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『空が繋ぐ絆 』
美優・H・ライスター(gc8537)

 それは夢か、はたまた現か。

 欧州の空を、数機のKVが駆けていた。
 周囲にはキメラやワームの影ひとつも見当たらず平和そのもの、見るものが見れば遊覧飛行に見えなくもない。
「異常なし……と」
 けれどもそれは、任務である。
 愛機であるリヴァティーのコックピットの中。氷室美優は呟き、僚機へもその旨の通信を送った。
 バグアとの戦いが終わり数ヶ月。美優は、UPC欧州軍に所属している。要するに今は、哨戒任務の最中だった。
 平和に越したことはないけれども、こうも何もないと逆に疑わしくなる――などと思っていた矢先、
「……え?」
 その光景に気づいた美優は思わず声を上げた。
 美優を含む部隊から見て前方に、突如として濃い霧が発生したのだ。
 それこそ進行方向の修正も間に合わないほどに間近ではあったのだけれども――先頭にいた隊長機は、それにしても何の躊躇いもなく霧の中へ突入した。
 隊長機だけではなかった。他の僚機も陣形に一切の乱れを見せぬまま、次々と飛び込んでいく。
(気づいて、ない……!?)
 訝しみながらも、既に美優機も回避が難しいところまできている。急に陣形を乱すのも隊としては問題だった。

 問題となってでも離脱すればよかったと思ったのは、霧に突入した数秒後。
 あっという間に抜けたと思った時には、僚機の姿はどこにも見当たらなかった。
(いや、あたしの方がロストしたんだ)
 青い空は先程までと変わらない。けれども眼下に広がる地上の景色がまるで見覚えのないものになっていることに気づいて、彼女はそう確信を抱いた。
 直後、更に悪いことに、一度機体が不自然な揺れ方をした。続いてコックピット内に流れる警告。どうやらエンジンに異常が発生したらしい。
 ――視界の片隅に、比較的広めの海岸を見かけたのは僥倖ともいえた。

「どうしようかな……」
 海岸に不時着し、ひとまず機体から降りた美優は、困ったように視線を巡らせていた。
 不時着後に通信を試みたが、当然のように反応はなし。それ以前に、計器類にはこれといって異常が見当たらないというのに不時着後はうんともすんとも動かなくなってしまった。
 勿論何か手立てがあるわけでもないけれども、少し周囲を捜索しようかと思い始めた時、
「――誰!?」
 KVの陰から自分に注がれる視線に気づいた。
 警戒に促されるように、視線の主が美優の前に姿を見せる。
 気怠そうな雰囲気を漂わせるその青年の姿に、美優は何故か既視感を覚えた。合ったことはないはずなのに、どこか懐かしい。
 奇妙な感覚に戸惑っていると、青年の方も実は驚いていたらしく、躊躇いがちに
「……姉、さん?」
 美優にとって衝撃的な言葉を、発した。

 そんな、まさか。
 だってあたしをそう呼ぶ唯一の存在は、小さい頃にバグアに殺されているはず――。

 目を見開いて驚く美優の様子に、青年も感じるところがあったのだろう。懐から何やら証明証――学生証を差し出す。
 聞いたこともない学園の名が記されたその学生証には確かに、『氷室時雨』――美優にとっては『死んだはずの弟』の名前が記されていた。
 単なる同姓同名というのは、青年が最初に発した言葉を踏まえると考え難い。
(……あの霧からして、バグアの残党が仕込んだもの……?)
 だとしたら、霧を開発したバグアは相当に趣味が悪いとも思う。
 ただこれが幻覚の一種だとしても、今の美優にはそれを打ち破る術がなかった。KV同様に、SES兵器もどれひとつ使えなくなったのは不時着直後に分かっていたからだ。
「本当に、時雨なんだ……」
 それなら、どうせなら――その悪趣味な思惑に乗ってやろう。何故か、そう思った。

 ■

 どこから二人の時間が違うのかなんて、わかるはずもなかった。
 正直なところ、どうでもいい、というのもある。
「背、いつの間にか大分伸びたんだね」
「……大学生だしそれなりには」
「あは、それもそうか」
 若干の驚きを孕みつつも、今こうして砂浜に並んで座り『時雨』と接していられる時間が、純粋に嬉しかったから。
 失った筈の時間が一気に戻ってきた。そんな感覚があったけれども、一方でそれが正しい表現ではないのは分かっている。
 その『誤差』を埋めたいわけではない。
 けれども、時雨が今この場所でどのように――自分の知らない生き方をしているのかということには、興味があった。
 だからこそ、まずは自分が一石を投じるのだ。
「……ずっとあたしの記憶の中にいる時雨は、もうとっくに死んじゃってるのにね」
「え……?」
 姉の言葉を聴いた時雨の表情が、硬直する。
 美優は傍らに鎮座し、今も動かないKVを見上げる。
「だからあたしは、ずっと戦ってきた。空で、宇宙で――この子に乗って。
 まぁ今はその大きかった戦いも一区切りついたし、新しい家族も出来たけど」
「……そりゃまた、随分と」
 自分の知らない世界にも程がある、とでも言いたいのだろう。言い淀んだ時雨に、美優は顔を向ける。
「ねぇ、そっちはどうなのよ」
「え?」
「あたしが知らない時雨のこと、聴かせてよ」
「あぁ、そういうことか」
 時雨は肯いた。
「別に姉さんほど苛烈な人生は送ってない。
 センター試験でやらかして受験失敗したけど、たまたまちょっと素質があって、戦う力をつけるために久遠ヶ原って学園に入った」
「あ、こっちでも何かと戦ってるんだ」
「あぁ。……そっちと違うのは、こっちの戦いはまだまだ続くってこと」
 結構しんどいことになりそうだよ、と、嘆息する時雨に、美優は続けて問う。
「父さんと母さんは、元気にしてる?」
 時雨は少し考えた後、肯いた。
「素質がない人は基本的に久遠ヶ原に住めないから、たまにしか会えないけど」
「そう、なんだ。……いいなぁ」
「いいなぁ、って。そっちも新しい家族が出来たんだろ。ずっと姉さんと一緒にいられるとか、逆にちょっとうらや――」
 不自然なところで口を噤んだ時雨に、美優はちょっと面白くなって尋ねた。
「ちょっと、なに?」
「なんでもない」
「教えなさいよ」
「なんでもないったら」
 答えを口に出さずとも、むすっとしつつ顔が少々赤いので丸わかりだった。
「そっか、やきもちやいてるんだー」
「ち、違う!」
「あは」
 必死に否定する時雨がおかしくなって、笑う。
 今こうして語り合えている時間は、美優にとっては大切なものになる。たとえこれが幻だとしても、それはもう変わらない。

 ただそういう時間こそ、終焉は早く訪れるものだ。
 最初はほんの一瞬、美優の視界にブロックノイズのようなブレが生じる。

「?」
「……なんだ今の」
 どうやら時雨の側も異変を察したらしい。次の瞬間に、本番はやってきた。
 時雨を含めた視界のうち、KVを除いた全てがぐにゃりと一度歪む。
「……帰らなきゃ」
 視界が元に戻った後、美優は立ち上がる。KVだけが正しく見えた、ということが全てを物語っていた。
 寂しくないと言えば嘘になるけれども、逆に少しの間だけだったから丁度良かったのだとも思う。何せ今の自分とKVは、この世界にとっては『異分子』なのだ。
 けれども、この時間が現のものであったなら――その証拠は、ひとつくらい欲しかった。
 だから美優は、戦いの間もずっとつけていた青薔薇のコサージュを外し、
「これ、お守り」
 時雨に手渡す。弟は、少し逡巡した後に何も言わずにそれを受け取った。

 コックピットに戻ると、先程までは沈黙していた計器類が全て復活していた。
 通信だけはノイズだらけで未だに使い物にならなかったけれども、それももうすぐ解消されるだろうという確信があった。いつの間にやら洋上の一部に、最初に見たような濃い霧が生じていたから。
 そこまで確認するとコックピットから顔だけ外に出す。退避した時雨の姿は、海岸線沿いの道路にあった。

「じゃあね」
「ああ」

 手を振り、美優はコックピットに戻る。
 また今度、とは二人共言わなかった。もうそんな時は来ないのは、何となく察しがついていたから。

 ■

 復活したエンジンをふかして霧の中に突入し――抜けだす。
 時間は殆ど経っていなかった、というのはすぐに分かった。所属している部隊が組んでいた陣形が、『自分も含め』ほぼ崩れていなかったからだ。
 やっぱり夢だったのか、とも思ったけれども、すぐに違うと頭が理解する。先程までつけていたコサージュが、今はなかったのだ。
 夢ではなかった。でも、やはり自分はあの場所にはいない方がいいのだ。
 両親について尋ねたときに答えるまでに間があった時に、あの世界にはあの世界の自分がいるのだと察したから。
 それに、自分にも帰りを待つ家族がいる。
 だから、これでいいのだ。
 美優は自分を納得させるように、一つ力強く肯いた。


 手元に残ったコサージュが、時雨にもまた夢ではなかったことを悟らせる。
 学園近くの浜を歩いていた時に見かけた、見慣れぬ航空機。
 浜に不時着したその機体から出てきたのが、まさか姉だとは思いもしなかったけれども――。
 会えて良かった。それにこう言っては何だけれども、自分を喪ったことが戦う切っ掛けだったと言われたことが、正直嬉しかった。
 だからこそ、自分の行動がこの世界の『家族』を護ることに繋がれば――という思いが、また一段と強くなった。

 ■

 ふたつの世界を一度繋いだ空は、今日も青い。
 姉から弟へ手渡されたコサージュの薔薇のように、一欠片の濁りもなく。
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2013年07月12日

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