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『愛情とは 』
奈義・紘一郎8409)&高峰・沙耶(自宅)(NPCA008)



 麗らかな日差しの差す日曜日。
 奈義・紘一郎は一人、いつものように高峰研究所内の自室にて一冊の分厚い本を片手に、窓のブラインドを上げ暖かな日差しの差し込む椅子に腰を下ろした。
 そっとテーブルの上に置かれた本のページを捲り、難しい言葉や数字の羅列を目で追い始めた時だった。突然部屋のドアがノックも無しに開かれ、一人の女性が入ってくる。
「あら?」
 女性は部屋に一歩足を踏み入れるなり、奈義の姿を見つけて驚いたように足を止めた。と、同時に彼女の手に抱かれた猫が濁声で一声鳴く。
「いたの」
「……いたら悪いか」
 あまりにもそっけなく、聞きようによっては失礼な事をさらりと言った女性に奈義は銀縁眼鏡の奥の眉間に皺を寄せた。
 そんな彼の明らかな不機嫌さに、女性は「あらやだ。ごめんなさい。深い意味はないのよ」とニッコリ笑う。
 女性はこの研究所の所長でもある高峰・沙耶だ。
 豊満な体に、妖艶漂う黒のドレスを身に纏い、腕にはいつも黒猫を抱いている。
 そんな彼女はどこか冴えない顔をしているのを見て、奈義が不思議そうに声をかけた。
「顔色が冴えないな」
「あら。そう見える? あなたは暇そうね」
「……」
 悪意はないのだろうが、どこか棘のある言い草に思わず奈義は顔を顰めた。
「あなたのところに空いてるファイルはないかしら? 報告書の整理をしようと思ったのだけど、まとめるファイルがなくて困ってるのよ」
 そう言いながら、高峰はまるで勝手知ったる我が家の如く部屋の中を見回した。
 彼女は、奈義が暇だと思っているようだった。
 暇と言えば暇だが、今後の研究に関する資料を集めるためにも本を読もうと思っていたのだが……。
 そう心の中で呟きつつも、彼女の手伝いの方に興味を引かれるものがある。
「手伝うよ。あと、空いてるファイルはそこにある」
「あら、ありがとう。助かるわ。それじゃ、終わったらお茶にしましょう」
 ニッコリと微笑む高峰に、奈義は手元の本を閉じた。

                  *****

 山のように積み上げられた報告書は、どれも怪奇現象に遭遇した人間たちから寄せられたものだった。
 彼女はその報告書たちを集めることに熱心になっているようだが、名目上研究の為と言いながらそれ以外のことは一切謎だ。
 奈義は大量にあるその報告書たちを急ぐわけでもなく一枚一枚簡単に目を通し、視線を上げる。
「これは、ある程度グループに分かれてるのか?」
 そう訊ねた先に、やはり山積みの報告書に埋もれている高峰は、手を休める事なく口を開く。
「一応そうしてあるけれど、あまりに多すぎて中には混ざっているものもあるわ」
「そうか。分かった」
 奈義は短くそう答えると、すぐに手元の報告書に目を落とす。
 一枚一枚さらりと、しかし、内容はしっかり頭に入れながら分別していく。
 黙々とした作業が続く中、ふと、奈義の手が止まった。
「……」
 食い入るように見詰める報告書には、次のことが書かれていた。
『愛情とは人の心に根深く残り、時に多くの思考、概念をその場に留め様々な怪奇現象を引き起こす』
 手が止まった奈義に気付いた高峰は顔を上げる。
「どうしたの? 何か分からないことでもあるのかしら」
「いや……」
 奈義はそう言いながら、手にしていたその報告書を机に置き高峰を振り返る。
「愛情とは、何だと思う?」
「何? やぶからぼうに……」
 突然の質問に、高峰の眉根が密かによる。
「俺としては、好意を向けられることも干渉されることも苦痛でしかない」
 そう語る奈義に、高峰もまた手にしていた報告書を置くと、対して興味もなさそうに彼を見た。
「そう。愛情の形も価値も人それぞれ違うでしょうから、あなたは別にそれでもいいんじゃない?」
「お前はどうなんだ?」
「私?」
 意見を求められた高峰は、顎に手をやり考え込む。そしてややあってから奈義を見た。
「あなたとそんなに変わらないかしら。愛情なんて色んな形のある複雑で、面倒な物だわ」
 高峰は再び手元に視線を落とし、ヒラヒラと報告書を何枚か捲りながら話を続ける。
「親が子供に向ける愛情は恋人に向ける愛情とは違うし、逆に親に向ける愛情は子供や恋人に向けるものとも違う。友人に向けるものだってそうでしょう? そう考えるとほんと、複雑だわ」
「……なるほどな」
 奈義は納得したようにそう呟くと高峰は小さく笑い、改めて奈義を見詰めた。
「それとも、あなたの求める答えの愛情は、恋人としての愛情?」
「それもあるが……」
「恋人としての愛情は、以外と単純なものかもしれないわね。肉親や友情に絡む愛情と違って分かり易い……」
 迂遠的な語り方をするのは高峰の特徴ではあるが、分かっていても思わず眉根が寄ってしまう。
 だが、彼女の言わんとすることも分からなくはない。
「……そうなのかもな」
 奈義は溜息を一つ吐くと、再び手元の作業に戻った。そんな彼を見て、高峰も作業に戻る。


 朝から続けられていた報告書の整理は、空が赤らみ夕闇が迫る頃になってようやく終わった。
 山のようにあった書類は種別ごとにファイルに納められ、綺麗に棚に並んでいく。
 最期の一冊が戸棚に仕舞われると、高峰はふぅっと肩で息を吐く。
「お疲れ様。ありがとう、手伝ってくれて。私一人だったら終わらなかったわ」
「いや。色々興味深い物も見れたから良かったよ」
「そう。じゃ、一服しましょう」
 席を外した高峰を見送り、奈義もまた体から力を抜き、夕日が差し込む机を見詰めながらポツリと呟いた。
「愛情か……。いい研究材料になりそうだな」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
りむそん クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年07月09日

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