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『幸せの雨 〜徒紫野 獅琅〜 』
徒紫野 獅琅(ic0392)


 シトシトと落ちる雨。
 鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

 女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
 叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

 貴女と、君と……永遠の幸せを……。

 * * *

 天儀歴 一〇一三年 六月

 他儀との国交が始まって二〇年以上。
 独自の文化を築いてきた天儀でも、異国の文化と言うのは珍しい物ではなくなってきた。
 特に洋式の強いジルベリアは、天儀朝廷が真っ先に国交を結んだ国と言うこともあり、今では多くの文化が浸透している。
 その中の1つ。特に6月に渡ってきた文化は、今やジルベリアの乙女はおろか、天儀の乙女も一目置く物となっていた。
「うわぁ! このドレスすてきっ!」
 隣で声を上げる女の子の声に、徒紫野獅琅は何とも言えない面持ちで視線を落とした。
 その手にあるのは、今まさに女の子が「すてきっ!」と言ったウェディングドレスがある。
 純白の艶やかな生地に、レースやパールをふんだんに使用したそれは、確かに綺麗だし素敵だと思う。けれどそれは自分と無関係だったら、の話だ。
「梓さん、これって……」
「大丈夫よ。絶対に似合うから」
 にっこりと笑ったこの女性は「しぇあはうす」で同居するお姉さん――鶫梓。
 「しぇあはうす」とは、これまたジルベリアから渡って来た風習の1つで、多くの人が1つの場所に住む、いわば合宿所のような場所を指す。
 もちろん家賃は全員で負担だし、いろいろな規則もある。
 それでも合宿所とは違った居心地があるのは、そこにいる人達のお蔭なのか、それとも――
「獅琅君がドレスなら私は羽織袴ね」
「え」
「え。って……どうかした?」
「いえ……梓さん、羽織袴なんですか?」
 チラリと見やったのは並べられたドレスたち。その中には純白だけではない、鮮やかな色合いの物もある。
「着たら似合うと思うんだけどな」
 ポツリ、零した声に梓が首を傾げる。
 でもまあ言い出したら聞かない性格だし、そもそも獅琅の意見は流されるに決まってる。
 それなら、と獅琅は近くにあった洋装に手を伸ばす。
「さっき依頼主さんが言ってましたよね。これは結婚式を模したイベントだって。成功させるためには、みんなで一丸となって協力し合わなきゃいけない。って」
 そもそもここに獅琅と梓が来たのは、開拓者として依頼をこなすためだ。
 とは言っても依頼内容は、あってないも同然。単純にイベントを盛り上げるためのサクラをするだけなのだ。
 つまりはタダ酒にタダ飯万歳! しかも綺麗な服も着れると言うオマケつき。
「折角だし、梓さんも洋装にしたらどうです?」
 手に取って差し出したのはタキシードと呼ばれる、ジルベリアでは男性が結婚式で着る衣装だ。
「別に良いけど……それを着たら、獅琅君はドレスを着てくれるの?」
 タキシードを見た後で伺うように向けられた視線に目を瞬く。
 梓はどうあっても獅琅にドレスを着せたいらしい。その胸中は不明だが、やはり梓らしいと思ってしまう。
「まあ、いいですけど……」
 深く考えても仕方ない。
 それに別に嫌でじゃないし――って、嫌じゃないのは女物の服を着ることじゃなくて……。
「って、誰に言い訳してるんだ……」
 ふるりと首を横に振って苦笑する。
「それじゃあ、着替えに行きましょうか?」
「あ、先に行ってて。髪飾りも借りて行くから」
「髪飾り……?」
 そこまで本格的にやるんだ? そんな思いが過るが、ここは深く考えたら負けだ。
 浮かんだ思いを胸にしまって、獅琅は控室に足を向ける。その道中、女性客の熱い眼差しが突き刺さった気もするが、この辺も気にしたら負けだ。
「えっと……ああ。この個室で着替えるのかな?」
 控室に入ると小部屋のような箱が置いてある。カーテンとか言う布が掛かっているのがその証拠だ。

 バサッ。

「おお……すごい」
 腕の中で蹲っていた布を広げると、ものすごい量のレースが滝のように落ちて行く。キラキラと光るパールが布の動きに合わせて色々な色を見せると、獅琅は僅かに頬を紅潮させてその光景に魅入った。
「……こんなの、着たことないや」
 もしこの依頼を受けていなかったら、もし梓と出会っていなければ、もし……
「あの人に、出会っていなければ――」
 こんな機会もなかったのかもしれない。
 そう思うと、胸に温かなものが宿る。それにそっと手を添えると、獅琅は静かに瞼を伏せた。

   ***

 いつのことだっただろう。
 梓と出会うずっと前。それこそ神楽の都に来る前で、たった14年しか生きていない自分でも長く感じる昔のこと。
 人の愛情も、人の心も、言葉も、全てが信じられなかった自分。そんな自分を助けてくれた人がいた。
「何で、俺なんか……」
 病床の内で静かに呟いた獅琅に、その人は温かな笑みを浮かべて答えてくれた。
「人を助けるのに何か理由がいるのかい?」
 今まで獅琅に向けられていたのは、殺意や怒り、それこそ負の感情ばかり。
 こうして無条件に向けられる慈愛の心を、獅琅は知らない。
 この人は何故、自分を助けてくれるのか。
 この人は何故、自分にこんなにも良くしてくれるのか。
「俺を騙してるんじゃ……」
 後で裏切る気かも知れない。と、そんなことを考えた時もあった。
 けれどその人はいつも変わらない優しさで接してくれ、獅琅も次第にその人へ感謝の気持ちを芽生えさせていった。
 それは今まで悪さを続け、人を信じることの出来なかった彼にとって、進化とも呼べる変化だったのかもしれない。

――いつかこの人のために死ねたなら。

 はじめて触れた「誰かを大切だと思う心」。それを教えてくれた人だから……。

   ***

「〜〜っ、なんなんだ、これ……!」
 グギギッと苦戦すること僅か。
 声を上げた獅琅に、梓が顔を覗かせる。
「獅琅君、どうし――」
「梓さん、背中止めてください。これ、手が届かなくて……って、梓さん?」
 カーテンから顔を覗かせて目を瞬く彼女に獅琅の眉が上がる。そして次の瞬間。
「獅琅君、可愛いっ! 可愛い可愛い可愛いーっ!」
「ちょっ!?」
 きゃっきゃっと上から下まで存分に眺める彼女に頬が熱くなる。だがそれ以上に気になるのは、開きっぱなしの背中だ。
「梓さん、背中!」
 お願いします! そう言って背中を向けると、梓は「きゃー!」と声を上げて背中のチャックを上げた。
「何でそこで悲鳴なんだろう……」
 いや、気にしたら負けだ。
 獅琅は腰を締め付ける布に息を吐き、梓を振り返った。そこには案の定、目を輝かせてこちらを見る梓がいる。
「はい、獅琅君。これも着けてね」
「……これは?」
 ヒラヒラとレースみたいな物が着いた髪飾りに目を瞬く。視界を覆うような髪飾りは、梓との距離を作ってしまうようでどこか寂しい。
 それでも梓は獅琅の返事を聞くことなく、彼に髪飾りを被せた。
「これはベールって言うらしいの。結婚式で花嫁さんが着ける物らしいわよ」
「へぇ」
 聞き慣れない言葉だが、天儀で言う所の角隠しみたいな物だろうか。
 それにしても、やっぱり視界が悪い。
「梓さん。これだと歩き辛いと思います」
「そう?」
 神秘的で綺麗だと思うけど。
 そんなことを呟きながら、梓はベールを持ち上げた。
 その瞬間、明るい光と共に、至近距離で梓の顔が飛び込んで来る。
「……っ」
 ドキリと跳ね上がった心臓に息を呑む。
 けれど梓はそんなことなどお構いなしに獅琅の顔を見詰めると「うんうん」と満足そうに頷いた。
「やっぱり獅琅君、可愛い! すごく可愛い! 可愛いわ!」
 何度も何度も繰り返される言葉。
 獅琅からすれば嬉しくないこともないが、梓の方がよっぽど可愛いと思える。
 自分よりも大人なはずの彼女が「可愛い可愛い」と表情を崩す。
 初めの頃からこんな感じだったから、他の人にもそうなんだろうけど、それでもその姿は可愛く思えてしまう。
 獅琅は自然と浮かぶ笑みをそのままに、梓のことを見詰めた。
 穏やかに心に降ってくる温かな光。
 優しくて、いつまでも触れていないと思う温もりに、獅琅の表情がゆったりと変化してゆく。
「梓さん、俺ね……」
 そう言い掛けて言葉が止まった。
 心に灯った明かりについて告げようとしたのに、何故だか言葉が出て来ない。
「獅琅君?」
 唐突に言葉を切った獅琅に、梓の不思議そうな声が降ってくる。
「……言葉が、足りない」
 ボソッと呟いて梓を抱き締めた。
 ほとんど衝動的だったかもしれない。それでも梓は拒否することはなかった。
「……どうしたの?」
 優しく囁く声と同じ、優しい手が獅琅の背中に回って抱き締めてくれる。
 優しい感触。穏やかな気持ち。
 それらで胸がいっぱいになって、なんだか落ち着かない気持ちになる。
 そんな折、梓の唇が見えた。
「……」
 意識したことなんてなかった。
 何度も頬に触れた「それ」が特別だなんて思ったことはなかった。
 それなのに――
「!」
 触れ合った唇の温もりに瞼を伏せる。
 繋ぐ手や、触れる体の温もり。それらと同じ温かな感触に、胸の奥がギュッと締め付けられそうになる。
 獅琅はそっと唇を外すと、顔を真っ赤にして硬直している梓に気付いた。
「あ……」
 じっとこちらを見詰める眼差しに、胸が再びギュッと締め付けられる。それに手を添えるように体を離すと、獅琅はゆっくり彼女から離れた。
 このまま梓を見ていれば、彼女に対して浮かんだ「何か」がわかるかもしれない。
 母性に対する思慕なのか。それとも――
「やっぱりわかんねえや」
 小難しいことは考えていても仕方がない。
 獅琅はそう零すと、固まったままの梓に笑顔を向けた。
「せっかくだから、いい男見つけないと♪」
 そう冗談めかしてスカートを翻す。
 そうして梓をチラリと見ると、彼は軽い足取りで控室を出て行った。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ic0392 / 徒紫野 獅琅 / 男 / 14歳 / 志士 】
【 ic0379 / 鶫 梓 / 女 / 20歳 / 弓術師 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『鈴蘭のハッピーノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!

※同作品に登場している別PC様のリプレイを読むと少し違った部分が垣間見れます。
鈴蘭のハッピーノベル -
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舵天照 -DTS-
2013年07月08日

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