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『幸せの雨 〜鶫 梓〜 』
鶫 梓(ic0379)

 シトシトと落ちる雨。
 鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

 女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
 叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

 貴女と、君と……永遠の幸せを……。

 * * *

 天儀歴 一〇一三年 六月

 他儀との国交が始まって二〇年以上。
 独自の文化を築いてきた天儀でも、異国の文化と言うのは珍しい物ではなくなってきた。
 特に洋式の強いジルベリアは、天儀朝廷が真っ先に国交を結んだ国と言うこともあり、今では多くの文化が浸透している。
 その中の1つ。特に6月に渡ってきた文化は、今やジルベリアの乙女はおろか、天儀の乙女も一目置く物となっていた。
「うわぁ! このドレスすてきっ!」
 近くで上がった女性の声に、鶫梓はチラリと目を向ける。けれどその視線は直ぐに戻され別の場所へ。
「桃色も良いけど、やっぱり白かしら」
 目の前に並ぶ色とりどりのドレス。これはウェディングドレスと呼ばれる代物で、ジルベリアから伝わって来た乙女の夢だ。
 ジルベリアでは6月に挙式を上げた花嫁は幸せになれると言われ、この季節に結婚式を挙げようとする者が多いらしい。
 梓は立ち並ぶドレスの内、一枚を取ると、隣で困惑したように立つ少年に手渡した。
「梓さん、これって……」
「大丈夫よ。絶対に似合うから」
 にっこり笑顔で告げて手元のドレスに視線を落とす。
 純白の艶やかな生地に、レースやパールをふんだんに使用したそれは、すごく綺麗だ。
 ちなみにこのドレスを受け取った少年は徒紫野獅琅と言い、「しぇあはうす」の同居人でもある。
 「しぇあはうす」とは、ジルベリアから渡って来た風習の1つで、多くの人が1つの場所に住む、いわば合宿所のような場所を指す。
 もちろん家賃は全員で負担し、いろいろな規則もある。
 それでも合宿所とは違った居心地があるのは、彼が居るからかもしれない。
 梓は戸惑う彼に笑顔を寄せると「ふふ」と企んだ様な笑みを零した。
「獅琅君がドレスなら私は羽織袴ね」
「え」
「え。って……どうかした?」
「いえ……梓さん、羽織袴なんですか?」
 そう言って獅琅は並んでいるドレスを見る。
 その視線に首を傾げると、梓は試着の準備を進める女性客に目を向けた。
「この髪飾りきれい……あ、この首飾りも!」
 ドレスと一緒に試着できるのだろう。
 色々な種類の装飾品が並んでいる。
 金銀パール。それこそありとあらゆる貴金属が並ぶ中、梓はある物に目を留めた。
「……あれ、獅琅君に似合いそう」
 質素だけれど、気品漂う品。他の装飾品とはまるで違う雰囲気を醸し出すそれに梓の目が吸い寄せられてゆく。と、そこに獅琅の声が聞こえて来た。
「さっき依頼主さんが言ってましたよね。これは結婚式を模したイベントだって。成功させるためには、みんなで一丸となって協力し合わなきゃいけない。って」
 言われてふと思い出す。
 そもそもここに梓と獅琅が来たのは、開拓者として依頼をこなすためだ。
 とは言っても依頼内容は、あってないも同然。単純にイベントを盛り上げるためのサクラをするだけなのだ。
 つまりはタダ酒にタダ飯万歳! しかも綺麗な服も着れると言うオマケつき。
「折角だし、梓さんも洋装にしたらどうです?」
 そう言って差し出されたのはタキシードと呼ばれる、ジルベリアでは男性が結婚式で着る衣装だ。
 確かに獅琅がドレスで梓が袴と言うのも味気ない。でも……と、梓の目が動く。
「別に良いけど……それを着たら、獅琅君はドレスを着てくれるの?」
 折角の機会だし、絶対に着たら似合うと思う。だから獅琅にはドレスを着て欲しい。
 そんな想いを篭めて見詰めると、諦めたように獅琅が呟いた。
「まあ、いいですけど……」
 よし! はしたないかもしれないけど、勢いよく心の中で拳を握ってしまった。
「それじゃあ、着替えに行きましょうか?」
「あ、先に行ってて。髪飾りも借りて行くから」
「髪飾り……?」
 獅琅は嫌がるかもしれないけど、どうしても気になったのだ。
 梓は装飾品が置かれた場所を示すと、控室に向かう彼を見送ってからそこに足を運んだ。
「やっぱり、これ……」
 遠目からでも素敵だと思ったが、近くで見るともっと素敵だ。
 梓は装飾品を手にすると、それを着けている獅琅を想像して笑みを零した。
「それがお気に召しましたかな?」
 不意に聞こえた声に振り返る。
「先ほど部屋を出て行かれた方へでしょうか? 良く似合いそうですね」
 確かこの人物は依頼人だ。身なりも支配人らしく、立ち居振る舞いにも隙がない。
 梓は男性に頷きを返すと、手にしている装飾品に目を落とした。
「他の装飾品と違って、独特な雰囲気がある……神秘的、とでも言うのかしら。だから気になったんだけど……」
「貴女の目は素晴らしい。実はそれは――」
 そう言って語り出した支配人の言葉を耳に、梓はふと思う。
 なぜ自分はこんなにも獅琅を気に掛けるのか。
 何故……。
 その言葉に、心が小さく痛んだ。

   ***

 獅琅と梓が出会ったのはいつだっただろう。
 気付いた時にはもう傍にいて、同じ時間を過ごすことも多くなってた。
 「しぇあはうす」に梓が招いたのだって、獅琅との時間をもっと増やしたくてだったと思う。
 確かその時、同居人の1人が獅琅の近くに寄って、盛大にやきもちを焼いた記憶がある。
 その他にも、「みたいじゃなくて獅琅君は色男なのよ!」とか力説したのも今では恥ずかしいような、懐かしいような。
 でもそう思い始めたのは何故なのか。
 その辺りを考えようとすると、なんだか胸がモヤモヤする。
「弟に似てたから? それとも別の理由?」
 口にして問い掛けるけど、答えは出ない。
 ただ1つだけ確かなことがある。
「私は獅琅君が……」
 そう口にした梓の足が控室の前で止まった。そして視線を手の中の髪飾りに落す。
「……幸せの証」
 支配人が教えてくれたのは、手にしている髪飾り――ベールの意味だ。
 ベール本来の意味は清浄。悪魔や悪霊から身を守る意味があるらしい。
 でもここの支配人はベールにはそれ以外の意味もある、と言っていた。
「現から切り離された花嫁を花婿が助け出し、幸せにする。その儀式を演出するためにベールはある、か」
 おとぎ話ような話だが、嫌いではない。
 むしろ、そうした話がある方が梓としては好感が持てる。
「……さて、獅琅君はもう着替え終わったかな?」
 そう零して扉に手を掛けると、思わぬ声が届いた。
「〜〜っ、なんなんだ、これ……!」
「獅琅君、どうし――」
 何ごとか。
 そう目を瞬いて彼が居る小部屋に駆け寄る。そうしてカーテンから顔を覗かせると、梓の目が見開かれた。
「梓さん、背中止めてください。これ、手が届かなくて……って、梓さん?」
 衝撃――とは、このことを言うのかもしれない。
 ドレスに付けられたパールが獅琅の動きに合わせて色々な色に光って、レースも柔らかな曲線を描いて揺れてる。
 それに何より、ドレスを着ている獅琅が可愛い!
「獅琅君、可愛いっ! 可愛い可愛い可愛いーっ!」
「ちょっ!?」
 思わず抱き付こうとしてグッと堪える。
 それでも注ぐ視線はそのままで、獅琅は困ったように眉を寄せると、くるりと背を向けてしまった。
「梓さん、背中!」
 お願いします! そう言って頭を下げられたのだけど、梓は丸出しの背中に「きゃー!」と零す。
 彼女曰く「仕方ないでしょ」とのこと。
「獅琅君の背中、きれい……!」
 心の中でグッと拳を握って大絶賛。それに比例して頬も熱くなるけど、見えてないから良いよね?
 梓は目で充分に堪能すると、満足げにチャックを上げた。そして不思議そうに振り返った獅琅にベールを差出す。
「はい、獅琅君。これも着けてね」
「……これは?」
 ヒラヒラとレースが着いた髪飾りに獅琅は目を瞬いている。
 そんな彼に手を伸ばして、梓は優しい手つきでベールを着けて行く。それはまるで何かの儀式のようだ。
「これはベールって言うらしいの。結婚式で花嫁さんが着ける物らしいわよ」
「へぇ」
 そう返事をする彼を、ベール越しに見て思う。
「……現から切り離された花嫁」
 彼の顔が見え辛い点を考えると、まるで小さな壁が出来て、獅琅と自分の世界を分けられてしまったように感じる。
 これを助けるのが花婿の務め――と思った所で、獅琅の声が届いた。
「梓さん。これだと歩き辛いと思います」
「そう?」
 神秘的で綺麗だと思うけど。
 そんなことを呟きながら、内心でははやる気持ちでベールを持ち上げる。
 もしかしたらこのベールを上げることで何か変わるかもしれない。そんな想いを篭めて。
「……っ」
 徐々に上げられるベール。その向こうに見えた柔らかな瞳に、梓の目が釘付けになった。
 ドキドキと高鳴る胸に頬を紅潮させ、慌てたようにいつものフリを装う。そうして何度も満足げに頷くと、心からの賛辞を口にした。
「やっぱり獅琅君、可愛い! すごく可愛い! 可愛いわ!」
 ドキドキはまだ納まらない。
 それを隠すようにはしゃいでみせると、唐突に獅琅の表情が変わった。
 穏やかで、優しい、いつもとは違う「大人」の顔。
「梓さん、俺ね……」
 聞こえる声に煩いくらいの鼓動が脈打つ。そしてその音をやり過ごすように息を詰めると、言葉を止めてしまった獅琅を見詰めた。
「獅琅君?」
 何を言おうとしてるの?
 そう語りかけるように言葉を紡ぐ。すると獅琅の腕が伸ばされた。
「!」
 ヒュッと呼吸が奪われて目が見開かれる。
 獅琅から梓を抱き締めるのは、初めてかもしれない……。
「……どうしたの?」
 動揺はしてる。でももしかしたら、ドレスを着たのが嫌だったのかもしれないし、疲れて倒れかけてるのかもしれない。
 だから動揺を隠して彼の背中に手を伸ばした。
 そして早まる鼓動を聞かせないようにと、顔を逸らす。でも次の瞬間――
「!」
 こちらを見詰めていた獅琅の顔が近付いた。
 でもただ近付いただけじゃない。
 唇同士が触れ合って、お互いの温もりが直接唇から伝わって来てる。

 なんで……。

 本当だったらそんな風に考えても良かったのかもしれない。
 でも今の梓は完全に動揺していた。
 それこそ、先ほどの動揺の比ではないくらいに……。
 獅琅はそんな梓から唇を離すと、そっと腕を解いて離れてゆく。そして何かを言って部屋を出て行くと、梓は呆然としたまま自らの唇に指を添えた。
 まだ何が起きたか理解できていない。
 ただわかっているのは、納まりようがないくらいに早鐘を打つ鼓動が納まらないことと、唇に残るこの感触が本物だということだ。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ic0379 / 鶫 梓 / 女 / 20歳 / 弓術師 】
【 ic0392 / 徒紫野 獅琅 / 男 / 14歳 / 志士 】




ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『鈴蘭のハッピーノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!

※同作品に登場している別PC様のリプレイを読むと少し違った部分が垣間見れます。
鈴蘭のハッピーノベル -
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舵天照 -DTS-
2013年07月08日

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