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『見下ろす月に想う影。 』
朱華(ib1944)

 縁側から見上げる月は、いつでも同じ表情を朱華(ib1944)へと向ける。今も、昔も。恐らくは明日も、遠い未来だって。
 そんな白い満月を、朱華は1人で見上げていた。傍らには丸い盆を置いて、上に徳利と酒杯を並べて。
 杯は、1つきり。かつてはこの縁側で、共に暮らしていた幼馴染と2人並んで月を見上げ、酒杯を交わした事もあったはずだけれども――その過去は、今は驚くほどに、遠い。
 だから朱華はただ1人で、白く輝く満月を見上げて、酒杯を静かに傾けている。傾けて、飲み干した酒杯に新たな酒を注いで、また飲み干して。
 思い出すのはあの月の如き、穏やかで静かだった幼馴染の青年。共に故郷から神楽へと出てきて、共に開拓者になって、この家で一緒に暮らしていた――依頼先でアヤカシに殺されてしまった、彼。
 こくり、酒杯を傾けて、彼の事を想う。彼を想い、彼との『約束』で守り続けてきた彼の大事な者を、彼の婚約者を、思う。
 ――穏やかな笑顔を常に浮かべる、彼が朱華は本当に大好きだった。そうして彼の婚約者の事も好きだったから、どんなに彼が彼女を大事に想っているか、彼女が彼を大切に想っているか、知っていたから。
 彼の大事な者を護ると、約束を交わしたのは朱華にとって、ごく当たり前に出てきた選択だった。そうすれば、今は亡い彼があの穏やかな笑顔で、柔らかな声で笑ってくれているのだと感じられたから。
 けれども――

「‥‥‥」

 先日赴いたとある依頼の事を思い出し、朱華はふと眼差しを月からそむけ、掌へと向けた。かたりと酒杯を置き、両手を膝の上に広げて、じっと。
 今は何も掴んではいない、掌。――未だ何も掴めていないように見える、両の手。
 細く、息を吐く。そうして脳裏に、思い出の中で見えたそれとは違う、ごく最近目の当たりにした『彼』の穏やかな微笑みを想い描く。
 ――それは、大切な物の幻影と戦え、という、とあるアヤカシからの依頼だった。この胸に抱く大切な者の面影――それを相手にした時に、正体がアヤカシであれども戦う事が出来るのか、と言う。
 そんな依頼を受けてアヤカシを退治るべく赴いた、朱華の前に現れたのはやはりと言うべきか、もちろんと言うべきか、彼で。あの頃と変わらない穏やかな微笑みの、朱華の記憶のままの彼。
 朱華は、斬った。彼の幻影に惑わされ、悩みながらも――彼の姿を持つモノを、切り捨てた。
 ぐっと、強く手を握る。この手で切り捨てたはずなのに、その時の感触がどんなだったのか、もはや朱華には思い出せないけれども。

(この手で‥‥あいつを‥‥)

 強く、強く握った手に掴んだものは、一体なんだったのだろう。彼の大切な者を護るために強くなると、その為に戦うのだと、一番最初に告げた時の彼の表情は、一体どんなだっただろう。
 よく、思い出せない。覚えていたはずのその記憶は、けれども今、ひどく曖昧だ。
 ただ、手を強く握りしめる。この手に力を掴むために、彼と共に修行した。何かを護れるようにと、共に切磋琢磨して、互いに刺激を受け合いながら力と技を身につけて行って――彼が居なくなって、彼の代わりに彼女を守ると誓ってからも、それは変わらなくて。
 否、あの頃よりももっと真剣に、真摯に、思い詰めるように、朱華は強くなりたいと願い、強くなろうと修業を積んだ。すべては、彼との約束のために。彼の大切にしていた、彼が守りたかった彼女を、守る為に――そう、彼と約束したのだから。
 それが、朱華の行動の理由のすべて。何かを護れるように強くなりたいと願った、その願いは彼との約束を果たす為の餓える様な誓いに変わった。
 だが――あの日、彼の姿を持つ、彼ではないモノと対峙して、思い出した事がある。

『君はもっと我儘になっていいんだよ?』

 彼の言葉。記憶の中の彼がかつて、何度も口にしていた言葉。あの穏やか笑顔で、穏やかな声で――今思えばもしかしたら、少し困ったように。
 もっと我儘になって良いんだよ、と。何度も、何度も。
 ――小さく息を吐いて、朱華は握った拳から眼差しを、再び空に輝く真白の月へと映した。見上げた空に浮かぶ満月は、変わらず穏やかな光を湛えて、地上を見下ろしている。

「――ごめんな」

 その、彼の如き月を見上げて朱華は、心から呟いた。彼自身に詫びるつもりで、真摯に。
 ――あの日、彼の姿を持つモノと対峙して思い出したのは、彼に何度も告げられたその言葉だった。そうして、気付いてしまった。自分が守りたかったのは、本当は、彼の約束などではなかったのだと。
 朱華が守りたかったのは、それまでの日常。今までと変わらない自分。彼が世界から失われた事で世界が変わってしまうことを恐れ、彼の大切な者を護るという約束に縋る事でそれから逃げようとした。
 その事実に、あのアヤカシと対峙した瞬間、気付いてしまった。彼の死を悼んでいるつもりで、彼の死を、彼の想いを、彼そのものを他ならぬ朱華が穢しているのだと。朱華はただ、彼の死を言い訳にして変化から逃げていただけなのだと。
 だから白い月を見上げて、もう居ない彼に心から詫びる。頑是ない子供のように、彼の死に縋る事しか出来なかった自分を――死してなお彼に甘えて申し訳ないと。
 それでもきっと、彼は「朱華は仕方ないな」とあの笑顔で穏やかに、見守ってくれているはずだから。

「‥‥ありがとう」

 万感の想いを噛み締めて、朱華は月へと囁いた。あの白い満月が、大切な幼馴染その人であるかのように。
 それは、1つの区切り。別れ。――そして、始まり。

「‥‥さようなら」

 その為に、彼に、彼との約束に、朱華は惜別の言葉を告げた。それは彼の約束に縋って、自らを約束で縛って、足踏みしたまま留まり続けていた自分自身との別れの言葉でもあった。
 進んでいるつもりで、どこにも進んでいなかった自分。強くなって、彼との約束を果たす事に執着していた、自分。
 そんな自分に別れを告げて、今度こそ前へと歩きだすために、朱華は月へと別れを告げる。――胸に沸き起こる寂寥に、瞳を伏せる。

(悲しい訳じゃないんだ)

 彼との約束は朱華の生きる道標であって、どうかすれば朱華そのものでもあった。朱華の生きる意味だった。それは事実だけれども、そんな自分に気付いてしまった今、彼との約束と別れるのは、悲しくはない。
 けれどもただ、寂しい。彼との約束に別れを告げる事が、決別する事が、ただひたすらに寂しい。
 彼との約束が、彼という指針が失われた今、朱華の胸を満たしているのは、進むべき道を見失った迷子の子供のような気持ちだった。進むべき道を見失い、たった1人取り残されて、行く先すら解らない。
 どこへ、行けば良いのだろう。ここから、どちらへ進めば良いのだろうか。
 それを思うと途方にくれてしまうような気がして、朱華はまた、細く息を吐く。息を吐き、それでも、再び彼に縋ろうとは思わない。

「俺は、俺の為に生きるから」

 遥か高みから見下ろしてくる白い月に、静かに、静かに誓う。また道を見誤って、お前を穢したりはしないと、自分自身に強く誓う。
 ――取るべき道は判らなくとも、先ずは一歩を踏み出さなければならなかった。行く先が判らずとも、先ずは歩き出さなければならなかった。
 それがきっと今、彼が本当に望んでいること。もっと我儘になっていいのだと、幾度も彼が繰り返した本当の願い。
 だから朱華は、歩き出す。彼のためではない、自分自身のために。自分自身の望みのために――朱華の道を、朱華の意志で。

「これもまた、お前のため、になるのかな」

 呟いて、苦笑した。そうじゃないと、きっと彼は笑うに違いないと、朱華自身にも判っていたからだ。
 朱華が朱華の道を歩くのは、彼の願いを叶えるためじゃない、朱華自身のためだ。朱華が朱華のために生きるため、朱華は歩き、この手に力をつけて、この世界を見つめていく。
 それが、朱華にも判っていた。もう彼には捕われない。決して二度と、彼を理由にしたりしない。 
 だから、そこから見守っていてくれと、白い月に酒杯を捧げて、朱華は一気に飲み干した。――彼が、嬉しそうに笑った気がした。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib1944  / 朱華  / 男  / 19  / 志士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

息子さんの、月へと静かな想いを馳せる物語、如何でしたでしょうか。
様々な方に想いを残した幼馴染様に、蓮華もお会いしてみたいと思いながら、書かせていただきました。
心に大切に抱く約束を手放すのは、本当に勇気のいる寂しいことですが、息子さんの決断が幸いな未来へ続くことを、心からお祈りしております。

息子さんのイメージ通りの、新たな日々へと続く晴れやかな月のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月08日

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