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『Far far happy days. 』
伏見 千歳ja5305

 一歩外へと踏み出したら、途端、初夏の陽射しが目に飛び込んできた。あまりの眩しさに、一瞬、目が眩んだような気がしてそのまま動きを止める。
 暖かな春の名残を漂わせた、けれども夏を思わせる強い陽射し。それを全身で感じ取って、伏見 千歳(ja5305)はそっと閉じていた瞳を開き、空を見上げて「わ……」と微笑んだ。

「本当に、いい天気だ……」

 この所、ずっと梅雨空が続いていたのだけれども、今日の空には綺麗な青が広がっていた。それだけで何だか今日は良い事がありそうな、幸せな気分になれてしまう。
 昨日、千歳が受け持っていた『裏』の仕事が終わったのは、日付けも変わってずいぶん経ってからの事だった。ほんのり白みかけた空を見ながら気を失うように眠りに就いて、ようやく目を覚ましたらもうお昼になっていて。
 窓の外を見やれば、梅雨の晴れ間が広がっていた。となれば久しぶりに散歩でもと、いそいそ外に出てきたのである。
 梅雨を感じさせないからりとした空気が、肌に心地良い。同じく束の間の青空を楽しもうというのだろう、街中には心なしかいつもより、そぞろ歩きを楽しむ人が多いような気がする。
 のんびりと仲良く歩みを進める、老夫婦。愛犬と共に風を切って歩く、若い女性。笑い合いながら楽しそうに走っていく、小学生ぐらいの子供達――
 そういった姿に目を細め、足の向くままに千歳は晴れやかな街を歩く。久々の陽光に喜ぶ木々の緑に微笑み、忙しなく鳴く小鳥の声に耳を傾け、爽やかに吹き抜ける風に髪を遊ばせて。

「……あれ?」

 その中で、一際賑やかで晴れやかな声に気が付いて、千歳はふと足を止め、辺りに視線を巡らせた。その間にも『おめでとう!』『お幸せに!』という歓声が、ひっきりなしに聞こえてくる。
 なんだろう、と眼差しを巡らせた道の先には、臙脂色の切妻屋根を初夏の陽射しに輝かせた、チャペルがあった。尖塔に立つ十字架が青空に両腕を広げて、鐘が賑やかに鳴り響いている。
 チャペルの前には、華やかに着飾った多くの人々が居て。その中でもひときわ華やかに、幸せそうに微笑むウェディングドレスとタキシードの男女に、そっか、と千歳は納得して微笑んだ。

「今は、ジューンブライドの季節だっけ」

 ジューンブライド、6月の花嫁。この季節に結婚式を挙げたものは、結婚を司る女神ユノの祝福を受けて生涯幸せになるだろうと、欧米では伝えられているという。
 けれども、新たに夫婦となった2人が幸せそうなのは、だからという訳ではないはずで。ただ新たな始まりを喜び、輝くばかりの笑みを浮かべて、仲良く寄り添って、幸せそうに笑っている――その姿は千歳には、本当に素敵で眩しく映った。
 そんな――幸せな2人に、思い出すのは『彼女』の事。くすり、笑って己の金に染めた髪をつまむ。
 この髪を、一番最初に金に染めたのも彼女だった。千歳と同じく、撃退士とはまた異なる『裏』の組織で働いていた彼女は、「何か地味だから派手にしましょ!」と千歳の髪を、目も覚めるような金髪に染めてくれたのである。
 それは千歳にとって、今でも懐かしく暖かな思い出。記憶が蘇るたびにこの胸を暖かいもので満たす、大切な、大切な女性。
 ――永遠にこの世から失われた今でも、千歳にとって特別な、たった1人の『My Fair Lady』。
 胸元で揺れる、ネックレスを想った。裏の仕事に携わる時には必ず身に着けている、女性用の婚約指輪を通したそれ。
 うっかり外し忘れてきてしまったのだけれども、今はそれを幸いだと想った。彼女に、この幸せな光景を見せてあげられたのだから。
 ――それでも。

「――ごめんね。君に着せてあげれなくて」

 今でも心に残る後悔のままに、胸元で揺れたネックレスに、服の上からそっと触れる。あの花嫁と同じように、ウェディングドレスを身に纏って幸せな花嫁になるはずだった彼女は、『裏』に携わる最中で永遠に還らぬ人となった。
 ウェディングドレスを着た彼女は、どんなにか綺麗だっただろうと思う。彼女は、どんなにかその日を楽しみにしていただろうと、純白の花嫁衣裳を見るたびに思わずには居られない。
 けれどもきっと、そんな千歳の思いを彼女が知ったら、『なに馬鹿なことを言ってるの?』と笑い飛ばしたのにも、違いなかった。その口調や、呆れを含んだ、仕方ないわね、という笑顔だって想像出来てしまって、くすり、と千歳は笑みを零す。
 彼女は太陽みたいに眩しく、色んな意味で力強い人だった。いつも千歳を引っ張って行ってくれて、先に立って進んでくれた――それはまさしく、空にあって輝き人を導いてくれる、太陽のように。
 空を見上げればそこに、6月の太陽が輝いている。それがまるで彼女のように感じられて、あのね、と空に向かって囁きかけた。

「君はこの世界に居ないけど、僕にとってはやっぱり最愛の人だよ」

 誰よりも、何よりも大切な女性。たった1人の特別な貴女。
 この世界から失われた今でも尚、どんな人と出会っても未だに、それが揺らぐことはない。いっそ可笑しくなるほどに、千歳は今でも彼女しか見ていない。
 それは、幸せな事だ。少なくとも千歳にとっては、いつでも覗き込めばこの胸に彼女が在るのは、この上なく幸せだと思う。
 ――傍から見て、そんな千歳がどう映ろうとも。

「――家族を守らないと君に怒られそうだから、頑張るよ……ッと?」

 だから空に輝く太陽に誓った、千歳は不意に鳴り出した携帯の着信音に言葉を途切れさせ、目を瞬かせた。引っ張り出して画面を見て、表示された名前に噂をすれば、と微笑む。
 けれども通話ボタンを押した瞬間、スピーカーから大音量が飛び出してきて、千歳は「わ……ッ!」と驚きの声を上げた。そんな千歳の耳に、今どこに居るんだとか、何をしているんだとか、そのままの勢いで捲くし立てる相手の言葉が届く。

「もしもし。うん、外出中だけど……どうしたの?」

 それらを、耳からほんの少しスピーカーを離して聞いてから、千歳は穏やかにそう応えた。それで相手も安心したのだろう、先よりはトーンダウンした声が、千歳への用件を告げる。
 それは『裏』の仕事の絡みで。必要があって依頼していた資料が、先ほど届いたという知らせ。
 そっか、と千歳はそれに、微笑んだ。

「なら、今から帰るね。心配してくれて有難う」

 そうして携帯の通話を切って、仕舞い込んだ千歳は組織へ帰ろうと、くるりと身体を翻した。だがふと思い立ち、顔だけをもう1度チャペルへと向ける。
 幸せそうな新郎新婦。祝福する、多くの人々。フラワーシャワーにライスシャワー。高らかに鳴り響く祝福の鐘。
 たまたま通りがかっただけの、見も知らぬ人達へ、千歳はふわりと微笑んだ。

「――どうか、末永くお幸せに」

 そうして心から呟いて、再び彼らに背を向ける。あの場所はかつて、千歳が彼女と立ちたかった場所だけれども、今の彼の幸いはそこにはない。
 だから千歳は躊躇いなく、穏やかな心持ちでチャペルに背を向け、歩き出した。彼が守るべき、大切な『家族』のために。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /     職業      】
 ja5305 / 伏見 千歳 / 男  / 22  / アストラルヴァンガード

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます……あの、いつもお世話になっている、のですよ、ね?(ぁ
とまれ、この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

息子さんの、幸せに過去を振り返る物語、如何でしたでしょうか。
幸せの解釈は色々あって、人によってその定義は違って、もしかしたらその幸いは間違っているのかもしれなくて。
それでも、息子さんが今幸いであられることが、何より大切なのだろうなぁ、と思ったりいたします。
幸せな過去を抱いて、幸せに歩めることは、とても、幸せなことだと思ったり。

息子さんのイメージ通りの、幸いな光景に大切な方を思う、幸せなひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
鈴蘭のハッピーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月10日

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