黒葉は最初ビックリしたようだったが、すぐに目を瞑って気持ちよさそうな顔をした。
 いつまでもこの時であればいい。
 幸せな時が続くように。

 初夏の夜の風鈴は、微かな音色で優しく響いた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 ic0149 / 御堂・雅紀 / 男性 / 22歳 / 砲術士

 ic0141 / 黒葉 / 女性 / 18歳 / ジプシー


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 御堂・雅紀 様

 こんにちは、三咲都李です。
 このたびはご依頼いただきまして、ありがとうございます。
 黒葉様との視点の違いで、色々書き加えさせていただきました。
 初夏の香りを少しでも楽しんでいただければと思います。
 お2人に幸せが来ますように…。
鈴蘭のハッピーノベル -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月02日

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