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『サプライズフラワーズ 』
宇田川 千鶴ja1613


「面白そうなド短期バイトがあるのー!! 一緒にやろー!!」
 藤咲千尋は、そう言って昼食中の宇田川 千鶴へ突撃してきた。
「え? え、……ううん?」
 背後からキツくハグされ、声と行動から相手が千尋であると判断して。
 千鶴はお弁当箱のふたを閉めてから、分厚いカタログを受け取った。


 天気の良い、学園の中庭。うっかり昼寝でもしたくなる陽気のある日。
 珍しく、ひとりで昼食をとっていた時間。
 お日様のように眩しい笑顔の千尋の到来。
 状況把握が追いつかないまま、カタログに添えられている文面を読む。
「レンタルドレス専門店、モデルのバイト……」
「いろんなドレスが着られて、写真を撮ってもらえて、お給料ももらえちゃうなんてすごくない??」
「そうやねぇ」
 勢いに押され、頷く千鶴。
「楽しみだね!!」
「そぅ…… え?」
「ね!!!」
「……そう、やね?」
「千鶴さんのドレス姿、楽しみーー!!」
(あれ? そうなるん?)
 そう、なるのか。
 千尋の勢いにゴリゴリ押され、二つ三つテンポが遅れて、ようやく千鶴は理解する。
 『一緒に』ということは、当然ながら千鶴も着るわけだ。
 カタログに掲載されているようなきらびやかなものを自分が、とはちょっと想像がつかないけれど。
 千尋に似合いそうな、可憐なものがいくつかあって。
 それを思い浮かべると、千鶴も自然と笑顔になった。
「そうやねぇ。藤咲さんのドレスも楽しみやわぁ」
 きっと、楽しいバイトになるだろう。




 1.5次会、2次会用のレンタルドレスを扱っている店なのだそうだ。
 向かう途中、千尋が楽しげにバイト先について話してくれる。
「でねでね、上手くいったらこれから先も、お得に借りられるかなーって」
「それはええねぇ」
 ドレスを着る機会なんて滅多にないけれど、撃退士の依頼は様々で、お世話になることがないとは言い切れまい。
 学園へ来て一年も過ぎた。恋愛事情も様々で、学生結婚もあるくらい。
 そんな時くらい、お祝いの場面くらい、頼りにできるお店があると、いいかもしれない。
 楽しいことを指折り数えていく千尋に引き上げられるように、千鶴の心もワクワクしてきた。


 受付で挨拶をし、衣裳部屋へと通される。
 海…… というか山脈…… というか。
 広い部屋に、ずらりと衣装が掛けられている。
 より取り見取り。まさしく圧巻。
 この中から各自合計3着を着て、お店のカタログモデル用の写真撮影をするということだ。
「変わったドレス、多いねぇ」
「1.5や2次会用、だからかな??」
 主役になるためのものではない。
 けれど、着る女性の魅力を引き出すようにデザインされている。
 自分たちには、どんなものが似合うかな?

 赤、白、黒、青、黄、
 フリルにレースにリボンに……

「堪忍やで、藤咲さん……」
「えーっっ、どうしたの?」
「ちょぉ、眩暈してん……」
 普段の自分の服装からかけ離れた世界に、千鶴は思わずよろめいた。
 空気。日常の空気を求めて、衣裳部屋から少しだけ出ようかと踵を返したところで、千尋が衣装の山脈からヒョコリと顔を出す。
「大丈夫?? 何か、冷たいものもらってこよっか?」
「んー……、あれ?」
「あ。あ。これね。可愛いよねっ。ミニのウェディングドレスって、あるんだねー!!」
「うん。可愛え。よう似合うとる」
 千尋はすでに候補の一着を手にしている。
「たっくさんあるから迷うんだけど、自分が着てみて似合いそうなのとか、楽しそうなのとか、けっこう絞られる感じかなー」
「ああ、なるほど」
 照れくささが先立ってしまっていたけれど、千尋の言葉で一つ、心が軽くなる。
(楽しい、か)

 ――面白そうなド短期バイトがあるのー!!

 そうだ。そう言って、千尋は誘ってくれたんだ。




 一着目。
 ヘアメイクも終えて、二人がスタジオへ足を踏み入れる。
 あちこちでフラッシュが光る眩しい世界。
 同じバイトを受けに来ている少女が多く、メイクルームでは互いの姿を見つけることは出来なかった。

「千鶴さーん! こっち、こっちだよー!!」

 キョロキョロしている千鶴へ、遠くから聞きなれた声。
「わたしたちはねー、あと20分くらいで撮影だって!!」
 普段より、ちょっぴり大人っぽくメイクアップした千尋が背伸びをして手を振っている。
 手を振るたびに、白いドレスにたっぷりのレースが可憐に揺れた。
 ミニドレスに長いトレーンを付けていて、まるでウェディングのよう。
 恐らくは『トレーンを外して1.5次会へ』、そんな意図で作られたのだろう。
 足元は、トレーンと揃いのレースで彩られたシューズ。
 千尋がトレードマークにしている結い紐や髪飾りを基調にして、即席でブーケも作ってくれたのだそうだ。
「えへへー。『ドレス以外にもサービス満点ってアピールにもなる』って、お礼されちゃった!!」
「うんうん、素敵やわ」
「千鶴さんのはすごく大人っぽいね!!」
「そうやろか」
 千尋はブーケを胸元に抱え、ヒョイと千鶴を覗きこむ。
「和柄なんが、新鮮で面白いなぁと思うたんやが」
 Aラインのドレス、色はシックな黒。
 要所に和柄が組み込まれ、モダンなデザインとなっていた。
 着物地で飾られた髪留めを、アクセントとして耳元に。
「色んな布地を組み込んでるのかな?? ……狸柄はないのかな」
「……おらんねぇ。あ、ここがちょっと、狐っぽいなと」
「あはは、ほんとだー!」




 二着目。
「…………」
「…………」
 変身完了したふたりは、第一声を、まず飲み込んだ。

 今度はデザインをお揃いにしよう、ということでプリンセスラインをチョイス。 
 千尋はオレンジとイエローの二色使い。
 動くたびに裾がふわふわと、花びらのように重なった布地が揺れ、これからの季節にまぶしい色合いとなっている。
 対照的に落ち着いたカラーリングの千鶴。
 ライトブラウンにゴールドのレースで彩りを添えている。
 胸元には白い花が複数あしらわれていて、大人っぽさの中に可愛らしさも潜ませていた。

「千鶴さん、それかつおb……」
「藤咲さんのは、サンシャi……」
「…………」
「…………」
 言葉にし、少し後悔し、互いに目を逸らす。
「……環境か」
「うん! ドレスに罪はありません!!」
 ぽそりと呟く千鶴に対し、『乗った』とばかりに千尋が語気を強めた。
「変な色やないし、ええなと思って選んだんに……。ついつい思い浮かべてしまうんやなあ……」
「なーんか、ちょっと悔しいね??」
 仲の良い友人たちを思い起こさせるドレスを揃って選んでしまったことに、顔を見合わせて笑いあう。
 無意識なのに、いつだって胸の中に在る友情なんて素敵じゃないか。
 前向きに切り替え、二人は手を繋いでカメラの前に立った。




「もう最後かー……」
「あっという間やねぇ」
 二着目の撮影を終え、衣装室へ。
(ドレスを着まくるなんて、更に写真を撮られるなんて……相当、恥ずかしいと思っとったが)
 千尋の笑顔に手を引かれ、千鶴も気づくと心から楽しんでいて、最後の一着と思うと寂しさも感じる。
「ね、ね、最後はお揃いのにしない!? これだけあるもん、きっと色違いとかで同じドレスがあるよ!!」
「そうやね」
(千鶴さんにいろんなドレスを着てもらえるなんて!! 役得ですね、ありがとうございまーす!!)
「どれがいいかなー。着せ替え人形みたいだね!!」
 キャッキャと本気で楽しむ千尋の、その胸の奥を千鶴は知らない。
 高等部生の千尋にとって、千鶴は『憧れの大人の女性』なのだ。
 強くて優しくてカッコいい、けど彼氏さんとの間で時折見せる表情はとっても可愛い。
 千尋自身もそうだけれど、制服を着崩すこともほとんどないし、滅多に見られない姿を間近で独占だなんて、彼氏さんよりも先にだなんて、誰かしらこんな企画を考え付いたの!!
(わたしでーす☆)




「千鶴さん、おみあしが!! おみあしが!!」
「……臣?」
「臣脚じゃないよ御御足だよ!!」
「うん、知っとる…… なんやろね、この呪縛……」
 脳内漢字変換余裕で、千鶴が苦く笑いを落とした。
 さておき。
 ラストは、マーメイドライン。前スリットが入り、少しセクシーなものを選んでみた。
 チャイナドレスのように深いスリットではないが、軽く脚を踏み出せば膝から少し上が美しく覗く。
 千鶴は白をベースに、黒のレースを使用したもの。
 エメラルドグリーンに青いレースを千尋が纏う。
 シンプルなデザインに、レースのボリュームが華やかさを与えていた。
 高いヒールの靴といい、千尋にとっては珍しいタイプのドレスかも知れない。
「藤咲さんのは、彼氏さんの色やね」
「うっ ……うん!!」
 微笑ましい気持ちで千鶴が言えば、そのまま言葉がのどに詰まって窒息死しそうな顔で千尋が頷いた。
 ようやく、千鶴にも相手の反応を楽しむ余裕が出てきたようである。


 自分たちの撮影は終わって、サンプル撮影の写真と共に完成したカタログは後日送付されるということ。
 終えてみれば半日にも満たない、本当に短いバイトだったけれど……
「折角だし、自分用に記念撮影していかない??」
 カタログ撮影自体は、まだまだ続いている。
 もう少し、着替えなくても怒られないはず。
 千尋が、悪戯っぽく千鶴の肘を小突いてみた。その手には、こっそりスマートフォン。
「ええよ、お互いに撮ろっか」
「画像送って、彼氏さんになんて言われたか、後で報告メールするね、してね!!」
「!!? ……う、うん、見せような?」
 予想外の切り返しに千鶴は身を逸らすが、何とか堪え、照れ笑いに変える。
(上手く行っとったら、たぶん、今日あたり依頼から帰ってくるはずやけど……)
 千尋に誘われた時に一人だったのは、『彼氏』が撃退士として依頼へ赴いていたから。
「喜んでくれるかなー♪」
 一方の千尋は、真っ直ぐにオープンに彼氏さん大好き全開で、見ている方も微笑ましい気持ちになって。
(なんにしても……笑わはるのには、変わりないねぇ)
 千鶴もまた、半分あきらめの気持ちで大切な人を思い浮かべてみる、反応を数パターン想像したがどれも笑顔だった。




 何もかもが終わって、爽やかな疲労感を抱いて夕空の下。
「千鶴さーん! アイス! アイス食べて帰ろうよ!!」
 目ざとくショップを見つけて千尋が走り出す、慣れない靴を履いていた影響が残っていたのか、何もない所で躓く。
 鞄に下げている謎のゆるキャラも、一緒にコケた。
「あー、あー! 気ぃつけてなーー?」
 笑いながら、千鶴がゆっくりと追掛けた。
 その手には、バイト先から『お土産』として渡された白い箱の入った紙袋。
 家に帰ったら開けてみてください、そう言われている。


 千尋と千鶴。二人のとっておきの笑顔を収めたドレス姿の写真と共に、バルーンと花が飛び出す仕掛けになっていることを知るのは、その日の夜のこと。

 ――よろしければ、またのお越しを。




【サプライズフラワーズ 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1613/ 宇田川 千鶴 / 女 /20歳/ 鬼道忍軍】
【ja8564/ 藤咲千尋   / 女 /17歳/ インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
大切な方々を思い浮かべながらの楽しいドレス試着&撮影会、お届けいたします。
内容から、今回は分岐なしの一本道として納品させていただきました。
お二人の『らしさ』、表現できていればと思います。
楽しんでいただけましたら幸いです。

鈴蘭のハッピーノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月16日

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