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『幸せの雨 〜鉄龍〜 』
鉄龍(ib3794)

 シトシトと落ちる雨。
 鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

 女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
 叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

 貴女と、君と……永遠の幸せを……。

 * * *

 月を臨む硝子のホール。そこに集まるのは数多の儀でも指折りの権力者たちだ。
 ここはジルベリアでも名の知れた貴族の所有地。巨大な敷地に建てられた屋敷の横に、舞踏会のためだけに作られたダンスホールがある。
 硝子だけで作られたホールは、見上げれば月が、周囲を見回せば四季の花が見える、まさに贅を尽くした作りになっている。
「コイツは凄いな」
 鉄龍はホールを照らすシャンデリアを見ながら呟くと、着慣れないタキシードの襟元に指を突っ込んだ。
 正直、こんな服も場所も興味はない。
 それでも足を運んだのは針野と言う愛しい恋人と自分のためだ。
 そもそもこの屋敷に来たのは彼女が受けた依頼が切っ掛け。たまたま依頼主がこの屋敷の持ち主で、依頼解決のお礼にパーティーに招待して貰ったと言う話を聞き、断ると言う彼女を説得してまで来た。
「滅多に見れる姿でもないしな」
 依頼主が用意すると言ったドレスを断ろうか……そんな話を耳にして黙っていられるわけがない。
 先程から落ち着かない気持ちなのは、早く彼女のドレス姿を見たいから。それでも落ち着いたそぶりを見せるのは……余裕がないと思われたくないから、か?
「さて、どこにいるんだ」
 さっきから異様に男の姿が目に飛び込む。
 しかもその目は明らかにパートナーを探している。そんな中に彼女を1人で置いておく訳にもいかない。
 鉄龍は僅かに足を速めると、会場の中央に足を踏み入れた。その瞬間、周囲がざわめきだつ。
「なん――」
「うおっ、カッコイイ!」
 ざわめきを割って届いた声に目を見開く。
 今の声は間違いない。針野だ。
 目を凝らして周囲を見回すと、人の姿に隠れるように立つ彼女の姿が。
「そこに居たのか」
「……鉄龍さん」
 声に慌てた様に足を動かして傍に移動する。その上で彼女の姿を確認すると、鉄龍の口元に淡い笑みが乗った。
 白地に青のレースをあしらったドレスは彼女に良く似合っている。それに髪に着けた白く大きな花も。
 鉄龍は彼女を見詰めると「似合っている」と口を開こうとした。だがこちらを見詰めている彼女に気付いて留まる。
「そんなに見て……何処か変か?」
「そんなことないさー。鉄龍さんはカッコイイんだけど……似合っとるんかなァ、これ」
 ああ、そう言うことか。
 見詰める瞳に不安の色を見て取って、鉄龍は穏やかに微笑んだ。そして彼女を見詰めながら先程言おうと思っていた言葉を口にする。
「よく似合ってるよ」
「ありがとうさー……って?」
「本当に、良く似合ってる」
 素直に礼を言う彼女に愛しさが募る。
 そっと伸ばした手で頬を撫でると、彼女の睫毛が僅かに揺れた。その反応に、更に指を滑らせて耳を擽る。と、その瞬間、彼女の肩が大きく揺れた。
「!」
 マズイ。
 そんな思いで手を引くと、驚いた瞳と目が合う。
「鉄龍さん?」
「……何か飲み物を取ってくる。待っててくれ」
 落ち着け。そう自分に言い聞かせて彼女の傍を離れる。
 普段以上に可愛い恋人に自制が効かなくなってる。そもそもここは人目もあるのに、何を考えてるんだ。
 そう心の中で繰り返し、なんとか飲み物のある場所に辿り着く。そうして自分の分と彼女の飲み物を手に取ると、盛大なため息が零れた。
「……いかんな」
 付き合い始めて1年以上。
 前以上に可愛く、愛しく、大切になってゆく彼女。
 結婚の話もそろそろ切り出したいところだが、なかなか口にする事が出来ない。
 その理由にあるのが、もし断られたら、という思いだ。
 今向けられている思慕の瞳がもし逸らされたら……。
「考えるだけで恐ろしい」
 ふるりと大きく首を横に振る。
 大事な存在だからこそ手放す事は出来ない。そして自分の言葉でそれを為してしまったら、立ち直る事は出来ないだろう。
 鉄龍はもう一度ため息を零すと、針野の元に戻ろうと足を動かした。だがその足がすぐに止まる。
「あ、こちらを見ましたわ!」
「本当ですわ! あ、あの。よろしければお話しませんか?」
 これは何事か。
 気付けば四方を女性たちに囲まれている。その人数は数えたくない感じだが、何故こんなことに……。
 呆然とする鉄龍に、彼を囲む女性たちは次々と質問を投げかけてくる。
 例えば名前は何ですか、出身はどちらですか、お1人ですか? と言う問い。
 つまり彼女たちの目を見ればわかるが、鉄龍に興味津々なのだ。だが彼からすれば針野以外の女性には興味がない。
 適当に返事をしながら針野の元に戻る方法を考える。しかしそこに思わぬ声が届いた。
「てーつーりゅーうーさーん……」
 まるで地を這うような声に肩が竦む。
「まさか、この声は……」
 恐る恐る見た先に居たのは。表情暗くこちらを見据える針野だ。
「あ、いやこれはその……」
 まさか怒ってるのか?
 いやでも、勘違いされるようなことはしていないし、そんなことは。
 だが針野の声は怒って……。
 背中を伝う冷や汗に息を呑み、自らの中で自問自答を繰り返す。
 だが周囲にいる女性たちにはそんなこと如何でも良いらしい。
 自分たちが最優先と、言葉を繰り出してきたのだ。
「鉄龍さん、この子誰ですかぁ?」
「鉄龍さんは今わたくしたちとお話をしているのですけど」
 次々と降ってくる声に針野の視線が落ちた。
 その瞬間に見えた涙のような光に、鉄龍は眉を寄せた。
 そして近くの女性に飲み物を手渡して歩き出す。
「鉄龍さん?」
 戸惑う女性の声など意味もない。
 今意味があるのは、針野が泣いてるかもしれないと言うことだ。そして彼女が泣いているとすれば、理由は自分にある。
「針野!」
 逃がす訳にはいかない。
 踵を返そうとした彼女の手を掴むと、鉄龍は彼女の耳に届く様に声を張り上げた。
「俺が針野以外の女性に興味があるとでも?俺が好きなのは世界中で針野ただ一人だ!」
 ホールに響き渡った告白に、ざわめきどころか音楽まで止まってしまう。
 だが今の鉄龍がそれに気付く余裕はない。
 顔も、耳も、全てを紅く染めて見詰める針野の瞳を見詰め返すことに必死だ。
「ここ、人目がありまくりですさー!」
 人目? 人目……。
 言われてハッとした。
 いつの間にか止まった音楽。そして向けられた視線に言葉に詰まる。
 だがここで退けるわけがない!
「あ、あっても問題ないだろう。むしろ、その……」
 この程度で恥ずかしくなるようでは、結婚の話を切り出す勇気などなくて当然。
 鉄龍は恥ずかしさに頬を染めながら周囲を見遣り、大きく息を吸うと毅然とした声で言った。
「人目があった方が牽制にもなる」
「牽制?」
 何のことだろう?
 そう針野が目を瞬くと、鉄龍は一瞬言葉を失って咳払いをする。そうして思い出すのは、ホールに入ったとき目に止まった男たちのことだ。
 そう、ここには獲物を狙う男たちがいる。そんな奴等に隙を見せる訳にはいかない。
「可愛い恋人を他の奴に取られないための牽制だ」
「!」
 再び赤く染まった彼女の顔につられて自身の頬も熱くなる。
 互いに顔を真っ赤にして戸惑う2人に、周囲を囲んでいた女性たちも徐々に去って行く。こうして針野と2人だけになると、鉄龍の耳に新しい音楽が響いてきた。
 その音色に彼女から手を離す。
「あ……」
 離れてゆく手に寂しさでも感じたのだろうか。零れる声に笑みを零し、改めて手を差出す。
「そ、その……一緒にダンスでもどうだ?」
 仲直りの記に1曲どうか?
 流れる曲は穏やかで優しいメロディだ。これなら2人でゆったりとした時を刻みながら踊れるはず。
 祈る気持ちで見詰める視線に、針野が微笑む。
「喜んで、お受けするさー」
 そう言って重ねられた手を握り返すと、彼女の体を引き寄せた。
 柔らかく温かな感触に、腰に回した手に力がこもる。
 この温もりを手放さない努力ならばなんでもしよう。
 そう心に誓いながら彼女をリードしつつステップを踏む。すると唐突に針野の顔が近付いてきた。
「さっき、言いそびれちゃったんだけども。わしも鉄龍さんのこと、大好きなんよ?」
 そう言って頬を滑らせて額を寄せると、伝わる温もりが増して、自然と頬が染まる。
 そしてどちらともなく笑い合うと鉄龍の瞳が緩められた。
 そこへ新たなダンスの音色が届く。
「もう1曲、踊ってくれるか?」
 ぐっと腰を引き寄せて囁く仕草から、断る想像など微塵も感じさせない。
 針野はそんな彼の顔を見詰めると、極上の笑みを浮かべて頷いた。
「あいさー! 勿論さね!」
 それを受けて鉄龍の手が改めて彼女の手を取る。
 夜もパーティーも始まったばかり。
 2人はこの日、夜が更けるまで踊り続けた。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib3728 / 針野 / 女 / 21歳 / 弓術師 】
【 ib3794 / 鉄龍 / 男 / 27歳 / 騎士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『鈴蘭のハッピーノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!

※同作品に登場している別PC様のリプレイを読むと少し違った部分が垣間見れます。
鈴蘭のハッピーノベル -
朝臣あむ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月17日

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