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『6月の情景〜止まらないJUNJO編〜 』
七種 戒ja1267

●梅雨の晴れ間に

 6月の花嫁は、幸せになれる。
 そんな異国の言い伝えが、ほぼ全国的に梅雨まっただ中、つまり生憎の空模様に泣かされる人が多いはずの日本でも広まった。
 ――このドレスを纏い微笑む人が、ずっと幸せでありますように。
 その願いはきっと、何処でも変わらないからなのだろう。

 というわけでジューンブライドの期間中、学内はウェディング関連の話題でもちきりだ。
 ウェディングドレスを纏ったとびきりの自分を、あの人に見てもらいたい。 
 白いドレス姿の大好きなあの娘に、自分の隣で微笑んでもらいたい。
 そんな甘酸っぱい思いの者もいれば、ただ綺麗なドレスを着てみたい! という変身願望の者もいて、割とその辺りをドレス姿の者が走りまわっているということになる。
 ……稀に『どうしてそうなった』と、問い正したくなるケースもある訳だが。


 その日は、梅雨の晴れ間の青空から、夏の日差しが照りつけていた。
 だがむんとするような湿気は相変わらずで、髪も衣服も何となくじっとりしているようだ。
 そのせいではないが、七種 戒は憂鬱だった。
「全く、どいつもこいつも浮かれやがって……」
 忘れ物をした高等部の教室に向かいながら、ボヤいてみても心は晴れない。
 憂鬱の原因は明白だ。この時期、独り身は肩身が狭いのだ。
 ついさっきも、ひと組のカップルがほんのり頬を染め、記念写真を撮影するところに出くわしたのだ。
 紫陽花の花をバックに、白いドレスが陽光に輝いていた。そのドレスよりも眩い少女の笑顔。
 なんという、うらやまけしからん。この感情をどうすればいいのか。

 考え事をしていた為、漏れ聞こえる笑い声に気付くのが遅れた。
 思い切り扉を開いた戒は、小さな悲鳴に我に帰る。
「あ、悪い……!」
 何人かの学生の中心には、豪華なウェディングドレスを纏ったトルソー。どうやら部活か依頼の相談中らしい。教室を活動拠点にしていたようだ。
「えーと、忘れ物があって……ちょっといいだろか」
「あーびっくりした! 着替え中だったから。どうぞ入ってください」
 軽く頭を下げ、戒は自分が使っていたはずの机を探す。
 その時、軽い違和感。
「……?」
 何かがおかしい。何かが不自然だ。
 横目でドレスを試着している集団を盗み見る。決して、生着替え観察のつもりじゃないぞ!
 そして戒は、異和感の正体に気がついた。
 白いドレスを広げ、パニエの中に踏み込む少女……の胸が、まっ平らだったのだ。
(え、ちょ、ま、どゆこと!?)
 可哀相だとか残念だとかそういうレベルの話ではなく。
 要は少女ではなく、少年だった訳で。
(男の娘……?)
 ぱっと見判らないレベルの子が、うろうろしているのが久遠ヶ原である。
 よく見るとあっちでもこっちでも、様々に工夫した詰め物を胸元に押し込む集団。
 どういう経緯か判らないが、男の娘集団の部活か何からしい。
「さ、いこ! 晴れてるうちに撮影しないと!」
 身支度を整え、笑いさざめきながら出て行くドレスの集団。
 その後を戒はふらふらとついていく。
(男の娘なら……男の娘なら、遠慮は無用! あの広がったドレスの裾を思い切りめくって、生足できゃーとか……)
 戒としては素直で正直な感想だが、どう見ても変質者です、本当に以下省略。
「あれっ?」
 扉の端にドレスの裾が引っ掛かった。
「お嬢さん、お待ちなさい。無理に引っ張ってはいけない」
 そう言いつつ合法的にフリルに触れ、一気に持ちあげようとしたその瞬間。
 後頭部に衝撃が走り、戒は思わず裾から手を離す。
「戒ちゃん、なにやってんの……?」
「ゆーま……?」
 引きつった笑顔の小野友真がそこに立っていた。


●イエス、天誅。

「邪魔すんじゃねえよ、折角のいい所だったのに。アホになったらどうしてくれる」
 ぶつぶつ文句を言いつつ、戒が後頭部に手をやった。
「最上級のアホが何言うてんねん。女の子のドレスめくろうとする時点で、救いようのないアホや」
 戒がフッと、口の端を上げて笑った。
「そう言うお前がアホだろ。女の子じゃなくて、男の娘なんだぜ。ちゃんと私はそこを見極めて行動しているのだ」
「偉そうに言うことやないで、そんなん……。どっちみち止めるに決まっとるし。俺はヒーローやねんからな!」
 友真が決めポーズで、戒を指さした。
「……そう、今となっては別の道を行くお前やけど。前世からの盟友であるお前の悪事、黙って見過ごすことなんかでけんのや!」
 一瞬ぽかんとした戒だったが、すぐに友真の意図に気付いた。
(フフフ……そういうことか……!)
 すぐさま廊下の傘立てから、一本のビニール傘を抜きとり、構える。
 何処か翳りのある、遠くを見る瞳。
「ハハ……相変わらずおめでたい奴だな、お前は。何言ってんだよ、お前の事、盟友だなんて思ったことねえぜ……」
 対峙する友真は、両手に構えたハリセンを目の前にかざす。
「何と言われようと……際限のないダークサイドへと身を投じるお前を、ヒーローとして、友として。……俺は黙って見過ごすことは、できんのや……!!」
「黙れぇ! お前には真実が見えていない。俺達の道はもう、永遠に交わることはないんだぜ。だから、俺の事なんて忘れろよ……ッ!」
 ビニール傘とハリセンが、音を立ててぶつかり合う。
 七種 戒、9月でたぶん大学一年生。
 小野友真、9月でたぶん高校三年生。
 中二病をこじらせたままの、青春真っ盛りである。


●ノー、土下座。

 全力で中二ごっこをする撃退士とは、なかなかの見ものだ。
 だがその分、被害も大きくなりがちである。
「あっ、俺の『レクイエムソード』が……!」
 ネタ武器ではあるが、ハリセンは立派なV兵器だ。流石にビニール傘では、いくらももたない。
 戒の手に柄だけを残し、折れた骨が廊下を飛んでいく。
「あ、やべっ」
 友真がひょいと軽く避け、振り返る。
「もー何やってんねん戒、下手くそやなあ」
「馬鹿お前、そっちがハリセンなんか使うから……ってあれじゅりりんせんせえ?」
 鋭く空を切る傘の骨を特製教鞭で叩き落としたのは、ジュリアン・白川だった。
「あ、ジュリー……真顔やな。俺らを説教しに来たっぽいな?」
 スタスタと足早に、真っ直ぐこちらへ向かって歩いて来る白川。
 友真は戒と素早く視線を交わし、頷き合う。と見るや、揃って駆け出した。
「悪の帝王ジュリー、覚悟! 盟友は返してもらうで……!」
「じゅりりんせんせぇ、いやじゅりりん帝王、俺はもう、貴方には従えません……!」
「何なのだ、君達はーーー!!」
 いきなりハリセンとピコハンで教師に襲いかかる学生達。荒廃する久遠ヶ原学園。
 ではなく、これもコミュニケーションの一種らしい。
 折角の機会とばかりに、ハリセンで白川の足を払う友真、ジャンプした戒はピコハンで白川の頭上を襲う。
 が、そこは実技教師。
 身をかわしざまにハリセンを踏みつけ、つんのめった友真の襟首を掴み。
 そのままピコハンの元に差し出す。
「わー、戒っ、タンマ、タンマや!!!!」
「ぬおっ!?」

 ぴこん。

「おい、ゆーま、生きてるか……?」
「もー、戒のアホー! 痛いやないか……!」
「どういうことか、私に判るように説明してもらえるかな」
 腕組みした白川が、引きつった笑顔の二人を見下ろす。
「いや、例えこうなるって判ってても、やらずにはおれへん純真な少年の気持ちって言うか〜。溢れる青春の情熱っていうか……」
「だってほら、封印されし魔眼が疼いちゃったからしゃーなしですよ……」
 二人はだらだら汗を流しながら、そこまで言い。
「「すみませんでしたぁ!」」
 完璧な角度で華麗な土下座を同時に決める。


●衝動の行動

 空き教室に、戒と友真は並んで正座している。
 白川はアナウンスで呼び出され、走って行った。
 ここから高等部の職員室までは、撃退士スピードでおよそ5分。用をすぐに済ませたとしても、戻るまでに15分はかかるだろう。
「まぁ瞬殺ですよね、知ってた」
「やっぱ先生は早いなあ」
 並んでため息をつく。
「でもやっぱここは、このまま悪の帝王の言いなりになる訳にはいかんだろう」
 戒、全然懲りてない。
「それもそうやな」
 友真がニヤリと笑う。
 戒が四つん這いでその場を離れた。
「……」
 立ち上がった友真が無言で、その足を軽く踏む。
「ギャア! なにすんねん!」
「足痺れたんやー! やーい!」
 ちなみに友真は厳しい修練の結果、この程度の正座ではなんともない。
「後で覚えてろよ……」
 呪いの言葉を吐きつつ、戒は壁を頼りに立ちあがった。

 暫くして、廊下に人の気配。
 足音はほとんど立てないが、急速に近づいて来る。白川が戻って来たのだ。
 元の位置での正座に戻った戒と友真は、笑いを噛み殺しながら俯き、横目で入口を窺う。
 勢いよく開く扉。
「さて、遅くなったが……」
 足を踏み入れた瞬間、白川が硬直したように眼を剥いた。
 その頭上には黒板消しが乗っかっている。
 戒と友真は、涙を浮かべながら肩を震わせた。
(ま、まさか、本当にかかるなんて……!!)
 白川が自分の頭上から黒板消しを取り、しげしげと眺めた。
「……ある意味、感動的ですらあるね」
 このような古典的な悪戯にかかった自分も自分だが、仕掛けて来る高校生も高校生だ。
 かつて、撃退士は軍隊式の極めて厳しい訓練で養成されていた。白川はその時代の経験者である。
 だが自主性に任せた養成方法による方が、撃退士の能力を大きく伸ばすということが判り、今のフリーダムな久遠ヶ原学園という養成機関が生まれた。
 しかしだ。時折白川は思う。
(本当に、これでいいのか……!?)
 黒板消しを握りしめ、白川は向き直った。
「とりあえず、だ。廊下で暴れたことについては反省文を提出して貰……」
 踏み出した足が、第二のトラップを直撃。
 だがそれは戒の思惑を裏切った。白川のスピードと足の運びが、予想外だったのだ。
 水の入ったバケツが、スローモーションで宙に弧を描く。
 まずい。と思った時には、既に遅かった。
 痺れて言う事をきかない足では、いつも通りの身のこなしは不可能だ。
「おわ……ッ!?」
 咄嗟に立とうとしてよろめいた戒が、友真に倒れかかる。
「わああ、戒、なにすん……」

 ざっぱーん。

 策士、策に溺れる。
 頭からバケツの水を被り、その言葉を噛み締める二人だった。


 夕暮れの廊下を、ばっさばっさと音をたて、戒と友真が走っていく。
「絶対これ、黒板消しの仕返しだぜ……」
「結構、根に持つタイプなんかもしれへんな……!」
 白川が調達してきた着替えは、ウェディングドレス。どこかの部活で借りてきたらしい。
 風邪をひくよりはマシだと、笑いをこらえながら白川は言った。
 反省文の代わりというのもおかしな話だが、とにかく早く帰宅したまえと。
「でもやっぱり戒がアホなんやー! 詰めが甘いんや、おつおんなー!」
「うっせえ、ゆーまにだけは言われたくないぞ!!」
 白いドレスの裾をはためかせ、衆人の注目を集め二人は駆け抜けて行くのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1267 /  七種 戒 / 女 / 18 / インフィルトレイター】
【ja6901 / 小野友真 / 男 / 17 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ちょっとは鈴蘭にしようと思い、ウェディングドレスをお召しいただきました。力技、大好きです。
登場人物3人ともインフィルトレイターなのに、誰も飛び道具使ってませんね。気にしたら負けです。
最初の段落部分が、同行者の方と視点が違っています。両方お楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました。
鈴蘭のハッピーノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月16日

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