『Ｐｒｏｍｉｓｅ 〜 鈴蘭の雫 〜 』

黒葉（ic0141）

１．
　桜色の約束は、今もこの胸に刻まれる。
　私の…大切な約束。

　梅雨の晴れ間。久し振りのお天道様が顔を出した。
　溜まっていた洗濯物を洗って、黒葉（ic0141）は庭へと洗濯物を干しに向かった。
　主の御堂・雅紀（ic0149）も今日は１日家にいる予定だ。久し振りの休みだ。
　洗濯物を干したら…どこかに２人でお出かけなどしないだろうか？　近所の散歩なんかでもいい。ちょっとだけ…ちょっとだけ…。
「にゃ〜ん」
　ネコの声が聞こえた。黒葉は耳を立てて、急いでネコの声がした方へ向かう。
　庭に面する縁側で、雅紀の膝にネコがすり寄っている！？
　しかも、そのネコを雅紀は…優しく撫でて…！？

「フシャー！」

　反射的に雅紀の傍にいたネコに威嚇してしまった。
　雅紀とネコはビックリしたように固まって、黒葉を見ていた。
「な、なん…？」
　訳が分からないといった顔をした雅紀に、黒葉は洗濯物をそこに置いてネコへと近寄る。
「ま、待て待て！　どうしたんだ！？」
　雅紀が理解できないままに立ち上がり、黒葉とネコの間に割って入った。
　…ネコを庇った！？
「今、主様がネコを撫でてましたにゃ！」
「………は？」
　黒葉の言い分に、思わず雅紀の目が点になった。
　しかし、黒葉の怒りは収まらない。なんで？　なんで！？　なんで！？！？
　さっぱり理解できない雅紀をよそに、黒葉はネコと対峙する。ネコは雅紀の傍を離れる気は無いようだ。
「なんで撫でただけで、そんなに怒るんだ…」
　はぁっとため息交じりにそう言う雅紀を、黒葉はキッと睨む。
「私とその子、どっちが大事にゃっ」
「…そういう問題じゃないだろう」
　そういう問題じゃない！？　だったらどういう問題だと！？
　もしや、主様は黒葉だけでは飽き足らず、まだまだ他にも…！？
　暴走する妄想。黒葉はキレた。
「主様…今日、ご飯抜きにゃ」
　…もう勢いだけだった。黒葉は自分で自分を止められない。
　出てくるのは憎悪や悲しさだけだった。


２．
「どうしてスリスリさせるにゃ！」
　足元を見れば三毛猫が雅紀の足元にすり寄ってゴロゴロと喉を鳴らしている。
「どうしてそう話があっちこっちに飛ぶんだ？」
「そんな主様だから、ご飯抜きなんですにゃ」
　ツーンと頬を膨らませて、黒葉はそっぽを向いた。
　どうしてわかってくれないのだろう。どうして言ってくれないのだろう？
　悲しくて、憎らしくて、こらえきれない気持ち。
「だから、お前に何もしてないのに何で勝手に怒ってるんだよ！」
「怒ってないのにゃ！　主様が悪いのにゃ。私は間違ってないのにゃ」
「はぁ？　わけわかんねぇよ！」
　雅紀の苛立ちが伝わってくる。全然理解していない。
　黒葉のことなんて、これっぽっちもわかってない。
　それが無性に悲しくて、そっぽを向いたまま落ちそうになる涙を必死にこらえた。
「勝手に言ってろ！」
　そう言い捨てて、雅紀は自室へと向かい荒々しく戸を閉めた。
　振り向くと…ネコだけが黒葉を見つめていた。
「…ごめんにゃ、キミの所為じゃ無いにゃ」
　ネコを撫でながら、黒葉そう呟く。
「にゃ〜ん」
　ネコは一鳴きすると、黒葉の足に体を擦り付けてどこかへ行ってしまった。
　…ひとりぼっちだ。
　空っぽになった心が、行き場を求めている。けれど、それはどこにもない。
　ポロリとこぼれた涙をぬぐい、洗濯物を一生懸命干し始めた。
　これはやっておかなければいけない。
　やらなければ主様が困る。黒葉の仕事だから。
　真っ白に洗いあがった洗濯物を干し終わると、黒葉は縁側に座り込んだ。
　パタパタと風に揺らめく洗濯物を眺める。主様の着物。
　こんなに天気がいいのに、気分はどんより。雨の日よりも重たい気がする。
　どうして、こんな風になってしまったんだろう？

　…悪いのは、全部私にゃ…。

　縁側でずっとずっと反省する。主様が出てこないから、私も昼ご飯は食べない。
　許してくれるまで、ずっと反省する。
　…許して…くれるんだろうか？
　主様の部屋の前まで行っったり来たり、声を掛けようかとも思ったが勇気は出なかった。
　どうしたら許してもらえるだろう？
　ずっとずっと、そのことを考えていた。


３．
「黒葉、その…さっきは言いすぎた」
　縁側でボーっと外を眺めていた黒葉に、後ろから雅紀の声が聞こえた。
　黒葉の耳が、ぴくぴくっと動いた。黒葉は振り向いてじーっと雅紀を見つめた。
　本物…だろうか？　夢じゃないんだろうか？
　目の前の雅紀はそんな黒葉の視線に動揺したように、言葉を続けた。
「それと…猫よりもお前の方が大事だから」
　黒葉は一瞬驚いた。まさか、雅紀の口からそんなことを聞けるとは思ってなかった。
　自分のために雅紀が色々考えてきてくれたことが嬉しかったが、それ以上に苦しませてしまったことを後悔した。
　黒葉は目を伏せた。雅紀からそれ以上の謝罪の言葉が出る前に黒葉が終わらせなければならない。
「…たら…」
　黒葉は呟いた。
「ん？」
「―撫でてくれたら、許すにゃ」
　恥ずかしそうに呟いた黒葉に雅紀は少し笑って、黒葉の頭を優しく撫でた。
　雅紀の手が優しい。やっぱり、雅紀が好きだ。できることなら、ずっとこの人の傍に居たい。
　その思いは口には出せないけれど、心の中で温かく黒葉を守ってくれる。
「これで仲直りにゃ」
「そうだな」
　黒葉は少し間をおいて、上目づかいで雅紀を覗き込む。
「…ご飯、ちょっと遅くなっても良いにゃ？」
「解った。期待してるぞ？」
「わかったにゃ」
　嬉しそうに黒葉は台所へと走り出す。雅紀はそれを微笑ましく見送った。


４．
　台所にあったものの中で一番早くできそうなのは素麺だった。
　お湯を沸かして、薬味を刻み、庭から無毒な花を摘んで洗って彩に添える。
　そんな作業をしながら、黒葉は思う。
　なぜ、あんなことで怒ってしまったのか？
　たった一言『撫でてほしい』と素直に言えばよかったのではないのか？
　自問自答を繰り返す。
　答えは…わかっている。
　雅紀への思いが日に日に強くなって、溢れそうになっている。
　傍に居るからなおのこと、私のことを好きでいてくれる気がして…私、勘違いしている。
　黒葉は首を振った。ダメだ。それはダメだ。

　桜の木の下の約束が…思い出が壊れてしまう…。

　雅紀の中にいる桜の木の約束の少女と、黒葉…それが繋がってしまう時。
　どうなってしまうのか、想像もできなくて黒葉はえもいわれぬ恐怖を感じる。
　あの時の少女が私だと…黒葉だと知ったら、主様の中の私は…？
　怖い…。

　黒葉は考えるのを止めた。
　主様のご飯を作ることだけに集中しよう。今はそれが大事。
　冷たい水で汁を用意し、薬味を綺麗に盛り付けて、素麺をいっきに冷水でしめる。
　昼ご飯を食べていないから、いっぱい食べてくれるかもしれない。
　残っていた煮豆やつくだ煮を皿に盛り、少しでも多くの皿を用意した。
　…時間を優先したせいで手の込んだ料理ができなかったのが残念だが、まずはお腹いっぱいになってもらうことが先決だ。
「急いで作ったから、副菜が間に合わなかったにゃ」
　黒葉がそう言って雅紀の前に素麺を出すと、雅紀は優しく微笑む。
「美味しいよ」
　そう言ってくれるだけで幸せだった。喜ぶ顔を見ていられることが嬉しかった。
　傍に居られることが夢のようだと、何度でも思ってきた。
　だから、今のこの幸せが続けばいいと思う。

　けれど…桜色の約束が胸を締め付ける。
　私は…私は……。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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　ic0149　／　御堂・雅紀　／　男性　／　22歳　／　砲術士

　ic0141　／　黒葉　／　女性　／　18歳　／　ジプシー


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　黒葉　様

　こんにちは、三咲都李です。
　この度はご依頼ありがとうございました。
　ＤＴＳの雰囲気を探りつつの手探り状態で書かせていただきました。
　黒葉様の揺れる複雑な乙女心が表現できていると嬉しいのですが…。
　少しでもお気に召せば幸いです。

鈴蘭のハッピーノベル

三咲　都李

舵天照 -DTS-

2013年07月02日