▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『白き思い出 〜アルフィリウム〜 』
アルフィリウム(ic0400)

「ここにいたんですか」
 アルフィリウムは鈴蘭が咲き乱れる丘で、探していた千庵の後ろ姿を見つけた。
 庵は暗い表情を浮かべながら、鈴蘭を睨むように見つめている。
 そんな彼に気軽に声をかけることができず、アルフィリウムは戸惑ってしまう。
「……何か悲しい思い出でもよみがえっているんでしょうか」
 困り果てたアルフィリウムはため息を吐き、しゃがみこんで鈴蘭を摘み始めた。
 しかし一面に広がる鈴蘭の白い花を見て、遠い記憶が頭の中に浮かぶ。
「そういえば、お師匠様とはじめて出会った日は雪と氷で地面が白かったです」
 いくつかの鈴蘭を両手に持ちながら、アルフィリウムは庵に向かって歩き出す。


 廃れた寺院の管理をしている庵はその日、白い息を吐きながら外に出る。
「ううっ! 外は寒いな。隙間風が吹くボロ寺の中がマシに思えるぜ」
 寒さに身を小さくしながら、焚き火に使う木を取りに山へ向かう。
 ここ数日、神楽の都には雪が降り続いていた。静かに少しずつ、降り積もるには少々足りないが、至る所に氷や氷柱を作るには充分なほどに。
 家の中にいても寒さが身に染みるほどなので、人々はあまり外に出ないようになっていた。
 山で木の枝をいくつか拾い集めた後、庵は周囲をキョロキョロと見回す。
「こんなに寒くちゃあ鳥も獣も出てこねぇか。……静かなもんだぜ」
 生き物の声も気配も全くしない山の中に、まるで一人だけ存在しているような感覚になってしまう。
 寒さとは別の震えが起き、庵は帰り道を早足で歩き出す。
「んっ? 何か落ちてやがるな……って、まさか人間かっ!?」
 氷と雪に覆われた地面に、一人の少女が倒れていた。
 庵は慌てて木を放り出し、滑る地面に足を取られながらも少女の元へ駆け寄る。
「おいっ! しっかりしやがれっ!」
 上半身を抱き起こし、頬を軽く叩くもかすかにまぶたを動かすだけ。
「……体温が大分下がってやがるな。それにしても何て格好をしてやがる」
 庵は眉を寄せ、改めて少女の全身を見る。
 着ている服はボロボロで、足は靴さえ履いていない。
 まるでどこからか逃げ出してきたような姿に、庵の胸が痛んだ。
 そして神経を研ぎ澄ませ、周囲の様子を探って見る。
「……追っ手の気配はねぇな。とりあえずボロ寺に連れて行くか。…っとと、木も忘れちゃいけねぇな」
 庵は少女を背負い、落とした木を拾って、寺への道を歩き出した。


 住居の方で、庵は自分の布団を敷き、少女を寝かせる。
 そして拾ってきた木を囲炉裏に入れて火を付け、暖を取った。
「湯も沸かしておくか」
 やかんに水を入れ、自在鉤にかける。こうすれば囲炉裏の火によって、お湯が沸くのだ。
「……しかし妙な拾いもんをしちまったな」
 少女の外見は、この神楽の都では珍しいものだった。
 明らかに異国の者であることは見て分かるのだが、しかし異国との交流が盛んなこの国では、こんな風に他国の少女を扱わないはずだ。
「差別……とはまた違うな。奴隷とも違う。だが、まっとうには生きてきてはいない」
 差別や奴隷の扱いを受けた者には独特の空気があるのだが、少女からはそれらが感じられない。
 しかし平和に生きてはいないだろうことを、庵は察していた。
「ちっ…。ややっこしいのは勘弁だぜ」
 口ではそう言いながらも温まったお湯を桶に移し、手拭いを入れて絞り、少女の顔を拭く。
「んっ……、んんっ……?」
 軽く呻きながら少女は軽く首を振り、そしてゆっくりと眼を開ける。
「おっ、気付いたか?」
 少女は橙色の大きな眼で周りを見てから、庵を見て動きを止めた。
「ここ……は?」
「俺様が管理するボロ寺だ。安心しろ、とりあえずてめぇを追っているヤツはいねぇ」
 庵のその言葉で、少女は眼を見開く。そして突如上半身を起こしたのだが、貧血を起こして布団に倒れる。
「おいっ、無理するな!」
「無理……と言いますか……」

 ぐぅううう〜〜〜

 少女の腹から、空腹を訴える音が部屋に響き渡った。
「……腹、減ったんだな。ちょっと待ってろ。何か食いもん、作ってくるから」
「すっすみません……」
 少女は寒さとは違う意味で、頬を真っ赤に染めながら呟く。


 そして庵は台所で、漬物入りのお粥を作って戻って来た。
「見ての通り、ボロ寺だからな。良い食いもんはねぇぞ」
「いえ、食べさせてもらえるだけ、ありがたいです」
 少女は今度はゆっくりと起き上がり、庵が鍋からお椀によそったお粥を食べ始める。
「あっ、凄く美味しい……です。優しい味がします」
 ほっと安心した表情を浮かべ、少女は冷ましながら食べ進めていく。
 お椀が空になるごとに庵はおかわりを入れていたが、やがて鍋いっぱいに作ったお粥が底をつき始めたことに気付いた。
「ずっ随分と食べるんだな。しばらく食べていなかったのか?」
「……そう、ですね。しばらく食事を与えられませんでした」
 言葉では淡々と言いながらも、少女の眼からは静かに涙が流れている。
 感情を取り乱すことなく泣く姿を見て、庵はため息をつき、少女の小さな頭を大きな手のひらで撫でた。
「おかわり作ってくるから、待ってろ」
「はい。……すみません」
 庵の手のひらから伝わるぬくもりと優しさに、少女は再び涙を流す。


 少女は数日間の介護で、元気になった。
 その後、少女は自分の名前がアルフィリウムであると、庵に伝える。
「長くて言いづらい名前だから、アルでいいな!」
 と庵が言うと、アルは嬉しそうに微笑んだ。
 アルは行き倒れになっていたところを助けてもらった礼だと言って、この寺院で庵の手伝いをしたいと言い出す。
 アルが他に行き場や帰る場所がないことを察していた庵は、喜んでその申し出を受ける。
 ……だが、途中で気付いた。
 アルは言葉はしゃべれるのだが、文字は書けないし読めない。そして簡単な足し算や引き算などの計算も、できずにいたのだ。
「アル! 勉強するぞ! 今の時代、最低限の学がなくちゃあどこも雇ってくれねぇ! 独り立ちしてぇなら、必死に覚えろ! そして俺様のことを『お師匠様』と呼ぶんだ!」
「はっはい、お師匠様」
 庵の迫力に負け、アルは素直に頷く。
 この日から手伝いではなく、勉強会が始まった。
 しかしこれまで勉強をしてこなかったアルは、急に知識を頭の中に叩き込まれたせいで、知恵熱を出して倒れる。
「まあ世の中の常識はある程度覚えたし、家事についても困らない程度は身につけたしな。その上、勉強までしちゃあ頭が追いつかなかったか」
 水に濡らした手拭いを絞りながら、庵は呟いた。
 赤い顔でうんうん唸っているアルの額に手拭いを載せた後、庵は深く息を吐く。
 ――この数日で、アルは自分がどんなふうに生きてきたかを、庵に少しずつ話していた。
「私はアル=カマルの貧しい家に生まれました。そして物心つく前から理由も分からず、実の両親に疎まれた扱いをされていました。……私の何かが気に入らなかったんでしょうね」
 そんな扱いを受けることに耐え切れなくなったアルは、とうとう家から飛び出したのだ。そしてあの山の中に逃げ込んだのだが、数日間、何も飲み食いしなかった為に力尽きて倒れてしまったのだと言う。
「もしかしたら両親が探しに来るのではないかと不安でしたが……よくよく考えてみれば私を疎んでいたんですから、いなくなって清々しているのかもしれません」
 自虐的に微笑むアルを、何故か庵は咎められない。
 本当なら、「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。子を心配しない親なんか、この世にはいねぇよ」と言いたかった。
 ……だがこの世界がそんなに優しくないことを、庵は身をもって知っていたのだ。
 庵の右側の上半身の皮膚は、幼い頃にかかった病気のせいでアザのような模様が浮かんでいる。
 医者からはそう長くは生きられないと告げられ、気付けば寺の僧侶になっていた。
 だが生きる場所は人里から離れ、山に囲まれた荒れ寺を選んだのだから、無意識に人との接触を拒んでいる自分に気づいた。
 全く関わらないわけではない。しかし長く続いた縁はない。
 誰かを助けたことは、今までだって何度かある。
それでもアルのように、こんなに長く一緒に過ごしたことはなかった。
「……コイツん中に、俺様に似た何かを感じ取ったんだな」
 庵は顔のアザを手で触れ、眼を閉じる。
 だがアルは自分と違って、生きる時間が短いわけじゃない。
 これから頑張れば、いくらでも幸せに生きていける道を選ぶことができる。
「幸いにも、ここは神楽の都だ。都心に行けば、良い職を見つけることができるだろう」
 こんなボロ寺で過ごすのはアルの為にならないと、庵は思っていた。
 都心に行けば良い職に就け、綺麗で可愛い服を着て、美味しいものもたくさん食べられる。友達だって、たくさん作れるだろう。
「一緒に暮らすようになって、もうすぐ一ヶ月が経つんだな……」
 庵は寝込んでいるアルの頭を軽く撫でて、弱々しく微笑んだ。
「……後少し。最低限の知識を得れば、てめぇを雇ってくれるヤツが見つかるだろう。俺様の役目は、もうすぐ終わりだ」


「お師匠様、私、本当に出て行かないといけませんか?」
「ああ。俺様が教えられることは、全て教えた。もう元気なんだし、都心に一人で行くことだってできるだろう。地図も持たせたしな」
 寺院の前の道で、暗い顔をしているアルと、明るい表情を浮かべている庵は、正面から向かい合っている。
「おにぎりは昼飯用だ。すぐに食うんじゃねえぞ? 水を入れた竹筒もやったし、少ないが金も渡したな。後はてめぇが行くだけだ。この寺院は俺様一人でも充分だしな!」
「でも私はっ……!」
「アル、俺様は別に邪魔だから追い出そうとしているんじゃねぇ。この世界にはてめぇぐらいの子供が働いているなんて、珍しくないんだ。ちゃんと一人でも生きていけるようになってほしいんだ。分かるよな?」
「……はい。今までお世話になりました」
 アルはペコっと頭を下げると、都心に向かって元気なく歩き出した。
「まっ、少し卑怯な言い方だったが、それでも間違っちゃいねぇ。いつ寿命が尽きるか分からねぇ俺様と一緒にいたって、しょうがないんだ。……立派になれよ、アル」


 そして都心にたどり着いたアルフィリウムは、開拓者になる道を選んだ。
 その数日後、用があって都心に訪れた庵もまた、開拓者になることを決めた。
 一度は別れた二人の人生という名の道は、その後、再び重なり合うのだった。


 開拓者として戦いの日々を送っていた庵を、探し出したアル。
 今でも二人の仲は師弟でもあり、また同僚でもあった。
「……生きていりゃあ、自分の存在の意味が変わることだってある。人によって、自分の印象がまったく違うように」
 アルの両親は我が子を疎んでいた。
 しかし庵にとって、アルは今ではなくてはならない大切で大事な存在だ。
 少なくともアルには、両親に存在を否定されたからといって、自分の全てを否定するべきではないことは教えられたはず。
「さてと、そろそろ戻るか」
 振り返った庵は、アルが鈴蘭を両手に持ちながら、こちらへと歩いて来る姿を見て驚く。
 まるでブーケを持ちながら花婿の元へ歩いてくる花嫁の姿に一瞬見えて、慌てて頭を振ってその想像を打ち消す。
「よっよう、アル! どうした?」
「お師匠様が突然いなくなったんで、探しに来たんです!」
 少し拗ねた顔をしながらも、両腕を開いた庵の胸の中に飛び込むアル。
「おおっと……。大きく育ったなぁ」
「はい! お師匠様がいっぱい食べさせてくれますから」
 出会った頃と比べて、アルはかなり成長している。それは体だけではなく、精神的にもだ。
「でもよく俺様がここにいるって分かったな」
「私はお師匠様のことなら、何でも分かるんです。どこへ行こうとも、必ず見つけますからね」
「そりゃこえーな」
 軽く笑いながら、庵はアルの頭を撫でる。
 心地よさそうに微笑みを浮かべるアルを見て、庵もまた幸せな気持ちになった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ic0714/千 庵/男/22歳/武僧】
【ic0400/アルフィリウム/女/15歳/吟遊詩人】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 このたびは依頼していただき、ありがとうございました。
 お二人の初々しい出会いを書かせていただき、楽しかったです。
 これからも末永く、仲良く過ごせることを祈っております。
鈴蘭のハッピーノベル -
hosimure クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.