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『きみの指先、あなたの温度 side 縁 』
点喰 縁ja7176


 春と夏の合間、中途半端で居心地の良い季節。
 新緑が目にまぶしくて、髪をさらう風が涼やかで、キラキラと路面で光が跳ねる。
 やがて焼かれるような夏が来て、物寂しい秋が来て、指先かじかむ冬が来るのだと解っていても、ついつい立ち止まっていたくなる。
 初夏。そんな季節。




 似たような思いを抱いて、心の片隅に置いて、忘れたふりをして、日常を送っていた点喰 縁がノックダウンしたのは、そんな季節のある日のこと。
「な、情けねぇ……」
 『なおすこと』が信条の縁であるのに、よもや自身が『故障』とは。
 学園での講義。
 撃退士としての依頼遂行。
 家事。
 家事。
 それから
(あー…… いけねぇ。頭が回らねぇや)
 どちらかというと、天井が回っている。
 喉の痛みと熱が酷い。
 咳が出ないだけ楽だろうか?
 ごろり、寝返りを打って布団を頭まで被る。
 窓を開ければ爽やかな風が吹き込んでくるだろう。
 この時間帯、公園の木陰で昼寝でもすれば、きっと気持ちが良いだろう。
「情けねぇ……」
 枯れた声で繰り返すと、玄関先から姉の声が飛んできた。
 よく効く薬を調達してくる、ということだ。『娘』を連れて。
(あぁあああ……)
 仕方ない、風邪を伝染すわけにはいかない。姉の判断は正しい。
 縁が力なく伸ばした手は、パタリと床に落ちる。
 そのまま突っ伏した頭の上に、愛ネコ2匹がゴキゲンに乗りにいらした。
 図らずも土下座的構図に落ち着き、猫の体温に癒されながら、ようやく縁は眠りに入った。


(……重い 暑い くるしい…… なんでぇ、これ……)

 熱に浮かされ見る夢は、大概がロクなものじゃない。
 要領を得ない映像が、チカチカと脳内を駆け巡り……
 猫の尾が頬を撫でる感触。
 玄関の呼び鈴が鳴った。




「縁先輩…… お元気ですか?」
「ゆかっ……!?」
 縁が重い体を引きずり玄関へ出向くと、杷野 ゆかりが大荷物を手にしてそこに立っていた。
「風邪でダウンしてるって、お姉さんから聞きました。具合……まだ、良くなってないですよね?」
「けほ、……ん、薬買ってくるって……」
 姉の言っていた『よく効く薬』とは、いやまさかそんなまさか。
「ずっと、おひとりだったんですか? ごはんとか……」
 見れば、ゆかりが手に提げてるバッグからは、近所のスーパーで購入したらしい食材各種が覗いている。
「でぇじょうぶ、それよりゆかりちゃんに伝染すといけねぇや。お見舞い、ありがとな」
「むっ 駄目ですよ、ちゃんとご飯食べるまで帰りませんからね」
 やんわりと帰りを促す縁の強がりを見抜き、ゆかりの表情がキリッとなる。
「ご飯って」
「任せてください。お姉さんから、住所とかキッチンの場所とか調味料の場所とかまで教えて頂いてます」
 ――住所
 そうだ、どうしてここを――
(駄姉ぇええええええええええ……!!!!)




 小気味良くまな板の上でネギを刻む音が、静かな室内に響く。
 時折、ゆかりの鼻歌が混じる。
 アパートタイプの寮。寝室の、少し開いた戸の隙間からはゆかりの後姿が見えた。
 変えられたばかりの氷嚢へ手を伸ばし、縁は目を閉じる。
 窓からの日差し、耳に届く音へ意識を集中する。
 誰かが同じ部屋に居て――それが、自分のために居てくれて。
(あったけぇ)
 くすぐったくも嬉しい、ささやかな幸福を、どう受け止めれば良いのやら。
(……なんか、情けねぇとこばっか見られてんなぁ)


 くつくつと、小鍋で粥が煮えてくる。
(えぇと、卵は冷蔵庫の…… あっ)
 教えられている、とはいえ、ゆかりが実際にお邪魔するのは今回が初めてで。
 料理上手の縁は、きっと家庭でも役割を担っているのだろうと思っていたけど……
(縁先輩の、字だ)
 冷蔵庫内の調味料などに貼られている手書きのメモ。
 アットホームな様子に、こっそり笑いをもらす。
(いつもは皆に頼られたりする先輩だけど……)
 見舞いに訪ねて、真っ先に自分へ伝染ることを心配しちゃうような、先輩。
(優しくて……包容力があって。あるから、なんでも背負い込んじゃうのかな)
 こんな時にまで、強がらなくたって……。
 卵を握り、ゆかりは考え込む。
「……むぅ」
 自分自身が、内面は意地っ張りだという自覚はある。
 それは、もしかしたら自分だけではないのかもしれない。




 軽いノックの後、ふすまが開けられる。
「縁先輩。お粥、できましたよ。起き上がれますか?」
「ん。……んん……」
「あっ、無理しないでください」
 慌てて近くに膝をつき、ゆかりが背を支える。
「『あーん』しましょうか」
 冗談交じりの提案を、縁は咽込みながら、なんとか断る。
「……こういう時くらい、人に甘えちゃっていいんですよ?」
 『他人』という言葉は使わなかったこと。
 『出来れば自分だけに』だなんて気持ちの裏返し、気づいてほしいようなないような、そわそわしながら。
「すまねぇ」
「『ありがとう』が嬉しいです」
「はは…… ん、うめぇ。ゆかりちゃん、上手だなぁ」
「ほんとですか!?」
 にっこり笑顔を返し、縁はレンゲを口元へ運ぶ。
「あっ、あっ、リンゴも買ってきてあるんです。すりおろし、作りますね!」
「わ、危ない、ゆかりちゃん――」
 畳に足を滑らせ、ゆかりが転ぶ。慌てて縁が手を伸ばし、下敷きになった。
 その頭の上に、愛ネコ二匹が並んで座る。
「お、重くないですか、縁せんぱい……」
「でぇじょうぶ、慣れてらぁ……」
 穏やかな昼下がり、なんともいえない沈黙に、福々しい猫たちの鳴き声が響く。




 食事を終えて、体が温まったら少しだけ楽になった。
 食後のお茶は、二人で食卓を囲んで。
 修学旅行にバレンタイン・ホワイトデー…… 二人で過ごした思い出を、ポツリポツリと話題に挙げる。
 最近ではウェディングドレスのデザイン、なんてこともあった。
 明るく楽しい話題が止まったところで、ふ、と縁が陰りを見せる。
「……いつも。でぇじなモンがさ、指をすり抜けちまうんだ。なんにもできねぇうちに」
 縁の頭をよぎるのは『先生』のこと、冥魔に殺された伯父一家と、唯一残された従妹のこと。
 普段よりどこか饒舌なのは、熱のせいだろうか?
 自身の指先に目を落としながら語る縁の横顔を、ゆかりはじっと見つめる。
「だから、そう言うものを抱えらんねぇって思ってきたのにさ」
 そんなことを言うのに、縁の周りは賑やかだ。
 最近では、可愛らしい『娘』までできている。
 困った笑いを落とし、それから、ゆかりへと向き直った。
 家系は指物師。文化財修復師を目指して修行をしていたという縁の、指先は固く。柔らかなゆかりの手を、ぎこちなく包み込む。
「また持ちたいって、おもってんだ……。許して、もらえるかい?」
「許すも何も」
 ふとした温度に、ゆかりはドギマギしながら、なんとか心を落ち着ける。
 この『家』へ来て、学園では見ることのなかった縁の一面に触れて。
 深まった感情が、ゆかりの中にもある。
「大事にしたい気持ちって、誰かに止められるものではないと思います。それに……」
(あれ? あれ? これって…… ……うん。これって)

「大事にしたい方が大事にされてるだけだと思ったら、大間違いなのかもしれませんね」

 にっこり。
 とびきりの笑顔で。
「よっ、縁先輩!!?」
「え いや あー…… 腰が抜けちまって……」
 パタリと後ろに倒れ込んだ縁の顔を、ゆかりが慌てて覗き込む。
「情けねぇ……」
 本日何度目かの言葉。
 ゆかりがクスクス笑い、寝室から毛布を引っ張り出す。
「情けない縁先輩の姿は貴重です。膝、お貸ししますね」
「へっ!?」
「さすがに、向こうまで連れては行けませんから」
 起き上がれるようになるまで、ほんのちょっとだけ、膝枕。
 隠れ意地っ張りの縁を甘やかせる機会など、そうそうないだろうから。
(そういえば今日のワンピースちょっと短い…… あうう)
 言い出したはいいが、いざ縁の頭が乗ったところでギクリとなるゆかり。
 縁はもちろん、そこまで余裕がないので心配不要と言ったところだけれど……。
(熱い、な)
 まだ、熱はあるんだ。
 ゆかりは目を閉じる縁の髪を手櫛で梳きながら、色白の肌を見下ろす。
 触れたところから、じんわりと伝わる熱。
 それは風邪のせいだろうか。それとも……


 柔らかな夢の中、縁は夢を見る。
 指先から、砂のように大切なものが零れ落ちていく――その下に、受け皿のように、ゆかりの小さな手。
 驚いて隣を見る。
『大丈夫ですよ、縁先輩』
 天真爛漫な、ゆかりの笑顔がそこに在った。
(嗚呼、ずっと)
 ずっとこのままでいられたらなぁ、という寝言が、ゆかりに聞こえていたかどうかは定かでは、無い。




【きみの指先、あなたの温度 side 縁 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7176/ 点喰  縁  / 男 /18歳/ アストラルヴァンガード】
【ja3378/ 杷野 ゆかり / 女 /17歳/ ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
きっと、目を覚ました時にはお姉さんと娘さんも一緒になって顔を覗きこんでいるんだろうな、まで想像を巡らせながら書かせていただきました。
冒頭部分、お二人それぞれに合わせて差し替えております。
楽しんでいただけましたら幸いです。


鈴蘭のハッピーノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月05日

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