▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『胡蝶の夢、柊の下で。 』
常塚咲月ja0156)&鴻池柊ja1082

 ガタ……ンッ!
 リビングから聞こえてきた大きな物音に、鴻池 柊(ja1082)はハッと顔を上げ、台所から飛び出した。そうして昼食の後片付けもそこそこに、真っ直ぐにリビングへと走る。
 今、この久遠ヶ原の家にいるのは、柊の他には故郷・京都からの幼馴染である常塚 咲月(ja0156)と、あとわずかだけだ。彼女達に何かあったのか、或いは久遠ヶ原にあってはまずありえない事だが、不審者でも侵入してきたか。
 想像を巡らせながら、リビングへと足早に向かう。と、倒れているほっそりとした足が廊下から見えて、柊は血相を変えて飛び込んだ。

「咲月!?」

 そうして名前を呼んだ柊に、けれども返る言葉はない。リビングの床にぐったりと倒れた咲月は、どうやら完全に意識を失っているようだ。
 慌てて抱き起こそうとして、どこかにぶつけて居ないかを慎重に確かめた柊は、ふと咲月の顔色がほんのり赤い事に気がついた。もしかして、としっとり汗ばんだ額に手を当ててみると案の定、常ならぬ高い体温が手の平に伝わってくる。
 はぁ、と息を吐いた。それは安堵なのか、呆れなのか、自責なのか自分でも判断がつかない。

「――熱……だから昼飯残したのか……」

 殆ど手を付けられないままだった、咲月の皿を思い出す。単純に食欲がないのだろうと思って居た、自分が些か情けなかった。
 もう一度、咲月が頭を打ったりして居ないらしい事を確かめて、柊は熱を持った身体をひょいと抱き上げる。そうして咲月の部屋に運んで横にならせると、台所から氷枕と、額を冷やすためのタオルと盥を持ってきた。
 氷枕を咲月の頭の下に差し込み、冷たく絞ったタオルを額に乗せる。そうして昼食の後片付けを手早く済ませてしまうと、心配そうに顔を覗かせてきた面々に「大丈夫だ」と微笑んで、枕元に水差しとコップを用意し、自らはきしりとベッドに腰を下ろして。

「月……?」

 ささやかに、呼んだ声に返る応えはやはり、ない。熱を帯びた吐息に揺れる髪を、嘆息と共にかき上げて柊は、起きたら薬を飲ませなきゃな、と考えた。





 それは懐かしい夢だった。多分、小学校5年生ぐらいの時の夢。まだ彼女が『月』という名を持っていなくて、柊にただ『咲月』と呼ばれていた頃。
 その頃の咲月が幸せではなかったのかといえば、決してそんな事はない。むしろ咲月は客観的に見ても、とても家族に愛され、可愛がられていた。
 朝、学校に行く前には必ず、家族皆が咲月の頭を撫でてくれる。いってらっしゃい、気を付けてな、頑張って勉強して来るんだぞ――かけられる言葉はその時々で違ったけれども、それが咲月が学校へ行く時の、毎朝の光景だった。
 だが、そうして与えられる愛情に、咲月が満足出来ていた訳でも、ない。或いはそうやって与えられる愛情が暖かかったからこそ、それが与えられない時の空虚がより際立って、飢えるような寂しさを胸に抱いていたのだろうか。
 愛情と共に学校へと送り出された咲月を、帰宅して出迎えてくれる人は、誰も居なかった。実家の旅館は忙しく、両親も姉も、従業員たちも咲月が帰ってくる頃には、咲月に構っている余裕などないくらい、忙しく働いていたからだ。
 それは咲月にとって、酷く寂しい事だった。けれども寂しさのままに我儘に、彼らに構って欲しいと訴えようとは思わなかったし、そうしてはいけないのだという事ももちろん、ちゃぁんと解って居た。
 それでも兄が居ればまだ咲月の相手をしてくれたが、その兄だって部活で帰宅が遅くなる日が殆どだから、夕食の時間まではほぼ1人きりで過ごす事が常で。そんな時に、皆が忙しく、けれどもどこか賑やかで楽しそうに動き回っているのをただ聞いて居たら、尚更寂しさが募って居た堪れなくなってしまうから。

「咲月……また来たのか?」

 寂しさに耐えかねて、いつもこっそりと家を抜け出し柊の家へとやって来た咲月に、柊はいつものように呆れた眼差しを向けた。のみならず、呆れているのを隠しもしない口調で、冷たくそう言ってくる。
 そんな時、むぅ、と所在のない両手で服の裾を掴みながら、訥々とした口調で紡ぐ咲月の言葉も、いつも変わらなかった。

「む……いつも通り、ちゃんとかきおき、のこして来たよ……」
「問題はそこやないやろ!」
「ええやおまへんの、ひぃちゃん。怒りん坊なんやから」
「な……ッ」
「咲月ちゃん、うちとお手玉して遊ばへん?」

 注意をする柊を、軽くいなしてくすくす笑いながら、咲月を優美に手招きするのは柊の家に居る、舞妓や芸子達だ。置屋をして居る彼の家には、夕方前には座敷に上がる前の女達が、それを過ぎた後でも見習いの少女達が誰かしら居て、いつでも酷く賑やかだった。
 そんな賑やかさに、咲月が惹かれていた事は間違いない。それは判っていたけれども、置屋なんて決して、好き好んで近付いて良い場所ではないはずだった――ここは、華やかなだけの場所ではない。
 そう、思うのに咲月はちっとも言う事を聞かないし、女達は『ひぃちゃん、また怒りよしに』と笑っていなすだけで。そもそも一体どうして自分が怒鳴る羽目になって居るのかと、奇妙な疲労感にぐったり肩を落とす柊に、咲月が不思議そうな眼差しを向けるのがまた、何とも言えない疲労をもたらす。
 もう良いと、心の底から溜息を吐いた柊に、女達がまたくすくす笑う。笑って、お手玉しよか、三味線弾こか、と咲月と一緒に遊び出す。
 置屋の女達はみんな、どこか子供好きだ。まして咲月がこんな調子で、親を求める雛鳥のように真っ直ぐに懐いて来るから、余計に可愛いらしく、何くれと世話を焼き、相手をしたがる。
 それが、咲月には嬉しかった。彼女が最初に絵に興味を持ったのも、舞妓達と一緒にお絵描きをした際に、咲月ちゃんえろう上手やねぇ、と手放しに褒めて貰えたからだ。
 家族が彼女に、この上なく一杯の愛情を注いでくれているのは、判っていた。だからもっと一緒に居てと、訴えるのはやっちゃいけない事なんだって、理解して居た。
 けれども咲月には、たった1人であの大きな家に居るのは、寂しくて。寂しさのあまり、押し潰されてしまいそうで。
 だから、柊の家が好きだった。柊が、柊の家に居る女達が好きだった。咲月の相手をしてくれて、咲月に沢山の言葉をくれて、約束をくれて、咲月の真っ白な世界に色をくれる、あの家の人達が大好きだった。
 だから――
 そう、柊に何かを言おうと唇を動かしかけた咲月は、彼の姿がぼんやりと薄らいでいくのに気付いて目を見張った。どうしてと、伸ばした小さな咲月の手を、大きな暖かい手がしっかり掴む。

『月……?』

 そうして呼ばれた声に、うん、と咲月は頷いた――





 ――気が付くとそこは、久遠ヶ原の自分の部屋だった。呆れた顔で唇を少しへの字に曲げて居る柊も、置屋の大好きな女達も、もちろんどこにも居ない。
 代わりにあの頃よりも遥かに大きく、逞しくなった柊が、そんな咲月に気付いてきしり、ベッドを軋ませ覗き込んできた。

「気が付いたか? 久しぶりだな。熱、出すの。スポドリ飲むか?」
「う……ひーちゃん……? 熱、って……」

 くしゃりと頭を撫でられる心地良さに、目を細めながら咲月は全身を覆う倦怠感に思いを馳せる。そんな咲月に柊が、熱を出して倒れたのだと教えてくれて、そういえば昼食の後の記憶がすっぽり抜けていると気が付いた。
 せっかく柊が作ってくれた昼食なのに、あまり美味しくなくて残してしまったのは、それでだったのかと納得する。起きられるかと尋ねられたのに、少し考えてふる、と首を振った。

「頭……ふわふわする……」
「結構、上がって来てるからな。無理でも、水分だけでも摂った方が良い」

 う〜、と小さく呻いた咲月に、苦笑しながら柊が身体の下に腕を差し入れ、子供のように抱き起こしてくれる。それに甘えて子供のように、されるがままになる咲月にまた柊が苦笑し、ペットボトルのスポーツドリンクを口元に運んでくれた。
 こく、と口をつけると、褒めるように頭を撫でてくれる。そうしてゆっくり、ゆっくりと、蝶のように少しずつ口に含み、飲み込んで、もうこれ以上は無理という所で口を離した。
 あまり減っていない中身に、柊が僅かに眉を寄せた。けれども何も言わないまま、再びそっとベッドに咲月を横たえると、額のタオルを冷たく絞り直してくれる。
 ひんやりと、心地良い感触。熱を帯びた身体に染み込んでくるようで、咲月はうっとりと瞳を閉じる。

「昔の夢……見てた……」
「――月?」

 そうしてぽつり、呟いた咲月に、柊は眼差しを向けた。それに気付いたように再びまぶたを持ち上げて、咲月が真っ直ぐこちらを見る。
 昔と同じように脆くて、ふと目を離した瞬間に崩れ落ちそうな――けれども柊という居場所を得た事で、あの頃よりもずっと落ち着いてくれた、幼馴染。

「――ひーちゃん……前みたいに、展覧会とか出せなくなったけど……絵を描き続けるって夢はあるから……」
「月……」
「それに……此処で出会えた人たちのおかげで、小さい世界が色鮮やかで、きらきらしてる……」

 そうして本当に幸せそうに、ほわりと柔らかく笑った咲月に、そうか、と柊が呟いた。それに、うん、と無邪気な頷きを返す。
 色鮮やかに、眩しいほどに美しい、咲月の世界。咲月を取り巻く、咲月の大切な世界。そこに居る、咲月の大切な人達。
 だからこそ、この両手が血に染まったとしても、自分の世界の人達は必ず護って見せると、心に誓う。咲月が冷たくなるその瞬間まで、何があろうとも絶対に。
 そんな、咲月の頭をまた柊は、ぽふりと撫でた。撫でて、寝汗に少ししっとりとした髪を梳いてやり、熱を帯びた頬に触れる。

「……それでも、俺はずっと月の『居場所』でいる」
「ひーちゃん……」
「――ほら、寝てろ。早く治さないとアイツらも心配するからな」

 ぽふ、と最後にもう一度頭を撫でて微笑んだ柊に、「ひーちゃんが……起こしたくせに……」と咲月は唇を尖らせた。けれども熱で体力を消耗しているのだろう、もぞ、と布団の中で僅かに身じろぎをしたかと思うと、すぐに寝息を立て始める。
 うっすらと浮いた汗を拭ってやった。次に起きた時の様子にも寄るけれども、まだ熱が下がらないようなら身体を拭いてやって、寝巻きに着替えさせてやらなければならないだろう。

(何か、食べやすくて栄養のあるものも、用意しておかないとな)

 次に起きた時に、すぐに食べさせられるように。さて、今は何があっただろうかと、脳裏で台所にあるものを順番に思い出す。
 そんな柊の耳に、静かな咲月の寝息が、柔らかく響いていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /     職業      】
 ja0156 / 常塚 咲月 / 女  / 19  / インフィルトレイター
 ja1082 / 鴻池 柊  / 男  / 21  / アストラルヴァンガード

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
また、いつも体調をお気遣いくださいまして、本当にありがとうございます。

息子さんとお嬢様の、熱にけぶるとある昼下がりの物語、如何でしたでしょうか。
お2人にとって幼い頃の思い出は、普通以上に『現在』を構成する大切な欠片なのだろうな、と思います。
お姉さん達の京言葉も今回、ちょっと頑張って見ました(ぐっ

お2人のイメージ通りの、今へと繋がる大切な夢のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.