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『初夏〜ケチャラー達の集い ジューンブライド編 』
若杉 英斗ja4230
●来るべき結婚式に向けて

 June――6月の花嫁が幸せになれるという言い伝えは、ローマ神話の女神Junoが司る結婚生活や出産への加護を乞い願う風習から始まったとされる。

 そんな6月の、ある雨の日。
 とある民家に純白のウェディングドレスを纏った黒髪の美女がいた。
 ここが何の変哲もない民家でさえなければ、それは溜め息を零してしまいそうなほど美しい花嫁姿だったろう。

 ――しかし。
 なぜ生活感あふれるこの場で、よりにもよってそのドレスか。
 疑問を抱いた友人が理由を問えば、美女――もとい七種戒(ja1267)は、これ以上ないほど真剣な表情のまま呟いたのだった。

「……花嫁に、なりたかったんだ」(※劇画調)

 そしてそのまま、両手で顔を覆う。式より前にドレスを着ると婚期を逃す? 気のせいだ。
 けど本気で花嫁になりたいならドレス着る前にやることが……おっと誰か来t

「だ、大丈夫やって似合ってるし! あとは相手さえおれば完璧!」
 彼女の盟友・小野友真(ja6901)は謎の自信に満ちた表情を浮かべ、ぐっと親指を立ててみせる。流石というかなんというか……うむ。
 フォローしたいのか抉りたいのか正直わからない友人の言葉を受けて、戒は一層がっくりと肩を落とした。
「だだだ大丈夫だ問題ない、私もうすぐおのゆーまも涙目でハンカチ噛むレベルの超イケメンやり手の青年実業家にプロポーズされる予定だから」
「戒、落ち着いて現実を見よう」
「言いにくいけど声震えてんで……?」
「いや真面目な話なんだが、なぜ君たちはかわいそうなものを見る目で私を見ているのかね」
 えっと……その……ノーコメントでお願いします。

 集まったばかりの面々だが、既に賑やかに談笑しているのは気心の知れた仲ゆえか。
 今日は梅雨らしい小雨だが、ともすれば憂鬱になりがちな天候も、仲間と楽しむのならスパイスに変わる。
「それより、雨降ってるのに白いドレス着てきたのか」
 若杉英斗(ja4230)の指摘は尤もである。
 晴れならまだしも。いや、晴れにしたって外を単身ウェディングドレス姿で移動するか、普通。
「あ、俺もそれ思った。一歩間違えば台無しになるでそれ、ってかようたどり着いたな」
「ふっ、私を誰だと思っている君たち。抜かりはない、着てきた服がある!」
「うわぁ……俺も早く着いたはずやのに戒に先越されてたんはそういう事か……」
「いくら星杜君が怒らないからって……」
「だから私に可哀想なものを見る目を向けるなと言っとろうに」


●すっかり忘れていましたが、ここは星杜家です

「みんな〜、試作品をひとつ作ってみたよ〜」

 家主の片割れであり、この会合の主催者でもある星杜 焔(ja5378)がキッチンから顔を出す。
 そう――今日の主たる目的は料理メニューの開発である。
「ほむたん……! それは私の『近い』将来の披露宴メニューに相応しい出来だろうなっ!?」
「それはもう〜筆頭の結婚式らしいケチャップ料理を考えたつもりであるよ〜」
 いつもの調子でにこやかに語る焔。
 その笑顔が普段通りすぎてスルーしそうになるけれど、よく聞けば何かが致命的におかしくないだろうか。
 例えば、ほら、メニューの使用用途とか。

 だが残念なことに圧倒的ツッコミ力不足であった。
 そりゃ備えあれば患いなしと言うし、実際非モテだと思ったがそんなことはなかったぜな事例もままある、が……
 だからって備えばっかり充分でも困るだろ、常識的に。

 なお辛うじて友真だけは状況に違和感を覚えた模様――だが。
「はっ! めっちゃ良い匂いする!」
 違和感の原因に気づく前に、調理場から流れてきた香りに思考を阻害されていた。
 だってしょうがないじゃない。ケチャップライスの匂いがするんだもん!
「あ、桐江さんそっち持ってもらえます〜?」
「分かったー星杜君も気をつけてね、特に足元……」
 姿は見えないが、キッチンの奥では桐江 零(jz0045)も手伝っているようだ。
「うむ〜」
 少々心もとない返事の直後、キッチンから居間へ焔がやってくる。
 その手には両腕を一杯に広げるほどの大きなオードブル皿。
 乗せられていたのは、焦げ目のない真っ黄色の薄焼き卵に包まれたオムライスだった。
「さすがほむほむ、天才的に美しい仕上がり!」
「というか予想以上のサイズだなこれ……食べきれるのか?」
 英斗が思わず呟いたのも納得できる。確かにこれ、すごく……大きいです……。
「ウェディングケーキの代わりにこれを用意して、入刀の代わりに巨大ケチャップで新郎新婦が初めての共同作業……どうだろうか」
「なるほど、ケチャップでハート描くのか。胸熱……!!」
 怒りですか? 感動ですか? 恐怖ですか? いいえ、武者震いです。
 両手をぐっと握り締めたまま戒は目を爛々と輝かせる。
「この黄色いキャンパス一杯に、二人の幸福な未来を描けばいいんだな!」
 あ……えっと、その……はい。
「ふっ、私の芸術魂(アートソウル)が火を噴くぜ!」

\ほむたんケチャーップ!/\はいよ〜/

 阿吽の呼吸で差し出されるケチャップの容器。
 友から渡されたソレをぎゅっと握り締め(※正確には気合は入っているが力は入れていないぞ! ケチャップハザードが起きるからな!)戒は立ち上がる。
「よし、そうと分かれば早速リハーサルをはじめるぞ諸君!」
 無駄にテンション高く宣言する戒だったが、当然のごとく外野からマジメな指摘が飛ぶわけで。
「とは言ってもなぁ、新郎役がいないとリハーサルにならないんじゃないか?」
「……えっ、それってつまり戒の旦那役を誰かがせなあかんってこと?」
「おい何で引いてんのかなゆーまおい」
 笑顔を浮かべて青筋を立てる乙女()から、皆は静かに、しかし次々と目を逸らしていく。
 安定の扱い――というか、うん。残念だが当然だと思います。男女比4:1なのに会場がこのテンションである時点で諸々お察しください。

「いくらフリとはいってもね……いちおう婚約者の手前それはどうかと思うのだよね……」
 そもそも此処は同居中の愛の巣()であるからして。
 形だけであろうと不義を働くことなどできようもない(建前か本音かはご想像にお任せします)。
「お、俺もちょっと遠慮したいかな! 俺むしろあれ、新婦の友人代表やん……!?」
 等とリア充どもは言い訳を申しており。そして彼らの泳いだ視線は英斗の方へと向けられていた。
 藪から棒に(いやある意味必然的ではあるが)矛先を向けられた英斗は慌てて首を横に振る、けれど。
「俺は……いや俺も彼女が……」
「若様、無理しなくていいんだぜ?」
 無駄にいい声で囁きつつ、戒が微笑を浮かべる。マジイケメン♀。
 しかし駆け引きにおいては英斗の方が一枚上手だった。
「それを言うなら桐江さんのほうが適任だと思うけど。真面目なリハーサルをやるなら、親しい間柄であればあるほど笑いそうだし」
「……ふむ」
 確かにそうかもしれないと、注目の的は一気に桐江へ移行する。
「星杜君、ケーキのデコレーションできたからそっち運ぶね〜……って、あれ?」
「桐江さん! 戒と結婚してやってください!」
 いろいろ端折った結果すごい語弊のある表現になってるわけだが、その点についてはどうなんだろう。
 けれどツッコミ力の不足は深刻であった。事態に気づかず乗っかる系男子高校生。
「お願いします!」
「お願いします〜」
「……えっと、だ、だがことわる……?」
 案の定あまり状況を理解していないのだろう。首をかしげつつ遠慮がちに桐江が言う――。
「どうしてそんな話になったのか知らないけど、俺のタイプはもう少し年上のお姉さん系で、普段はクールだけど本当は清純な乙女(※せいじゅんなおとめ)みたいな」
「……あの、桐江さん」
「あと脚はもう少し長くないと……って、え?」
 背後を指差す友真は冷や汗をかいていた。英斗は真顔のまま小さくため息。焔は……不気味に微笑んでいる!
 気の抜けた笑顔のまま、嫌な予感に振向いて。さあっと血の気が引き表情が凍る。

 きよずみおつおんな が あらわれた!

「 」

 きりえ は にげだした!
 しかし まわりこまれてしまった!

 その直後、ぬわーという絶叫がマンション全体に響き渡った(かもしれない)。


●ケチャップ、そしてケチャップ、さらにケチャップ

「とりあえず七種さんの希望メニューは一通り準備できたかな〜」
 巨大オムライスにフルーツトマトのケーキ。
 なにやらトマトスープのつけ麺らしきメニューもある。
 大皿の副菜は……いや副菜『も』何やら赤い。トマトをケチャップで味付けしたのだろうか。
「これは? まさか完熟トマトのケチャップ炒め……とか……」
「若杉さんさすがであるなぁ」
「……当たりなんだ……」
「うむ〜自家製オーロラソースも添えてみました〜」
 冗談で言ったらガチだったようです。ケチャップ6:トマト3:マヨネーズ1ぐらいだろうか。
 もはやこれケチャップ料理というよりケチャップです。具入りケチャップ。
 これアレじゃね? ケチャップ界におけるケチャップフォンデュ伝説超えたんじゃね? やばいケチャップ言いすぎてゲシュタルト崩壊。

「ふふふ……ほむたん甘い、甘すぎるぞ!」
「!?」

 バッ! と白布を翻して颯爽再登場したのは、もちろん我らが花嫁(笑)であった。
 あろうことか、ドレスを身にまとったまま両手にケチャップを持っている。二丁拳銃ならぬ二丁ケチャップ。ご機嫌にファンキーだな。
「足りぬ、全然足りぬのだよ! ケチャラーたるものすべての食材を赤に染めなければ!」
 行くぜ。世界を俺達の色に染め上げる為、まずは小手調べだ。
 照準スタンバイ、弾薬のストックも十分だ。これなら戦える……心さえ強く持てば!
 今すぐこの世界を紅蓮の地獄に染め上げてやろうではないか!(※なお今回使用するのは殺傷性のないケチャップ爆弾です)
「さすが総帥……」
「なんか張り切る方向おかしい気せぇへん!?」
「いくぞ桐江氏っ! 寝てる場合じゃない、早くケチャップを持つんだ!」
 無理やり白いモーニングに着替えさせられ、見事に顔まで白くなっていた桐江。
 災難の渦中にあった彼は、両手にケチャップを持ったままの戒に背中を蹴られオムライスの前に躍り出る。更なる悲劇がそこにあった。
 もはや改めて説明するまでもない、見たままの惨劇――。

 意図せぬ怪盗ダイブでオムライスに顔から突っ込む桐江。
 ソレだけでも結構な大惨事だというのに、火のついた戒の衝動はもはや止められないようだった。
「私の芸術魂を舐めるな! この世の全てを赤く染めるまで……私はケチャップを離さないからな!」
「やめろー!」
 効果音をつけるとしたら、ヒャッハーだろうな。
 そんな感想を抱くほど猛烈な勢いで、戒は黄色いキャンバスを赤く染め上げていく。ついでに白いキャンバス(※ドレス)も。
「桐江氏邪魔だぞ、退け! 出来上がるまで近づくんじゃない!」
 もはや目的を見失いつつある、っていうか完全に見失ってるなこれ。共同作業の欠片も無いし。
 オムライスに顔を突っ込んだ桐江をひっぺがすと、戒はまっさらなキャンバスに超前衛的なアートを描き始める。
 なお外野はというと、
「楽しそうでなによりだ……」
「ひゅーひゅーお似合いやでー(棒) あっほむほむソレ何? 味見させてー!」
 友達より飯、それがおのゆうまのじゃすてぃす。

【しばらくお待ちください】

 そして出来上がったものがこちらになります。
 巨大オムライスに描かれる現代アート()。芸術とは得てして一般人には理解しがたいものである。多分。

「ふ、今日はこれぐらいにしておいてやろう」
 ――飛沫を浴び赤く濡れたドレスのまま、女は艶やかに嗤う。頬に散った残滓を指で掬い、恍惚の表情を浮かべたまま己の指先を舐(以下略)
 そんな主役()にドン引きする者もあれば、違う意味で震えている男もいた。誰がどうとかそういう話は言わずもがな、時間の無駄なので省略。
 なお、既にご存知かとは思いますが本日ケチャップ大増量でお送りしております。流血沙汰ではありません。


●バカとトマトと非リア充

 閑話休題。

「気を取り直して試食会をはじめようか……」
 先程のどさくさに紛れていつの間にか猫耳カチューシャをつけさせられていた焔が、言った。
 そう、本来の目的は料理の試食会であった。皆覚えてた? 天の声は忘れてたぜ。
「……そういえば若様ケチャップ尽くしで大丈夫だったん?」
 ふと。ようやく正気に戻った戒が問う。
 言われてみれば、英斗がケチャラーらしい話はこれまで聞いたことがなかった。
 問いかけるような視線を向けられた英斗。
 実は彼の正体は、行き過ぎたケチャラー達の目を覚まさせる使命にかられたジャパニーズ醤油マイスターである(適当)。
 だが、まだ正体を明かすわけにはいかない。
「俺……今まで皆には黙ってたけど、実は」
「実は?」
 ケチャラー。次に続く言葉はそれしかないだろう、と、その場の誰もが思った瞬間。
 英斗は予想外のことを呟いたのである。
「サー=ケチャップの称号を持つ、由緒正しきケチャップ界のサラブレッド……モデルンテ侯爵家の出身だったんだ」
 ……。
 ええやん。もうさ、ただケチャップ好きってだけでええやん? 何でまた新しい設定つけてしまったん?
 普段は切れ者に囲まれ、ボケに甘んじる機会の多い友真でさえ、これにはツッコミ欲を抑えられず。
 堪らず口を開こうとした、瞬間。
「も、もてるんで伯爵……?」

_人人人人人__
> 突然の天然 <
 ̄^Y^Y^Y^Y ̄

 またおまえか桐江。

「もうだめだこの空間、ツッコミが圧倒的に足りてへん!」
「え、誰かボケた……?」
「えっ」
「えっ」

 その間、黙々とオムライスを取り分ける焔。(なお顔が埋まった部分は責任もって桐江が処理しました)
 つけ麺とつけ汁の乗った皿も各自に配布される。
「細く長くお幸せに、ってことで結婚式のメニューとしても縁起が良いと思うんだよ」
 年越しそばとか引越しそばのノリですね、わかります。
「ケチャップ付け麺ありかもしれへんな、さすが若公爵……天才やな」
 麺をすすりながら、しみじみと友真が呟いた。
 トマトつけ麺と呼ぶには少し濃いつけ汁はトマト系パスタを連想させる味で、思いのほか舌に馴染んだ。
 だが、英斗は渋い顔だ。当然である。彼はケチャップ貴族ではなく醤油武士ゆえ(適当)。

(……おかしい、ぱっとしないメニューを考えてきたつもりが意外とウケている)
 もはやこいつらケチャップ味なら何でもいいんじゃないか?
 そんな疑念を抱きつつ、さすがにケチャップの味に飽きてきた英斗は、こっそり持ち込んだマイ醤油を取り出す。
 狙うのは、トマトソースをつけていただく旬魚のカルパッチョ。
「いただきます!」
 箸じゃなくフォークなのは、この際目を瞑ろうではないか。
(刺身にはやっぱ醤油だよな。へい、ショウっ! ユーっ!)

 ぱくっ。

 ……。

 ……?

「な……なんだこれっ!? 醤油に見せかけたケチャップ? くそっ、すり替えられていたか……ケチャラーの集い、侮れない!」
「ふ、若様、この聖域にケチャップ以外の調味料が存在できるとでも?」
 ドヤァァァア。ケチャラー総帥喜びのドヤ顔である。
 いやぁ、凄まじい心理戦であった(棒)。
 っていうか、お前らそんなことばっかやってるからモテないんd……うわなにをするやめr


●お腹いっぱい

「……じゃあ、ケーキ切ろうか」
「なぁほむほむ……俺聞かなあかんと思うねんけど、なんでトマト乗せたん……?」
 俺ケーキ楽しみにしてたのに、と涙目の友真。
 それもそのはず、普通はいちごなんかが乗ってるケーキのてっぺんに、赤く色づいたトマトがまるっと乗っているのである。
 生トマト、オンザ生クリーム。見た目は悪くないし意外と行ける気がする(ただしトマト嫌い除く)。
「5等分って割と難易度高いですよね。4つに切ってじゃんけんかな? それとも6つ?」
「ちょ若様まで……! 俺の話聞いて! な!?」
 生トマトを前に怖気づく友真。
 実は、ケーキの上に輝くソレは果物より甘い高級トマト。
 誰か教えてやればいいものを、まさかの全員知らないフリ。分け前増量を狙ってる疑惑濃厚。
「わーすっぱーい(棒)」
「ほんとだ酸味がきいてるー(棒)」
「結局自分が一番なんや……うん知ってた!」
 ふるふると肩を震わせる友真であった。泣いてない、泣いてないぞ。

 食べきれなかった料理は、保存容器に入れて持ち帰ることになった。
「最近よく聞く残り物リメイクという調理方法に少し興味があってな」
「やるなよ、お前の料理スキル俺以下やろ、落ち着け。素直にレンチンだけにしとき。レンチン」
 真顔で止められる料理スキルって一体……。

 ――お疲れ様でした、と。
 すっかり雨の上がった道、お土産の紙袋を下げて帰路につく。

(新婦の友人代表の小野友真です。……って真面目に挨拶するんはいつになるんやろな)

 本当はずっと密かに楽しみにしているけれど、本人に告げたところでヘソを曲げられる気がして、言い出せずにいた。
 けれど、自分たちはまだ十分に若い。

 いつの日かきっと、その時はやってくる。
 そう信じて今日を精一杯生きていこうと、改めて思うのであった。
鈴蘭のハッピーノベル -
クロカミマヤ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月03日

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