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『9925年の恋心(破れかぶれの) 』
綾鷹・郁8646)&鬼鮫(NPCA018)


「だって蛇じゃない…」
 夏の日差しの下のトビ森にぼそりと落ちた呟きは郁の唇から洩れたものであった。
「だから言っただろうが」
 軽い調子で蛇は無い肩を竦めるような調子で物言いをする。挙句こんなことまで言いだした。
「宿主が居ないと面倒だ。おいお前、身体を借りるぞ」
「ええええ!? 嫌よ、だって蛇じゃない!」
「お前全世界の蛇に謝れよ蛇だってだけで嫌われるこっちの気持ち考えたことあんのか。あと気にすんな、一時的な仮宿にさせてくれっつってんだ」
「…そもそもあたし、あなたと交渉しにきたのよね」
「今更だがな」
 蛇が、蛇の癖に嘆息する様というものを、郁は初めて見た。

 事の起こりを説明するとやや長くなる。とにかく酷くざっくりとした説明をするのであれば、今現在、郁は森の中に居て、森の先住人への退去を迫っており、眼前で今は蛇の姿を晒している彼は住民側が用意した交渉人であった。そのはずである。
 何せ最初は年頃の青年だった訳で、当然の帰結と言うべきか、郁は任務もそっちのけで青年とラブコメよろしくあれこれと揉めたり毛布を分け合ってツンデレしたりもしていた。
 が、そんな最中、青年が反対派の中でも強硬手段に出た一部の住人達――多分ダークエルフとかそういうのだと思われたがどうでもいい――によって青年が凶弾に倒れたのだ。慌てて看病に走る郁を、青年が拒絶していたが、しばらくしてこの事実が判明した訳である。青年の本体は蛇だったのだ。ヒトの形は、宿主としている人物の身体であったらしい。あまつさえ、
「宿主が死ぬと半日も生きられない」
 あっさりとした調子で彼が言い、その上での提案であった。郁の身体を仮宿にさせて欲しい、と。
 さっきまでは見目も悪くない、口は悪かったが、しかし郁からしてみればそこそこ「イケてる」部類の青年であった蛇である。彼が死ぬのは流石の郁とてしのびないし、それ以前に、彼に好かれたいという心持が微かに残ってもいる。が、それとこれとは話が別問題で、うう、と唸り声をあげて彼女はふわふわにセットした――無造作には見えるがきっちり朝は小一時間かけて髪型をセットしている――髪の毛をかき乱したい衝動にかられた。かられただけで我慢したのは我ながら見上げた根性だとも思う。
「だって、蛇じゃない!」
 何度目か分からぬ言葉。要はその一言に全てが集約されてしまうのだ。蛇なのである。
「仮宿だと、言ってるだろう。物わかりの悪い女だな、頭に何も詰まってないのか? …半日宿主を得られなければ死ぬんだぞ、バックアップを用意していない訳がないだろう」
 彼の言葉に、郁は僅かなりとも期待を見出してぱちくりと目を瞬かせる。
「え、そうなの?」
「そうだ。だが少し到着が遅れている。それまで仮宿をやってくれ」
「それは…ちょっと…」
 一時的なものだ、と言われれば気持ちも緩むが矢張り抵抗は強い。うんうん唸った挙句、彼女は適当な方向を恐ろしく適当に指差した。
「何もあたしの身体じゃなくてもいいじゃない、ほら、あの人とか!」
 ――指差した先に居たのは40絡みのむさい男であった。いかにもカタギではない匂いをさせた厳ついおっさんである。が、蛇はふむ、と頷いた。
「悪くはない」
 一方慌てたのは郁である。彼女は適当にでっちあげただけだったので、指差した先に誰が居るかを認識はしていない。
「いやいや待って待って! 選べるならせめてこうもっと目元涼やかなイケメンを!」
「…もう遅いが」
「行動早ぇ!」
 まぁどういう事情かはさておいて、たまたま現場を通りかかった40絡みのヤクザまがいのおっさん――彼らは知る由もないが某所のエージェントである鬼鮫という人物であったのだが――に素早く乗り移ったらしく、先までの声とまるで違う野太い声が、面白がるように郁に声をかけてきた。
「なかなか良い塩梅だな。仮宿にするには惜しいかもしれん」
「考え直そう!」
「…お前が提案した癖に随分と抵抗するな。まぁ、気にするな、仮宿だと言っただろう」
 誰もそんなこと心配している訳ではない。
 苛立つ郁を余所に、鬼鮫、の姿を借りた青年はからからと笑って彼女の――苦心してセットした――髪の毛をぐしゃりと撫でた。




 その後、鬼鮫の容姿に今まで通りの軽口を交える蛇の青年に郁が翻弄されてしばし。これも新しいギャップ萌えだと思えば何とか、でも蛇、と一人ぐるぐると思考の渦に巻き取られていた郁に、朗報が届いたのはそれからしばし過ぎた後の事だ。
「おー、ちゃんとした宿主の身体が届いただとよ」
 救世主現る。
 縋るような想いで郁は笑みを浮かべた。が。

「…女の子じゃない」
「女だな。ま、これはこれで」
「良くないわよ!? あたしのトキメキ返せ馬鹿!」


 ――新しく届けられた彼の「宿主」はよりにもよって女性であった。さして気にした風もない青年――いや今は可憐な美少女なのだが。の姿を見るに、彼らの種族は元より、男女の別を深く気に留めないタイプであるかもしれない。そもそも男女の別が無い種族もそう珍しくない世の中だ。が。
 郁は深々と息を吸ってから、声を荒げた。
「もうあの厳ついオッサンでもいいわよこの際! 詐欺だー! ちくしょー!」
 酷ぇなぁ、と可憐な少女の声色で、けれどもしっかり記憶に残った青年の口調で告げられる声を背後に、郁は涙を振り払うようにして駆けだしたのだった。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年07月11日

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